「このままだと、ミスター&ミセス大会は、俺という悪役によってピカピカ輝くだろうな。」

その時の事を想像すると、悪役の気持ちというものをまた一つ理解した気がする。
悪役はヒーローとヒロインを輝かせるのに必要な、大事な大事な役割だ。

「──ヒーローの光輝とヒロインの花園さんは正義を叫び、そしてその正義は悪の影太を打ちのめしました。
そして強い絆で結ばれた二人は結ばれ、世界は平和に……か。」

なんだかそれを考えると、ドラゴン・ロード物語のエンドを見た時と同じ気持ちになってしまった。

皆が『正義』というソレは、本物の『正義』じゃない!

モヤモヤした気持ちを必死に抑えながら看板を持って歩いていると、突然肩を叩かれ振り向くと────そこには、バスケ部の部長である空松さんがいた。

「すまん、お前、黒井と同じクラスのヤツだろ?ちょっと聞きたいんだが、黒井は大丈夫か?」

「えっ?俺?」

咄嗟に言葉が出てしまうと、着ぐるみの中の人物が俺だという事に気づかれた様で、空松さんは「あっ!」と声を出す。

「お前っ、黒井か?」

「はい。そうです。俺に何か用ですか?」

どうやら空松さんは俺に用があったようなのでヒソヒソ声で尋ねると、空松さんも同じく小さな声で話始めた。

「いや、俺のクラスでお前と花園の変な噂話を聞いてな……ちょっと心配していたんだよ。勿論嘘だよな?」

「はい。俺は花園さんに嫌がらせなんてしてないです。」

そこは間違いないので、堂々と答えると、空松さんは困った様子で目元を隠す。

「すまんな。俺の責任だ。
元々花園さんや、他のマネージャー候補達が、ただ光輝に近づきたいためにマネージャーになってくれていたのは知っていたんだ。
でも、ちゃんとバスケ部のために動いてくれるし、なんだかんだと責任感があって優しい奴らだと思っていた。
耳に入る問題行動に関する噂も、尾ひれと背びれがついているものかと……。真意も分からない話も多かったしな。」

「いえ、それは別に空松さんのせいじゃ……。
そりゃ〜真意が分からない話を直ぐ信じるわけにもいきませんし。」

今度はガックリと頭と肩を落とす空松さんに、なんて言えばいいか分からず困っていると、空松さんは突然顔を上げた。

「実は一部の部員達と、もうこれ以上は無理だという話になっているんだ。
ついこの間、元々バスケが好きでマネージャーになるつもりだったいう女子生徒達が、全員で来てくれてな。
話を聞けば、花園さんや他のマネージャーから脅される形で諦めるしかなかったと。
どうやら光輝狙いだろうとかなんだと酷い噂を流されたそうだ。」

「それが本当なら酷い話ですね。ちゃんとバスケが好きでやりたいって言ってくれた人に。」

別に光輝目当てでもなんでもいいが、他の人の邪魔までするのはちょっと良くない。
空松さんは大きく頷いた後、ガリガリと頭をかき回した。

「その来てくれたマネージャー達の話は、もうちゃんと他の証人にも確認を取ったから、ほぼ間違いないと思う。
だが、証拠がなくてな……。
もしあったなら、それをバシッ!と叩きつけて全員クビにしてやるのに!」

ギリギリと歯ぎしりして憤慨する空松さん。
空松さんは昔から人情に熱い人だったから、人を陥れる様な事を平気でする花園さん達が許せないらしい。

「証拠か……。」

困った事に俺もそんなモノはないし、大勢で囲まれた場合は携帯を出して直ぐに撮影も難しいだろうし……。
どうしようかと考え込んでいると、空松さんが大きなため息をついた。

「基本は仕返しとかを考えないタイプに限定してやっている感はあるな。
それに男子生徒達を使って、広いコミュニティーを作っているから、情報も筒抜けになっている様で尻尾を出さない。化物め!」

「化物って……。まぁ、確かにそれは厄介ですね。」

俺の前に一人で出てきて本性を出してきたのは、多分俺がどうせ何もできないからと馬鹿にしていたからの行動だったらしい。

「良くも悪くも人を見ているという事だ。
使い方を間違えなければ、世を生きる最高の武器になりそうなのにな。」

空松さんは、ハハッと笑いながら言った後、俺の背中を強く叩いた。

「なんにせよ、負けるなよ、黒井。困った事は必ず相談してくれ!絶対に力になるから。」

「は、はい。ありがとうございます!」

その心遣いが嬉しくてジーン……と感動していると、空松さんはそのまま手を振って行ってしまった。

空松さんは、やっぱり優しい人だ〜。

思いがけずに人の優しさにまた触れて、グスンッと鼻を啜ると、その後は上機嫌で着ぐるみ活動を続け、担当時間を終えた俺と中野はゲーム愛好会へ。
予想通りの目が回る程の忙しさのせいで、あっという間に時間は過ぎて、とうとう今日一番のメインイベント『ミスター&ミセス大会』の時間がもうすぐな事に気づいた。

「お、そろそろメインイベントの時間か……。」

「うん、人が少なくなったのはそのせいだな。」

さっきまで人で溢れていたゲームコーナーは、どんどんと人がいなくなり、中野と俺はフゥ……と息を吐く。
これで一般出店していた奴らは全員店じまいをし、全員参加型の『ミスター&ミセス大会』を見に行く事になっている。

「……な〜んか、行く気失せるよな〜。」

中野がふてくされた様に言うと、全員がウンウンと頷いた。

「なんで花園さんとか、他の一軍胸糞女子達がキャピキャピしてるのを……。」

「見ないといけないのよ〜。地獄かww」

「日野君との絡みも多いだろうしさ、胸糞〜。」

女子部員達がブツブツ文句を口にしたが、一応この学校の伝統で全員参加が義務付けられているため、いかないわけにいかない。
だから、文句を言いながらも最後のお客さんを見送った後は、淡々と片付けを急ぎ、全員で大会会場である校庭へと急いだ。

◇◇
大会の会場は体育館で、そこはすでに凄い人の数で、ステージには『ミスター&ミセス大会』という達筆で書かれた看板が掛けられている。
生徒会と特進クラスが総出で用意しているのが見えて、俺は光輝の姿を探した────が、見つからない。

「……光輝いないな。」

「あ〜参加者だからじゃね?舞台ステージの裏に集まってるっぽいぜ。」

一緒に来た中野が、前に位置するステージを指差すと、確かに参加者らしき人達がぞろぞろとステージの奥へと入っていくのが見えて納得した。
そして改めて凄く沢山の人達がいるなと思いながら、キョロキョロと周囲を見渡す。

ステージの真ん前を陣取っている女子グループは、ひと目見て分かるくらい光輝ファン。
光輝の顔写真や『こっち見て〜!』『好き好き〜!』と書かれた団扇やプラカードを持っているから!

しかし、負けてないのは、その後ろ辺りのスペースをドンッ!と大きく取っている花園さんのファンらしき男子生徒達だ。
花園さんの顔写真がプリントされたTシャツやタオルなどを振って、大騒ぎしているから、こちらもすぐに分かった。