◯離れの和室、朝
桃寧モノ『監禁生活が終わりました』
窓を開け放ち、日差しを浴びて微笑む桃寧。

桃寧モノ『あの襲撃事件を受け、暁良様は監禁に意味はないと判断』
猛牛(式神)に襲われたときのコマを示す。

桃寧モノ『私を隠すのをやめて、警備をさらに強化したようです』
開け放った窓から警備の人間と目があい、会釈を交わす。監視の式神も多数飛んでいる。

◯離れの庭、朝
桃寧モノ『自由に庭に出ることもできるようになりましたが……』
庭のたんぽぽを眺めている桃寧。そこに暁良が現れる。

桃寧モノ『なぜか……「散歩」の習慣は残ったままです……』
手を繋いで庭を歩く暁良と桃寧。桃寧はまだちょっぴり照れている。

桃寧モノ『すすきとやなぎも元気です』
子猫の姿のすすきとやなぎ。2匹の首には鈴がついている。

桃寧モノ『本来は狛犬なのですが……姿を自在に変えられるのは便利ですね』
2匹が暁良の頭に飛び乗り、暁良が渋い顔をしている。

桃寧(暁良様もこのこたちのために鈴を用意してくださって……)
苦笑しながら暁良の頭から2匹をどかす桃寧。

桃寧モノ『私にもわかるようになってきたことがございます』

桃寧モノ『冷たく固い、当主の顔』
襲撃事件で曲者たちを拘束した時の顔を示す。

桃寧モノ『そして……私に見せてくださる、柔らかい表情』
柔らかく微笑む暁良。

桃寧モノ『いえ!別に!……だからどうということではございませんけれど』

顔を赤くする桃寧。
何かを言いにくそうにしている暁良。

暁良「……少しつまらない話があるのだけど、構いませんか?」

桃寧モノ『なんて……このときの私は少々浮かれていたのかもしれません』


○離れの和室
テーブルを挟み、桃寧と暁良が向き合っている。
桃寧「お話し相手、でございますか……?」
暁良「……そう」※苦々しい表情で

暁良モノ『襲撃犯が派手に暴れたのは好都合だった』
暁良「襲撃事件で大騒ぎになってしまって、君の存在が分家に知られてしまったんです。そして……『妻巫女が離れに一人だなんて可哀想』と声が上がり……」

暁良モノ『犯人を厳しく処分することで一族の引き締めになった』
暁良「そこで分家の一人が娘の蘭子さんを話し相手にどうか、と提案してきたんです」

暁良モノ『桃寧さんの周辺を嗅ぎ回るような不届者もいなくなった』
暁良「彼女は桃寧さんとは年齢も近いですけれど……気疲れすると思います」

暁良モノ『しかしこんな搦め手で桃寧さんに近づこうとは』
暁良「貴女さえ嫌だと言ってくれれば、僕からしっかりお断りしておきます」

ちょっと考え込む桃寧。

桃寧(これは……親戚付き合いというものではないでしょうか……?)
「理解した!」という顔の桃寧。

桃寧(お母様が教えてくれました!普段からのマメなお付き合いが大事なのですよね!)
桃寧による曖昧な親戚付き合いについてのイメージ。

桃寧(せっかくお話し相手になってくださるのです!親戚のお嬢さんと仲良くしておけば、きっと襲撃事件のようなことは起こらないのでは……?)
イメージの中の従姉妹が桃寧に「私は貴女の味方よ……」と言い、桃寧が感激して「ありがとう!」と言っている。

桃寧モノ『それなら……』
桃寧「わ、私、お話ししてみたいです……!」
暁良「ええ……!」※びっくりして

暁良「楽しくないかもしれませんよ……」
桃寧「親戚付き合いとはそういうものではございませんでしょう!」

暁良「無理をする必要はないのですよ……?」
桃寧「いいえ……!私はとってもお話し相手が欲しいです……!」
桃寧モノ『だって、襲撃は親族の仕業だったなんて──それは悲しくないですか』
犯人が暁良の親族だと聞き、衝撃を受けたときの桃寧の絵。

桃寧「お母様が誰かと仲良くなりたかったら、たくさんお話をして相手を知りましょうとおっしゃっていました」
桃寧モノ『厳しい処断をなさったと聞きました。それは苦しくないですか』
冷たい表情で部下たちに処断を伝えたときの暁良の絵。

桃寧モノ『そんな苦しみを思っただけで、胸がじくじくとするのです』
桃寧「たくさんお話しをしたら、私も従姉妹さんと仲良くなれますわよね……?」
決意を秘めた瞳で訴えかける桃寧。

