至って平凡な見た目、並の学力、普通の運動神経を持ち、現在何の変哲もないサラリーマン。
我ながら平凡を絵に描いたら、僕――三波朔になるのでは?と思うほど、ド平凡な生活、そして普通の人生。
そんな僕が一つでいいから、人に自慢できることを何か挙げろと言われたら......。
めちゃくちゃイケメンでハイスペックな幼馴染がいることだろうか。
「はぁ〜〜足を怪我しただぁ⁉︎何やってんだよこのドジッ!」
「いや......ちょっとこけて捻っただけだから」
電話の向こうから聞こえてくる大声に、スマホを耳から離して僕はそう答えた。
「何やってんだよ! まったく......」
なおも大きな声でそう言い、呆れたように電話越しにため息を吐くのは幼馴染の木元侑星。
ことの発端は仕事終わり、今日は侑星と食事に行く約束をしていた。
少し待ち合わせ時間に遅れていたので、急いで会社の階段を駆け下り、調子に乗って三段ほどの段差をジャンプで飛んだのが、よくなかった。
着地の瞬間見事に足を挫き、たまたまそこを通りがかった同僚に助けを借りどうにか病院に辿り着いたのだった。
診察を済ませ、食事に行けなくなったことを侑星に連絡を入れたところ......このように電話越しに怒鳴られている。
「たいしたことないらしいから大丈夫だって」
宥めるようにそう言うと、ハァとまた侑星は大きくため息を吐いた。
「で、どこの病院?」
「え?」
急な問いに僕は首を傾げる。
「だから! どこの病院にいるんだよ」
「えっと......〇〇病院」
もう一度聞かれて、自分がいる病院の名前を慌てて答えた。
「分かった。すぐ行くから、一歩もそこを動くなよ!」
「動くなって......?」
行くってどこに?そう聞こうとしたら、すでに通話は切れていた。
もしかして......迎えにきてくれるのかな。
でも......わざわざ何で? 通話の切れた画面を見つめながら、僕は首を傾げた。
「お前......一歩も動くなって言っただろうが!」
会計をするため、受付カウンターの前に立っていたら、聞き慣れた声が後ろから聞こえ振り向いた。
「侑星」
ほんとに迎えにきてくれたんだ。まさか本当に来てくれるとは思わなくて、僕は驚きに目を瞬かせた。
現れたのは、まるでファッション雑誌から切り抜かれたようなスタイルのいい幼馴染。待合場にいた全員の視線が一気に侑星に集まった。
華やかながらも男らしい、精悍な美貌を持つ侑星に、周りから感嘆のため息が零れる。
「たくっ......」
そう呟いて侑星が僕の方に歩いてくる。
モデル並みにスタイルがいい侑星が歩くと、質素な病院の廊下もファッションショーのランウェイのようで、ますます周囲の女性がうっとり目を蕩けさせる。
そんな幼馴染の登場に驚いていると、松葉杖をつく僕の姿に侑星は顔を顰める。僕の手から荷物を奪うと、侑星は近くにあった椅子を指さした。
「そんなのいいから、座ってろ」
「お会計......」
そう言うがそんなことには構いもせず、侑星は自分の財布からお金を出して窓口で支払いを済ませた。僕は大人しく言われたまま、椅子に腰かける。
「あいつの足のこと聞きたいんですけど」
「あら、家族の方ですか?」
受付の女性スタッフが、侑星を見てポーッと頬を染めながら聞き返す。
「はい。そうです」
頷いた侑星を、スタッフがこちらへどうぞと案内する。
いや、家族ではないだろ......。
小さい頃からの幼馴染で、僕と侑星の家は家族ぐるみで仲がいい。だから、家族と言ってもいいようなものだけど。
侑星の後ろ姿を眺めながら、僕は心の中でつっこんだ。
「ほら」
戻ってきた侑星が、僕に背中を向けてしゃがみこんだ。
ほら、と言われ目の前にある大きな背中をジッと見つめる。
