◯二人が泊まっている宿の部屋、朝
畳や障子に朝日がさし、小鳥が囀っている。朝が来た描写。
目を覚ます桃寧。
目の前には暁良の寝顔。
勢いよく身体を起こす。
桃寧(私ったら、子守唄を歌いながら寝てしまったのね……)
顔を赤らめる桃寧。
桃寧(暁良様もスーツのまま寝かせてしまったし……)
暁良に目をやる桃寧。
安らかな暁良の寝顔のアップ。
それを見て笑顔になる桃寧。
暁良の髪を優しく撫でる。
背後で「カララ……」と部屋の扉が開く音。
八千代「おはようございます。朝のお支度にまいりました」
蘇芳と八千代が入室。
恥ずかしくなって桃寧は手を引っ込める。
八千代は桃寧と暁良の距離が近いことに満面の笑顔になる。
八千代(もっと見ていたいけど……)
八千代「旦那様、素晴らしい朝でございますよ、起きてくださいまし」
暁良の顔をのぞき込む八千代。
八千代「ま〜……なんて幸せそうで安らかなねが……お……?」
八千代がそっと暁良の頸動脈に手を当てる。
八千代「みゃ……脈が……!?」
八千代が目を剥き、蘇芳が心臓マッサージを始めようとする。
時間経過を示すコマを挿入。
◯宿の部屋。朝食シーン。
桃寧モノ『暁良様いわく』
恥ずかしいような呆れたような顔で朝食を食べる桃寧。
桃寧モノ『添い寝に気がついたら意識が遠くなっていた、と……』
暁良「いやぁ、ご心配をおかけしました。」
ワイシャツ姿の暁良。質素な粥を食べている。
桃寧「だ、大丈夫なのですか」
暁良「もちろん。生きていた方が桃寧さんのことをたくさん眺めていられるので、簡単には死にませんよ」
八千代と蘇芳(うちの主人は……)※呆れたように
桃寧がじっと暁良の様子を見る。
自分の目の前には豪華な朝食が並んでいるが、暁良が食べているのは質素な粥だけ。
桃寧(潔斎のために最近は質素な食事で済ませていらっしゃると……。これから水垢離もされるって……まだ冷える季節だというのに)
桃寧「あの……今日の神事、やはり私も……」
暁良「ここはなかなか良い宿だから、桃寧さんはゆっくり過ごしてください」
決心したように顔を上げた桃寧を、暁良が遮る。
桃寧「あ……」
暁良「浄めを終わらせたら、すぐに戻ります。そしたらこの辺の景勝地でも散策しましょう」
力強く微笑む暁良。
時間経過を示すコマを挟む。
◯宿の部屋
暁良たちは穢れ地へと出発し、桃寧と八千代が部屋に残されている。
子猫たちが戯れるのをぼんやり見つめる桃寧。
桃寧モノ『お見送りしか……できなかった……』
八千代「桃寧様……」
桃寧「八千代さん、今日暁良様が向かった穢れ地というのは……どんな場所なのですか?」
八千代「……昔の合戦場であったと聞いております」
桃寧「合戦場……」
八千代「そこでは幾たびも戦いが繰り広げられ……流れた血は大地に染み込みました。死した兵どもは恨みや怨念を強く残し……そこは草木も生えぬ穢れ地となったそうでございます」
武士たちが戦い、合戦場に怨念が渦巻く様子を描く。
桃寧「……暁良様は、毎年こちらに来ている様子ですが……」
八千代「……はい。この穢れ地は代々の雅旺院家が浄めを行ってきました。土地に染みついた怨念が強力なため、少しずつ浄化が進んでいるといった状況です」
桃寧モノ『暁良様の力になりたい。だけど……私に霊力なんてものはない。まして霧賀女大神を神降ろすなど……とても……』
