建物を揺らすほどの激しい戦闘音に気づいたオレたちが慌てて一階の王の間に乗り込んだ時、すでに大勢は決していた。
すなわち、久我の敗北だ。
念のため、三人娘を廊下に待機させて、オレだけ中に入る。
「また侵入者か。やれやれ今日は多いな。……そこの貴様、ここが私、傲慢帝シルヴェリオ=ヴァレンティの居城だと分かってやってきたのか? そうまで死にたいのかね?」
シュバルツバーン城の玉座にふんぞり返っていた男が、足を組んだまま、部屋に入ってきたオレを見下ろした。
見た目は五十代。
ツーブロックの髪に淡褐色の瞳。真っ直ぐ長い鼻に、口髭と顎髭と、全体的に端正な顔立ちをしている。
そして魔族特有の漆黒のスーツにマント。
TVや映画のヴァンパイアみたいだ。
これで愛嬌のある表情でもしていれば、ちょいワルオヤジとして女性が放っておかないのだろうが、その身に纏った尊大な雰囲気が近寄りがたさを伝えてくる。
コイツが傲慢帝か。なるほど、イルデフォンゾの爺さんが嫌なヤツと言うだけのことはある。
傲慢帝の周囲には三人の遺体が転がっていた。
久我のパーティメンバーだ。
広間の入り口にいるオレにも、ソイツらがすでに死んでいると分かる。
だってさ、塊のアイスをディッシャーでこそげ取ったかのように、上半身や下半身が綺麗さっぱりなくなっているものな。
超回復のあるオレならまだしも、普通の人間があれで生きていられるはずがない。
だが、肝心の久我はどこだ?
「ここはお前の城じゃない! たまたま空いていた城に勝手に住み着いただけの居候が偉そうなことを言うな!」
「……なかなかいい度胸だ。人生の最後に言いたいことを言えて満足だろう? では死ぬがいい」
玉座に座った傲慢帝は、怒りに眉をひそめると、右手の指をパチンと鳴らした。
なぜかは分からないが、その音を聞いたオレの背筋がゾワっと粟立った。
次の瞬間、慌てて飛び退ったオレの左肩から先が消えた。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!」
オレはその場に転がって絶叫した。
無い! 無い! オレの肩から先が消失している! 斬られたんじゃない。なくなっている。何が起こった!?
肩から血を大量に吹き出しながら転げまわる。
「旦那さまぁあ!!」
「テッペー!!」
「センセ!!」
三人娘の声が聞こえる。
だがここに来させてはいけない。
超回復のあるオレはまだ回復できるが、三人娘がこんな傷を負おうものならまず助からない。絶対にこの魔族に接触させてはならない。
「来るなぁ!!!! そこで隠れていろ!! シルバーファング! 第一の牙、蛇腹剣!!」
その場に立ち止まっていると今度こそ殺されると思ったオレは、無事な右腕で蛇腹剣を振り回しつつ、韋駄天足を発動して部屋の隅までダッシュした。
指パッチンの連打音と共に、剣に激しく何かがぶつかる音がする。
幸いにもこの大広間は、身廊と側廊との間に何本も白亜の柱が立っていた。
何かが後ろから迫ってくる気配をビンビンに感じながら柱の裏に滑り込んだオレは、自分の隠れた柱の表面が一瞬でごっそり削られるのを見た。
これだ。こうやって久我のパーティは空間ごと身体を削られたんだ。
にしても、よくもまぁそれだけ指パッチンの連打ができるもんだ。オレなら絶対指がつってるぞ?
