「おかえりなさーい!」
「ウワ、なんですカこれ」
教室から繋がったカフェに戻れば、なぜかカフェテーブルの上に『クロちゃん』のあみぐるみが大量生産されていた。リボンの色が違ったり、服を着せていたりと見事に全部手の込んだ品だ。
「久しぶりに編み物したらはまっちゃって! それより、どうだったかしら、異世界潜入は」
「敵は殺さず倒せとか無茶言いまスよね」
文句を言った従業員は、客が誰もいないのをいいことに椅子に腰かけた。あみぐるみを一つ突けば、ころんと転がり横にいた『クロちゃん』も真似て転がる。
「疲レタ……」
「お疲れ様、仕事は完璧よ。さっすが従業員くん! 魂の無駄な損傷はなし、生徒は全員怪我一つなし! おまけに時間が早かったから記憶も残らなかったみたいだしね。まぁ最初からこんなことが起きないのが一番だけど、無事あっちの比較的まともな神との取引にも成功したし」
「比較的、ね。王女一人の捕縛でアノ人数の帰還を約束スルなんて、堕神にやられてた割には大盤振る舞いシテくれましたね」
「あの王女が堕メ堕メ神の依り代だったからかしら?」
「大物一本釣りか。そういえば、あの店長の闇鍋みたいなトランクケースの中身の道具、役に立チました」
「でしょでしょ。オーロラみたいな色が綺麗でお気に入りなのよねー、って闇鍋って何よ、もう失礼しちゃう!」
ちなみにその道具というのは、例の爆弾である。液体型であった爆弾は、召喚魔法陣を刻んだその床の溝に流し込まれた為、装置は木端微塵であった。
これは、二度とあの世界からの不正侵入を許さないという意味で非常に重要な仕事であった。同じものを用意するのは不可能だろう。できたとしても肝心要の力を送る先、堕ちた神がもういなくなるのだから。
上機嫌で動き回っていた店長が、従業員の前にとっておきのお茶とケーキを並べる。食べていいわよと言われれば、従業員は遠慮なくそれに手を伸ばした。
「今回の件で食に目覚めちゃったかしら?」
「美味いのは、イイと思う」
「そうよね! いつも適当に済ますから心配してたのよー。今度からは材料買ってきて自炊しようかしら」
「店長忙しいじゃないデスか。でもお願いシます」
「あら正直!」
店長がどこか楽しそうだったので、従業員は遠慮をやめた。そういえば従業員がここ数日夕飯を買って帰ると、どこか嬉しそうにしていたことを思い出す。美味しいから、だけじゃなかったのかもしれない。
「それで? 指輪はどうやって渡したの?」
同じくお茶を持ってテーブルに着いた店長が身を乗り出し問えば、一瞬きょとんとした従業員が、大口でケーキを平らげながら「ああ」と納得する。
「無理矢理押し込んダ」
「転移直後に強引な迫り方しちゃったのね!? それでそれで?」
「……そのまま?」
「えーっ! 相手の子がときめいちゃったり従業員くんが手を握っちゃったりそういうきゅんきゅんな展開は!?」
「キュンキュン言うな。いやナイでしょ、何言ってんですか……どうせ記憶消えるんだし」
今回の異例の異世界介入に『上』は大層お怒りで、直接対応に乗り出していると聞いた。乗り込んだのは従業員だが、今後生徒たちの生活に支障が出ないようなるべく記憶を曖昧にしたいという上の方針は、事前に聞かされていたことだ。それにはなるべく異世界にいる時間を短くするのが条件だったのだが、人数が減った上に全員がまとまって行動していたおかげで、奇跡的な大成功を収めたと言ってもいい。従業員が『ヤベー奴』になるのは一応一時の恥であったのだ。店長にはしっかり知られているが。
「にしても、いくら記憶が消えるからってオレの名前『てんいんいち』って何なんですか。店員一号まだ諦めてなかっタのか」
「あら、当てる漢字と読み方は変えたでしょ? この世界の漢字って面白いわよね」
確かにわかりやすいといえばわかりやすいが。カップを空にした従業員は着替えるかと立ち上がり――
「あ、ヤベ」
「どうしたの? あら、可愛いペンね」
「一本借りっぱなしダッタ……」
「天道イロハちゃんのものね。相変わらずすごい加護だこと。最初に指輪で抑え込んで置いて正解……といいたいところだけど、あの子、指輪を付けた状態でも異世界でさらに力をつけてた気がするのよねえ」
「……アイツが触った結界の杖、めっちゃ性能上がってマスね」
取り出した杖を観察した従業員がそれを店長に手渡すと、しばしそれを検分していた店長が「すごいわ」と頷く。
「ちょっと追加調査しておくわね。ペンは折を見て返せるようにしておくから預かっていて。さて従業員くん、今日はもう休んでもいいけど、明日からはばりばり働いてもらうわよー。転移案件は大体そっちに任せることにしたから」
「え」
「今までは対応世界の経過観察も含めてゆっくりペースだったけど、今後はがんがんこなしてもらうから楽しみにしてて!」
「……了解。掃除してきマス」
「あら休んでいいのよ?」
「息抜きっす」
端的に答えて着替えに向かった従業員が少しして掃除用具片手に出かけるのを店長は見守る。
「天道イロハちゃん、ね。ま、こっちも気になるけど……」
パパパ、と指先を動かしウインドウを見つめる店長は、ふぅんと呟き頬に手を当てた。チイと鳴く黒い鳥が、自由気ままに窓辺から飛び立っていく。
「……今気にしても仕方ないわね。さて、あたしも仕事しようかしら。今日も元気に道案内よ!」
うきうきとした様子で店長が仕事に戻っていく。カフェは今日も、迷い人に優しく手を差し伸べていた。