悲しそうな顔で俯く桃寧。
八千代「……暁良様は『護る』ことでしか愛し方を知らない方ですから」
桃寧「私は……支え合いたい……です……。私だって暁良様を守りたい」
桃寧の目尻にうっすら涙が浮かぶ。
桃寧「力なき私には……過ぎた願いでございますね……」
八千代「……いいえ、桃寧様には力がおありです」
パッと笑顔を作る八千代。
八千代「桃寧様はすごい力をお持ちですよ!暁良様をあれほど翻弄できるのは桃寧様しかおられません!」
八千代「どうぞ楽しく過ごされませ!桃寧様の笑顔が暁良様の力になります!暁良様はもちろん、私どもも蘭子様も……みんな桃寧様の笑顔を守りたいのでございます!」
桃寧「蘭子様も……」
声「……テケ…………」
桃寧に誰かの声が聞こえる。
桃寧の後ろ姿を描き、髪に結んでいるリボンにフォーカスする。
桃寧「……え?」
声「ネコ……ツレテ……」
八千代「どうかされましたか?」
桃寧「……いいえ。蘭子様の声が聞こえたような気がして……」
頭を振る桃寧。
桃寧モノ『ないものねだりをしても仕方がありません。私は私にできることをやらなければ』
桃寧「では……とりあえず、散歩に挑戦ですね!」
八千代「うふふ、お供いたしますわ!」
桃寧に頭を擦り付ける子猫たち。
ふと考える桃寧。
桃寧「……いいわ、あなたたちもいらっしゃい」
子猫たちが嬉しそうに鳴く。
ストールを羽織り、草履を履いて宿の玄関から出る描写。
玄関の前では男たちが駕籠のそばで控えている。男たちは企みを隠したような笑顔。駕籠は二台用意されている。
駕籠持ちの男(以下、駕籠)「さあさ、お待ちしておりました!」
八千代「私は駕籠など手配しておりませんが」
駕籠「いいえ、雅旺院家ご当主の直々のお計らいでございます!奥方様が退屈なさらぬよう、この土地の名所をご案内せよ……と!」
桃寧モノ『暁良様は……戻ったら一緒に景勝地を回ろうとおっしゃっていたけれど……』
八千代「当主直々に……?貴方たちを手配した担当者の名前は?」
駕籠「いいえ、こちらで客待ちをしていたらお声がけくださったんで……」
桃寧モノ『暁良様が──』
八千代「……悪いけれど」
断ろうとする八千代を、桃寧が柔らかく制する。
桃寧「せっかく暁良様がお気を遣ってくださったのです。乗せていただきましょう」
桃寧と八千代がそれぞれ別の駕籠に乗る。
駕籠が走り出す描写。
桃寧モノ『暁良様は私をとにかく甘やかしたがるから……。せめて今の私は甘い世界の中で笑顔でいよう……』
初めて乗る駕籠に緊張気味の桃寧。小さな窓から流れる景色を眺める。
桃寧(八千代さんとおしゃべりできないのは残念ですが……駕籠というのも楽しいものです)
最初は駕籠の揺れを楽しんでいた桃寧だったが、ふと表情を曇らせる。
桃寧(さっきまでこんなに寒かったかしら。ストールがあるのに、鳥肌が立ってる……。なんだか……いやな寒気……。)
左右の着物の袖に潜り込んでいたすすきとやなぎの様子がおかしいことに気づく桃寧。
二匹は毛を逆立てて、唸り声をあげている。
不安が一気に高まる。
ふと窓に目をやると、外が真っ黒い霧で覆われていることに気づく。
窓から身を乗り出して後ろを見る。
桃寧(八千代さんの……駕籠がいない……?!)
吐き気がして駕籠の中で口元を押さえる桃寧。
しきりに鳴く子猫たち。
桃寧(なに……?これは……!)
