幻かと思って、私は目をぱちぱちさせてからもう一度見る。

 金曜日、残業を終えた夜の帰り道。
 住宅街の外灯の下、顔に前足を当ててさめざめと泣いている黒猫がいた。サイズは普通の猫と同じくらい。

 なんど見ても猫は人のように立って泣いているし、私はそこを通らないと家に帰れない。
 仕方なく、気が付かなかったふりをして横をすりぬけたときだった。

「すみません」
 声がして、立ち止まってしまった。
「このへんで猫のしっぽをみかけませんでしたか」

 顔を向けると、涙で毛皮をぬらした猫がすがるようにこちらを見ていた。夜だからか、金色の瞳の中の瞳孔は真ん丸に開いている。
「見てないよ」
「そうですか。どうしよう。僕、猫又なんですけどね。一本、どこかへ落としちゃったみたいで。このままじゃ猫又の国に帰れないんです」
 ほろりほろりと涙をこぼす猫が哀れで、私はそわそわした。

「どこでなくしたか、わかる?」
「わからないんです。誰かに持ってかれちゃったのかな」
 しょぼんとする彼の耳はへなへなと垂れている。しおれたヒゲを伝って涙がぽたりと落ちたのを見て、いてもたってもいられなくなった。

「一緒に探してあげる。今日はもう遅いからうちに来たら」
「いいんですか!?」

「うん。おなかすいてる?」
「すきました! あれがほしいです、あれ!」
 彼は液状おやつの名前をあげる。
 ちゃっかりしてんな、と私は苦笑した。