「えっ。三人とも、帰っちゃうの?」
「いやあ、俺らがいたら完全に邪魔者なんで……」

 フレンドリーな三人のおかげで道中は意外に話が弾んでしまった。特に桂のクラスでの武勇伝がおもしろかったのだ。
 いつも桂が寝ていた世界史の授業で教師がキレて、「赤点でも取ろうものなら落第させる!」と脅されたあとに満点を取った話とか、うっかり数学教師のカツラを取ってしまった話とか。

 無事桂の家の前についてドキドキしていると、三人はここで帰ると言い出した。確かに僕は桂と二人で話したいと思っていたけれど、友だちとの時間は邪魔するつもりなかったのに。
 こっちの方が邪魔者であるはずだ。そう説明しても三人が固辞したため、僕は眉を下げてしまった。優しい桂の友だちはみんな優しい。

「石川くん、福井くん、富山くん、ありがとう……。じゃあ、今日は僕が桂をもらうね」
「ひゅ~っ男らしいっすね、先輩」
「応援してます!」

 変な言葉遣いをしてしまったせいで揶揄われる。一応敬語で話してくれているけど、やっぱり僕には先輩感がなかった。
 
 三人に手を振って、僕は改めて一軒家の前でふううっと深呼吸をした。ここが桂の家だ。
 桂は……いるよな。お父さん以外、家族全員揃っているかもしれない。人数が多そうだ。それだけで緊張する。

 インターホンを押すときは指が震えた。カメラはないらしく、そのことに少しだけホッとする。だって、どんな顔をすればいいのかわからない。
 しばらく待つと、インターホンから緩い応答があった。機械音でいつもとは違う声に聞こえるけど、桂だとすぐにわかった。

「はーい、どちらさまー?」
「……桂。三廻部だけど……ご、ごめん急に来て! でもどうしても話したくて!」
「え、純那? ……えええええ!?」

 音が割れるくらい、桂が大声で叫んだ。「うるさい!」と遠くから聞こえる。お母さんだろうか?
 走っているような足音がインターホンと家の両方から聞こえ、すごい勢いで玄関のドアが開いた。白いTシャツと黒いスウェットにボサボサ髪の、見た目は完全にヤンキーな桂が口をぽかんと開けて僕を見ている。

「えと、桂の友だち三人に、連れて来てもらった……」
「あいつらか……あっ。(もも)(むぎ)!」
「けいのおともだち~?」
「もらち~~!」

 ぎりぎりストーカーじゃないことを説明していると、桂の左右から小さな女の子と男の子が飛び出してきた。よく似ているけど、女の子の方が大きくて小学校の制服を着ている。
 興味津々で下から顔を覗き込まれて、戸惑いを隠せない。一人っ子の僕には小さな子の扱いなんて分からないからだ。

「かっこいー、わたしのこのみかも……」
「かっこい!」
「李、お前の趣味の良さは認めるが純那はだめだ。麦、裸足で出るなって……ほら戻ってこい。ごめん、純那もとりあえず入ってくれ」
「お、おじゃまします……」

 子どもがいると一瞬で場がカオスになる。なぜか僕に纏わりついている李ちゃんと一緒に玄関から上がると、麦くんを抱えた桂は風呂場らしき場所へ行ってしまった。
 李ちゃんに連れられるがままリビングに入れば、赤ん坊を抱えた顔立ちの華やかな美女がソファに座っていた。一瞬桂の彼女かと思ったが、よく見れば桂にとても似ている。

「あら! 桂のお友だち? あら、あら……初めて来る子よね? ごめんねぇ散らかってて」
「三廻部純那といいます。桂の、お姉さんですか?」
「やだぁお母さんよぉ! 実物も可愛いのね~。おやつ出してあげるから、桂の部屋行っててね。李は邪魔しちゃだーめ」

 二階に上がって一つ目のドアだからね~と教えられて、僕は素直に従った。見た目が若い桂のお母さんと、これ以上会話を広げられる自信がなかったからだ。
 我ながら、今日は知らない人との会話をよく頑張っている方だと思う。そろそろ槍が降りそうだ。

 桂の部屋に入るのはとても緊張した。そもそも家族に勧められたからといって勝手に私室に入っていいものだろうか。
 しかしドアが少しだけ開いていたから、どうしてもその先が気になってしまって足を踏み入れた。

「わ……」

 桂の、部屋だ。あのジャージと同じ優しい匂いがして胸が高鳴ってしまう。あまり物は多くないけれど、学校で使っている鞄が無造作に置かれていたり、起き出してそのままのベッドの様子に生活感があった。
 学習机には付箋がたくさん貼られていて、桂が成績上位をキープするために真面目に勉強していることを改めて実感した。

(ちゃんと、謝らなきゃ……。必要なら僕が先生に説明して、謹慎は撤回してもらう)

 ここへ来た目的を思い出し、浮かれていた気持ちに蓋をする。桂の鞄の横に自分の鞄も置かせてもらい、そわそわと落ち着かずに部屋を見渡していると、ある違和感に気づいた。