しばらくして、駕籠の揺れが止まっていることに気づく。
桃寧はなんとかして駕籠から這い出る。
そこは草木が生えていない広場だった。ところどころに小動物の骨が落ちている。黒い霧(瘴気)があたりに立ち込めている。
桃寧モノ『大地に血が染み込み、強い怨念に草木も生えぬ場所──穢れ地……!』
立ち竦む桃寧。
桃寧(どうして?私、穢れ地に連れてこられている……!)
桃寧(八千代さんと引き離された……?彼女は無事なの……?)
子猫たちが走り出す。
桃寧「あ……!」
咄嗟に追いかける桃寧。
桃寧「待って……!無闇に走り回っては危ないわ……!」
◯場面転換、同じく穢れ地。桃寧のいる場所からは少し離れた場所。
暁良が険しい顔で歩いている。
暁良モノ『おかしい』
まとわりつく黒い霧を手で払う。
暁良モノ『この土地はもっと浄化が進んでいたはずだ』
暁良モノ『これはまるで新たに呪いが降りかかったような──』
パキンと音がして懐を探る。
桃寧からもらった根付けが割れていた。
暁良「おい、蘇芳──」
振り返って、後ろに誰もついてきていないことに気づく。
暁良「蘇芳?!誰か……他の者は……!」
誰からも返事がない。
暁良モノ『一般人ならばこれほどの瘴気に耐えられるはずもない。しかし……雅旺院家の術者たちが……まさかこの霧に倒れたと?』
グルルルル……と獣が唸る声。
苦々しい表情でそちらを見る暁良。
暁良モノ『──いや。仕組まれたのだ』
扇を構える。
暁良モノ『そうでなければ、堕ち切った穢れ地に犬神など現れようなどないのだから』
ヘドロのような黒いオーラを纏った、凶悪な顔をした犬神の絵。
◯黒い霧の中を走っている桃寧。
桃寧「ま……、待って……」
特に濃い霧が桃寧の足首に絡みつき、桃寧が転びかける。
その瞬間、すすきとやなぎは狛犬の姿(白虎)になり、桃寧に絡みついた霧に噛み付く。
すると霧は瞬時に霧散する。
桃寧「あ……ありがとう……」
桃寧が二匹を撫でると、二匹は嬉しそうにその大きな頭を桃寧に擦り付ける。
桃寧「この霧……おかしいわ。まるで私を押さえ込もうとしているみたい。それに……とっても悪いもののような気がするの」
不安そうな顔の桃寧。
微笑んでいる暁良を思い出し、覚悟を決める桃寧。
二匹の顔を真っ直ぐに見る。
桃寧「あなたたちは私を導いてくれているの?」
二匹は何も言わず、再び走り始める。
桃寧も深呼吸をしてそのあとを追う。
◯穢れ地、暁良のいる地点。
暁良と犬神が対峙している。暁の装束はところどころ破れ、泥で汚れている。
暁良(神剣が手元にないのは痛い……。代用品では思うように力がふるえない。)
扇子を構え直す暁良。
犬神と暁良の攻防が続く。
暁良の攻撃も犬神に通用するが、その次の瞬間には犬神の傷は癒えてしまう。
暁良(強い瘴気の中では犬神には常に負の力が注がれ……即座に回復されてしまう)
暁良(しかし一気に畳み掛ければ……)
暁良が身にまとう霊力を強める。
それを察知したように、犬神は遠吠えをする。
犬神の周囲に旋風が巻き起こり、瘴気がどんどん犬神に集まっていく。
犬神の体がどんどん肥大化していく。
暁良(瘴気を……取り込んでいる……!?)
