◯離れの和室
窓が閉め切られた薄暗い部屋の中、桃寧が正座している。着物は山で着ていたもののまま。

桃寧モノ『この生活にもだいぶ慣れてまいりました』

暁良が襖を開けるとそこから光が差し、桃寧がわずかに微笑む。

桃寧モノ『いえ、慣れたという言葉には語弊があるかもしれません』
ちょっと顔を引き締める桃寧。

桃寧モノ『私は自由に外に出ることはできませんが』

桃寧モノ『彼は朝夕、仕事の暇を見つけては私を庭へと連れ出してくれます』
並んで庭を歩く暁良と桃寧。手を繋いでいる。

桃寧モノ『こういうことは……まだ恥ずかしいですし……』
手を繋いでいることを意識して顔を赤くする桃寧。

桃寧「あの、雅旺院様……」
暁良「……」※そっぽを向いて返事をしない
桃寧「…………あ、あき」
桃寧の方を振り向く暁良。でも何も言わない。
桃寧「あっ、あきっ……、あきらっ、さま……」※真っ赤になりながら搾り出すように
暁良「なにかな?!桃寧さん!」※心から嬉しそうな笑顔で

桃寧モノ『運命とやらを受け入れたわけではございません』
ムーッとなった桃寧だが、暁良の笑顔につられてちょっぴり微笑んでしまう。

桃寧モノ『この生活に納得したわけではありませんが……この散歩の時間を楽しんでしまう自分がいるのです』
モノローグの背景に、微笑み合う二人に隠れるようにして立つ蘇芳を描く。彼は誰かが放った式神の形代を破棄している。

桃寧モノ『お友達もできました』
桃寧「すすき、やなぎ」
声をかけられて二匹の子猫が振り返る。白い虎柄。

桃寧モノ『どこからかこの離れに入り込んできたこの子たち……』
桃寧「八千代さんにお魚を分けていただきましたよ」
魚の入ったお皿を子猫たちに差し出す桃寧。

桃寧モノ『家主の許可もいただきましたので……』
暁良に子猫たちを見せたときの様子を示す。暁良は「うん?!うん……いいです……よ?!」とやや困惑気味。

桃寧モノ『こうして日々、癒されているのでございます』
魚にがっつく子猫たちを微笑ましげに見つめる桃寧。

桃寧モノ『家事だって、させていただけるようになりました』
畳の拭き掃除をする桃寧と八千代の姿。

桃寧モノ『散歩をするようになって元気になったおかげでしょうか』
◯プチ回想
家事をしたいという桃寧を、「危のうございますから……」と必死になって宥めようとする八千代。

桃寧「お願いでございます……!危ないことは致しません……致しませんから……!」
涙目になりながらも、譲らない桃寧の姿。

桃寧モノ『今まではずっと一人だったから知りませんでした』
頭を抱えた後に、「危ないことを絶対にしないなら……」と譲歩する八千代の姿。
◯プチ回想おわり。

桃寧モノ『こんなにも誰かに主張することができるなんて……我ながらびっくりです』
廊下を拭こうとする桃寧を阻止する八千代。

八千代「木材のささくれが出ていないか先に確かめさせていただきます!」
桃寧「それは危なくないのでは……?」
八千代「手に刺さりでもしたら大事です!」

桃寧モノ『でも……平穏なだけの日々など……続かないものなのでございます』


◯離れの寝室、夜
布団で寝ている桃寧の姿。その近くでは子猫たちも座布団の上で寝ている。
扉を叩く音、誰かの声がして桃寧は目をうっすらと開ける。

桃寧(まだ朝には……早いはずだわ……)

扉を叩く音が止まないので、桃寧は布団から起きあがる。音がする玄関の方へと向かう。子猫たちも目を覚まし、桃寧の後についていく。
桃寧(誰か来ているのかしら)

玄関まで来ると、声は「すみません、開けてください」と言っているのが分かる。
桃寧(暁良様の……声……)

桃寧モノ『おかしいわ。暁良様ならいつもご自分で入っていらっしゃるのに……』
玄関を叩く音、外から聞こえる声は止まない。
桃寧(でも……鍵を失くされたのかもしれないし……)