「え? まさかおぶってくれようとしてる?」
慌てる僕に侑星は相変わらず背中を向けたままだ。
「いいって! 歩けるって......‼」
さすがにそこまでさせるわけにはいかない。それに何より人前でおんぶなんて恥ずかしい。戸惑っていると。
「早くしないとお姫様抱っこするぞ」
ちらとこちらを見て侑星がそう言い放つ。
言われた言葉に、鼓動が跳ねた。
「............」
お姫様抱っこなんて、おんぶの恥ずかしさの比ではない。背に腹は代えられない。ここは素直におんぶされよう。
「じゃあ、お言葉に甘えて......」
しぶしぶ僕は侑星の背中に体を預ける。
「ん」
軽く頷いて、軽々と僕を持ち上げると侑星が歩き出す。
周りが僕たちを微笑ましい視線で見ていて、僕は赤くなった顔を侑星の肩に埋め、隠すようにしがみついた。
「足、気をつけろよ」
助手席に乗り込んだ僕にそう言葉をかけて、侑星が車のエンジンを入れる。
こちらに体を寄せるので何かなと思っていたら、自然な仕草で僕のシートベルトを締めてくれた。
「わざわざ来てくれてありがと」
「んー」
お礼をいうと、侑星は何でもないことのように返事をする。
侑星の車はとても乗り心地がいい、聞いたらなんちゃらの高級車らしいが、車に詳しくない僕には分からなかった。
「で、なんで怪我したんだ?」
「あー時間に遅れてたから、会社の階段急いで駆け下りてこけちゃって......」
本当は調子にのって、階段を飛んだのが原因だけど、恥ずかしいのでそれは隠しておく。
「バカ......急がなくていいんだよ。朔のことなら何時間だって待てるんだから」
「......ああ、そう」
車を走らせる侑星に、少し間を空けて答える。
「遅れるって連絡あったきり、返事しても既読にならないから、なんかあったのかって心配した」
「それは......ごめん」
「何謝ってんだよ、朔はなんも悪くないだろ。病院からじゃなくて、会社で連絡入れてくれてよかったのに」
そう言って、侑星が僕の髪を撫でる。
大きな掌の温かい感触と優しい言葉に、とくんと鼓動が音を立てた。
どこかくすぐったさを感じながらも、侑星の隣はいつも通り安心できて、とても居心地がよかった。
辿り着いた高い高いマンションを見上げる
いつも来ても高級で、煌びやかな雰囲気のそこは、侑星が住む部屋があった。
「なんで侑星んち......?」
自分の家ではなく侑星の家に連れてこられ、そう零す僕に侑星は首を傾げた。
「はぁ?その方がいいからに決まってんだろ。不便だろうが、その足じゃ」
当たり前のようにそう返される。
確かに僕は一人暮らしだ。それに実は会社からは、僕の家より侑星の家の方が近い。
どうやら侑星は、足が治るまで僕の面倒を見てくれるようだ。
部屋について、侑星が作ってくれた夜ご飯を一緒に食べる。
「はぁ......うまかった......ごちそうさま」
「そっかよかった」
手を合わせそう言う僕に、侑星が嬉しそうに瞳を細める。
侑星が作ってくれたご飯は、とてもとても美味しかった。いつの間にこんなに上手になったんだろう。
「こんなんでよかったらいつでも作ってやるよ」
機嫌がよさそうに侑星は笑顔で僕の頭を撫でる。その笑顔が眩しくて、こんなの女性ったらイチコロで落ちる、いや女性でなくても落ちちゃうなと僕は思った。
侑星はそれはそれは立派な家に住んでいた。所謂タワマンというやつだ。
そして僕を乗せ、ここまで運転してきた自家用車も海外メーカーの高級車。外資系の会社に勤め、何やら投資等の勉強もしているらしい。
同じ歳なのに、僕とは全く違う暮らしぶり。といっても、侑星が特別すぎるだけで、僕の方が一般的に年相応の暮らしだろう。
とても男前でスタイルもよくて、その上料理まで上手ときた。もはやイケメンすぎて、純粋にすごいと思う。
