「ホントにココに設置するンですか?」
「チィ、チィ!」
人影が二つ、そしてその周囲を飛び回る黒い小鳥の陰が薄暗く細い路地にあった。周囲は高いコンクリートの壁に覆われ、目の前はところどころ錆び落ちた鉄柵がある。陰々滅々とした雰囲気の中、同じ気配を纏う男は気乗りしない様子で後ろを見上げる。
「えぇっ、ここ最っ高でしょう? わかるでしょこの重苦しい空気! あと私は店長! 設置なんて無粋な言葉じゃなくて……あ、夢と希望のある素敵なお店の開店よ! わかった? 店員一号くん」
その空気とやらを吹き飛ばす勢いの大柄の人物の声はどこまでも明るい。店員一号と呼ばれた男は、呆れたように息を吐く。
「二号の予定あったんスか」
「ないわね! 従業員くん!」
「ブレブレかよ」
文句を言いながらもその影は一歩前に出る。少し視線を上げて、また厄介な……と呟くも、すぐに視線を地へと戻した。
「……ハァ、セン……店長テンション上がりすぎ。ほら、そこいると邪魔です」
上下シンプルな黒い服に身を包む細身の身体でだるそうに足を踏み出し、『従業員』は『店長』をその場から押しやった。ひらり、と服が風に揺れ、「やだもうクールなんだから!」という低い声を高く上げる店長を無視するのも慣れた様子だ。乱雑にも見える動きでアンティークなトランクを地面に下ろして開くと、そこには思った以上に様々なものが詰め込まれていた。男の肩に留まった小鳥が、赤い目をまんまるに開いている。
いろいろ持ってき過ぎだろ、と呟きながら、今度はそれまでとは打って変わって丁寧な手つきで中を探る。
真っ黒で何か刻印のようなものが彫られたカードケース、キーリングに繋がれたたくさんの錆びた鍵、いくつかボタンのついた装置のようなものに、重厚感があるわりに軽い渋い色の本。
そして角の方には布に包まれた何か。そっと上に被った布を持ち上げれば、たくさんの小さなガラス瓶。つやつやで美しい細工の瓶の中では色とりどりの淡色の液体が揺れ、カラフルな菓子がたくさん詰められたものもある。それを見て眉を寄せた男は布をかぶせ直し、目元を隠すほど長い真っ直ぐな黒髪を気にした様子もなく丁寧に……余計なものに触れないように、しばしトランクの中を見つめた。
「あった。めんどくさイな」
今度は迷うことなくトランクの蓋部分のポケットに手を伸ばし、ひらっひらな真っ白なエプロンだけは手に取ったあと粗雑に地面に放り投げ、不満の声を上げる店長を無視しながら取り出したのは、赤黒く渦を巻くような小さな球体だ。
「もう見つけちゃったの?」
「隠さないでくださいよめンどくさい。ただでさえこれ詠唱長くてイヤなのに」
男はさっさと立ち上がると、小鳥は肩を離れ空高く跳び上がった。それを確認した男はその球体を一度両手で挟み込み、そして錆びた鉄柵の前に無造作に、放り投げる。そして唐突に――
――ぐにゃりと、路地が、世界が、歪む。
「よぉーし! あ、店名は夢、もいいけど愛? それともやっぱり希――」
「希望とか恋とかだったらいいンで。ただの紹介所とでも言っとけって上かラ言われてますよ」
「夢がなぁあい! やだやだ! これだから頭の硬いくそじじいどもは! あーもう、とにかく開店よ!」
途端に歪んだ世界が、一つのこじんまりした建物を残してふっと静寂を取り戻す。
シンとした中で男がトランクの蓋を閉める。路地には、歌うような声が響いた。
――さあ さあ おイでませ
ここは不思議な通り道。
一見、ここもただの逕路。
しかし普通の道途ではございまセん。数多の途は、あなた様に新たな運命を開くでしょう。
さあ、さあ、おいでませ。
行く先に新たなるカのうせイが。希望なるものに満ちアふれた新境地。
げンじょうに疲れたあナたに、新たな出会イが。そんな未知をを見つけたら、きっときっとあなたの生は潤うことでしょう!
数奇な運命か、艱難辛苦の袋小路でも、もしかしたらぁ一筋の抜け裏があるかもしれまセンしね。
どうぞおジカンのゆるす限り、たっぷり迷い路をお楽しみください。
さあ、開店でございます。
