◯ 雅旺院家の離れの和室
桃寧の着物は山で着ていたもののまま。白い髪は後ろで一つに束ねている。
使用人の八千代(一話ででてきた使用人と同じ人物)は柔和な印象の女性。二十代半ば。黒髪をシニヨンでまとめている。

和室でたくさんの豪華な振袖(どれも総柄で派手)を広げて見せる八千代と、ぼんやりと正座している桃寧。
八千代「こちらの友禅は著名な作家が手がけたものだそうでして……」
桃寧「はい……」※心ここにあらずといった表情

桃寧モノ『お母様は知っておられましたか。この白い髪は霧賀女大神の憑座す巫女の証なのだと』

フリルやレース、リボンがたくさんついたドレスを広げて見せる八千代。
八千代「西洋風のドレスは社交会でも華族のご婦人方に人気の高い装束でございまして……」※焦ったように
桃寧「はい……」

桃寧モノ『男女の巫覡は──結ばれるべき定めなのだと──』

八千代(どうしましょう、まったく響いていないご様子だわ……っ!!)

ため息を吐く桃寧。ドレスを並べてくれている八千代をぼんやりと眺めている。

八千代「この八千代は桃寧様のお世話係でございますから……ご希望の装いがあれば何なりと……」
気遣わしげな視線を向ける八千代。
桃寧モノ『お世話など必要ないのですが……雅旺院家の妻はそういうわけにもいかないのですって』

八千代「このお色はいかがでしょう」
八千代が新たに着物を差し出す。
桃寧は着物に手を伸ばしかけるが、少し考え、また手をスッと引っ込める。

桃寧モノ『そしてこの煌びやかな装束の数々は……』

「失礼」と襖を開けて登場する暁良。オーラに怯む桃寧。頭を下げる八千代。

暁良「お気に召したものはありましたか?」

桃寧モノ『そう、雅旺院暁良様からの贈り物でございます』

にこやかな暁良に対して、桃寧は眉をひそめて軽く頭を下げる。
桃寧「私にこのような贈り物など……」
暁良「お嫁さんに贈り物をするのは当たり前のことなのですが」

桃寧「……け、結婚は……いたしません……」
桃寧モノ『雅旺院様は私を「運命の花嫁」と言いますが……それに応じるつもりはございません。しかし彼は私を監禁してまで結婚の話を進めたいようです』
寛容な微笑みを浮かべる暁良。

桃寧モノ『この建物は離れで、雅旺院様はいつも本宅にいらっしゃいます。……なので四六時中、顔を合わせているわけではないということが……唯一の救いでしょうか……』

桃寧「……それよりも外の空気を吸わせてはくれませんか。陽の光も浴びられないでいては……病気になってしまいます」
辛そうな表情の桃寧。窓も雨戸も締め切られ、室内が薄暗いことを絵で示す。

桃寧モノ『それにここでは身体を動かすこともままなりません。それではいつもの日課が……。家事をすることすらも許されないし……』
掃除をしようとする桃寧を、真っ青になって止める八千代の絵。

暁良「……申し訳ありません。貴女を外に出すことは……まだできないのです」
桃寧「に、逃げたりいたしません。いたしませんから……!」
暁良「……代わりに気晴らしになるようなものを贈りましょう」
桃寧「そんな……」
蘇芳「暁良様、そろそろ」
暁良「わかっている」
部下の蘇芳が室外から呼びかける。暁良は凛々しい表情で返事をするが、再び笑顔を作って桃寧に向き直る。

暁良「桃寧さん。僕の愛に誓って、必ず貴女を幸せにします。今は少しだけ耐えてくれませんか」
見つめられて返事を返せない桃寧。
蘇芳に急かされ立ち去る暁良。

桃寧は項垂れて、ポツリと呟く。
桃寧「幸せにすると言いながら……なぜこのようなご無体を……」
八千代「暁良様は雅旺院家のご当主ですから。色々とお考えがあるのです」
桃寧「……あんなにお若いのにご当主なのですか……?」
八千代「はい。ご立派にこの霧賀領を治めていらっしゃますよ」
桃寧「えっ」
八千代「えっ」
お互いにびっくりし合っている桃寧と八千代。

気を取り直して説明をする八千代。
八千代「……雅旺院はこの霧賀領で最も力のある一族でございます。皆様、あらゆる分野で霧賀領を支えていらっしゃいます」
政治をイメージさせる絵(議論している男性たちなど)、経済をイメージさせる絵(そろばんを弾く男性、自動車や新聞など)、神職をイメージさせる絵(榊を捧げている人など)をまとめて一コマで示す。一族が政治経済などあらゆる面で力を持っていることをここで示したい。