「あ......でも、僕も一人暮らししてるから料理はできるよ。だから今度は僕が作るね」
世話になる上に、ご飯まで作ってもらうなんて申し訳ないし。僕の言葉に、侑星が顔を輝かせた。
「でもたいしたものは作れないから、あんま期待するなよ」
さすがに侑星ほど豪華な料理は作れない、期待に満ちた瞳に、僕はそう付け足した。
「朔が作ってくれるなら、なんだって嬉しい」
とても嬉しそうに侑星が笑う。精悍な顔つきが、笑うと目尻がふにゃっと下がって、一気に人懐っこくなる。
「......」
自分に向けられる、昔から変わらないその笑顔に、胸がキュンと締め付けられた。
「じゃ、風呂入るぞ」
「えぇ⁉」
リビングのソファーで、テレビを見ながらくつろいでいると、僕の分と自分の分の寝間着を手に持った侑星にいきなりそう宣言された。
「一緒に......⁇」
僕は驚いた声を上げる。
「その足じゃ、危ないからな。ほら早く」
「うん......」
軽症なので一人で入れるけど、そう思ったが、あまりにも当然のように言う侑星に気付いたら僕は頷いていた。
「かゆいとこないですか~お客様」
「ふっ......なんだよそれ」
美容院で頭をあらってもらうときの常套句に僕は吹き出した。
僕の頭をあわあわにして、侑星が髪を洗ってくれる。触れる手が優しくて心地いい。
気持ちよくて、僕はすっかり侑星に身を委ねていた。
頭にシャワーをかけて、目に入らないよう気を遣いながら泡を流してくれる。髪に触れる手が心地よくて、僕はうっとりと目を瞑った。
「よし、オッケー。 俺が洗ってる間、朔は湯船に浸かってて」
「ありがとぉ......」
あまりの心地よさに、眠気に襲われる。僕は舌足らずな声で返事をした。すると侑星の手が伸びてきて、僕の頭を撫でる。
「寝るなよ。溺れるぞ」
「こんな浅さで溺れるわけないだろ......」
言葉とは裏腹に、触れる手はとても優しい。僕を見つめる侑星の瞳が温かくて、胸がキュンと高鳴った。
湯船につかりながら、侑星を見つめる。
手足の長い四肢に、引き締まった筋肉。久しぶりに見た侑星の裸は、すっかり大人になっていた。
「........................」
なんだか男らしくてドキドキする......。
どうしたんだろうか、昔からお風呂なんて一緒に何度も入っているのに。
急にこの状態に恥ずかしさを覚え、慌てて侑星から視線を逸らす。
僕は湯船に深く浸かり、なぜか高鳴る胸を落ち着けた。
そして僕は見事にのぼせてしまった。
「ほら、水」
「うーありがと」
ベッドに腰かけていると、侑星が水の入ったコップを渡してくれる。それを受け取って、僕は一気に飲み干した。
「ふう......」
のぼせた体に冷たい水が心地いい。生き返るように一息ついた。
「大丈夫か?」
「生き返ったありがと」
空になったコップを、自然な動作で侑星が僕の手から受け取り、頭を撫でる。
その掌が心地よくて僕はそっと瞳を閉じた。
いつの間に持ってきていたのか、侑星が後ろに座って僕の髪をドライヤーで乾かし始める。
優しい手が髪を梳いていく感触が気持ちいい。僕は思わずとろんと瞳を溶けさせた。
「寄りかかっていいぞ」
そう言われ、僕は迷いなく侑星に体を預ける。髪が乾く頃には、すっかりうとうとと瞳はまどろんでいた。
「眠い?」
優しい声にうんと頷く。
すると侑星がリモコンで電気を消して、ベッドに寝転がった。片腕を差し出すように横に伸ばし、僕の方を見る。
「ほら、こいよ」
「......」
誘われるまま、侑星の横に寝転ぶ。差し出された腕に頭を乗せると、すぐにもう片方の腕が僕を抱きしめて引き寄せた。
腕枕......されてる......
