◯霧賀山の桃寧の小屋、夜
「ぐぅぅ……」と暁良のお腹が鳴る。

暁良「その……なんともお恥ずかしい……」
恥ずかしそうな暁良と、微笑む桃寧。

桃寧モノ『本当はこんなもの、お出しすべきじゃないけれど……』
桃寧「質素な汁ですが、召し上がりますか?」
桃寧がおずおずと鍋を手で示す。

暁良「え……よろしいのですか?」※喜色満面で
桃寧「ええ、山を降りるには遅いですし……本当に腹を満たすだけの食事ですが」※恥ずかしそうに

暁良「ご迷惑でなければ、ぜひ!」

小屋の中に入っていく二人。

桃寧(料理を習ってわかった。お屋敷の美味しい料理は昆布や干し椎茸……醤油や味噌があってこそ)
鍋の中をかき混ぜる桃寧。

桃寧(だけどここには塩しかない……。お出しできるのは塩しか入っていない大根汁……)
不安そうな顔をして腕を暁良に渡す桃寧。

暁良「……いただきます!」
手をしっかりと合わせてから大根を口に入れる暁良。

自分も食事にしようと目を伏せて鍋に視線を落とす。

暁良「美味しい……!」
その一言に、思わず顔を上げる桃寧。

暁良「僕の人生で一番の食事です!僕は……幸せ者だ」
桃寧「……ご無理をなさる必要はないのですよ」

暁良「お嫁さんのご飯を食べられるなんて、最高の贅沢ではありませんか」
少し桃寧の顔が曇る。

桃寧「……『運命の花嫁』、ですか?」
暁良「……ええ」※察したように

桃寧「お山の神様を疑う気持ちはございません。でも……どうして暁良様は……真っ直ぐ運命を信じることができるのですか?」

暁良を見つめる桃寧。
腕をいったん床に置き、桃寧を見つめ返す暁良。
暁良「……希望だからです。僕の、希望」

桃寧モノ『美しく完璧で……霧賀領の頂点にいるお方。私が……その方の希望……?』

桃寧「……」
暁良「……」
しばらく無言で見つめあう二人。

暁良「僕もお聞きして構いませんか。なぜ、桃寧さんが頑ななまでに運命を拒むのか」
桃寧「……つまらない話と、笑わないでくださいませね」
重い口を開く桃寧。

桃寧「母も……『運命の人』と結婚いたしました。けれども婚家で酷い扱いを受け……このお山に逃げてきたのです。
母親が婚家をこっそり逃げ出すイメージを示す。

桃寧「母はおそらく名家の出でございました。それなのに山で一人私を産み……大変な生活を余儀なくされた……」
山で悪戦苦闘しながら生活している様子、桃寧を慈しんでいる様子を示す。

暁良「……」
何か考え込むような暁良。

桃寧「母は6年前に亡くなってしまって……私は孝行もできぬままでございます。母を想うと……『運命』という言葉への憎しみばかりが募ってしまって……ふふ」
涙が桃寧の頬を伝う。

暁良「……ごめん。僕は無自覚に君を傷つけていたのだね」
桃寧「いいえ、いいえ……ただ私が……勝手に囚われているだけなのです。でもまだ、動けなくて……」
暁良「……うん、いいよ。いいんだよ」

桃寧モノ『誰かにこんなことを打ち明けたのは初めてのことでした』
ポロポロと涙を流す桃寧。
いたわしげに桃寧の肩をさする暁良。

桃寧モノ『心が軽くなった気がするのは……暁良様が不思議な術でも使ったからでしょうか──』
月が上り、夜が深まったことを示す。

○桃寧の小屋、朝。
朝日と霧賀山の絵。

桃寧モノ『さあ、一日の始まりでございます』
すっかり気を取り直した様子の桃寧。

桃寧モノ『昨晩は大変でございました……』
◯プチ回想
暁良「大丈夫!大丈夫だから!」

桃寧「夜のお山は大丈夫ではございません……!獣が出ますので……!!」
暁良「いや……だって……!」
小屋の外に出ようとする暁良を必死に止めようとする桃寧。

暁良「未婚の男女が一晩共にいるほうが危険では?!将来、結婚するって言ってもさ……!」
顔を真っ赤にして主張する暁良。
桃寧「ですから、今は獣が……!」
桃寧モノ『小屋で寝ていただくの、本当に大変でした……』
◯プチ回想おわり