犬神が地面を蹴り、暁良に飛びかかる。
暁良(間に……合わ──……)
桃寧「暁良様っ!!」
桃寧の声にハッとする暁良。
やなぎの体当たりを受け、犬神は地面に叩きつけられる。
暁良「桃寧さん?!」
息を切らして走り寄る桃寧のアップ。
犬神は体勢を立て直し、再び攻撃を仕掛ける。
暁良「なぜ来たのです!!」
桃寧「暁良様……」
暁良「安全な場所で待っていてほしいと言ったのに!」※犬神の攻撃を防ぎながら、苦しそうな表情で
桃寧「暁良様……聞いてください……」
暁良「狛犬が二匹いれば、貴女はここから無事に逃げることができます!さあ、早く!走って!」
犬神の攻撃が肩を直撃し、よろける暁良。
桃寧「聞いて……」
暁良「桃寧さん、僕は貴女と一緒に過ごすことができて幸せでした。貴女が笑いかけてくれるたびに……愛されるってこんな気持ちなのかと……思った……」※少し寂しそうに、犬神の攻撃をいなしながら
暁良「でも、無理やり連れてこられた貴女には迷惑だったと思います。……運命のお嫁さんと結ばれたいなんて……僕の我儘に付き合わせて申し訳なかったです」
攻撃を受け、さらにボロボロになっていく。ついに片膝をつく。
桃寧「まって……」
暁良「さようなら、桃寧さん。結婚ごっこは終わりです。貴女はもう、自由だ──」
にっこりと微笑む暁良。
膝をついた暁に飛びかかる犬神。
桃寧「いや……いや──!!」
手を伸ばす桃寧。
髪の根元がきらりと光る。
次の瞬間、結ってあった髪がぶわりと解け、白髪だった髪の毛が銀髪になる。
飛びかかっていた犬神が警戒し、空中で軌道を変えて桃寧たちから距離をとる。
キラキラと銀髪が輝く様子をアップで示す。
暁良モノ『まるで月の光のような』
大いなる力がその身に宿り、ぼんやりした様子の桃寧。
暁良モノ『銀色──』
暁良はただ目を見開いている。
桃寧「わんちゃん……」
桃寧が犬神に視線を向ける。
犬神はさらに警戒して唸り声を上げる。
桃寧「彼は私の大切な人……傷つけるのは……やめてちょうだい……」
桃寧が犬神に手を差し出す。
犬神は唸り声をあげ、瘴気で桃寧を攻撃しようとする。
その瞬間、清浄な風が吹き、犬神が纏っていた瘴気を剥いでいく。
それと共に周囲の黒い霧も消えていく。
犬神の瘴気が完全に剥がれると、そこにいたのは幼い顔をした柴犬の霊体だった。
耳を下げて、不安げな表情をする元・犬神。
桃寧「おまえ、お腹がすいていただけなの……?」
桃寧「お空へお行き、なんの不安もない場所よ」
桃寧がスッと手を空に翳すと、雲の割れ目から光がさす。
その方向へと元・犬神は登っていく。
空を覆っていた雲はやがて消え去り、太陽が桃寧の姿を照らす。
暁良「桃寧、さん……」
膝をついたまま、名前を呼ぶ暁良。
静かに歩み寄り、暁良を抱きしめる桃寧。
桃寧「……貴方だけが重荷を背負うのはやめてください。私にも、貴方を支えさせてください」
暁良「……」※目を見開く
桃寧「私は支えられるだけなんて、嫌なのです。支え合う夫婦では、いけませんか……?」
暁良「……す、素敵だと、思います。良い夫婦の形だと、思います」
暁良「しかし……霧賀領を背負う雅旺院は……重い。それでも──」
桃寧「うふふ。暁良様は心配性です。私……そんなに弱くは……」
かくんと脱力する桃寧。
暁良「桃寧さん!」
桃寧「ああ、やっと暁良様に……お話できました……。なんて良い日……」
気を失った桃寧。
はぐれていた暁良の部下たちがようやく暁良の元に集ったことを絵で示す。
◯孝久の家の茶室。
蘭子がお茶を立てている。
茶碗を受け取った孝久の頬に、突如切り傷が走る。
鮮血が背後の障子に飛ぶ。
孝久は動じた様子もない。
蘭子「まあ、お父様ったら。呪い返しを受けるような真似でもなさったの……?」