「傲慢帝! 久我をどこへやった!」
「クガ? 誰だそれは」
「そこに転がってる奴らのリーダーだった男だ! 杖を持っていただろう!」
「あぁ、あれか。真っ先に異空間に飲まれた。我が術・空間削除珠によってな。そら!」
指パッチンの連打と共に、オレの隠れていた柱の表面がまたも激しく削られた。
オレは注意深く痕跡を確認したが、分かったのは、指を鳴らすと任意の空間を削り取れる能力だということだけだ。
ただ、モーションからはどこが削られるのかさっぱり分からないというのが如何ともしがたい。視線か? 気配か? 無理無理、そんなものどうやって避けろっていうんだ。
さすがに女神の聖剣だけあって、シルバーファングはこの技を防いでくれたが、剣でガードできる範囲なんてたかが知れている。
「うーむ。妙じゃな」
首から提げたガイコツ人形が突如しゃべりだした。
コイツはオレの首にかかっているネックレスのペンダントトップになっている、全長十センチ程度のプラスチック製の人形で、次の目的地を教えてくれたりする便利なシロモノだ。
女神の配慮として、オレがこの世界に落ちた時からの初期装備だったのだが、色々あって、嫉妬帝イルデフォンゾ=ジェルミが憑りついちまった。
ま、オレもこの爺さんのことを嫌いじゃないし、物知りなだけあってその助言は重宝しているけどな。
「どうした? 爺さん。何が妙なんだ?」
柱の陰から傲慢帝の動きを観察しつつ、オレは小声でガイコツ人形に話しかけた。
「この空間削除珠やらいう魔法じゃが、どうにも術式が複雑すぎて魔力をとんでもなく消費しそうなんじゃよ。こんなに速射連発できるはずがないんじゃが……」
「その声、まさかイルデフォンゾか? フッハッハッハ! アーハッハッハ!! チラっとは聞いていたが、イルデフォンゾ、貴様そこの若造によって封じられたのか! コイツは愉快だ!!」
「余計なお世話じゃ!!」
小声で話していたつもりだったが、傲慢帝にはこちらの会話が筒抜けだったらしい。
オレを放っておいて、傲慢帝と嫉妬帝が言い争いを始めやがった。
いい加減にしてくれよ。
「愉快ついでに教えてやろう、イルデフォンゾ。ライバルが無限の魔力供給炉を入手できたことを知ってせいぜい歯噛みするがいいさ。見ろ!!」
ブォン。
玉座にふんぞり返る傲慢帝の前に、寝かされた状態の一本の杖が現れた。
曲がりくねった木で作られた漆黒の杖で、杖頭がドラゴンの意匠となっている。
その出来は、まるで芸術作品のようだ。
見るからにとんでもない性能を持っていそうな杖だが、その周囲を薄っすらと半透明な何かが漂っているのが見える。
オレの後ろ、扉の向こう側で息を飲む音が聞こえた。
フィオナだ。顔が青ざめている。
「まさかそれは……」
「そうだ、イルデフォンゾ。これこそが女神の杖。魔法の聖女の専用杖だ。言うまでもなく我々魔族は直接触れることができないが、こうやって空間削除珠で周囲を固定することにより、その膨大な魔力だけを引き出すことができるというわけだ。実に素晴らしい!」
「それはわたしの杖よ! 返して!!」
フィオナが怒り心頭で部屋に乗り込んできた。
ヤバい。殺されちまう!
「では持ち主が死んでしまえば問題ないというわけだな!」
「やめろぉぉぉお!!」
オレは咄嗟に韋駄天足を発動して大広間の門に辿り着くと、フィオナに飛びつき、その場に押し倒した。
間一髪、フィオナに怪我はなかったが、その代わりオレの膝から下が消失した。右も左もだ。これでしばらく歩くことさえできない。
これで終わりにできると思ったか、傲慢帝が愉悦の表情でゆっくり玉座から立ち上がるのが見えた。
「テッペー! ごめんなさい! ごめんなさい!!」
「気にするな! それより、オレがあの杖を取り戻す。リーサ、ユリーシャと一緒に隠れているんだ。いいな? 行け!!」
オレは廊下の外で深刻そうな顔をしたリーサとユリーシャに向かってフィオナを押し出すと、蛇腹剣を思いっきり右に振った。
壁に突き刺さると同時に蛇腹剣を解除したオレは、急速に右の壁まで移動した。
後を追うかのように、床に幾つも穴が開く。
次にオレは復活した左腕に剣を握り直すと、蛇腹剣を左上空に向かって振った。
柱に刺さると同時に高速移動する。
