◯離れの寝室。

桃寧が熱を出して寝ている。
その傍には暁良が座っている。八千代が暁良のことを心配そうに見ている。

八千代「もうかれこれ三日になります。ずっとお側にいらしては……暁良様までお身体を……」

暁良「……」※憔悴した様子


◯桃寧が見ている夢の中。舞台は霧賀山。桃寧11歳の頃の話。

桃寧モノ『お母様が亡くなられたのは、6年前の冬のこと』
霧賀山には雪が降り積もっている。

小屋の中で横になっている清華と、その傍で狼狽えている桃寧。

桃寧(どの薬草を使ってもお母様のお熱が下がらない……)
桃寧(村には下りてはならぬと言われているけど……だけど……)

桃寧「お母様!私は村に薬を買いに行って参ります……!」
清華「……駄目よ……無闇に人前に出てはいけないわ……」
桃寧「しかし……!」
清華「いいのよ、桃寧……。そばにいて……」
懇願するような母親を振り切れない桃寧。

清華は目を瞑り、懺悔するように呟く。
清華「貴女を普通に産んであげられなかったこと……雅旺院から隠して育てたこと……ごめんなさいね……」
桃寧「なに……を……?」

清華「それでもいつか……髪の色に関係なく……貴女を幸せにしてくれる人が……」

清華がふっと事切れる。

「お母様……!!」
桃寧の悲痛な叫びが霧賀山にこだまする。

桃寧モノ『あのとき、私が薬を買いに行っていたら──お母様は助かったかもしれない』

◯桃寧が見ている夢の中。舞台は雅旺院家。まだ桃寧が生まれていない頃。

桃寧父親「黙れ!」
清華の頬をを打つ父親。

父親「勤めを果たせだと?力が発現しない私への嫌味か?」

床に倒れ込んでいる清華を一方的に詰る父親。

父親「お前の負担が大きいなどと、知ったことではない。」

父方祖父母は清華を冷ややかに見下ろしている。

父親「運命の花嫁であるお前が私の面子を守れ。分かったな」

立ち去っていく父親と祖父母。

目の端に涙を浮かべる清華。

清華「うっ……?!」
嘔吐する清華。

それがつわりだと察し、お腹を撫でる。

桃寧モノ『いいえ……。そもそも、私が生まれなければ』
生まれたばかりの桃寧の絵。

桃寧モノ『お母様には他に幸せになる道が──あったのではないかしら──』
光の中で微笑んでいる清華の絵。

◯現実
桃寧の額に手を当てて顔を覗き込む暁良。
桃寧は朦朧としながら暁良の心配そうな眼差しを捉える。
その眼差しが母親に見えて、「ごめん……なさい……」とうわ言を言う。

◯桃寧が見ている夢の中。背景が暗転する。
父親が怒鳴っている。
父親「運命だ!お前は私の運命だ!」
桃寧モノ『いや──』

父親「運命ならば私を肯定しろ!私に与えろ!」
桃寧モノ『いや──!』

父親「運命の花嫁というのは、夫の意のままに動く女のことなのだからな!」
現実でうなされている桃寧「いや……!」

歪んだ笑みを浮かべる父親。
父親がふんぞり返っている様子を、桃寧は遠くから眺めている。

桃寧モノ『私は──お母様を苦しめた男の娘──』

母方祖父母の姿が現れる。冷たい表情。

桃寧から目を逸らし、背中を向けて去っていく。
桃寧モノ『お祖父様……お祖母様……!』
桃寧は手を伸ばすけれど届かない。

蘭子、蘇芳と八千代、子猫たちも桃寧に背を向ける。
桃寧『あ……ああ!』

暁良が姿を現す。いつもの笑顔はない。
桃寧モノ『暁良……様……』

桃寧を一瞥すると、冷たい表情で去っていく。
桃寧モノ『暁良様……!』

一人取り残される桃寧。

桃寧の格好が綺麗な着物姿から、粗末な着物(霧賀山で着ていたもの)に戻る。
背景が霧賀山中に切り替わる。あたりはただただ静か。

桃寧モノ『ああ。私は──』

◯桃寧が寝ている部屋。
控えめなノックと共に蘇芳が扉を開ける。

蘇芳「ミスター・ディケンズが例の取り引きに興味を──」
暁良「私はいま、忙しい。お前が対応してくれ」
暁良が桶の中で手拭いを絞る。

蘇芳「しかしそれでは競合先に──なによりこの事業は暁良様が時間をかけて調整を──」
暁良「いま、忙しいんだ」
絞った手拭いを優しく桃寧の額に乗せる。

蘇芳「……かしこまりました」
頭を下げて仕事に戻っていく蘇芳。

◯暁良の回想。暁良の生家。
16歳の頃の暁良。この時点で頭髪の色は白。威厳のある表情をしている。周囲にはたくさんの使用人、部下が控えている。
暁良モノ『私は生まれた頃から当主になる定めだった』