孝久は蘭子から差し出された手拭いで頬を拭う。
孝久「犬神が返り討ちにされたようだな。いや……これは……浄化されたか……?」
蘭子「犬神を浄化……?」
孝久「奥方が力の目覚めたとみて間違いないか」
蘭子「まあ……!それではおいそれと当主様に戯れつけなくなりますわね」
孝久「フン。それならそれで良い。しかし……便利な狗を失った。アレを退けるなど誰ぞのお節介でもあったかな」
蘭子「うふふ、私には難しいことなどわかりませんわ」
孝久の視線を笑顔でいなす蘭子。
孝久「……まったく、誰に似たのやら」
蘭子「尊敬するお父様に決まっております」
◯離れの寝室
眠っている桃寧。
桃寧モノ『あの恐ろしかった穢れ地は、私が力を解放したことですっかり浄められたようです』
穢れ地が美しくなった様子を絵で示す。草が茂り始め、人々が笑顔で行き来している。
桃寧モノ『しかし、溜めていた力を一気に解放した反動か──私はその後7日ほど寝込みました』
八千代が寝込む桃寧の世話をする絵。
桃寧モノ『そして私がやっと目覚めたときには大変なことになっていたのです』
目を覚まして暁良に抱きしめられる桃寧。
八千代にたしなめられる暁良の絵。
現状を聞いてびっくりしている桃寧の絵を、モノローグの背景で示す。
畳や障子に朝日がさし、小鳥が囀っている。朝が来た描写。
目を覚ます桃寧。
目の前には暁良の寝顔。
勢いよく身体を起こす。
桃寧(私ったら、子守唄を歌いながら寝てしまったのね……)
顔を赤らめる桃寧。
桃寧(暁良様もスーツのまま寝かせてしまったし……)
暁良に目をやる桃寧。
安らかな暁良の寝顔のアップ。
それを見て笑顔になる桃寧。
暁良の髪を優しく撫でる。
背後で「カララ……」と部屋の扉が開く音。
八千代「おはようございます。朝のお支度にまいりました」
蘇芳と八千代が入室。
恥ずかしくなって桃寧は手を引っ込める。
八千代は桃寧と暁良の距離が近いことに満面の笑顔になる。
八千代(もっと見ていたいけど……)
八千代「旦那様、素晴らしい朝でございますよ、起きてくださいまし」
暁良の顔をのぞき込む八千代。
八千代「ま〜……なんて幸せそうで安らかなねが……お……?」
八千代がそっと暁良の頸動脈に手を当てる。
八千代「みゃ……脈が……!?」
八千代が目を剥き、蘇芳が心臓マッサージを始めようとする。
時間経過を示すコマを挿入。
◯宿の部屋。朝食シーン。
桃寧モノ『暁良様いわく』
恥ずかしいような呆れたような顔で朝食を食べる桃寧。
桃寧モノ『添い寝に気がついたら意識が遠くなっていた、と……』
暁良「いやぁ、ご心配をおかけしました。」
ワイシャツ姿の暁良。質素な粥を食べている。
桃寧「だ、大丈夫なのですか」
暁良「もちろん。生きていた方が桃寧さんのことをたくさん眺めていられるので、簡単には死にませんよ」
八千代と蘇芳(うちの主人は……)※呆れたように
桃寧がじっと暁良の様子を見る。
自分の目の前には豪華な朝食が並んでいるが、暁良が食べているのは質素な粥だけ。
桃寧(潔斎のために最近は質素な食事で済ませていらっしゃると……。これから水垢離もされるって……まだ冷える季節だというのに)
桃寧「あの……今日の神事、やはり私も……」
暁良「ここはなかなか良い宿だから、桃寧さんはゆっくり過ごしてください」
決心したように顔を上げた桃寧を、暁良が遮る。
桃寧「あ……」
暁良「浄めを終わらせたら、すぐに戻ります。そしたらこの辺の景勝地でも散策しましょう」
力強く微笑む暁良。
時間経過を示すコマを挟む。
◯宿の部屋
暁良たちは穢れ地へと出発し、桃寧と八千代が部屋に残されている。
子猫たちが戯れるのをぼんやり見つめる桃寧。
