○離れの庭、昼
洗濯物を干している桃寧。縁側では二匹の子猫があくびをしている。

桃寧モノ『お披露目会から時間が経ち、私はすっかり元の生活に戻りました』

桃寧モノ『巫女として頑張らねば……と意気込んでいた私ですが、毎朝の日課以外は……普通の生活をしております』
暁良と桃寧が神楽を舞う様子を示す。

桃寧モノ『暁良様も相変わらず──』
桃寧をじっと見つめる暁良。

桃寧モノ『いえ、最近はこちらをじっと見つめては顔を逸らすといったことを繰り返して……』
顔を赤くして顔を逸らしている暁良を絵で示す。手には隠すようにして小箱が握られている。

桃寧モノ『何かお悩みがあるのなら、お話しして欲しいのですが──……』
玄関先から言い争うような声が聞こえて首を傾げる桃寧。

桃寧「……何かあったのでしょうか」
玄関に近づく桃寧。

段々争う声が大きくなる。

八千代「ですから、奥方様にご紹介するわけには参りません!」
びくりと立ち止まる桃寧。

立ち止まった場所から来訪者の後ろ姿が見える。二人は白髪まじりの老夫婦、もう一人は白髪をザンバラ頭にした中年の男性。

桃寧「え……」※顔が真っ青になる
白髪の中年男性「あ……?」
男性は振り返り、桃寧の姿を見るとニヤリと笑う。
その隙を見て、八千代は暁良に連絡をするための式神を飛ばす。

白髪中年男性「そっくりだ。瓜二つだ。間違いない」
桃寧「あ、貴方は……」

白髪中年男性「おいおい、愚鈍なところは母親に似たのか。私ぐらいの年代で白髪といったら、誰だかなんて想像がつくだろう」

桃寧モノ『この男性が──先代当主』
白髪中年男性(以下、桃寧父親)「まったく……お前が挨拶に来ないからこちらから来てやったというのに」
桃寧モノ『私の──父親……!!』

震えるのを抑え、精一杯の微笑みを父親に向ける桃寧。
桃寧「……不調法者ゆえ失礼いたしました。先代様のご来訪、ありがたく存じます」
桃寧父親「ふん、可愛げのない。さすがは清華──あの女の娘だよ」
桃寧モノ『そんなことまでは公表していないわ』

桃寧モノ『どうして?どうしてこの男が、私がお母様の娘だと知っているの?』

蘭子が「情報収集能力も問われる」と言っていたのを思い出す桃寧。
桃寧(そうだ、誰が見ても私はお母様に似ているのだもの。そこから調べがついてもおかしくない。でも、今更どうして父親が私を訪ねるなんて──)

桃寧父親「いいからお前、私に相応しい立場と金、屋敷を用意しろ」
桃寧「え……?」

桃寧父親「娘なら普通は自分から用意するものだ。権力も金も……清華が失踪してから全部取り上げられた。お前の母親の責任なんだから、お前が用意するのは当たり前だろ?」
桃寧モノ『この男は──何を言っているの?』
混乱と恐怖と失望で言葉を出せない桃寧。

子猫たちがその様子を見て狛犬の姿に変化する。
狛犬に唸り声を上げられてたじろぐ父親。

桃寧父親「な、なんだ、お前ら、私に刃向かうのか」

なおも唸り続ける狛犬たちに、逆上する父親。

桃寧父親「生意気だ!黙って頭を下げてりゃいいのに刃向かいやがって!」
桃寧モノ『やめて』

桃寧父親「あいつも私に相応しくない女だった!口を開けば修行しろだの、当主として自覚を持てだの……!」
桃寧モノ『やめて』

桃寧父親「運命の相手だっていうんなら、ありのままの私を愛するべきだろ!この私のために、あいつがもっと努力すべきだっただろ!」
桃寧モノ『貴方が母に酷い苦労をさせたことは知っている』

桃寧父親「私の力が目覚めないのが悪いのか?!私の可能性を愛せよ!それが運命の花嫁だろ!!」
桃寧モノ『これ以上私を、失望させないで』

滂沱の涙を流す桃寧。
空気が震え、草木がざわめく。
叫びきって肩で息をする父親。
桃寧がしばしの沈黙を破る。

桃寧「貴方には……誰かを愛する覚悟がないのだわ。他者を慈しむことも労ることもできない……それなのに求めてばっかりで」
桃寧父親「……なんだと?」

桃寧「貴方は私の父親ではありません……!出ていってください、今すぐに……!」
桃寧が体に精一杯力を込めて叫ぶ。

父親が額に青筋を立てる。胸ぐらを掴もうと手を伸ばす。
八千代が桃寧を庇おうと手を伸ばすが、届かない。
桃寧がぎゅっと体をこわばらせる。
暁良が現れる。桃寧を父親から隠すように立ちはだかり、父親の手を掴む。そのまま下へと受け流し、父親は地面に倒れ込む。

暁良「……」
桃寧の方へと向き直り、いたわしげに涙をハンカチで拭う暁良。

暁良「桃寧さん……」
桃寧「暁良……様……」
泣きながらなんとか言葉を紡ごうとする桃寧。

桃寧「もっ、申し訳、ありません……。こ、この人は、父親でも、なんでもないですから……すぐに、出ていって、もらいますから……」
暁良「……貴女はそれで良いのですか」
桃寧の顔を覗き込む暁良。
桃寧はぎゅっと目を瞑って頷く。
その様子を見てから八千代に目配せをする。
ハッとして桃寧に駆け寄る八千代。