暁良モノ『先代当主は評判が悪く……私はより努力することを求められた』
机に向かう暁良。傍にはたくさんの書籍が積まれ、教師が熱心に教えている。

ふと窓の外を見る暁良。
暁良(お母様……)

外では暁良の母と妹が散歩をしている。
暁良モノ『愛を乞うことはできなかった』

暁良モノ『父も母も、「次期当主」の臣下だったから』
暁良から一線ひいた様子の父母。

暁良モノ『でも、愛を諦められるわけではなかった』
寂しげな暁良の表情。

暁良モノ『自分だって心ゆくまで愛したい』
暁良の髪の生え際がきらりと光る。

暁良モノ『愛される人間になりたい──』
白だった髪が一気に金色になる。

息子が覡として覚醒した様子を目撃した父母。
二人は思わず平伏する。
暁良モノ『でも』

両親の様子を見て、暁良は涙を流す。
暁良モノ『彼らが私を子どもとして愛してくれることは──もうないのだ──』

暁良の涙を見て、ハッとする母親。

母親「ごめん……なさい……」

母親「もう……貴方を抱きしめて差し上げることは……私たちには叶いません──」
母親はポロポロと涙をこぼす。

母親「でもいつか……貴方だけを愛してくれる花嫁が現れますよ……」

暁良モノ『私だけを愛してくれる花嫁──』
顔を輝かせる暁良。

暁良モノ『私は探し続けた。待ち続けた』
暁良が部下たちに花嫁を捜索させている様子を示す。

暁良モノ『花嫁は僕の唯一の希望だったから──』

◯現実に戻る。うなされている桃寧の絵。

暁良モノ『しかし──』

桃寧がうっすら目を開ける。
桃寧「あ……あきら、さ……」
暁良「……!大丈夫。ここは安全な場所ですよ」

桃寧がフラフラと上半身を起こす。

暁良「無理はいけない。水は飲めますか?食欲は──」
桃寧「暁良、様……。私は山へ……帰ります……」

暁良「突然なにを──」
桃寧「私は……母を不幸にしました……」

暁良「そんなわけ……」
桃寧「私は……母を不幸にした……あの父親の娘なのです……。だから……私も母を……ああっ……!」
自分の発言に取り乱し、涙をこぼす桃寧。

桃寧「運命に従って不幸になるのは……私ではないのだわ……!私に優しくしてくれた方が不幸になるの……」
暁良「桃寧さん!」

桃寧「私と一緒にいたら……暁良様も不幸になる運命に──」
暁良「桃寧さん!!」
暁良が桃寧を抱きしめる。
はっと黙る桃寧。

暁良「不幸になる未来なんて存在しない……!」
身体を少し離すと、暁良は桃寧の顔を真っ直ぐに見つめる。

暁良「側に──いてください。僕は貴女を──桃寧さんを愛しています」
桃寧「あ……」

暁良「『花嫁』だとか……不幸になる運命なんてどうでもいいのです」
桃寧「で、でも……!」

暁良「貴女が笑ってさえいてくれれば、僕は幸せなんだ!それを周りが不幸だと嗤っても……!」
桃寧の涙を優しく拭う。

ポケットからずっと持ち歩いていた小箱を取り出す。

姿勢を正して小箱を開け、中の指輪を見せる。

暁良「貴女の憂いはすべて払います。貴女を不幸にはしませんし、僕だって不幸にはならない」
目を丸くする桃寧のアップ。
指輪のアップ。

暁良「結婚してください。──僕の側にいてほしい」
真摯に想いを伝える暁良の表情アップ。

桃寧「こ……こんな私でも……?」
暁良「桃寧さんがいいんです」
再び桃寧の瞳に涙が滲む。

暁良「支え合ってくれると、おっしゃったではないですか。貴女さえいてくれれば──僕は──」
暁良が微笑み、桃寧の瞳から大量の涙がこぼれる。
桃寧モノ『ああ。この方となら』

暁良「……プロポーズも早々に泣かせてしまうなんて……僕は桃寧さんを不幸にする悪い男なのでしょうか?」
泣きながらも暁良の発言に笑う桃寧。

桃寧モノ『この方となら生きていける──』

二人の様子をのぞいて微笑む八千代と蘇芳。

桃寧と暁良が繋いでいる手のアップ。

桃寧モノ『世の中にはいろんな方がいて』
蘭子、孝久、母方祖父母、父親など、これまでの登場人物の絵。

桃寧モノ『いろんな事件がおこります』
庭へと歩き出す二人の足元。

桃寧モノ『でも私たちは──』
顔を見合わせ合う暁良と桃寧。

桃寧モノ『二人で己の運命を切り拓いていくのです』
青空をバックに微笑む二人。