桃寧(いつもはあんなに意地悪で強引なのに)
おかしそうにふっと笑う桃寧。
暁良「桃寧さん!」

暁良「水場、お借りしました」
暁が姿を現す。上着を着ておらず、シャツとズボンのラフな姿。普段のように髪を整えられないが、爽やかな印象。

桃寧「では、参りましょうか」
ここで桃寧が緋袴を履いていることを引きの絵で示す。手には畳んだ千早と祭礼用の鈴。

桃寧モノ『この日課を行えないことはずっと心苦しくありました』
桃寧が先導し、山道を登っていく二人。

桃寧モノ『室内では大きく体を動かすことはできませんでしたし……』
監禁生活をしていたときの絵を示す。

桃寧モノ『でも、ここならば──』
桃寧「到着にございます!」
開けた場所に出る。

暁良「ここが──……」
桃寧「はい。男山と女山が繋がる地点でございます」

桃寧「申し訳ありませんが、私の大事な日課でございますので……」
暁良「いえ、僕が見たいとわがままを言ったのですから」
あたりを見回す暁良。傍で千早を着用する桃寧。

開けた場所の中央で一人、背筋を伸ばす桃寧。少し離れた場所で見守る暁良。
桃寧は頭を下げ、鈴を鳴らす。
舞を踊り始める。凛々しい表情。

暁良「……?!」
暁良が息を呑む。
舞の中で桃寧が着物の袖で顔を隠すような仕草、何かを見上げるような仕草などをする。表情は変化しない。

暁良モノ『これは……!』
暁良は驚きに目を見開いている。

暁良モノ『まさかとは思ったが──』
鈴を鳴らして再び頭を下げる桃寧。

少しだけ時間が経過したことを示すコマを入れる。

桃寧「……暁良様?」
暁良「あ……」
桃寧「お待ちいただいてありがとうございます。日課の舞が終わりましたよ」
微笑みかける桃寧に、ぼうっとした様子の暁良。

暁良「……すみません、桃寧さん。もう一度舞ってみてはいただけませんか?」
桃寧「え……?」
暁良「あ……いけませんでしたか」
桃寧「……いいえ、二度舞ったとて誰に怒られるでもありませんし」

桃寧「では──」
再び舞い始める桃寧。

桃寧モノ『鈴を鳴らして……深くお辞儀』
桃寧モノ『最初は袖で顔を隠して……舞台を二往復』
桃寧モノ『そして次は腰を深く落として……』
それぞれのモノローグに対応した動きをする桃寧の絵。考えながら動いていることを示す。

暁良が表情を引き締める。

桃寧モノ『ここで顔を伏せて……』
顔を伏せた桃寧の顔に影が落ちて、自分の前に暁良が立っていることに気づく。
暁良は閉じた扇子を両手で握り、上段で構えている。
暁良が桃寧の舞に参加した。

桃寧(え……暁良様が、舞いに……?)
驚いた表情をするけれど、舞いを続ける桃寧。

しばらく二人で舞を続ける。

桃寧(違う動きをしているのに……まるでこれが正しい舞かのよう)
暁良の動きをじっと見つめる桃寧。

桃寧(あの扇子は……剣なのだわ)
暁良が剣を振り下ろすように、扇子を握った両手を下方に流す。

桃寧(そして私は……そう、怯えているのだわ……!)
自分のとっているポーズの意味に気づく桃寧。

桃寧を後ろに、片手で敵を制止しもう片手で剣を振り下ろす動きの暁良。
桃寧(彼は……私を庇って戦っている……!)

桃寧モノ『でも困難は終わらないの』
憂いを帯びた表情で身を抱く動きをする桃寧。

桃寧モノ『次々に怪物に襲いかかられて……私は霧の中に身を隠す』
大猪や大蛇、猛牛が襲いかかり、比売が霧で壁を作るイメージを示す。

桃寧モノ『彼はすべての敵を撃ち倒し……』
剣を横薙ぎにはらう暁良。

桃寧モノ『霧を払って私を探し出すのよ……』
大神が霧を払って比売を見つけ出したイメージを示す。

桃寧モノ『あはれ』
霊気が漲っている状態の暁良。神がかりをしている。

桃寧モノ『我を助け給し愛しき我が背──』
舞いながらうっとりと暁良を見つめる桃寧。

鈴を鳴らし、頭を下げる。(舞が終わったことを示す)
場に静寂が訪れる。

頭を上げた瞬間、ハッとする桃寧。
桃寧(私──?!)

桃寧(ぼうっとしていた?まさか、舞っているときに限ってありえない。意識が──そう、何かに意識が乗っ取られていたような──)
暁良「桃寧さん──」
狼狽える桃寧に、落ち着いた顔で話しかける暁良。

桃寧「暁良様……」
暁良「君には僕の推測を聞いてほしい。お母様を愛している、君にだからこそ」

桃寧「なに……を……」
暁良「もしかして、君のお母さんは清華さんというのではない?」
目を見開く桃寧。
桃寧「……!」

暁良「清華さんは──先代の妻巫女だよ」
母親の絵をはっきりと示す。桃寧と同じ白髪ではあるが、神秘的な輝きを放っている(覚醒している巫女である証)。顔は桃寧とよく似ている。