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美術部では、年に一度、市の展覧会へ出品するための作品を制作している。
絵、陶芸、彫刻。
美術部には、全員で六名在籍している。
サトと京香、部長の三人が絵を専攻し、あとの三人は陶芸、彫刻だ。
京香に、『色が見える』話をしたのは、サトが高校に入学したばかりの頃だ。
新部員のお世話係である京香と共に行動することが多かった。
人物像を描きたいと常々思っていた京香は、そのことをサトに話していた。
モデルも決まっているのだと。
「どうしたらモデルになってくれると思う?」
その日は、外をスケッチするために、中庭に向かって校庭の横を歩いていた。
陸上部が準備体操をしている真横を通る。
「あの人ですよね?」
手足が長く、ほっそりとした女性。
髪の毛を1つに束ねている。
冷たそうな外見なのに、彼女の周りは、鮮やかなオレンジで、とても楽しそうな印象を持った。
「声かけてみても大丈夫だと思います。すごく調子が良さそうですよ」
「な、何言ってんのよ。練習中だし……邪魔しちゃ悪いわよ」
「……ああ、そうですか」
サトは、中庭に向かって歩き出す。
「そうよ……」
京香は、そう呟くと、恨めしそうに陸上部の彼女を見ながら、サトの後を追いかけた。
中庭は、ちょっとした日本庭園がある。
近くの四阿に腰掛けて、松の木をスケッチする。
「ねえ、さっきの調子良さそうってなに? 彼女のどこを見てわかったわけ? もしかして……」
「……」
もしかして、何か見えるの? そんな質問をされるのかと身構えてしまう。
「あなたも、狙ってるのね? だから彼女に詳しいんでしょ?」
突拍子もない言葉に、スケッチしていた鉛筆の芯を折ってしまった。
否定しようと京香の顔を見るが、彼女は鋭い眼差しでサトを見ている。
気圧される……。
京香の周りは赤色に燃えていた。
真っ直ぐな性格の彼女は、喜怒哀楽が激しい。
それが羨ましくもあった。
サトは、ふふッと笑い、「狙ってませんよ」と伝えた。
きっと彼女は、しつこく聞いてくるだろう。
色のことを話してみようかと思った。
――実は……。
小さい頃から見える色の話をした。
そして、陸上部の彼女は、面白い人なのではないかという印象をもったこと。
京香の顔は、真剣なまま腕組みをして、なにやら考えている。
「じゃ、今から行ってくる」
そう言うと、走って中庭を抜けて校庭に向かってしまった。
そして五分も経たないうちに戻ってきて言った。
「断られた」
「……?」
落ち込む様子もなく続ける。
「でも、またお願いしてみる。今は大会前だからっていう理由だったから……それに彼女、とても素敵な人だった」
うっとりしている京香を横目にスケッチを続ける。
思い立ったら行動の人。
皆んな、京香のことをそう言う。
(この人、凄いな)
自分には出来ない。
「陰谷祥っていうんだって」
「名前知らなかったんですか?」
こくりと頷く京香の顔は、真剣そのものだ。
「一目惚れよ」
思い出しては、目を細めて、ニヤついている。
「……女性が……好き……なんですか?」
おそるおそる聞いてみる。
サトは、完全にスケッチする手を止めていた。
京香が顔を仰いで、1つ息を吐いた。
「わからない。でも彼女のことは好きだわ」
「そうなんですね」
「で、彼女に告ったわ。ついでだし」
「……ついでって」
今度は、鉛筆を落としてしまった。
なんたる行動力。
「サトくんのそれ、イイわね。色が見えるなんてさ。明日晴れるとか雨降るとかそんな感じでしょ? 便利ね」
そんな例えをされるとは思わなかった。
京香にとっては、天気と一緒。
それが、なんだかホッとして、考えすぎるのもくだらないことなんだと思えた。
呆気にとられた出来事だった。