「強欲帝アヴァリウスよ、オレに力を貸せぇぇ! 行け! 無限の影槍!」
剣の柄の中にしまわれたアヴァリウスの魔核が光り輝くと、蛇腹剣から傲慢帝に向かって何本も漆黒の針が飛んだ。
それほど本数もないし威力も弱いが、ウザったかろうて。
身体が復活するまでの時間稼ぎとしちゃうってつけだぜ。
だが――。
「いい気になるなよ、若造が!!」
さすがに七霊帝だけあって、思った以上に動きが素早かった。
両足を消失して蛇腹剣による移動しかできないオレは、空中移動中に傲慢帝に首根っこをつかまれ、あっという間に床に乱暴に引きずり倒された。
仰向けに転がされ、胸を上から踏みつけられる。
両手で足を外そうとするもビクともしない。
「くっそ、放せ! 放せってんだよ!!」
「首をゴッソリ削れば減らず口も叩けなくなるか。では御機嫌よう、勇者君」
「出ろ、シルバーファング! 第五の牙、超越剣!!」
傲慢帝シルヴェリオ=ヴァレンティは絶対の優位を確信した表情でオレを見下ろすと、薄っすら笑いながらその指を鳴らした。
すなわち、久我の敗北だ。
念のため、三人娘を廊下に待機させて、オレだけ中に入る。
「また侵入者か。やれやれ今日は多いな。……そこの貴様、ここが私、傲慢帝シルヴェリオ=ヴァレンティの居城だと分かってやってきたのか? そうまで死にたいのかね?」
シュバルツバーン城の玉座にふんぞり返っていた男が、足を組んだまま、部屋に入ってきたオレを見下ろした。
見た目は五十代。
ツーブロックの髪に淡褐色の瞳。真っ直ぐ長い鼻に、口髭と顎髭と、全体的に端正な顔立ちをしている。
そして魔族特有の漆黒のスーツにマント。
TVや映画のヴァンパイアみたいだ。
これで愛嬌のある表情でもしていれば、ちょいワルオヤジとして女性が放っておかないのだろうが、その身に纏った尊大な雰囲気が近寄りがたさを伝えてくる。
コイツが傲慢帝か。なるほど、イルデフォンゾの爺さんが嫌なヤツと言うだけのことはある。
傲慢帝の周囲には三人の遺体が転がっていた。
久我のパーティメンバーだ。
広間の入り口にいるオレにも、ソイツらがすでに死んでいると分かる。
だってさ、塊のアイスをディッシャーでこそげ取ったかのように、上半身や下半身が綺麗さっぱりなくなっているものな。
超回復のあるオレならまだしも、普通の人間があれで生きていられるはずがない。
だが、肝心の久我はどこだ?
「ここはお前の城じゃない! たまたま空いていた城に勝手に住み着いただけの居候が偉そうなことを言うな!」
「……なかなかいい度胸だ。人生の最後に言いたいことを言えて満足だろう? では死ぬがいい」
玉座に座った傲慢帝は、怒りに眉をひそめると、右手の指をパチンと鳴らした。
なぜかは分からないが、その音を聞いたオレの背筋がゾワっと粟立った。
次の瞬間、慌てて飛び退ったオレの左肩から先が消えた。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!」
オレはその場に転がって絶叫した。
無い! 無い! オレの肩から先が消失している! 斬られたんじゃない。なくなっている。何が起こった!?
肩から血を大量に吹き出しながら転げまわる。
「旦那さまぁあ!!」
「テッペー!!」
「センセ!!」
三人娘の声が聞こえる。
だがここに来させてはいけない。
超回復のあるオレはまだ回復できるが、三人娘がこんな傷を負おうものならまず助からない。絶対にこの魔族に接触させてはならない。
「来るなぁ!!!! そこで隠れていろ!! シルバーファング! 第一の牙、蛇腹剣!!」
その場に立ち止まっていると今度こそ殺されると思ったオレは、無事な右腕で蛇腹剣を振り回しつつ、韋駄天足を発動して部屋の隅までダッシュした。
指パッチンの連打音と共に、剣に激しく何かがぶつかる音がする。
幸いにもこの大広間は、身廊と側廊との間に何本も白亜の柱が立っていた。
何かが後ろから迫ってくる気配をビンビンに感じながら柱の裏に滑り込んだオレは、自分の隠れた柱の表面が一瞬でごっそり削られるのを見た。
これだ。こうやって久我のパーティは空間ごと身体を削られたんだ。
にしても、よくもまぁそれだけ指パッチンの連打ができるもんだ。オレなら絶対指がつってるぞ?
