◇◇
「──というわけで、朝から散々な目にあったんだ。」

「へ、へぇ〜……。」

ゲーム愛好会の部室にて、早速昨日からの出来事を中野に話す。
すると中野は、最初の方は真剣に聞いてくれていたが、次第に視線を逸らして答える声も小さくなっていった。

そりゃ、そうか。もう高校生なのに、赤ちゃんみたいに洗われたなんて言われても、反応に困るもんな……。

「でも、ホントめちゃくちゃ気持ちよかったぞ。光輝の指使いが凄すぎて……アイツ、何でもできるよな〜。」

「──っ!?」

中野と周りで作業している部員達が、ビクビクッ!!と体を揺らしたが、携帯ゲームを見ていた俺は気づかなかった。
そしてポチポチとゲームを進めながら、続きを話す。

「流石に俺とばかり一緒にいるのは良くないなって思ってさ、少しづつ離れて、それぞれ良いなって思う別の場所にも目を向けたいかなって。俺の好きな物イコール光輝の好きな物じゃないもんな。」

「まぁ、そりゃそうだけど……。」

否定はしないがハッキリ肯定もしない中野を、少し疑問に思ったが、それでも俺はキッパリ断言した。

「今まで俺のアホみたいな行動に付き合わせて、光輝のしたい事をする時間を無駄にしちゃったかもしれないじゃん。
それって幸せとは言えないかもしれないから、とりあえずお互い外の世界へ目を向けて、自分のしたい事を探すべきだなって思ってる。」

「う〜ん……。」

俺の話を聞き終えた中野は、腕を組んで悩ましげに考え込むと、少し困った様な顔をして話し始めた。

「多分さ、日野の幸せって、お前の考えているモノとは違う気がするんだよ。
っつーか、普通じゃ理解できない感じっていうか……とりあえず俺は、余計な事しないほうが良い気がするんだけど……。」

「なに当たり前の事言ってんだよ〜。そりゃ、俺と光輝の幸せの形は別モンだろう。
そうそう、余計な邪魔はせずに、俺は見守るつもりだよ。
とりあえず、今も心の中では『頑張れ!』ってエールを送っている。」

オー・エス!オー・エス!とリズムに合わせて、手を上に挙げたり下げたりしていると、中野は、頭を抱える。

「……もう、いい。下手なこと言うと、アイツが怖いし。そもそも、なんでそんなに頻繁に泊まり合いとかしてんだよ。お前んとこの親父は?」

「親父?──あぁ、親父はトラックドライバーだから、前からほとんど家にいないんだよ。
長距離だと数日くらいいないな。時間が合えばたまにご飯食べるけど。」

人手不足が深刻なトラック業界の中、無類の運転好きの父は生き生きと働いてきた。

『なんかトラックの中にいる時間の方が長くて、こっちが家みたいになってるな、こりゃ。』

笑いながらそう言った後、父はバツが悪そうに『すまん。』と言ってたが、その理由はよく分からない。
一生懸命働いてくれて、生活を支えてくれる父には感謝しかなかったからだ。

「なるほどな〜。お前んとこ、確か母ちゃんもいないんだよな?炊事洗濯は?」

以前話した内容をちゃんと覚えていてくれたらしい中野は、母について尋ねてきた。
母は自分も働いているにも関わらず、全ての家事を完璧にしてくれていた──と気付いたのは、母が出ていってから。
家事をしてくれていた母がいなくなると、いない事が多い父では当然手が回らなくなって、家は汚くなっていった。

『母ちゃん、今まで俺達のためにこんなに頑張ってくれたんだ。』

家が汚くなっていくのと比例して、なんだか母の愛みたいなモノを感じて嬉しくて、だから頑張って生活しよう!と決意したのだ。

「そりゃ〜なんとかするしかないから、当時の学校の先生に教えてもらったり、TV見て勉強したりしてさ、頑張ったんだよ。だから、完璧とは言えないけどそれなりに家事はできるぞ。
光輝と仲良くなってからは、一緒に掃除してくれたり、ご飯も作ってくれる様になったしな。」

中野はビックリしたのか目を丸くした後、納得した様な顔で大きく頷いた。

「……日野と距離感バグッてる理由が分かった気がするわ。なるほどな〜。日野の方も両親がほぼいないって言ってたもんな。」

「そうそう。俺は少なくとも一回も見たことないんだよな〜。光輝も全然話さないし。弁護士って忙しいんだな。」

しみじみと語ると、中野は「ふ〜ん……。」となんだか納得していない様子で答える。
その葛藤は何なのかはしらないが、短い息を吐き出した後、机に頬杖をついて俺の方をチラッと見た。

「そりゃ〜寂しいな。」

「?寂しい……?」

意外な言葉を言われて、思わず首を傾げてしまう。

寂しい?光輝が?それとも俺が……?

キョトンとしてしまった俺を見て、中野はバツが悪そうな顔をすると、「すまん。」と以前父が謝ってきたのと同じ様に頭を掻いて視線を逸らした。
それを見て、俺はボンヤリと今までの事を振り返る。

俺の毎日の記憶の中は、光輝との思い出で一杯で……そこに『寂しい』は一つもなかった。
『寂しい』なんて感じる暇もなく、隣には光輝がいたから。

「俺……。」

『寂しい』は、自分とは凄く遠い存在で、それをあっちいけ!してくれたのは、光輝。

だったら、光輝が俺の側からいなくなったら……?

「寂しい……のかな?」

シュン……と肩を落とした俺を見て、気まずそうな顔をした中野が、口を開きかけると────……。

「寂しいの?」

後ろから聞き慣れた低音ボイスが聞こえると、首と背中が暖かいモノに包まれた。

光輝だ。

「光輝……?部活終わったのか?」

「うん。部活は終わったよ。あと、どうでもいい雑談にも少し付き合ってきた。疲れたよ。」

光輝は、俺を背中から抱きしめ、心底嫌そうな声で言う。

今日、いつもより来るのが遅かったのは、どうやら最後の部員やマネージャー達との雑談に付き合ったからの様だ。
それは良いこと!……のはずなのに、少しだけ胸の中がモヤモヤする様な気がして、なんだか不思議だと感じた。