観念した様子の暁良。
暁良「貴女が……そうおっしゃるのであれば」
桃寧「ありがとう存じます……!」

玄関先まで暁良を見送る桃寧。
暁良「嫌だと思ったらすぐにおっしゃってくださいね?」※心配そうに
桃寧「……はい」
桃寧モノ『同じ人間だから話せばわかる。まして同じ年頃の同性なのだから──。そう思っていましたが』

◯離れの応接室、昼
桃寧モノ『同じ人間とは思えないほどの、美少女がやってきたのです──』
蘭子「お初にお目もじいたします。蘭子と申します」
にっこりと微笑む蘭子。

桃寧「おっ、おはつにおめにっ、かかります……!!もも、ももねで、ございます……!」
極度に緊張している桃寧。

桃寧モノ『鴉の濡羽色のような黒髪に長いまつ毛……!豪華なお衣装もこんなに着こなされて……!』
蘭子の美しさを絵で示す。

ふと、自分の見窄らしさに気づき、気後れする桃寧。
意に介さない様子の蘭子。

蘭子「私、桃寧様のことが知りたいわ。普段こちらでは何をされてお過ごしに?」
桃寧モノ『蘭子様の方から私にお近づきに……!』

桃寧「は、はい……!えと、あの、お掃除などを……」
蘭子「え……?」※わずかに目を見張る

桃寧「た、畳を掃き清めたり……廊下を水拭きしたり……」
蘭子「まあ……」

桃寧「あ、最近は料理も教えていただいていて……。わ、私……このお屋敷で初めて昆布や鰹節なるものを見まして……」※必死に説明しようとする

蘭子「……そうなのですね。そうだわ、桃寧様は当然、暁良様から贈り物をいただくのでしょう?」

桃寧「え……ええ、それはもちろん……」
蘭子「どんなものを贈られますの?お着物などは?」

桃寧「たくさん……たくさん、いただいております」
暁良から贈られた着物の絵。どれも派手で豪華な振袖。

蘭子「お召しにはならないの?」
桃寧「どれも芸術品のようで……私のような者が袖を通すなど……想像もできず……」
羞恥心で俯く桃寧。
自分の着物の袖口が擦り切れていることに気づき、さっと隠す。

