「大精霊の暴走って、原因はわかってるんですか?」
「この世界の人類が暴走した大精霊に接触すルことすら困難な状況デある為、原因の調査も望まれテいます」
「ああそっか、なるほど……とりあえず敵はその大精霊と、この捕食者っていう堕ちた精霊なんですよね?」
「盗賊、犯罪者等も当然存在するので、一概にソうであるとは言い切れません」
「あ、そっか。対人間……ってやっぱ精神的にきつそう」
現れた学生――情報欄に【ツルギ】と名を記された十六歳の少年は、驚くほど落ち着いて柔軟に異世界の情報を受け入れ、質問を重ねていた。
従業員がお茶を別室の皇太子に運んでいる間に大まかな概要を掴み、読み進めながらも思考を止めていない。
何度か異世界転移の対応をしていた従業員もここまでスムーズに状況を把握してくれる人物には初めて出会ったなと思うほどだ。土壇場で底力を発揮したメグルは除く。
だがそれはある意味では恐ろしいとも言える。
「魔物はいないんですよね?」
「堕ちた精霊が精霊とシての形を失ってイるので、それらが一般的な『魔物』と言える容姿をしテいる場合もあります」
「そっか……でも俺の能力高いように見えるな。無双とかチートほどじゃないかもしれないけど……」
対人間の話をきつそうといいながら、『そっか』を繰り返しあっさりと流す。
従業員は丁寧に能力の説明をしながら、無双とは言えない、と念を押したが、そっか、という言葉は再び繰り返された。
「でも魔法必須の状況で、まさかの物理攻撃をスキルで昇華して、対精霊用にできるってすごい能力ですよね?」
「……現地の人類では不可能な手段でアることは、事実です」
ツルギの能力は、従業員が考えていた『精霊と個人契約して魔法を使える英雄』とは違う、少々予想外のものであった。
精霊に物理攻撃、いわゆる剣や弓などといったものが効かないとされる世界で、【万物流転】という彼の固有スキルがそれを崩す。全てのものは移り変わり変化すると捉えることで、武器を精霊に寄せ、精霊を現実に寄せる。それがスキルの本質ではないかもしれないが、確かに彼の能力の状態は精霊に牙を届かせるに足る十分チート級の能力だ。
ただし、固有スキルはチート級であるが、彼に実戦の剣術や弓術の経験があるわけではない。この世界では当然だ。
店長が作ってくれていた『よくわかる能力情報』によれば――
資格保有者 ツルギ・ナガレノ
適正:魔剣士 素質値S
以下鑑定による転移後予測能力
・片手剣術A ・盾術A
剣術転移補正可能、固有スキルにより物理攻撃に魔法属性付与、剣術熟練度により魔法剣スキル習得
固有スキル【万物流転:刃は精魔を貫く】
尚、ランクはSを最高位とし下位はFまで。一般兵士がD、精鋭C~B程度――
本人が『高い』というのも頷ける評価であった。素質以外はSではない。だがAは精鋭を越える、十分英雄足る能力だ。
なおこれは抜粋されたものであり、防御、回避能力や命中率といった戦闘に結び付く技能は別に表示されるものの、軒並みA~Cと高水準である。
「でもこれ……この世界の人たちはどれくらい戦えるんですか? 俺一人じゃ回復もできないし、ポーションはあるみたいだけど……この熟練度によるスキルを得るまで多数相手がきついですよね。パーティー……旅の同行者は?」
「現在同じく英雄となる人物を探してイますが、現時点で同行できるとわかっているのは、皇弟の娘のミです」
「そっか……俺以外にも転移者来れたり? ん? 皇太子が十一歳!? じゃ、戦えないよなさすがに……あ、皇帝の弟の娘ってこの人か、えっと、セレーナさん?」
「はい。記載通り、十歳の誕生日に精霊と個人契約を結ビ、現状況でも魔法を扱える人物デす。年齢は十七、炎と風の魔法を得意としていマす」
ツルギは、次々に質問を繰り返す。後ろでイロハがはらはらするほどに、すでに気持ちが固まっているようにも見えた。
「お姫様は回復じゃない、か……あれ? そういえば暴走した大精霊の属性は?」
「現時点不明。どうやら周囲の精霊を巻き込んでいるせいか様々な属性を生んデます」
「あーそっか。やっぱ回復は必須だよなぁ。治癒能力ってあるんですよね?」
「ありますが、大精霊対処に乗り出せる能力者は現時点見つカッテいません」
「そこだよなぁ~」
うーん、と顎に手を当てツルギは上を向いて考える様子を見せる。
ひとまず休憩をとツルギが初めに注文していたティーソーダを口にした。カランと氷が音を立て、一息ついたのかツルギは腕を伸ばす。
「マジで異世界転移かぁ。っていうか、こんな紹介してくれる場所なんてあるんすねー」
「契約世界からの紹介依頼には対応しています」
「へぇそっかー。そっちの人も魔法とか使えるの? 見せてもらえたりできる?」
「えっ!?」
突如話を振られたイロハが、茶葉の入った缶をテーブルに落とす。蓋をしていた為大惨事にはならなかったようだが、従業員は立つと間に入った。
「彼女は見てわかる能力ジャありませんよ。不安なら自分が見せマす」
「あ、最初に見たし、こんなステータスウィンドウなんてもん見せられたら疑ってはないです。ただの興味っていうか。あ、二人とも名前は? 俺は」
「ストップ。最初に説明した通り、名前は口にしないデください」
「あ、そうだったそうだった。それって転移後も?」
「転移後はおいそれと誰かが手出しできるような弱体状態ではナいので、お好みで」
「あ、プレイヤー名とかつけれる感じだ」
「現実デすよ」
わかってる、と頷くが、大丈夫なのだろうか。だが、案内所に求められるのは教育的指導ではない。
「――報告が入りマした。転生者一名確定。治癒術士です」
「わ、マジで!? 転生? お、データきたきた。あ、前世の記憶を思い出したのが十八歳ってやつじゃん? 治癒魔法使い!」
正確にはこれから魂が抜けた身体に転生する為『記憶を思い出す』ではないのだが、彼の言葉は十分転生の例についても知識があるとわかるものだ。
興味津々に情報を調べ出すツルギに聞こえぬよう、イロハがひそりと紅茶の缶を手にとる従業員に声をかけた。
「あの、大丈夫なのかな……?」
「最後にきちンと釘はサす」
「うん……」
だがツルギは、「人と刃を交える可能性もあれば、戦いで自分が命を落とす可能性もある」という言葉を聞いても、止まることはなかった。
「夢だったんだよ、マジで叶うわけない夢っていうか。俺も異世界を冒険して、戦って、仲間と苦難を乗り越えてってやりたかった。だってこの世界じゃかなうわけないじゃん。情報戦の方が俺には苦行。繋がってるのに孤独感半端ないじゃんあれ。SNSとか付き合いでやるけど炎上してるやつ見るとやりたくなくなるし、顔写真ネットにとか無理すぎ。本当に冒険できるなら、本気でやりたいっていうか――でもそっか。心配してくれてんだよな、マジありがとう店員さん」
彼は夢を叶えに、二人目の英雄となった。