暁良「身体が冷えてる。ストールをかけてあげて」
八千代「はい……!」

離れにストールをとりに行く八千代。
祖父母に支えられ、よろよろと立ち上がる父親。
冷たい表情で父親を見据える暁良。

暁良「桃寧さんに関わろうとしなければ……貴方のことは放っておくつもりでしたが……」
桃寧父親「なんだお前……。私はこいつの父親だぞ?義理の父に対する敬意はないのか?」

一緒にいた老夫婦が前に出て必死に訴えかける(以後、父方祖父母)。
父方祖母「そ、そうですよ……!この子は雅旺院家の先代当主であり、貴方の妻の父親ですよ……!」
父方祖父「そうでございます……!それなのにこのような扱い、あんまりではありませんか!」

ストールを巻かれて八千代に背中をさすられている桃寧。瞳が絶望の色に染まっている。
八千代が屋内に入るように勧めるが、体を動かすこともできない。

暁良「先代当主……ね」
暁良がくだらなそうに吐き捨てる。父親がムッとした顔をする。

桃寧父親「お前……」
暁良「貴方は、真の当主ではなかった」
桃寧父親「はあ……?」

暁良「ここでお帰りいただくなら、あなた方の不名誉は黙っておくこととしますよ。どうします?」
父方祖母「失礼な……!私たちになんの不名誉があるっていうんです!」

暁良「どうやら、事実を受け止める覚悟がおありのようですね」
冷たい表情を浮かべる暁良に、ゾッとした様子の父親と祖父母。
暁良「過去を洗い直させてもらいましたよ」

暁良「まず……霧賀男大神の印を受けて白髪に生まれる男子は一人だ。その前提は覆らない」
一人の赤ん坊が、霧賀男大神の加護を受けているイメージを示す。

桃寧父親「誰だって知っていることだ。それがなんだ」
暁良「しかし、雅旺院に白髪の男子が二人生まれたことがあった」
異なる家に、それぞれ白髪の赤ん坊が生まれたイメージを示す。

桃寧父親「あ……?」
暁良「一人は未来の覡で、もう一人は髪が白いだけの子どもです」
二人のうち、一人だけが特別であるイメージを示す。

桃寧父親「髪が白いだけ……?普通なら子どもはみんな黒髪だろう……」
暁良「まれに生まれるのです。身体に黒を生み出すことのできない体質の方が」
「先天性白皮症(アルビノ)」という言葉とその説明を、医学書風に暁良の背景に置く。

桃寧父親「体質……?」
冷や汗を流す祖父母。

暁良「一人は普通の子ども、もう一人は次期当主となるべき子ども。しかし幼いうちからどちらが力を発現させるかなんて分からない」
二人の赤ん坊を前に、複数の大人が首を捻り、話し合いをしているイメージを示す。

暁良「だから両者とも公には存在が公表されず、ひっそりと育てられた。しかし──」
子どもが隠されるようにして育てられるイメージを示す。

顔色が悪くなっていく祖父母。暁良の睨むような眼差し。

暁良「三歳の頃、二人のうち一人は……」
子どもが弔われているイメージを示す。

祖母がずいと前に乗り出す。
父方祖母「こ、子どもが死ぬなんて普通のことでしょう!」

父方祖母「転んで頭を打つなんて普通のことじゃありませんか!」
子どもが転んで頭から血を流しているイメージを示す。

暁良「『頭を打って亡くなった』と知っているのは、ごく一部の人間のはずですが」
ハッとする祖母。狼狽える祖父。

桃寧父親「お、おい……。じゃあなんだよ……!私は白く生まれただけで!本物の当主は母さんたちが殺したっていうのか!?」
頭を抱える父親。
それを無言で見下ろす暁良。

桃寧父親「いや、いや……!私が偽物だと決まったわけではない……!私だってこれから力に目覚めるかもしれないだろう?!」※何かに縋るように

暁良「……貴方は長時間、陽光を浴びられないのではありませんか?」
桃寧父親「なんで……それを……」

暁良「皮膚が弱く、長く陽の下にいると火傷のように焼けてしまうはずだ。あと……視力も弱くていらっしゃる?」

桃寧父親「なん……で……」
事実を並べられ、父親の顔が絶望に染まっていく。

暁良「西洋から買い入れた医学書に詳しく書かれておりましたよ。もしよければ診断ができる医師を呼びますが」
「嘘だ……嘘だ……」と譫言のように呟く父親。

暁良「しかし、それも必要ないようですね」※無機質、無関心な冷たい眼差し

暁良「貴方は真の当主では──ない」

打ちひしがれる父親。
呆然とする桃寧。

桃寧モノ『お父様は本物の当主では──覡ではなかった』
モノローグの背景で、暁良が部下たちに父方祖父母と父親をどこかに連行させていることを示す。

桃寧モノ『お父様は──お母様の運命ではなかったのだわ』
膝から崩れ落ちる桃寧。慌てる八千代。

桃寧モノ『私は──ただお母様を苦しめただけの男の娘──』
モノローグの背景を黒く塗りつぶし、桃寧がひどく絶望したことを示す。