何で? と思うが抱きしめられる腕と、侑星の体温が心地よくて何も考えられなくなる。
素直に体を預けると、侑星は上機嫌で微笑んだ。
「なぁ......さくぅ......そろそろここに引っ越して来いよ」
(引っ越す......? ぼくがこのへやに......)
「家賃も何もいらない。朔一人ぐらい余裕で養えるし」
(養えるって。僕も働いてるから生活には困ってないけど......)
「なぁ~~さく......」
心の中で侑星の言葉に返事を返していると、甘え切った声で名前を呼んで、侑星が僕をギュッと抱きしめた。
それに、ふと頭の中で昔の記憶が蘇る。
泣いている小さな侑星。
『なんで!なんで⁉朔と結婚できないの?』
そんな侑星を、小さい僕は必死で抱きしめていた。
『男同士は結婚できないってママたちが言ってた』
僕もうるうると目を潤ませ泣くのを必死に我慢している。
『大きくなったら結婚しようね』と約束をしている僕と侑星を微笑ましそうに見ながら、二人の母親は言ったのだ。
『それは素敵だけど......男同士は結婚できないから残念ね』
初めて知った事実に、僕と侑星は打ちのめされていた。
『おれ......がんばる!』
『え?』
涙を堪える僕を、今度は侑星がギュッと抱きしめてくれる。
『いっぱいいっぱい努力して誰よりも勉強ができるようになって、かけっこも早くなって、お金もいっぱいいっぱいつくる!そしたら朔をお嫁さんにしたいって言っても誰ももんく言えないでしょ?』
『ゆうちゃん......』
『だから待っててね、さく!』
そう言って抱きしめる侑星に、僕は頷くと強く強く抱きつき返した。
それから本当に、本当に侑星は努力をした。
成績はいつもトップ。所属するバスケ部では小中高ともにエースでスタメン。
大学は経済学部に入り、投資の勉強も始めた。
真っ先に一流企業に就職を決め、卒業と同時に車を、そして一年ほど働いた後に、自分と僕の会社に通いやすいという理由でこのマンションを買った。
完璧な侑星に、周りはいつも「さすが」「侑星なら当たり前」という言葉を送っていたけど。
僕は知っている。
それがどれだけの努力の上に成り立っているのかを。あの約束を交わした日から、一番側でずっと見てきたから。
侑星が努力を実らせる度、純粋に尊敬し応援する僕を、いつも嬉しそうに、そして愛しそうに侑星はギュッと抱きしめた。
「うん。住む......」
気付いたら勝手に口から言葉が零れ落ちていた。
「えっ......」
侑星が驚いたような声を出す。
「今......うんって言った......?」
自分で言っておいて驚くなんて、なんだか可笑しくて笑ってしまう。僕はもう一度、しっかりうんと返事をした。
「ここで侑星と一緒に暮らす。ずっと......」
「っ......朔」
その言葉に侑星が息を飲む。そして次の瞬間嬉しそうに僕の名前を呼んだ。
顔を上げた目の前に、侑星の笑顔が広がる。
瞳を潤ませて、幸せそうな笑顔の侑星が僕の瞳に映る。
心がキュンと締め付けられて、僕は侑星の胸に顔を埋めた。その体に強くしがみつく。すぐに温かくて大きな腕が包み込んでくれた。
きっと今、侑星の腕の中にいる自分も、侑星と同じ顔をしている。
なんだかとんでもないことを言ってしまったけど......。
抱きしめてくれる体温がとても心地いいから、細かいことは全部後から考えればいい。
「さく......すきだ、大好き......愛してる......」
(僕も昔からずっと大好きだよ......)
