○和風の建物、応接室(清華の実家)
上品な印象の部屋。
応接室で座って目を閉じている桃寧。後ろには八千代が控えている。その傍らには籠。中には布が敷かれ、子猫たちが眠っている。
◯一コマだけのプチ回想
暁良「ご実家に約束は取り付けておいたよ。僕はついて行けないけれど……」
心配そうな表情の暁良。
◯回想おわり
桃寧モノ『お母様──』
桃寧モノ『桃寧は貴女のことを知りたいと思います──』
「失礼」と障子が開く。
桃寧の祖父母「……?!」
桃寧の顔を見た老婦人(以下、祖父母)が驚いて動きを止める。祖父母はどちらも和服で白髪まじりの頭。祖父は厳しそうな顔立ち。祖母は桃寧・清華に似ている。
桃寧「あ……」
祖父「……いや、失礼。貴女が知り合いに似ていたもので」
平静を取り繕い、部屋の上座に座る祖父母。
祖父「……今代の妻巫女様からご挨拶にお越しくださいましたこと、感激の極みでございます」
頭を下げる祖父母。祖父は厳しい顔をしている。
桃寧「お二人へのご挨拶が叶いましたこと……歓喜の念に耐えません」
頭を下げる桃寧。
少し瞳を閉じて、覚悟を決める。
桃寧「今代の妻巫女……一条桃寧と……申します」
凛とした表情の桃寧。
祖父母「な……!」
驚愕する祖父母。
桃寧モノ『お母様から受け継いだこの苗字』
桃寧『今までは名乗る機会などございませんでした。しかし……』
山暮らしをしていた時代の桃寧の絵。
桃寧「母の名を清華……と申します」
祖父「貴女は我が一条家の……私たちの孫だと……?!」
冷静を保つ桃寧に対し、腰を浮かせて大声を出している祖父。
桃寧「それを確かめるために参りました」
祖母「……一条という苗字だけでは貴女が私どもの孫かは判じかねます」
祖父を宥めて座らせる祖母。
祖母「貴女のお母様のお話を聞かせてくださる?」
困りながらも桃寧に微笑みかける祖母。
桃寧モノ『──お母様が雪のように輝く白い髪をしていたこと』
桃寧モノ『「運命の人」と結婚したけれど、幸せになれなかったこと』
桃寧モノ『ひどい扱いに耐えられず霧賀山へと逃げたこと』
祖父母に話をする桃寧。
桃寧モノ『私に舞……妻巫女だけが知る神楽を教えてくれたこと』
清華が神楽を舞っているイメージを示す。
桃寧モノ『神話に詳しかったこと』
桃寧モノ『文学がお好きだったこと』
桃寧モノ『花がお好きだったこと』
※たくさんモノローグを示して、桃寧が知っている限りの情報を伝えていることを示したい。
◯プチ場面転換。執務室のデスクで、暁良が書類を前にぼんやりしている。
蘇芳「……お茶でもお持ちしますか」
暁良「いや、いい」
暁良「桃寧さんは……大丈夫だろうか……」
締め切られた窓から空を眺める暁良。
◯プチ場面転換終わり。
祖父母「……」
二人で顔を見合わせている。「孫かもしれないが、決め手に欠ける」といった難しい表情。
桃寧モノ『確かに、これだけの情報では──』
不意に机に飛び乗る子猫たち。
桃寧「すすき!やなぎ!」
それを嗜める桃寧。
祖母「すすきと……やなぎ……?」
ぴくりと反応する祖母。
桃寧「お行儀が悪くて申し訳……」
祖母「変わった名前の猫ちゃんね……?」
桃寧「ええと、母がよく口ずさんでいた曲から名付けました……これは流行歌でしょうか?」
すすきを捕獲する桃寧。
桃寧「♫すすきのおひげはそーよそよ、やなぎの尻尾はゆーらゆら」
すすきを抱いて楽しそうに歌う桃寧。
桃寧「あの……失礼をば。人前で歌ったことはございませんで……」
祖母「構いませんよ。……続きはご存じですか?」
桃寧「その……歌詞がたくさんあって覚えきれなかったのですが……」
ちょっと考え込む桃寧。
桃寧「♫夜中にしきりにないてみせ、お父もお母も困り顔」
祖父母に笑いかける子供の頃の清華の絵。歌っている桃寧と面影がだぶる。
祖母「ああ……」
泣き出す祖母。その背中をさする祖父。
桃寧「あ……ご不快で……」
祖母「それは清華が作った歌なのですよ……。すすきもやなぎも、清華が拾ってきた子犬で……家族で世話をして……」
幼い頃の清華が2匹の子犬を抱いている。2匹の子犬に、若かりし祖父母が振り回されていたことを絵で示す。
祖母「あの子は、ずっと覚えていてくれたのですね……私たちとの思い出を……」
