「そ、そっか!じゃあ、帰る?」

「うん。……と言いたい所なんだけど、少しだけ先生の所に行かないといけなくて、もう少し待っててくれる?直ぐに終わらせてくるから。」

ハァ〜と長いため息をつきながら、そう言う光輝に首を傾げる。

「先生に?珍しいな。何の用?」

「文化祭委員会のアレコレだよ。めんどくさ。」

光輝は本当に嫌なのか、ウンザリした声で吐き捨てた。

文化祭委員会はその名の通り、年に一回ある文化祭の時に働く委員会の事だ。
我が高校では、必ず一人一つ委員会に入らないといけないのだが、文化祭委員会と体育祭委員は、そのイベントの時期だけしか仕事がない、いわゆる期間限定の委員会であるため大人気!
光輝はそれに立候補し、その枠を見事ゲットしたのだが……特進クラスは、毎年この文化祭イベントの大目玉を担当していたらしく、毎年生徒会とも協力して大忙しらしい。
ちなみに俺も、光輝と同じ文化祭委員だが、まだそんなに仕事はない。

「特進クラスは本当に大変だな。えっと……なんのイベントするんだっけ?」

「『ミスター&ミセス大会』。
学校内人気者を男女別に決めるイベントだね。全生徒に投票してもって、文化祭の最後に発表してもらうらしいよ。」

大して興味もなかった俺は、へぇ〜と言いながら、ゲーム画面に視線を戻そうとしたが、中野は興奮した様子で突然立ち上がった。

「我が校一番の大イベント『ミスター&ミセス大会』!うおぉぉぉぉぉ!!!キタぁぁぁぁぁ──!!」

「えっ、どうしたんだよ、中野。」

あまりの熱血っぷりに、若干引き気味で尋ねたが、中野はそんな俺には目も向けず、両手を頬につけてウットリした顔を見せる。

「我が校の顔とも言える美男美女を決定する、大事な大事なイベント!
自分の推しの人を全力で応援して、更にアピールチャンスタイムなら握手もできるなんて最高かよっ!!
いつもは遠目から拝めるだけの美女を近くで見れて、触れる機会まであるなんて……神イベントッ!!」

中野はとうとうその場でブリッチまでし始めてしまったので、俺が中野が変だという事を伝えたくて、他の部員の方を見たのだが、なんと全員が色とりどりのマジックで誰かの名前が書かれた団扇を出してパタパタ振っている。
そして、全然変じゃないよと言わんばかりに目をキラキラさせていた。

「まぁ、確かに盛り上がりそうなイベントだよな〜。」

うんざり顔の光輝にも一応『ね〜?』と同意を得ようとしたが、ムスッ!とした顔からも、全然興味はなさそうだった。

光輝が出れば、多分優勝できるとは思うんだよな〜。
そしたら、光輝ともう一人の女子生徒の優勝者と……。

そこでモヤモヤ〜と思い浮かんだのは、ブレイド王子様の様な格好をしている、それはそれはカッコいい光輝の姿と、それに寄り添う花園さんの姿であった。

……モヤ。

なんだかまた胸がモヤモヤした様な気がして、慌てて首を横に振ると、中野が机にバンッ!と両手をついて、俺へ顔を近づける。

「ばっかやろう!盛り上がるに決まってんじゃねぇか!
ミスターとミスに選ばれれば、この学校を支配したと言っても過言じゃねぇんだから!
少なくとも在学中は、誰もが羨望の眼差しで見つめるだろうよ。
くぅ〜!いいよなぁ〜俺もそんなモテ期を一度でいいから味わいてぇ!」

ウルウルし始めた目を見つめ返していると、突然その顔は光輝の手によって鷲掴みされて、まるでぶどうの実の様に持ち上げられた。
プラン……と片手で持ち上げられてしまった中野は、一瞬でテンションダウンし押し黙る。

「……机1個分は距離を開けてね。」

「はい、仰せのままに。」

光輝が静かに告げると中野はキリッ!とした目で頷き、降ろされた後は、まるで置物の様に大人しく座る。

なんだかんだで、中野と光輝も仲良さそうなんだよな……。

二人のこうした絡みは何度も目撃していたので、ニッコリ笑っていると、光輝は何やら考え込み始めた。
そして、突然俺の方をジッ〜と見つめてから、口端を少しだけ上げる。

「悪くないね。俺も大会に出る事にする。」

「──えっ!!?」

面倒くさがりナンバーワンな光輝が、色男&色女大会に出る?!

驚き過ぎて言葉を無くしていると、光輝は俺を見たままニヤニヤと笑った。

「これ──……すれば、世界の1割くらいは────。
1割くらいならどこまでいいの?とりあえず、セックスが10割だとしたら。」

「はぁぁぁ〜?」

光輝がとんでもない下ネタをぶっこんできたぞ!

それに焦ったのは俺だけではない様で、置物のたぬきと化した中野は置いておいて、他の部員は全員目をまんまるにして驚いている。

『エッチ業界の世界観では、1割とはどこまでOKですか?』──と、光輝は聞いてきたのだ。

いや知らんよ。

陰キャオタクの俺には、随分難易度が高い質問であったが、ここで『知らない』というのは、なんだかプライドに触る気がして……俺はしたり顔でその質問に答えた。

「ハハハッ。光輝君は、意外に何にも知らないんだな!
1割は、ズバリ、キスまでだな。
でも、ちょっと口は難易度が高いから、頬くらいじゃね?うんうん。チュッ!ってヤツ!」

口をニュッ!と突き出して答えてやると、光輝は目を輝かせて、俺の口を軽く摘む。

「そうなんだ。それは凄く楽しみだね。じゃあ、張り切って仕事しないと……影太、また後で迎えにくるから。」

「あ、うん。分かった……。」

目に見えて上機嫌になった光輝は、俺の唇をグニグニと数回揉み込むと、そのまま教室から出ていった。
その背中をポカンとしながら見送った後、俺はまるで解凍した氷の様に、突然机に突っ伏した中野へ声を掛ける。