繰り返される愛の言葉にそう答えて、僕は幸せに包まれたまま目を閉じた。
♡終わり♡
我ながら平凡を絵に描いたら、僕――三波朔になるのでは?と思うほど、ド平凡な生活、そして普通の人生。
そんな僕が一つでいいから、人に自慢できることを何か挙げろと言われたら......。
めちゃくちゃイケメンでハイスペックな幼馴染がいることだろうか。
「はぁ〜〜足を怪我しただぁ⁉︎何やってんだよこのドジッ!」
「いや......ちょっとこけて捻っただけだから」
電話の向こうから聞こえてくる大声に、スマホを耳から離して僕はそう答えた。
「何やってんだよ! まったく......」
なおも大きな声でそう言い、呆れたように電話越しにため息を吐くのは幼馴染の木元侑星。
ことの発端は仕事終わり、今日は侑星と食事に行く約束をしていた。
少し待ち合わせ時間に遅れていたので、急いで会社の階段を駆け下り、調子に乗って三段ほどの段差をジャンプで飛んだのが、よくなかった。
着地の瞬間見事に足を挫き、たまたまそこを通りがかった同僚に助けを借りどうにか病院に辿り着いたのだった。
診察を済ませ、食事に行けなくなったことを侑星に連絡を入れたところ......このように電話越しに怒鳴られている。
「たいしたことないらしいから大丈夫だって」
宥めるようにそう言うと、ハァとまた侑星は大きくため息を吐いた。
「で、どこの病院?」
「え?」
急な問いに僕は首を傾げる。
「だから! どこの病院にいるんだよ」
「えっと......〇〇病院」
もう一度聞かれて、自分がいる病院の名前を慌てて答えた。
「分かった。すぐ行くから、一歩もそこを動くなよ!」
「動くなって......?」
行くってどこに?そう聞こうとしたら、すでに通話は切れていた。
もしかして......迎えにきてくれるのかな。
でも......わざわざ何で? 通話の切れた画面を見つめながら、僕は首を傾げた。
「お前......一歩も動くなって言っただろうが!」
会計をするため、受付カウンターの前に立っていたら、聞き慣れた声が後ろから聞こえ振り向いた。
「侑星」
ほんとに迎えにきてくれたんだ。まさか本当に来てくれるとは思わなくて、僕は驚きに目を瞬かせた。
現れたのは、まるでファッション雑誌から切り抜かれたようなスタイルのいい幼馴染。待合場にいた全員の視線が一気に侑星に集まった。
華やかながらも男らしい、精悍な美貌を持つ侑星に、周りから感嘆のため息が零れる。
「たくっ......」
そう呟いて侑星が僕の方に歩いてくる。
モデル並みにスタイルがいい侑星が歩くと、質素な病院の廊下もファッションショーのランウェイのようで、ますます周囲の女性がうっとり目を蕩けさせる。
そんな幼馴染の登場に驚いていると、松葉杖をつく僕の姿に侑星は顔を顰める。僕の手から荷物を奪うと、侑星は近くにあった椅子を指さした。
「そんなのいいから、座ってろ」
「お会計......」
そう言うがそんなことには構いもせず、侑星は自分の財布からお金を出して窓口で支払いを済ませた。僕は大人しく言われたまま、椅子に腰かける。
「あいつの足のこと聞きたいんですけど」
「あら、家族の方ですか?」
受付の女性スタッフが、侑星を見てポーッと頬を染めながら聞き返す。
「はい。そうです」
頷いた侑星を、スタッフがこちらへどうぞと案内する。
いや、家族ではないだろ......。
小さい頃からの幼馴染で、僕と侑星の家は家族ぐるみで仲がいい。だから、家族と言ってもいいようなものだけど。
侑星の後ろ姿を眺めながら、僕は心の中でつっこんだ。
「ほら」
戻ってきた侑星が、僕に背中を向けてしゃがみこんだ。
ほら、と言われ目の前にある大きな背中をジッと見つめる。