涙を流す祖母に寄り添う祖父。
祖父「その歌は一条家の家族しか知らないものだ。清華に瓜二つなことといい……貴女は本当に私たちの孫なのだね」
柔らかな微笑みを浮かべる祖父。
桃寧「あ……ああ……!」
桃寧モノ『お母様──!』
目に涙を浮かべる桃寧。
少しだけ時間が経過したことを示すコマ。その間に祖母も桃寧も涙を拭いている。
桃寧「私はお母様の娘ですが、お母様にひどい扱いをした男の娘でもございます。そんな私がこの家の屋敷を跨いだこと、お詫びのしようもございません」
姿勢を正して頭を下げる桃寧。
祖母「……ふふ。そんなところも清華さんにそっくり。あの子も失踪の間際、こっそり手紙を寄越したのですよ」
愛しむように微笑む祖母。
桃寧「手紙……それはどのような……」
祖母「赤子を……貴女を身籠った報告と……無事に貴女を産みたいという想いを……」
桃寧「あ……」
お腹をさする清華と手紙のイメージを示す。
桃寧モノ『お母様は当主の分までお仕事をされていた……それは体に大きな負担となったはず。それは、つまり』
清華が苦しそうに霊力を放っているイメージを示す。
机の上にぽたりと涙が落ちる。
桃寧「お母様は私を産むために……雅旺院家を出たのですね……」
涙を流す桃寧のアップ。
桃寧モノ『ごめんなさい』
祖母「桃寧さん……」
桃寧「私はお母様に生活を捨てさせて……お二人からお母様を奪って……」
桃寧モノ『ごめんなさい』
祖父「貴女を産むことが……あの娘の選んだ幸福だった。自分を責める必要などないのだ」
泣き続ける桃寧と、桃寧を労ろうと手を伸ばす祖父母。
桃寧「でも……お二人は……」
祖母「私たちのことは、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんを呼んでちょうだい」
桃寧に微笑みかける祖母。
祖母「私たちはこの霧賀領のどこかに……娘と孫が暮らしていると思うだけで幸せだったの」
青空の下、霧賀山を眺める祖父母の姿。
祖母「妻巫女の霊力は強大だから……あの娘が失踪してからも気配はずっと感じていました。だけど6年前の冬、それもぷっつり消えてしまった」
桃寧モノ『お母様が……亡くなられた年……』
亡くなった清華の絵。
祖母「もう諦めていたというのに……立派に育った孫が会いに来てくれて……これ以上のことがあるでしょうか」
桃寧の涙を拭う祖母。
祖父「清華が失踪してから一条家は雅旺院家と関わりを絶ってきた。しかし一条家は貴女の実家だ。雅旺院家で辛い目に遭ったとき……そうでないときも……いつでも顔を見せに来ておくれ」
桃寧「おじい、さま……おばあさま……!」
3人で抱きしめ合う絵。
時間経過のコマを挟む。
○雅旺院家の離れの玄関。夕方。
暁良「おかえりなさい、桃寧さん」
玄関前で立っている暁良。
桃寧「あ……ただいま戻りました」
すっきりした表情の桃寧。
桃寧「ええと……?」
蘇芳「先ほどからずっとお帰りを待っていらしたのです。結局、仕事になりませんで……」
桃寧の顔を覗き込む暁良。
暁良「……目が腫れているけれど、辛い想いをしませんでしたか?大丈夫ですか?」
桃寧「え……ええと、これはお祖父様たちに受け入れられた喜び……と言いますか……」
暁良「そうですか……」
桃寧「お母様のことも知ることができましたし、とても満ち足りた気持ちでございます」
暁良「なら……よかった」
微笑み合う二人。
暁良「それでも今は……そばにいさせてもらって構いませんか?」
手を差し出す暁良。
暁良「貴女が涙を流したとき、それを拭えなかったことが悔しいのです」
桃寧「……そ、そんな、嬉し涙でございますのに」
暁良「では嬉し涙を流させたのが僕ではないことに、嫉妬しなければなりませんね」
桃寧「もう……!」
美しい笑みを浮かべる暁良と、苦笑する桃寧。
二人は手を繋いで庭を歩き出す。
すっと表情が消える桃寧
桃寧モノ『お母様は妻巫女だった』
清華の姿。
桃寧モノ『神に定められた運命の相手と結婚して……それなのに不幸になった』
清華が夫と背を向け合う絵。
繋いだ桃寧の手に、わずかに力が入る。
桃寧モノ『暁良様』
微笑んでいる暁良。
桃寧モノ『もしかして私たちも、幸せになることなどはできないのではないでしょうか』