扉を開ける桃寧。それと同時に「パキン」と音がして、寝ていた暁良・八千代・蘇芳が同時に目を覚ます。

桃寧(また……この違和感……)
「パキン」という音と違和感を気にする桃寧。その背後から男たち(4名)が襲いかかる。動けない桃寧。

八千代「急急如律令!」
寝巻き姿の八千代が現れて、札を持って呪文を唱える。すると8匹の狼(式神)が現れる。
男たちは警戒して桃寧から距離をとる。
そこでやっと桃寧は非常事態に気付き、「あ……」と顔を青くする。
子猫たちがそんな桃寧を心配して鳴き声を上げる。

男たち1「くそ……一度に複数体の式神だと……」
男たち2「かまわん!同時に畳み掛けるぞ!」

男たちがそれぞれ猪・犬・鷲・蛇などの式神を呼び出す。
桃寧はガタガタ震えている。
男たちが呼んだ式神たちは八千代を狙う。
しかし狼たちがすかさず敵の式神たちに飛びかかり、敵の式神は霧散する。
その場には破れた形代が残る。

男たち3「くそ、くそ……ただの使用人のくせになんで……」
八千代「妻巫女様は──必ずお守りせねばならぬ御方。……お側を許された以上、弱くてはつとまりませんもの」

男たち4「……ハッ」
男の一人が首から下げていた呼子笛を吹く。同時に男たちの新たな仲間(5人)が集まってくる。

八千代「……!」
男たち2「急急如律令!!」
男たちは一枚の札に5人で力を注ぎ込み、大きな猛牛の式神を呼び出す。
八千代は自分の周りに狼たちを集め、防護陣形をとる。八千代の背後には桃寧。
八千代は焦った様子もなく、何か呪文を唱える。すると狼にさらに八千代の霊力が注がれる。

桃寧モノ『なにが──起こっているのかわからない──』
その場にへたり込む桃寧。
桃寧モノ『でも──このままでは八千代さんが危ないのは、わかる──』
迫り来る猛牛の姿。

桃寧モノ『私は「巫女」なのでしょう?』
母親の姿と、一人ぼっちになった桃寧の姿。母が亡くなって孤独になった過去を示す。

桃寧モノ『なのに彼女を守ることもできないなんて。そんなのは……いや──!』
桃寧は目を瞑り、祈るように両手を組む。
そんな様子を見た子猫たちの目が光る。
子猫たちの身体が瞬く間に大きくなっていき、2匹の子猫は白い子虎の姿になる。(大型犬くらいの大きさの白虎)

桃寧「え……」
2匹の子虎からは清浄な気が漂っており、それが普通の存在ではないことを示す。

桃寧「あなた……たちは……」

桃寧は目を見開いて思わず子虎たちに手を伸ばそうとする(桃寧は子虎に恐怖感を抱いていないことを示す)。
白虎たちはフイと顔を猛牛へと向けると、力強くジャンプする。軽々と八千代や狼たちを飛び越えると、そのまま猛牛に噛み付く。
猛牛は抵抗するものの、やがて霧散してただの形代の戻った。
白虎たちは桃寧の元に駆け寄ると、「ぐるるん」と頭を桃寧にすり寄せる。

桃寧「すすきと、やなぎ……?」
返事をするように「ガウ」と鳴く2匹。

桃寧「助けてくれたのね……?ありがとう……!」
2匹を抱きしめて微笑む桃寧

男たち「これで……これで終わると思うなよ!!」
男たちは顔を怒りに染めて、懐から刃物を取り出し、一斉に飛びかかろうとする。

暁良「刃物に頼るなど。術師としてのプライドはないのか?」
暁良の声と共に、男たちがその場に倒れていく。
札を掲げた暁良が姿を現す。冷徹な表情。パジャマにガウンを羽織った姿。
桃寧モノ『暁良……様──』