「え? まさかおぶってくれようとしてる?」
慌てる僕に侑星は相変わらず背中を向けたままだ。
「いいって! 歩けるって......‼」
さすがにそこまでさせるわけにはいかない。それに何より人前でおんぶなんて恥ずかしい。戸惑っていると。
「早くしないとお姫様抱っこするぞ」
ちらとこちらを見て侑星がそう言い放つ。
言われた言葉に、鼓動が跳ねた。
「............」
お姫様抱っこなんて、おんぶの恥ずかしさの比ではない。背に腹は代えられない。ここは素直におんぶされよう。
「じゃあ、お言葉に甘えて......」
しぶしぶ僕は侑星の背中に体を預ける。
「ん」
軽く頷いて、軽々と僕を持ち上げると侑星が歩き出す。
周りが僕たちを微笑ましい視線で見ていて、僕は赤くなった顔を侑星の肩に埋め、隠すようにしがみついた。
「足、気をつけろよ」
助手席に乗り込んだ僕にそう言葉をかけて、侑星が車のエンジンを入れる。
こちらに体を寄せるので何かなと思っていたら、自然な仕草で僕のシートベルトを締めてくれた。
「わざわざ来てくれてありがと」
「んー」
お礼をいうと、侑星は何でもないことのように返事をする。
侑星の車はとても乗り心地がいい、聞いたらなんちゃらの高級車らしいが、車に詳しくない僕には分からなかった。
「で、なんで怪我したんだ?」
「あー時間に遅れてたから、会社の階段急いで駆け下りてこけちゃって......」
本当は調子にのって、階段を飛んだのが原因だけど、恥ずかしいのでそれは隠しておく。
「バカ......急がなくていいんだよ。朔のことなら何時間だって待てるんだから」
「......ああ、そう」
車を走らせる侑星に、少し間を空けて答える。
「遅れるって連絡あったきり、返事しても既読にならないから、なんかあったのかって心配した」
「それは......ごめん」
「何謝ってんだよ、朔はなんも悪くないだろ。病院からじゃなくて、会社で連絡入れてくれてよかったのに」
そう言って、侑星が僕の髪を撫でる。
大きな掌の温かい感触と優しい言葉に、とくんと鼓動が音を立てた。
どこかくすぐったさを感じながらも、侑星の隣はいつも通り安心できて、とても居心地がよかった。
辿り着いた高い高いマンションを見上げる
いつも来ても高級で、煌びやかな雰囲気のそこは、侑星が住む部屋があった。
「なんで侑星んち......?」
自分の家ではなく侑星の家に連れてこられ、そう零す僕に侑星は首を傾げた。
「はぁ?その方がいいからに決まってんだろ。不便だろうが、その足じゃ」
当たり前のようにそう返される。
確かに僕は一人暮らしだ。それに実は会社からは、僕の家より侑星の家の方が近い。
どうやら侑星は、足が治るまで僕の面倒を見てくれるようだ。
部屋について、侑星が作ってくれた夜ご飯を一緒に食べる。
「はぁ......うまかった......ごちそうさま」
「そっかよかった」
手を合わせそう言う僕に、侑星が嬉しそうに瞳を細める。
侑星が作ってくれたご飯は、とてもとても美味しかった。いつの間にこんなに上手になったんだろう。
「こんなんでよかったらいつでも作ってやるよ」
機嫌がよさそうに侑星は笑顔で僕の頭を撫でる。その笑顔が眩しくて、こんなの女性ったらイチコロで落ちる、いや女性でなくても落ちちゃうなと僕は思った。
侑星はそれはそれは立派な家に住んでいた。所謂タワマンというやつだ。
そして僕を乗せ、ここまで運転してきた自家用車も海外メーカーの高級車。外資系の会社に勤め、何やら投資等の勉強もしているらしい。
同じ歳なのに、僕とは全く違う暮らしぶり。といっても、侑星が特別すぎるだけで、僕の方が一般的に年相応の暮らしだろう。
とても男前でスタイルもよくて、その上料理まで上手ときた。もはやイケメンすぎて、純粋にすごいと思う。
