「メグルん、すげーじゃん!」
大きく重い扉が閉じられ、生徒たちだけになった礼拝堂で、レオが肩を組んでメグルを褒め称えた。とはいえ声を潜めている辺り、弁えているようだ。
まじやばかったよねあれ、これからどうするのと入り乱れる囁き声の中、眼鏡を押し上げ照れたように「いえ」と答えたメグルは、すぐに困ったように視線を落とす。
「あんなこと言いましたけど、今後どうしましょう。ひとまずあの水晶に触るのは絶対ヤバイと思いますけど」
「時間稼ぎできただけ上等だろ。な、みんな」
レオの言葉に、不安そうな表情のまま固まっている数人以外が頷いた。何せ、最初の部屋からこの礼拝堂に移動する最中、道の薄暗さに怖気づいた者も多いのだ。どんよりとした空には月らしきものが三つは浮かんでいたので、それが拍車をかけたのかもしれない。もしかしたら雲の向こうというだけで太陽であった可能性もある。ここが元いた場所と違うということ以外、何もかもわからない空だった。
「でも、あの月……」
その話題が出ると、みるみる生徒たちが怯える程度には、状況は悪いままだ。
「で、メグルん詳しいんだろ? なんかいい案、あるか?」
「それが……皆さんお気づきだとは思うんですけど、ステータス欄にある通り、僕たち、異世界からの勇者って称号はあっても、レベル一なんですよね」
それはメグルが言った通りで、幾人かが頷いている。これじゃ抵抗できないと思った、と口にするものもいたほどで、普段ゲームで見かけることが多い為か、レベルの概念が説明せずとも伝わっていて楽だなと頷いたのは従業員だ。
そこでふと、功労者であるメグルが顔を上げると、視線をぴたりと止める。視線の先は、落ち着いた様子の従業員だ。
「僕の予想が当たっていればいいな、程度なんですけど。このタイミングで数日前に登場した属性てんこ盛りの転校生、いつの間にかかけてる眼鏡、とかなんとかあったりして、実は打開策あるのが定石かなーだといいなーなんて思ってるんですが」
それは確かな観察力だった。ちらりと顔を上げた従業員が、普段前髪に隠れている瞳を眼鏡を通して僅かに見せる。それは生徒たちが息を飲む、見慣れぬ金の瞳だ。
「メグル、だったか。アンタ、眼がいいな」
「いやイチ、こいつ眼鏡、ってかお前も眼鏡!?」
「馬鹿レオは黙ってなさいよ!」
べしんとスズのチョップがレオに炸裂し、変わらぬ空気に生徒たちの緊張が僅かに緩む。
「アンタの言う通り、俺はこうなる可能性を考エテ派遣された。必ズ全員無事に帰してやるから、ちょっと待ってロ」
「まじすかッ!!」
端的すぎる今更な自己紹介に、メグルが拝むように手を組んで声を弾ませた。あんたのおかげでだいぶ楽に進めたと言えば、表情を輝かせる。
「雲外蒼天とはいえ僕、強制労働付き転移反対派なんでッ!」
「まともな異世界転移体験がしたいなら、そのうち案内しテやれるカモな」
「神ッ」
「ただの従業員だケど」
よくわからないが軽快なやり取りに、生徒たちが数人、疲れたように椅子に腰かけ始めた。なんとかなるのかも、とその道を信じたくなったのだろう。僅かな緊張のゆるみが、どっと体の疲れを思い出させたのだ。
その間も従業員は礼拝堂の四方を回り、窓から外の様子を隠れるように伺っていた。そうして礼拝堂の中央に集まる生徒たちの下に戻ると、ぐるりと周囲を見回す。
「突入してくる様子はないガ、囲まれてる。この中で防御系っぽい能力持ち、イルか?」
「えっと、イッチー? さっきのステータスでそれっぽいのってこと?」
従業員を愛称で呼ぶスズが戸惑って尋ねれば、メグルが「守護者とか、結界術士とか、そんな感じの職業持ちかな」と呟くように反応する。
「う……あたし結界って書いてる」
手を上げたのは、真っ先に質問を返したスズだった。それを見て従業員は頷くと、その場に片膝をついて地面に手を当てる。
「開ケ」
その一言で手を囲むようにぐるりと地面に穴が開き、その淵が僅かに波打った。魔法!? と驚く面々をよそにその穴から杖を取り出せば、「アイテムボックスぅううッ!」とメグルが感激したように小声で騒いでいる。
礼拝堂は椅子が多く並んでいて、死角が多い。杖を窓から隠すように床に置いた従業員は、ちらりと扉に目をやる。
「オレが合図したら、あの扉のそばに行ってこの杖を床に突き立てて欲シイ」
「えっ、でも、魔法の使い方なんて知らないよ!?」