桃寧モノ『お見送りしか……できなかった……』
八千代「桃寧様……」
桃寧「八千代さん、今日暁良様が向かった穢れ地というのは……どんな場所なのですか?」
八千代「……昔の合戦場であったと聞いております」
桃寧「合戦場……」
八千代「そこでは幾たびも戦いが繰り広げられ……流れた血は大地に染み込みました。死した兵どもは恨みや怨念を強く残し……そこは草木も生えぬ穢れ地となったそうでございます」
武士たちが戦い、合戦場に怨念が渦巻く様子を描く。
桃寧「……暁良様は、毎年こちらに来ている様子ですが……」
八千代「……はい。この穢れ地は代々の雅旺院家が浄めを行ってきました。土地に染みついた怨念が強力なため、少しずつ浄化が進んでいるといった状況です」
桃寧モノ『暁良様の力になりたい。だけど……私に霊力なんてものはない。まして霧賀女大神を神降ろすなど……とても……』
悲しそうな顔で俯く桃寧。
八千代「……暁良様は『護る』ことでしか愛し方を知らない方ですから」
桃寧「私は……支え合いたい……です……。私だって暁良様を守りたい」
桃寧の目尻にうっすら涙が浮かぶ。
桃寧「力なき私には……過ぎた願いでございますね……」
八千代「……いいえ、桃寧様には力がおありです」
パッと笑顔を作る八千代。
八千代「桃寧様はすごい力をお持ちですよ!暁良様をあれほど翻弄できるのは桃寧様しかおられません!」
八千代「どうぞ楽しく過ごされませ!桃寧様の笑顔が暁良様の力になります!暁良様はもちろん、私どもも蘭子様も……みんな桃寧様の笑顔を守りたいのでございます!」
桃寧「蘭子様も……」
声「……テケ…………」
桃寧に誰かの声が聞こえる。
桃寧の後ろ姿を描き、髪に結んでいるリボンにフォーカスする。
桃寧「……え?」
声「ネコ……ツレテ……」
八千代「どうかされましたか?」
桃寧「……いいえ。蘭子様の声が聞こえたような気がして……」
頭を振る桃寧。
桃寧モノ『ないものねだりをしても仕方がありません。私は私にできることをやらなければ』
桃寧「では……とりあえず、散歩に挑戦ですね!」
八千代「うふふ、お供いたしますわ!」
桃寧に頭を擦り付ける子猫たち。
ふと考える桃寧。
桃寧「……いいわ、あなたたちもいらっしゃい」
子猫たちが嬉しそうに鳴く。
ストールを羽織り、草履を履いて宿の玄関から出る描写。
玄関の前では男たちが駕籠のそばで控えている。男たちは企みを隠したような笑顔。駕籠は二台用意されている。
駕籠持ちの男(以下、駕籠)「さあさ、お待ちしておりました!」
八千代「私は駕籠など手配しておりませんが」
駕籠「いいえ、雅旺院家ご当主の直々のお計らいでございます!奥方様が退屈なさらぬよう、この土地の名所をご案内せよ……と!」
桃寧モノ『暁良様は……戻ったら一緒に景勝地を回ろうとおっしゃっていたけれど……』
八千代「当主直々に……?貴方たちを手配した担当者の名前は?」
駕籠「いいえ、こちらで客待ちをしていたらお声がけくださったんで……」
桃寧モノ『暁良様が──』
八千代「……悪いけれど」
断ろうとする八千代を、桃寧が柔らかく制する。
桃寧「せっかく暁良様がお気を遣ってくださったのです。乗せていただきましょう」
桃寧と八千代がそれぞれ別の駕籠に乗る。
駕籠が走り出す描写。
桃寧モノ『暁良様は私をとにかく甘やかしたがるから……。せめて今の私は甘い世界の中で笑顔でいよう……』
初めて乗る駕籠に緊張気味の桃寧。小さな窓から流れる景色を眺める。
桃寧(八千代さんとおしゃべりできないのは残念ですが……駕籠というのも楽しいものです)
最初は駕籠の揺れを楽しんでいた桃寧だったが、ふと表情を曇らせる。