「あ......でも、僕も一人暮らししてるから料理はできるよ。だから今度は僕が作るね」
世話になる上に、ご飯まで作ってもらうなんて申し訳ないし。僕の言葉に、侑星が顔を輝かせた。
「でもたいしたものは作れないから、あんま期待するなよ」
さすがに侑星ほど豪華な料理は作れない、期待に満ちた瞳に、僕はそう付け足した。
「朔が作ってくれるなら、なんだって嬉しい」
とても嬉しそうに侑星が笑う。精悍な顔つきが、笑うと目尻がふにゃっと下がって、一気に人懐っこくなる。
「......」
自分に向けられる、昔から変わらないその笑顔に、胸がキュンと締め付けられた。
「じゃ、風呂入るぞ」
「えぇ⁉」
リビングのソファーで、テレビを見ながらくつろいでいると、僕の分と自分の分の寝間着を手に持った侑星にいきなりそう宣言された。
「一緒に......⁇」
僕は驚いた声を上げる。
「その足じゃ、危ないからな。ほら早く」
「うん......」
軽症なので一人で入れるけど、そう思ったが、あまりにも当然のように言う侑星に気付いたら僕は頷いていた。
「かゆいとこないですか~お客様」
「ふっ......なんだよそれ」
美容院で頭をあらってもらうときの常套句に僕は吹き出した。
僕の頭をあわあわにして、侑星が髪を洗ってくれる。触れる手が優しくて心地いい。
気持ちよくて、僕はすっかり侑星に身を委ねていた。
頭にシャワーをかけて、目に入らないよう気を遣いながら泡を流してくれる。髪に触れる手が心地よくて、僕はうっとりと目を瞑った。
「よし、オッケー。 俺が洗ってる間、朔は湯船に浸かってて」
「ありがとぉ......」
あまりの心地よさに、眠気に襲われる。僕は舌足らずな声で返事をした。すると侑星の手が伸びてきて、僕の頭を撫でる。
「寝るなよ。溺れるぞ」
「こんな浅さで溺れるわけないだろ......」
言葉とは裏腹に、触れる手はとても優しい。僕を見つめる侑星の瞳が温かくて、胸がキュンと高鳴った。
湯船につかりながら、侑星を見つめる。
手足の長い四肢に、引き締まった筋肉。久しぶりに見た侑星の裸は、すっかり大人になっていた。
「........................」
なんだか男らしくてドキドキする......。
どうしたんだろうか、昔からお風呂なんて一緒に何度も入っているのに。
急にこの状態に恥ずかしさを覚え、慌てて侑星から視線を逸らす。
僕は湯船に深く浸かり、なぜか高鳴る胸を落ち着けた。
そして僕は見事にのぼせてしまった。
「ほら、水」
「うーありがと」
ベッドに腰かけていると、侑星が水の入ったコップを渡してくれる。それを受け取って、僕は一気に飲み干した。
「ふう......」
のぼせた体に冷たい水が心地いい。生き返るように一息ついた。
「大丈夫か?」
「生き返ったありがと」
空になったコップを、自然な動作で侑星が僕の手から受け取り、頭を撫でる。
その掌が心地よくて僕はそっと瞳を閉じた。
いつの間に持ってきていたのか、侑星が後ろに座って僕の髪をドライヤーで乾かし始める。
優しい手が髪を梳いていく感触が気持ちいい。僕は思わずとろんと瞳を溶けさせた。
「寄りかかっていいぞ」
そう言われ、僕は迷いなく侑星に体を預ける。髪が乾く頃には、すっかりうとうとと瞳はまどろんでいた。
「眠い?」
優しい声にうんと頷く。
すると侑星がリモコンで電気を消して、ベッドに寝転がった。片腕を差し出すように横に伸ばし、僕の方を見る。
「ほら、こいよ」
「......」
誘われるまま、侑星の横に寝転ぶ。差し出された腕に頭を乗せると、すぐにもう片方の腕が僕を抱きしめて引き寄せた。
腕枕......されてる......