桃寧「あの方は……覡でありながら当主……霧賀領の統治もおやりなのですね……?」
八千代「はい。雅旺院家では覡として生まれた男子が当主となります。そして政も行いつつ、覡としても霧賀領を安定させているのです」
暁良の霊力によって、霧賀領の隅々までエネルギーが行き渡っているイメージを示す。

桃寧モノ『広大な霧賀領を──なんてすさまじい──』

桃寧「……ならば私は巫女ではありません。この身に霊力を感じたことなどありませんから……」
八千代「きっと力はすぐにでも発現いたしますよ。私どもはいつでも桃寧様を『妻巫女様』とお呼びする心構えができております」
桃寧「……それは……結構です」

桃寧(彼が……大変なお立場なのは理解できましたが……)
窓が閉め切られた薄暗い部屋の中で、疲れたように目を閉じる桃寧。

◯暁良の執務室
デスクに向かう暁良。デスクは西洋風の細工が施されていて、デスクの上には地球儀や万年筆、書類が並んでいる。
外から小鳥(式神)がコンコンと窓を叩く。蘇芳が窓を開け小鳥を手に乗せると、小鳥はふわりと紙の束に変化する。

蘇芳「これで放った式神はすべてか。──暁良様、大体の現状が把握できました」
暁良「話せ」 ※書類から顔も上げずに

蘇芳「暁良様が妻巫女様を屋敷にお迎えになったという情報は全ての分家に知れ渡っているようです」
暁良「……早すぎるな」

蘇芳「桃寧様の根付けがこちらに流通した時点で、勘の良い人間はそう遠くない場所に妻巫女様が居られると察していたでしょう」
蘇芳が桃寧が作った根付けを手のひらに乗せて見つめる。

暁良モノ『事実、私もこの根付けから霊力の痕跡を辿らせたのだ』
暁良が偶然、桃寧の根付けを見つけたことを絵で示す。

暁良モノ『本人は気づいていないようだが──ここからは桃寧さんの清廉な気が漂っている』
清廉な気を放っている根付けの絵。

暁良モノ『術者であればこれが夫婦神に近い人間の気だと気づくだろう』
霧賀女大神が根付けを通して桃寧と繋がっているようなイメージを示す。

蘇芳「今回、人を動かしたことで桃寧様を迎えられたのだと分家の方々も確信したのでしょう」
暁良「……しかし」

椅子の背もたれに寄りかかり、深くため息をつく暁良。眉間に皺が寄っている。

蘇芳「はい。多少目立つ結果となっても、いち早く桃寧様を迎え入れられたことは正解だったかと」
暁良「彼女が私の手元にある以上、不穏な動きをする者は出ないと信じたいが……」

◯離れの和室、朝。
窓が閉め切られて薄暗い室内。
たくさんの書物、蓄音機、まだ開封されていない贈り物が並んでいる。桃寧はその真ん中でぼんやりしている。
八千代「レコードになさいますか?それとも書物に……」※いたわしげに
桃寧「……」※力なく微笑む

八千代が苦しそうな表情をする

桃寧モノ『わかっているのです。ちゃんと元気を出さないと、八千代さんを悲しませてしまうって』
モノローグの背景で、八千代が「せめてお茶を淹れますね」と言いながら目尻を拭う。

桃寧モノ『でも……辛い』
薄暗い部屋の中、たくさんの贈り物に囲まれて項垂れる桃寧。
桃寧モノ『ねえ、お母様。これが運命というものなのですか──?』

◯回想シーン。粗末な小屋の中。
思い出の中の母(ぼやけていて、髪の色は特定できない)。4歳くらいの桃寧が「おかあしゃま、おかあしゃま」と母にじゃれついている。

桃寧モノ『運命などに縋ってはならないと、繰り返し教えてくれた人がいました。亡くなった私のお母様です』

母「かわいい桃寧。貴女は運命という言葉に振り回されてはなりませんよ」
桃寧モノ『それは母の口癖のようなものだった』

母「私は運命の人と結婚しました。だけれど、幸せになんてなれなかったの」
桃寧モノ『母は詳しいことを語らなかった。だけど母の憂いに満ちた表情を見るたび、私の胸はちくちく痛んだ』