後ろから蘇芳を含めた大勢の部下が駆け寄ってくる。
暁良「蘇芳、拘束を」
蘇芳「ただちに」
部下たちが男たちの身柄を拘束していく。
桃寧モノ『助けに……きてくれた……』

暁良「まったく、愚かな──」
ずっと厳しい顔をしている暁良。
男たちが連行されて姿が見えなくなると共に、暁良は悔しそうに顔を歪ませていく。

しゃがみ込んで、へたり込んでしまっている桃寧と目線を合わせる暁良(しょんぼりした顔)。
そっと桃寧の右手を取ると、優しく両手で包み込む。

暁良「君を危険から遠ざけるために……結界まで張って閉じ込めていたのに」
頭を下げ、包んだ両手に額をつける暁良。(罪を詫びるように)

桃寧(あの音は……結界の……)
桃寧が玄関を開けたとき、ガラスが割れるような音がした様子を小さく示す。

暁良「結局、怖い思いをさせてしまった。……ごめん」
目を見開く桃寧。

桃寧モノ『すべて、私を守るために──』
窓を締め切っていたこと、自由な外出を許さなかったことを示すコマを挟む。

暁良の頬に優しく左手を添える桃寧。
驚いて頭を上げる暁良。

桃寧「……私は、大丈夫ですから」

泣きそうな表情をする暁良。
それを見て焦る桃寧。 

桃寧「あの、あの、八千代さんがすごかったのです……!狼さんがいっぱい現れて……!あと、えっと、すすきとやなぎも頑張ってくれて……!」

2匹の白虎を振り返り、ため息をつく暁良。
白虎はそれぞれ、あくびをしたり後ろ足で耳を掻いたりしている。

暁良「ああ……。さすがは当家の狛犬というか」
桃寧「……はい?」
暁良「桃寧さんがこの屋敷にやってきた日……当家の敷地に鎮座していた狛犬が消えましてね……」
台座を残して狛犬が消えてしまい、神職(袴姿)の人々が焦って探し回っている姿を示す。

暁良「やっと姿を現したと思ったら子猫の姿で……」
桃寧「ね、猫ちゃん扱いしたのはよろしくありませんでしたか……?」

焦る様子の桃寧にフッと微笑みかける暁良。
暁良「いや、いいのですよ。貴女はよく可愛がってくれているし、彼らもこんなにも懐いているし」
桃寧「そ、そうですか……」※ほっとして

暁良モノ『なにより、彼らは桃寧さんを護ると決めたようだ。屋敷の守護よりも彼女についてくれた方がよほどいい──』

ふと、真顔になる桃寧。
桃寧「あのう、こまいぬは……いぬでは……?」
暁良「虎や獅子、狼の姿をしていることもありますよ」
様々な形の狛犬を示し、桃寧に解説する暁良の姿。

暁良「でも、当家の狛犬がこんなに神々しい白虎だとは思わなかったな」
凛とした表情の白虎たちを示す。

暁良「どうぞ、仲良くしてあげてくださいね」
桃寧「……はい!」
微笑み合う暁良と桃寧。

◯とある屋敷の和室。
和室で文机に向かっている中年の男性(孝久)。がっしりとした体つきで顔には威厳がある。和服。室外には部下がいて、障子越しに報告を聞いている。

孝久「……あの家は失敗したか」
部下「全戦力を失い、術者の家門としてはもう……」
孝久「そうか」

部下が頭を下げ、報告が終わったことを示す。

孝久モノ「情報も少ない中で、よくやることだ」

孝久モノ「まあ、気持ちは分からんでもない。力が発現していない妻巫女など、最高の駒だからな」
脱力している巫女が何者かの手でマリオネットのように操られているイメージを示す。

孝久が文机の書類から顔を上げる。
孝久モノ「彼を知り己を知れば百戦殆からず──」

孝久の隣に少女が座っていることを示す。

孝久「なあ?蘭子」

少女の姿を示す。豪華な振袖を着ていて、長い黒髪を女学生風にハーフアップにしている。大きなリボンが似合う、吊り目がちな美しい少女。

少女(蘭子)が美しい顔でにっこりと笑顔を作る。