「傲慢帝! 久我をどこへやった!」
「クガ? 誰だそれは」
「そこに転がってる奴らのリーダーだった男だ! 杖を持っていただろう!」
「あぁ、あれか。真っ先に異空間に飲まれた。我が術・空間削除珠によってな。そら!」
指パッチンの連打と共に、オレの隠れていた柱の表面がまたも激しく削られた。
オレは注意深く痕跡を確認したが、分かったのは、指を鳴らすと任意の空間を削り取れる能力だということだけだ。
ただ、モーションからはどこが削られるのかさっぱり分からないというのが如何ともしがたい。視線か? 気配か? 無理無理、そんなものどうやって避けろっていうんだ。
さすがに女神の聖剣だけあって、シルバーファングはこの技を防いでくれたが、剣でガードできる範囲なんてたかが知れている。
「うーむ。妙じゃな」
首から提げたガイコツ人形が突如しゃべりだした。
コイツはオレの首にかかっているネックレスのペンダントトップになっている、全長十センチ程度のプラスチック製の人形で、次の目的地を教えてくれたりする便利なシロモノだ。
女神の配慮として、オレがこの世界に落ちた時からの初期装備だったのだが、色々あって、嫉妬帝イルデフォンゾ=ジェルミが憑りついちまった。
ま、オレもこの爺さんのことを嫌いじゃないし、物知りなだけあってその助言は重宝しているけどな。
「どうした? 爺さん。何が妙なんだ?」
柱の陰から傲慢帝の動きを観察しつつ、オレは小声でガイコツ人形に話しかけた。
「この空間削除珠やらいう魔法じゃが、どうにも術式が複雑すぎて魔力をとんでもなく消費しそうなんじゃよ。こんなに速射連発できるはずがないんじゃが……」
「その声、まさかイルデフォンゾか? フッハッハッハ! アーハッハッハ!! チラっとは聞いていたが、イルデフォンゾ、貴様そこの若造によって封じられたのか! コイツは愉快だ!!」
「余計なお世話じゃ!!」
小声で話していたつもりだったが、傲慢帝にはこちらの会話が筒抜けだったらしい。
オレを放っておいて、傲慢帝と嫉妬帝が言い争いを始めやがった。
いい加減にしてくれよ。
「愉快ついでに教えてやろう、イルデフォンゾ。ライバルが無限の魔力供給炉を入手できたことを知ってせいぜい歯噛みするがいいさ。見ろ!!」
ブォン。
玉座にふんぞり返る傲慢帝の前に、寝かされた状態の一本の杖が現れた。
曲がりくねった木で作られた漆黒の杖で、杖頭がドラゴンの意匠となっている。
その出来は、まるで芸術作品のようだ。
見るからにとんでもない性能を持っていそうな杖だが、その周囲を薄っすらと半透明な何かが漂っているのが見える。
オレの後ろ、扉の向こう側で息を飲む音が聞こえた。
フィオナだ。顔が青ざめている。
「まさかそれは……」
「そうだ、イルデフォンゾ。これこそが女神の杖。魔法の聖女の専用杖だ。言うまでもなく我々魔族は直接触れることができないが、こうやって空間削除珠で周囲を固定することにより、その膨大な魔力だけを引き出すことができるというわけだ。実に素晴らしい!」
「それはわたしの杖よ! 返して!!」
フィオナが怒り心頭で部屋に乗り込んできた。
ヤバい。殺されちまう!
「では持ち主が死んでしまえば問題ないというわけだな!」
「やめろぉぉぉお!!」
オレは咄嗟に韋駄天足を発動して大広間の門に辿り着くと、フィオナに飛びつき、その場に押し倒した。
間一髪、フィオナに怪我はなかったが、その代わりオレの膝から下が消失した。右も左もだ。これでしばらく歩くことさえできない。
これで終わりにできると思ったか、傲慢帝が愉悦の表情でゆっくり玉座から立ち上がるのが見えた。
「テッペー! ごめんなさい! ごめんなさい!!」
「気にするな! それより、オレがあの杖を取り戻す。リーサ、ユリーシャと一緒に隠れているんだ。いいな? 行け!!」
オレは廊下の外で深刻そうな顔をしたリーサとユリーシャに向かってフィオナを押し出すと、蛇腹剣を思いっきり右に振った。
壁に突き刺さると同時に蛇腹剣を解除したオレは、急速に右の壁まで移動した。
後を追うかのように、床に幾つも穴が開く。
次にオレは復活した左腕に剣を握り直すと、蛇腹剣を左上空に向かって振った。
柱に刺さると同時に高速移動する。
「強欲帝アヴァリウスよ、オレに力を貸せぇぇ! 行け! 無限の影槍!」
剣の柄の中にしまわれたアヴァリウスの魔核が光り輝くと、蛇腹剣から傲慢帝に向かって何本も漆黒の針が飛んだ。
それほど本数もないし威力も弱いが、ウザったかろうて。
身体が復活するまでの時間稼ぎとしちゃうってつけだぜ。
だが――。
「いい気になるなよ、若造が!!」
さすがに七霊帝だけあって、思った以上に動きが素早かった。
両足を消失して蛇腹剣による移動しかできないオレは、空中移動中に傲慢帝に首根っこをつかまれ、あっという間に床に乱暴に引きずり倒された。
仰向けに転がされ、胸を上から踏みつけられる。
両手で足を外そうとするもビクともしない。
「くっそ、放せ! 放せってんだよ!!」
「首をゴッソリ削れば減らず口も叩けなくなるか。では御機嫌よう、勇者君」
「出ろ、シルバーファング! 第五の牙、超越剣!!」
傲慢帝シルヴェリオ=ヴァレンティは絶対の優位を確信した表情でオレを見下ろすと、薄っすら笑いながらその指を鳴らした。