黒い背景にモノローグ。
上品な印象の部屋。
応接室で座って目を閉じている桃寧。後ろには八千代が控えている。その傍らには籠。中には布が敷かれ、子猫たちが眠っている。
◯一コマだけのプチ回想
暁良「ご実家に約束は取り付けておいたよ。僕はついて行けないけれど……」
心配そうな表情の暁良。
◯回想おわり
桃寧モノ『お母様──』
桃寧モノ『桃寧は貴女のことを知りたいと思います──』
「失礼」と障子が開く。
桃寧の祖父母「……?!」
桃寧の顔を見た老婦人(以下、祖父母)が驚いて動きを止める。祖父母はどちらも和服で白髪まじりの頭。祖父は厳しそうな顔立ち。祖母は桃寧・清華に似ている。
桃寧「あ……」
祖父「……いや、失礼。貴女が知り合いに似ていたもので」
平静を取り繕い、部屋の上座に座る祖父母。
祖父「……今代の妻巫女様からご挨拶にお越しくださいましたこと、感激の極みでございます」
頭を下げる祖父母。祖父は厳しい顔をしている。
桃寧「お二人へのご挨拶が叶いましたこと……歓喜の念に耐えません」
頭を下げる桃寧。
少し瞳を閉じて、覚悟を決める。
桃寧「今代の妻巫女……一条桃寧と……申します」
凛とした表情の桃寧。
祖父母「な……!」
驚愕する祖父母。
桃寧モノ『お母様から受け継いだこの苗字』
桃寧『今までは名乗る機会などございませんでした。しかし……』
山暮らしをしていた時代の桃寧の絵。
桃寧「母の名を清華……と申します」
祖父「貴女は我が一条家の……私たちの孫だと……?!」
冷静を保つ桃寧に対し、腰を浮かせて大声を出している祖父。
桃寧「それを確かめるために参りました」
祖母「……一条という苗字だけでは貴女が私どもの孫かは判じかねます」
祖父を宥めて座らせる祖母。
祖母「貴女のお母様のお話を聞かせてくださる?」
困りながらも桃寧に微笑みかける祖母。
桃寧モノ『──お母様が雪のように輝く白い髪をしていたこと』
桃寧モノ『「運命の人」と結婚したけれど、幸せになれなかったこと』
桃寧モノ『ひどい扱いに耐えられず霧賀山へと逃げたこと』
祖父母に話をする桃寧。
桃寧モノ『私に舞……妻巫女だけが知る神楽を教えてくれたこと』
清華が神楽を舞っているイメージを示す。
桃寧モノ『神話に詳しかったこと』
桃寧モノ『文学がお好きだったこと』
桃寧モノ『花がお好きだったこと』
※たくさんモノローグを示して、桃寧が知っている限りの情報を伝えていることを示したい。
◯プチ場面転換。執務室のデスクで、暁良が書類を前にぼんやりしている。
蘇芳「……お茶でもお持ちしますか」
暁良「いや、いい」
暁良「桃寧さんは……大丈夫だろうか……」
締め切られた窓から空を眺める暁良。
◯プチ場面転換終わり。
祖父母「……」
二人で顔を見合わせている。「孫かもしれないが、決め手に欠ける」といった難しい表情。
桃寧モノ『確かに、これだけの情報では──』
不意に机に飛び乗る子猫たち。
桃寧「すすき!やなぎ!」
それを嗜める桃寧。
祖母「すすきと……やなぎ……?」
ぴくりと反応する祖母。
桃寧「お行儀が悪くて申し訳……」
祖母「変わった名前の猫ちゃんね……?」
桃寧「ええと、母がよく口ずさんでいた曲から名付けました……これは流行歌でしょうか?」
すすきを捕獲する桃寧。
桃寧「♫すすきのおひげはそーよそよ、やなぎの尻尾はゆーらゆら」
すすきを抱いて楽しそうに歌う桃寧。
桃寧「あの……失礼をば。人前で歌ったことはございませんで……」
祖母「構いませんよ。……続きはご存じですか?」
桃寧「その……歌詞がたくさんあって覚えきれなかったのですが……」
ちょっと考え込む桃寧。
桃寧「♫夜中にしきりにないてみせ、お父もお母も困り顔」
祖父母に笑いかける子供の頃の清華の絵。歌っている桃寧と面影がだぶる。
祖母「ああ……」
泣き出す祖母。その背中をさする祖父。
桃寧「あ……ご不快で……」
祖母「それは清華が作った歌なのですよ……。すすきもやなぎも、清華が拾ってきた子犬で……家族で世話をして……」
幼い頃の清華が2匹の子犬を抱いている。2匹の子犬に、若かりし祖父母が振り回されていたことを絵で示す。
祖母「あの子は、ずっと覚えていてくれたのですね……私たちとの思い出を……」
涙を流す祖母に寄り添う祖父。
