君はいつでも宝物をくれる

 そこにいるのは、母親なのに。
 持っている手が震えている。
(もう、ホントに描けないのかな)
 不安が過ぎった。
 ふと、昔よく行っていた場所に行こうと思い立った。
「母さん、ちょっと出掛けてくる」
 
 家の近くにある公園兼多目的グラウンドだ。
 亮太は、小学生の頃、そこでサッカーをしていた。
 暗くなるまで。
 そこのベンチに座って、よくスケッチしていた。
 すっかり秋になった夕方は、日も暮れるのが早い。
 公園に電灯が付いていた。
 上着のチャックを首の上まで上げて、薄明かりの下にあるベンチに腰を下ろした。
 誰もいないグラウンドが目の前にある。
 スケッチブックを広げて、鉛筆を持つ。
 目を瞑った。
 
 絵画教室をやめて、サッカーに夢中になった子を思い浮かべる。
 走って、ボールを蹴って「サト今の見てた?」と時折声をかける。
 それを受けて、ニコリと笑うと、手を振ってくれる。
 そして、スラスラと鉛筆を走らせる。
 
 ――だけど、今の僕の手は動かない。
 ため息がこぼれた。
 
「サト」
 急に呼ばれて、驚いて目を開けた。
 声の主は、亮太だった。