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「明日の試合は8時からだから、俺、起きれないかもしれない。影太、今日も泊まってくれるよね?」

帰り道、しゅん……と肩を落とす光輝。
光輝は完璧そうに見えて、実は朝が弱い。
そのため、俺は毎日光輝の家に迎えに行かないといけないし、週末は部活の試合やら練習やらで早起きしなければならない場面には、必ず泊まって起こさないといけないのだ。

「別にいいけどさ、ちょっとずつ朝弱いのを直した方がいいぞ?そうしないと、これからの人生キツイと思うんだが……。」

まだ学生ならまだしも、社会人になったら遅刻は許されない。
だから危機感を持って忠告したのだが、光輝は全然堪えてない様で、ニッコリ笑顔を見せた。

「大丈夫だよ。これからも、影太が起こしてくれればいいんだから。」

「え〜……。」

社会人になっても俺が起こしに行くの??

その場面を想像すると、ゲッソリしてしまったが、光輝は笑顔のまま俺の首に腕を回して耳元で囁く。

「……今日はレモンパイがあるよ。それに、明日の試合の後はチョコレートスフレを作ろうと思ってるんだけど……。」

「────うん!俺、ずっと光輝を起こしに行く。」

スパッ!と断言した俺を見て、光輝は嬉しそうだ。

なんと光輝は料理だって凄くて、こういった甘いスイーツをちょくちょく作ってくれる。
そのため、俺が起こしに行ったり泊まったりする度にご馳走してくれるもんだから、俺は快く起こしに行く様になったのだ。

暑い日に食べる酸味の効いたレモンパイは、絶品!

ルンルン♬と上機嫌でスキップしそうなくらい喜ぶ俺を見て、光輝もご機嫌になった様で、二人でくっついたまま光輝の家へと向かった。

光輝の家は、俺の家から五分くらいの距離にある豪邸で、最初見た時はとても驚いたモノだ。
到着した光輝邸を見上げ、相変わらずの大きさに「おぉ〜……。」と感動の声を漏らす。

「お前んち、ホントにデカいよな〜。金持ち臭がプンプンする。」

「……一応両親は二人とも有名な弁護士らしいし、一般家庭よりは稼いでるんじゃないかな。」

クンクンと鼻を鳴らして門の匂いを嗅ぐ俺を見て、クスッと笑う光輝はいつもと変わらないが……なんとなく両親の事を語る口は冷たいのには気づいていた。

こいつ、あんまり両親の事好きじゃないのかな?

そう思わせる程、普段両親の事を語る際は淡々としているというか……なんとなくどうでもいい他人というイメージを受ける。

まぁ、家族だから絶対仲良くしろ!……とは言えないもんな。色んな事情があるかもしれないし、相性もあるだろうし……。

アッサリと光輝の想いを受け入れられるのは、俺の両親にも色々あって離婚しているからだ。


『なぜこっちが正しい事なのに、それをしないの!』

これは離婚して出ていった母が口癖の様に俺に言っていたセリフで、周りの子供達と比べて、不器用で動作も遅い俺によくぶつけていた言葉であった。

俺はじっくり物事を考え、やってみて失敗してやってみて失敗して……そうして物事を理解していく性質を持ち、他の子達の様に周りの動きをよく見て学び、失敗せずにその時の最良を導き出すのが苦手な質を持っていた。
母はいつも周りの動きを見ては、俊敏に動ける人だったから、どうにも効率が悪い俺と本当に相性が悪かったのだ。
そしてとうとう母は半分ノイローゼの様になってしまい、結局俺が小学生に上がって直ぐに出ていってしまった。
それを自分のせいだと当時は随分と気落ちしてしまったが、そんな俺に俺と同じ気質を持った父が豪快に笑う。
なぜ笑うのか分からなかった俺の頭をグチャグチャと撫で、父はやはり「すまん!」と豪快に言った。

「いや〜正反対の性格にお互い惹かれて結婚したが、結局駄目だったな!ハハハッ!すまんすまん」

「父ちゃん……それ笑う所じゃないじゃ〜ん……。俺が失敗ばっかりだったから、母ちゃん出てっちゃったんだ。」

ベソベソ泣きながら父に恨みがましい目を向けたが、父はアッサリと手を横に振る。

「いやいや〜。こういうのってどっちが悪いとかじゃねぇと思うんだよ。結局人間っていうのは相性だからさ。
俺も母ちゃんも結構頑張ったんだが……無理だった。
だから夫婦間で何も思い残す事はねぇが、お前には酷い事になった。だからすまんな、ホント。」

父なりに申し訳ないと思っている事が分かって、そのまま泣いている俺に、父は困った様に頭を掻いてポツリポツリと母について語りだした。

「母ちゃんな、どうやら幼少期から『これが正しい』『あれが正しい』って両親から言われ続けて、自分で何も選べないまま大人になっちまったらしいんだ。
……うん、大人から見たら、子供のやる事なんて、全部効率が悪くてつい口を出したくなるのは分かるけどな、母さんの両親はやり過ぎちまった様だな。
だから母ちゃんは、自由に動いて失敗し続ける俺に憧れて結婚したんだって昔言ってたよ。」

「え……?で、でもそれって……。」

母の両親が言っていた事が、母が俺に言っていた口癖と全く同じだと思い、口を開こうとすると、父ちゃんは分かっていると言わんばかりに頷く。

「そうだ。まさにお前に言い続けていた言葉だったんだ。だから、それに気付いた母ちゃんは、出ていく事を選んだんだ。
自分があんなに苦しんだ経験を、お前にさせてしまうからってな。
……小さい頃に歪められたモノは、大人になったら直すのが難しいんだろうな。
だから母ちゃんは、お前を自分の様に歪ませたくなくて別れを選んだんだよ。
お前が怒らせたからじゃない。」

「…………。」

その言葉を聞くと、気がつけば俺の目からはポロポロと涙が溢れていて、服をどんどんと濡らしていくのが見えた。

俺は嫌われていたんじゃなかった。

それが自分の心を救ってくれた気がした。

そのまま泣き続ける俺の頭を、父は軽く叩き、最後はニカッ!と笑ってみせる。

「俺の『自由で失敗ばっかりな所』に凄く憧れて結婚したらしいから、その魅力溢れる個性を失くそうと思わないでくれよ。
沢山失敗して、突っ走って……そんな自分を大好きだって言ってくれる人を見つければいいんだ。
俺はこうして最後は駄目だったけど、結婚して凄く幸せだったから大丈夫!」

そんな父の言葉を胸に、スッカリ心のモヤモヤが晴れた俺は、それから母を苦しめた『正しさ』をやっつけてやりたいと考えた。
なんでそこに行く!?と父は笑っていたが、正しさなんて星の数ほどあって、それは人に強要されるモノじゃなくて、自分で見つけないといけない事だと思ったからだ。

だからそれを掲げて突っ走るヒーローを、やっつける悪役になる!

そう最初は決意し悪役を目指すと、今度は平凡な自分とは180度違う、人を魅了する強烈な個性と我道を行く強さに惹かれる様になった。
こうして俺という個性は育ちに育って────現在、こんな形になっているというわけだ。

我ながら、ちょっと曲がりくねった成長しているなぁ……。

しみじみそう思いながら、もう一度光輝の方を見る。

だから俺は、光輝の両親が正しいのか正しくないのか、それを俺だけの考えで押し付ける事はしたくないと思った。

事情だって人それぞれだしな!

遠い過去にいる母親を思い出し、頭の中で『お互い頑張ろう!』と叫んでおく。