祖父「その歌は一条家の家族しか知らないものだ。清華に瓜二つなことといい……貴女は本当に私たちの孫なのだね」
柔らかな微笑みを浮かべる祖父。
桃寧「あ……ああ……!」
桃寧モノ『お母様──!』
目に涙を浮かべる桃寧。
少しだけ時間が経過したことを示すコマ。その間に祖母も桃寧も涙を拭いている。
桃寧「私はお母様の娘ですが、お母様にひどい扱いをした男の娘でもございます。そんな私がこの家の屋敷を跨いだこと、お詫びのしようもございません」
姿勢を正して頭を下げる桃寧。
祖母「……ふふ。そんなところも清華さんにそっくり。あの子も失踪の間際、こっそり手紙を寄越したのですよ」
愛しむように微笑む祖母。
桃寧「手紙……それはどのような……」
祖母「赤子を……貴女を身籠った報告と……無事に貴女を産みたいという想いを……」
桃寧「あ……」
お腹をさする清華と手紙のイメージを示す。
桃寧モノ『お母様は当主の分までお仕事をされていた……それは体に大きな負担となったはず。それは、つまり』
清華が苦しそうに霊力を放っているイメージを示す。
机の上にぽたりと涙が落ちる。
桃寧「お母様は私を産むために……雅旺院家を出たのですね……」
涙を流す桃寧のアップ。
桃寧モノ『ごめんなさい』
祖母「桃寧さん……」
桃寧「私はお母様に生活を捨てさせて……お二人からお母様を奪って……」
桃寧モノ『ごめんなさい』
祖父「貴女を産むことが……あの娘の選んだ幸福だった。自分を責める必要などないのだ」
泣き続ける桃寧と、桃寧を労ろうと手を伸ばす祖父母。
桃寧「でも……お二人は……」
祖母「私たちのことは、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんを呼んでちょうだい」
桃寧に微笑みかける祖母。
祖母「私たちはこの霧賀領のどこかに……娘と孫が暮らしていると思うだけで幸せだったの」
青空の下、霧賀山を眺める祖父母の姿。
祖母「妻巫女の霊力は強大だから……あの娘が失踪してからも気配はずっと感じていました。だけど6年前の冬、それもぷっつり消えてしまった」
桃寧モノ『お母様が……亡くなられた年……』
亡くなった清華の絵。
祖母「もう諦めていたというのに……立派に育った孫が会いに来てくれて……これ以上のことがあるでしょうか」
桃寧の涙を拭う祖母。
祖父「清華が失踪してから一条家は雅旺院家と関わりを絶ってきた。しかし一条家は貴女の実家だ。雅旺院家で辛い目に遭ったとき……そうでないときも……いつでも顔を見せに来ておくれ」
桃寧「おじい、さま……おばあさま……!」
3人で抱きしめ合う絵。
時間経過のコマを挟む。
○雅旺院家の離れの玄関。夕方。
暁良「おかえりなさい、桃寧さん」
玄関前で立っている暁良。
桃寧「あ……ただいま戻りました」
すっきりした表情の桃寧。
桃寧「ええと……?」
蘇芳「先ほどからずっとお帰りを待っていらしたのです。結局、仕事になりませんで……」
桃寧の顔を覗き込む暁良。
暁良「……目が腫れているけれど、辛い想いをしませんでしたか?大丈夫ですか?」
桃寧「え……ええと、これはお祖父様たちに受け入れられた喜び……と言いますか……」
暁良「そうですか……」
桃寧「お母様のことも知ることができましたし、とても満ち足りた気持ちでございます」
暁良「なら……よかった」
微笑み合う二人。
暁良「それでも今は……そばにいさせてもらって構いませんか?」
手を差し出す暁良。
暁良「貴女が涙を流したとき、それを拭えなかったことが悔しいのです」
桃寧「……そ、そんな、嬉し涙でございますのに」
暁良「では嬉し涙を流させたのが僕ではないことに、嫉妬しなければなりませんね」
桃寧「もう……!」
美しい笑みを浮かべる暁良と、苦笑する桃寧。
二人は手を繋いで庭を歩き出す。
すっと表情が消える桃寧
桃寧モノ『お母様は妻巫女だった』
清華の姿。
桃寧モノ『神に定められた運命の相手と結婚して……それなのに不幸になった』
清華が夫と背を向け合う絵。
繋いだ桃寧の手に、わずかに力が入る。
桃寧モノ『暁良様』
微笑んでいる暁良。
桃寧モノ『もしかして私たちも、幸せになることなどはできないのではないでしょうか』
黒い背景にモノローグ。