何で? と思うが抱きしめられる腕と、侑星の体温が心地よくて何も考えられなくなる。
素直に体を預けると、侑星は上機嫌で微笑んだ。
「なぁ......さくぅ......そろそろここに引っ越して来いよ」
(引っ越す......? ぼくがこのへやに......)
「家賃も何もいらない。朔一人ぐらい余裕で養えるし」
(養えるって。僕も働いてるから生活には困ってないけど......)
「なぁ~~さく......」
心の中で侑星の言葉に返事を返していると、甘え切った声で名前を呼んで、侑星が僕をギュッと抱きしめた。
それに、ふと頭の中で昔の記憶が蘇る。
泣いている小さな侑星。
『なんで!なんで⁉朔と結婚できないの?』
そんな侑星を、小さい僕は必死で抱きしめていた。
『男同士は結婚できないってママたちが言ってた』
僕もうるうると目を潤ませ泣くのを必死に我慢している。
『大きくなったら結婚しようね』と約束をしている僕と侑星を微笑ましそうに見ながら、二人の母親は言ったのだ。
『それは素敵だけど......男同士は結婚できないから残念ね』
初めて知った事実に、僕と侑星は打ちのめされていた。
『おれ......がんばる!』
『え?』
涙を堪える僕を、今度は侑星がギュッと抱きしめてくれる。
『いっぱいいっぱい努力して誰よりも勉強ができるようになって、かけっこも早くなって、お金もいっぱいいっぱいつくる!そしたら朔をお嫁さんにしたいって言っても誰ももんく言えないでしょ?』
『ゆうちゃん......』
『だから待っててね、さく!』
そう言って抱きしめる侑星に、僕は頷くと強く強く抱きつき返した。
それから本当に、本当に侑星は努力をした。
成績はいつもトップ。所属するバスケ部では小中高ともにエースでスタメン。
大学は経済学部に入り、投資の勉強も始めた。
真っ先に一流企業に就職を決め、卒業と同時に車を、そして一年ほど働いた後に、自分と僕の会社に通いやすいという理由でこのマンションを買った。
完璧な侑星に、周りはいつも「さすが」「侑星なら当たり前」という言葉を送っていたけど。
僕は知っている。
それがどれだけの努力の上に成り立っているのかを。あの約束を交わした日から、一番側でずっと見てきたから。
侑星が努力を実らせる度、純粋に尊敬し応援する僕を、いつも嬉しそうに、そして愛しそうに侑星はギュッと抱きしめた。
「うん。住む......」
気付いたら勝手に口から言葉が零れ落ちていた。
「えっ......」
侑星が驚いたような声を出す。
「今......うんって言った......?」
自分で言っておいて驚くなんて、なんだか可笑しくて笑ってしまう。僕はもう一度、しっかりうんと返事をした。
「ここで侑星と一緒に暮らす。ずっと......」
「っ......朔」
その言葉に侑星が息を飲む。そして次の瞬間嬉しそうに僕の名前を呼んだ。
顔を上げた目の前に、侑星の笑顔が広がる。
瞳を潤ませて、幸せそうな笑顔の侑星が僕の瞳に映る。
心がキュンと締め付けられて、僕は侑星の胸に顔を埋めた。その体に強くしがみつく。すぐに温かくて大きな腕が包み込んでくれた。
きっと今、侑星の腕の中にいる自分も、侑星と同じ顔をしている。
なんだかとんでもないことを言ってしまったけど......。
抱きしめてくれる体温がとても心地いいから、細かいことは全部後から考えればいい。
「さく......すきだ、大好き......愛してる......」
(僕も昔からずっと大好きだよ......)
繰り返される愛の言葉にそう答えて、僕は幸せに包まれたまま目を閉じた。
♡終わり♡