「使えない奴の能力ヲ生かす道具ダ。問題ない。オレが突き立ててもいいんだが、適正がある奴の方ガ効果は高い」
「危なくないか?」
心配そうにスズを見るレオに、あんたの能力は、と従業員が尋ねる。
「聖剣士って書いてたけど……」
「ならこれで守ってロ。結界内に敵は入れないけどな」
これ、と言って軽い調子で穴から取り出したのは、まさかの刀だった。馴染のあるとまでは言わないが、見事な日本刀である。
「銃刀法違反だってば……!」
「マジ日本刀! たぶん脇差!」
と先ほどと同じ誰かの声が聞こえたが、従業員はそれも寝かせて床に置くと話を続ける。
次いで何人かが、自分の職業を申告しだした。それに合わせて、杖や弓なんかをいくつか取り出しそれぞれの足元の床に滑らせた従業員は、窓を気にして見せた。それだけで、全員が頷いて返す。
こうなると人数が少なく絞られたのは僥倖であった。統率が取りやすい。得体の知れない転校生に従ってくれるのも、レオやスズといった面々が積極的に意見を聞いているからだろう。この状況に詳しいらしいメグルは闇魔法使いだったらしく、床を滑って自らの下にやってきた黒い宝石が飾られた杖を、恍惚として撫でまわしている。
「あの、私は加護って書いてあるんだけど、何かできるかな?」
律義に右手を左手で覆って隠したまま尋ねるイロハに、少し考えて従業員は、頷く。そうすると手招きして、生徒たちに見えない角度で右手に手を伸ばした。
「これをつけて、全員の制服に触れながら『着用者を守れ』って言ッテくれ。アンタの能力で守られる筈だ」
そこで初めて、イロハはまともに従業員の瞳を見た。黒縁の眼鏡が前髪を僅かに分け、その奥の金の瞳を露わにしている。
――普段と様子が違う。根拠なく、イロハはそう感じた。それは眼鏡をかけているから、という外見的要因ではない。ないが、何が違うのかはわからなかった。
金の瞳は真っ直ぐにイロハを映していた。見慣れぬ色に恐怖はないが、それでも光を飲み込んだようなその瞳に心臓を跳ねさせたイロハは、従業員の指先が自身の指に僅かに触れたことでいつの間にか止めていた呼吸を再開させた。
「わ、わかった!」
それはあたかも今指輪を渡したかのような自然な動きだった。はっとしたように頷いたイロハは、そっと指輪を撫でると行動を開始する。それを横目に、奇妙な穴を閉じた従業員はゆっくりと立ち上がった。
「習うより慣れろだ。そこの水使い、杖に触ったまま手のヒラに水がある想像をシテみろ」
「え、ええ? わかっ……うわっ!?」
言われるがまま、メグルと仲がいいらしい生徒が、メグルの横で恐る恐る言われた行動をとる。と、手のひらから水が溢れ、メグルが両手を叩く。
「これぞ魔法ッ、魔法使いだ!」
「道具は能力者の力を引き出してくれルが、あくまで道具でアンタらはまだレベル一だ。その武器はお守りダト思って、握ってるだけデいい。強者相手はオレがやる」
「……イチ、慣れてんの?」
「バケモンとやり合うのは仕事だ」
「マジかよぉ……」
しゃがんで日本刀の柄に触れていたレオは若干情けない声を上げたが、すぐに一度目を閉じると、よし、と頷いた。
「な、これ、ガチャで言うなら当たり武器?」
「……当然ダロ。オレの自慢の武器だからSSRだな」
「オッケーわかった。信じるからな、帰れるって!」
俺たち神引きじゃん、とレオが生徒を鼓舞する。誰もがそれが無理をしたものとわかっていても、それぞれの『お守り』を見て頷いた。
「ヨシ、それでいい。大丈夫だ。オレらは不当な異世界召喚を許サナイ。……まず手始めはコレだな」
普段の無表情を僅かに崩して口元に笑みを浮かべた従業員は、ポケットから空瓶を取り出す。何それ、と首を傾げたスズに、「爆弾」と答え、誰かが反応を示すより先に、従業員は言葉を続ける。
「テンドウイロハ、終わったか」
「う、うん!」
「なら帰還作戦、開始すル。スグキレオ、イザヨイスズ、行け!」
「わ、わかった!」
「おうよ!」
彼らがそれぞれの道具を手に走り出し床にスズの持つ杖が突き立てられた時。
――ドォオオオオン!
地響きが辺りを包み、召喚魔法陣があった方角から激しい煙があっという間に立ち昇った。あれほどの人数がいながら、どの騎士も従業員の細工に気付かなかったようだ。皮肉にもその煙が、開戦の狼煙となったのだ。