桃寧(さっきまでこんなに寒かったかしら。ストールがあるのに、鳥肌が立ってる……。なんだか……いやな寒気……。)
左右の着物の袖に潜り込んでいたすすきとやなぎの様子がおかしいことに気づく桃寧。
二匹は毛を逆立てて、唸り声をあげている。
不安が一気に高まる。
ふと窓に目をやると、外が真っ黒い霧で覆われていることに気づく。
窓から身を乗り出して後ろを見る。
桃寧(八千代さんの……駕籠がいない……?!)
吐き気がして駕籠の中で口元を押さえる桃寧。
しきりに鳴く子猫たち。
桃寧(なに……?これは……!)
しばらくして、駕籠の揺れが止まっていることに気づく。
桃寧はなんとかして駕籠から這い出る。
そこは草木が生えていない広場だった。ところどころに小動物の骨が落ちている。黒い霧(瘴気)があたりに立ち込めている。
桃寧モノ『大地に血が染み込み、強い怨念に草木も生えぬ場所──穢れ地……!』
立ち竦む桃寧。
桃寧(どうして?私、穢れ地に連れてこられている……!)
桃寧(八千代さんと引き離された……?彼女は無事なの……?)
子猫たちが走り出す。
桃寧「あ……!」
咄嗟に追いかける桃寧。
桃寧「待って……!無闇に走り回っては危ないわ……!」
◯場面転換、同じく穢れ地。桃寧のいる場所からは少し離れた場所。
暁良が険しい顔で歩いている。
暁良モノ『おかしい』
まとわりつく黒い霧を手で払う。
暁良モノ『この土地はもっと浄化が進んでいたはずだ』
暁良モノ『これはまるで新たに呪いが降りかかったような──』
パキンと音がして懐を探る。
桃寧からもらった根付けが割れていた。
暁良「おい、蘇芳──」
振り返って、後ろに誰もついてきていないことに気づく。
暁良「蘇芳?!誰か……他の者は……!」
誰からも返事がない。
暁良モノ『一般人ならばこれほどの瘴気に耐えられるはずもない。しかし……雅旺院家の術者たちが……まさかこの霧に倒れたと?』
グルルルル……と獣が唸る声。
苦々しい表情でそちらを見る暁良。
暁良モノ『──いや。仕組まれたのだ』
扇を構える。
暁良モノ『そうでなければ、堕ち切った穢れ地に犬神など現れようなどないのだから』
ヘドロのような黒いオーラを纏った、凶悪な顔をした犬神の絵。
◯黒い霧の中を走っている桃寧。
桃寧「ま……、待って……」
特に濃い霧が桃寧の足首に絡みつき、桃寧が転びかける。
その瞬間、すすきとやなぎは狛犬の姿(白虎)になり、桃寧に絡みついた霧に噛み付く。
すると霧は瞬時に霧散する。
桃寧「あ……ありがとう……」
桃寧が二匹を撫でると、二匹は嬉しそうにその大きな頭を桃寧に擦り付ける。
桃寧「この霧……おかしいわ。まるで私を押さえ込もうとしているみたい。それに……とっても悪いもののような気がするの」
不安そうな顔の桃寧。
微笑んでいる暁良を思い出し、覚悟を決める桃寧。
二匹の顔を真っ直ぐに見る。
桃寧「あなたたちは私を導いてくれているの?」
二匹は何も言わず、再び走り始める。
桃寧も深呼吸をしてそのあとを追う。
◯穢れ地、暁良のいる地点。
暁良と犬神が対峙している。暁の装束はところどころ破れ、泥で汚れている。
暁良(神剣が手元にないのは痛い……。代用品では思うように力がふるえない。)
扇子を構え直す暁良。
犬神と暁良の攻防が続く。
暁良の攻撃も犬神に通用するが、その次の瞬間には犬神の傷は癒えてしまう。
暁良(強い瘴気の中では犬神には常に負の力が注がれ……即座に回復されてしまう)
暁良(しかし一気に畳み掛ければ……)
暁良が身にまとう霊力を強める。
それを察知したように、犬神は遠吠えをする。
犬神の周囲に旋風が巻き起こり、瘴気がどんどん犬神に集まっていく。
犬神の体がどんどん肥大化していく。
暁良(瘴気を……取り込んでいる……!?)