桃寧「おかあしゃま、いたいのいたいの、とんでけ、よ」※不安そうに
母「桃寧……」

桃「おかあしゃまは、ふしあわせ?なでなでしたら、ちゅらいのなおる?」

桃寧を抱き上げる母。笑顔になる二人。

母「いいえ。婚家から逃げて、桃寧さんを産めたからとっても幸せ。辛いことも辛くない。だから貴女も自分の幸せは自分で決めるのですよ」
◯回想終わり

桃寧モノ『本当ね、お母様』
現在の桃寧の姿。正気のない瞳で虚空を見つめている。

桃寧モノ『運命なんかに従ったら、碌なことにはならないのね──』

桃寧の様子を襖越しに見て、顔を歪める暁良。

暁良(今の雅旺院は一枚岩ではない。目覚めていない妻巫女に──一族はどんな動きを見せるかわからない)
悶々と考える暁良。
暁良(彼女をここに隠しておくことは正しい、はずなのに──)

何かを決意したように、顔を引き締めて顔を上げる暁良。

襖を開ける暁良。ビクッと身体をこわばらせる桃寧。

彼女を怖がらせないようにと、精一杯優しく微笑みかける暁良。

暁良「おはようございます」
桃寧「…………おはよう……ございます」
桃寧の顔色が悪く、クマができていることを示す。

暁良は膝を折ると、右手を差し出す。
暁良「手を繋いではいただけませんか」
桃寧「え……」

暁良「未来の夫のお願いです」
桃寧「それが『運命』だから……ですか?私は……!結婚なんて……いたしません……!」※瞳に涙を溜めながら

暁良が悲しそうに微笑み、桃寧はぐっと言葉に詰まる。

暁良「貴女を自由にしてあげることはできない」

少し俯いた後、桃寧の瞳をまっすぐ見つめる暁良。

暁良「でも、貴女を幸せにしたいという気持ちは、本当なのです」
桃寧「……」※目を見開く

暁良は桃寧の肩を抱いて優しく立ち上がらせる。
そして手を繋ぎ、桃寧を連れて玄関へと向かっていく。
訳も分からず、されるがままの桃寧。

暁良が玄関の扉を開ける。
その瞬間「パキン」とガラスが割れるような音がする(結界が割れる音)。

扉を開けると共に太陽光が桃寧を照らす。
清々しい風が吹き、庭の草木が輝いている様を魅力的に絵で示す。

暁良「足元にお気をつけて」
そろそろと地面に足を下ろす桃寧。
地面の感触を噛みしめて、顔に生気が戻る。

手を繋いだまま庭を歩く二人。
桃寧の顔には微笑みが浮かんでいる。
それを見て安堵する暁良。

暁良(体が触れ合っていれば、自分の霊力で桃寧さんの存在はかき消せるはずだ)
繋いでいる手のアップ。

暁良(それに彼女を隠しきれなくとも──邪魔者は私が排除すれば良いのだ)
冷たい表情の暁良。

桃寧「あ……桜草……」
桃寧が庭の隅に咲いている桜草を見つける。
暁良「……桃寧さんは植物がお好きなのですね」※柔らかく微笑んで

桃寧「好き……と申しましょうか。……日の光を浴びて草花がそよぐのを見ていると……ありがたいと感じるのです」
暁良「ありがたい、ですか?」

桃寧「太陽はもちろん……冷たい雨、身を切るような風……そのすべてがこの小さな花を咲かせ……やがては大地の巡りとなり……私はそれをいただいて生きる……」
自然が循環しているイメージと、自然の恵みを受け取る桃寧のイメージを示す。

桃寧「私は大きな恩恵を受けながら生きていると実感するのです。ありがたいと……幸せだと思うのでございます」
青空をバックに控えめに微笑んでいる桃寧の顔。
暁良「それは……素晴らしいことです」

暁良モノ『やはり彼女は巫女だ。私の運命の花嫁──』
にっこりと微笑む暁良。(激情を抑えた微笑み)

桃寧「あ、あの……私も……お尋ねしても……?」※恥じらいながら
暁良「ええ、何なりと」※嬉しそうに

桃寧「こっ……この手は……いつまで繋いでいれば……?」
改めて手を繋いでいる二人を示す。
桃寧は顔を赤くしている。
そんな桃寧が可愛くて、暁良の口の端が歪む。

暁良「……夫婦になるのだから手は一生繋いだままですよ」※意地悪そうな微笑みで揶揄う。
桃寧「ふ、ふ、夫婦になんて……決して、なりませんから……っ!!」

手を繋いでいる二人は、式神の形代がすいっと物影へと消えていったことに気付かない。