以前から勉強を教えてくれたり、こうしてご飯やおやつをくれる光輝に対し、罪悪感が芽生え、俺も奢ったり何か渡したりしたいと思った。
だが、おこづかいでは足りないので、バイトしようとしたのだが……光輝が大反対してきたのだ。

『そんなのする必要ないよ。絶対駄目。』

言い張る光輝に俺もムキになり、駅に置いてあるアルバイトの求人冊子を持って帰ってきたのだが、なんと光輝は問答無用でそれを捨ててしまった。

『────あっ!何するんだ!』

慌ててゴミ箱から、それを取り出そうとしたのだが、その手を光輝に取られ正面から抱きしめられてしまう。

『これ以上離れるなら、俺も部活なんて止めて一緒にアルバイトする。』

『……えぇ〜…………。』

意味不明な駄々こねに、物申そうとしたのだが……痛いくらいに抱きしめてくる光輝を見たら、根負けしてしまった。

そもそも、この代価交換?にもなってない行為の始まりは、光輝と出会って直ぐから。

俺の配下にしてやる!と言った言葉を、律儀に守ろうと思ったのか、光輝は自分の持っている物や俺が欲しいと言った物をプレゼントしてくるようになった。
更に偉そうに命令した事だって、全部やろうとしてくれるので、次第に申し訳なさがニョッキリと顔を出し、俺は光輝に尋ねる。

『俺はボスだから、配下に褒美をあげないといけないんだ。何か欲しいものある?』

貧乏父子家庭の俺に、お金はない。
だから、帰りにランドセル持って欲しいとか、掃除当番変わって欲しいとか……そんなモノを想像していたが、光輝の口にした言葉は斜め上のモノだった。


『……手を……握って欲しい……。』

 
顔を真っ赤にしてモジモジしながら、そんなささやか過ぎる願いを口にする光輝。
俺はハテナマークを飛ばしながら、望み通りに光輝の手を握ってやると、光輝は更に顔を赤くして言った。

『……初めて握ってもらった。暖かくて……気持ちいい。』

その時は真冬だったので、俺の暖かい手が気持ちよかったのだと思っていたが……後々の話で、本当に握手自体が初めてだった様だ。
それから光輝は、何かを頑張る度に俺に褒美を強請ってくる様になったが、全てこういう些細過ぎるモノばかり。

『頭を撫でて欲しい。』

『ご飯を食べさせて欲しい。』

『抱っこして欲しい。』

簡単に叶えてやれる事ばかりだったので、言われるがまま叶えてきたのだが……まさかここまで続くとは思わなかったのだ。


「……う〜ん?」

ご機嫌な光輝をチラッと見て、『このままいつまで続くんだろう……?』と心配になったが、光輝が出してくれたレモンパイを前に、そんな心配は遥か彼方へ吹っ飛んだ。

「バニラアイスもたっぷり乗せたから、早く食べた方がいいよ。食後は紅茶入れるね。」

「ありがとう!いただきま〜す!」

テーブルの上に用意された、ふんわりバニラクリームがたっぷり乗ったレモンパイ。
席に着いて直ぐに齧り付くと、口の中一杯に広がったのは、バニラの濃厚な味と絡みつく様な食感で……。
そんな主張が強いモノ全てを、鼻から抜けていくレモンの匂いが綺麗に纏めてくれる。

「う、う、う……うまぁ〜っ!」

サクサクと口の中で音を立てるパイ生地も絶品で、落ちそうになるホッペを必死に押さえていると、光輝が指で俺の唇を軽く摘んだ。

「本当に美味しそうに食べるね、俺の魔王様は。────どう?臣下である不死の騎士団長は、役に立つでしょ?」

パイを噛む俺の動きに合わせて、唇をクニクニ揉まれたので、『そう簡単に俺の唇は屈しないぞ!』と負けん気を出して、唇を口の中に引っ込める。
すると、光輝はムゥ……と頬を軽く膨らませて、今度は耳たぶを揉んできたので、擽ったくて吹き出してしまった。

「ヒ〜ッヒッヒッヒッ!……や……止めろって!擽ったい!」

「……影太が悪い。ちゃっんと堪えてよ。」

ムスッ!と本格的にヘソを曲げ始めた気配がしたので、俺は耳を掴む光輝の手を握って、必死に頷く。

「分かった分かった!光輝は凄いヤツで、めちゃくちゃ役に立つヤツ!顔もスタイルも良いし〜頭も運動神経も良いし!モテモテだし〜……?」

『────あれ?俺って必要なくね??』

自分で言ってて、フッと浮かんだ言葉が、少しだけ引っかかった。

何でもできる光輝にとって、俺って正直お荷物感がある。
光輝って、俺といてなんか良いことあるのかな……?

「…………。」

────ジワッ……。
心の中に広がる不安や恐怖にも似た感情が、何か分からなくて……そのまま少々悩んでしまったが、目の前で嬉しそうに笑う光輝の笑顔によって、一旦その謎の感情は頭の隅へと飛んでいった。

「そうだよ。俺は影太の役に立つんだよ。だからそんな優秀な臣下は、ずっと手元に置いておかないとね。本気で世界征服してみる?影太が望むなら。」

陽キャのノリの良さを発揮してきた光輝。
耳を触っていた手で俺の頬を包み込み、そのまま自分の方に引き寄せると、俺の頭の匂いを嗅ぎ出す。
スンスン!と嗅がれるのも擽ったくて、体を離そうとしたが、その動きを読んだかの様に、そのまま抱きしめられてしまった。

「光輝、ちょっと苦しい〜。」

「……んん〜……じゃあ、このくらい?」

結構な強さで締め上げられたため、不満を口にすると、光輝はアッサリと手の力を緩めてきたが、このままではレモンパイが食べれない!

「……レモンパ〜イ。」

「はいはい。ボスの願いは全て叶えてあげないと。」

光輝はクスッと笑うと、俺の体を持ち上げて抱っこし、そのまま椅子に座る。