蘭子「そうなのね」※優雅に微笑む
桃寧モノ『蘭子様だったなら、どれも素敵に着こなされたことでしょう』
贈られた着物やドレスを蘭子が着ているイメージを示す。

桃寧モノ『でも、私は──』
豪華な着物を八千代に勧められるが、手を伸ばせない桃寧の絵。

蘭子「……」
桃寧がお茶菓子(ケーキ)にほとんど手をつけていないことに気づく。

時間経過のコマを挟む。

蘭子「今日はとても楽しゅうございましたわ」
桃寧モノ『私──』
使用人を引き連れて帰っていく蘭子と、それを見送る桃寧。

◯離れの和室、夕方
桃寧モノ『全然うまくできなかった』
壁にもたれかかり、ぼんやりする桃寧。

桃寧モノ『蘭子様に圧倒されて、ちゃんとおもてなしできなかった』
会話をリードする蘭子(優雅、豪華)と、うまく喋れない桃寧(見窄らしい)を対比させる。

護衛1「蘭子様はもう帰られたのか」
窓の外から護衛同士の会話が聞こえ、思わず耳をそばだてる桃寧。

護衛2「ああ。お父君の孝久様も頻繁に暁良様を訪ねておられるようだし」

護衛1「蘭子様を第二婦人に……なんて噂もあるから気が抜けないな……」
桃寧モノ『ああ──』
愕然とした様子の桃寧。手が僅かに震えている。

桃寧モノ『雅旺院家当主と非の打ちどころのないご令嬢──二人で並び立つ姿は自然に想像できる』
暁良が蘭子をエスコートしているイメージを絵で示す。

桃寧モノ『私なんてただの山育ちで──』
桃寧「……暁良様のお側に……いるのはおかしいわよね……」
俯く桃寧。子猫たちが心配そうに桃寧の顔を覗き込む。

桃寧「あ……ごめんなさいね。私がただの田舎者だなんて……知れたことなのに」
子猫たちを抱き上げる。瞳の端には涙が滲んでいる。

桃寧モノ『そうだわ。田舎者は田舎者らしく、お山に引っ込んでいるべきなのだわ』
涙を隠すように、子猫に顔を埋める桃寧。

桃寧モノ『蘭子様がご夫人になれば、蘭子様のご実家も暁良様の味方になってくださる』
孝久が寄り添い合う暁良と蘭子を庇護するイメージを示す。

桃寧モノ『蘭子様は……暁良様の贈り物にも相応しい方なのだから』
豪華な着物で美しく微笑んでいる蘭子の絵。

桃寧(でも……霧賀山に帰るなんてどうやって……)
子猫たちが一際大きく鳴き、桃寧は「え、なぁに?」と振り返る。

桃寧「えっ」
子猫たちが桃寧の着物の袖を強く引っ張る。あまりの力の強さに、桃寧は立ち上がり、子猫たちの引っ張る方向へとついていく。

子猫たちは玄関の外へと桃寧を連れ出すと、子虎の姿へと変化する。

桃寧「どうしたの……?」
やなぎが桃寧の背中を押し、桃寧をすすきの背中に乗せる。

桃寧「あなたたち……もしかして……」
子虎たち「ぐるるん!」

◯暁良の執務室、夕方
仕事中の暁良。室内に八千代が駆け込む。

八千代「大変でございますぅ!」
蘇芳「……なぜ桃寧様のお側を離れているんです?」

八千代「桃寧様がお山に帰られましたぁ!!」
暁良「なんだって?!」
暁良は勢いよく椅子から立ち上がると、外へと走り出す。

八千代「桃寧様が狛犬に乗って!『今までお世話になりました。山に帰ります』って……!狛犬はあっという間に走り去って……!」
八千代が暁良のあとを追いながら報告する。

自動車に乗り込む3人。運転席に蘇芳、助手席に八千代、後部座席に暁良。

暁良(貴女を……逃がすわけが──ないでしょう──)
焦りに染まっている暁の顔。車が急発進する。

◯霧賀山の山中、桃寧の家。夜。
小さな洞窟を利用した小屋で、床には板が並べられている。

空は暗くすっかり日が暮れている。簡単な作りのかまどの火が、頼りなく室内を照らしている。

桃寧(なんだか……懐かしい……)
かまどに鍋をかけ、汁が煮えるのを静かに眺めている。

桃寧(ここは……こんなに静かだったかしら)
かまどの火に桃寧の顔が照らされている。傍には子猫たち。

桃寧「……頑張ってくれたね。ありがとう」
桃寧が眠っている子猫たちの頭を撫でる。

桃寧モノ『そうだ。自分は望んで帰ってきたはずだわ。それなのに──』
扉を叩く音がして、身をこわばらせる桃寧。

桃寧(風の音?獣?いえ、違う。でもおかしい。この小屋を訪れる人間なんていないはず)
警戒しながら粗末な扉に近づく桃寧

桃寧モノ『だってお母様がおっしゃっていた』
恐る恐る、扉を開ける。

桃寧モノ『この霧賀山は只人を寄せ付けぬと──』
暁良「実家帰りのお嫁さんを迎えに参りました」
月明かりに照らされて暁良が立っている。
スーツはボロボロで泥だらけ、髪も乱れている。

桃寧「ど、どうして……」
暁良「……霧賀女大神の別名はご存知で?」
桃寧「……?霧隠比売でございますが……?」

暁良「ええ。そして霧賀男大神は霧祓命だ。霧に隠れる女神に霧を払う男神……。男神の加護を受ける私は、霧に隠れる貴女を見つけられるただ一人の人間なのですよ」
自信たっぷりの笑みを浮かべる暁良。息を呑む桃寧。

暁良「……それに」
綺麗な笑みを崩す暁良。

暁良「猫に鈴もつけてありますしね」
子猫たちが首につけている鈴を示す。

桃寧「な……も、もしや探知の術を……?」
暁良「これが役に立つ日が来るとは思いませんでしたよ」
恐怖に顔を顰める桃寧と、皮肉そうな笑みを浮かべる暁良。

暁良「僕から……運命から逃げられると思わないでくださいね?」
暁良の微笑み。美しいけれど危うさを含んでいる。
びくりとする桃寧。
ゆっくりと暁良の笑みが消えていく。

暁良「貴女がいなくなったら……僕は……」
桃寧「暁良……様……?」

抱きしめようとして手を伸ばすが、途中で腕を下ろしてしまう暁良。

また笑顔を作る暁良。
桃寧モノ『それはいつも通りの笑顔でした』

桃寧モノ『だけれど瞳の奥に寂しさが見えたのは……私の気のせいでしょうか』