犬神が地面を蹴り、暁良に飛びかかる。
暁良(間に……合わ──……)
桃寧「暁良様っ!!」
桃寧の声にハッとする暁良。
やなぎの体当たりを受け、犬神は地面に叩きつけられる。
暁良「桃寧さん?!」
息を切らして走り寄る桃寧のアップ。
犬神は体勢を立て直し、再び攻撃を仕掛ける。
暁良「なぜ来たのです!!」
桃寧「暁良様……」
暁良「安全な場所で待っていてほしいと言ったのに!」※犬神の攻撃を防ぎながら、苦しそうな表情で
桃寧「暁良様……聞いてください……」
暁良「狛犬が二匹いれば、貴女はここから無事に逃げることができます!さあ、早く!走って!」
犬神の攻撃が肩を直撃し、よろける暁良。
桃寧「聞いて……」
暁良「桃寧さん、僕は貴女と一緒に過ごすことができて幸せでした。貴女が笑いかけてくれるたびに……愛されるってこんな気持ちなのかと……思った……」※少し寂しそうに、犬神の攻撃をいなしながら
暁良「でも、無理やり連れてこられた貴女には迷惑だったと思います。……運命のお嫁さんと結ばれたいなんて……僕の我儘に付き合わせて申し訳なかったです」
攻撃を受け、さらにボロボロになっていく。ついに片膝をつく。
桃寧「まって……」
暁良「さようなら、桃寧さん。結婚ごっこは終わりです。貴女はもう、自由だ──」
にっこりと微笑む暁良。
膝をついた暁に飛びかかる犬神。
桃寧「いや……いや──!!」
手を伸ばす桃寧。
髪の根元がきらりと光る。
次の瞬間、結ってあった髪がぶわりと解け、白髪だった髪の毛が銀髪になる。
飛びかかっていた犬神が警戒し、空中で軌道を変えて桃寧たちから距離をとる。
キラキラと銀髪が輝く様子をアップで示す。
暁良モノ『まるで月の光のような』
大いなる力がその身に宿り、ぼんやりした様子の桃寧。
暁良モノ『銀色──』
暁良はただ目を見開いている。
桃寧「わんちゃん……」
桃寧が犬神に視線を向ける。
犬神はさらに警戒して唸り声を上げる。
桃寧「彼は私の大切な人……傷つけるのは……やめてちょうだい……」
桃寧が犬神に手を差し出す。
犬神は唸り声をあげ、瘴気で桃寧を攻撃しようとする。
その瞬間、清浄な風が吹き、犬神が纏っていた瘴気を剥いでいく。
それと共に周囲の黒い霧も消えていく。
犬神の瘴気が完全に剥がれると、そこにいたのは幼い顔をした柴犬の霊体だった。
耳を下げて、不安げな表情をする元・犬神。
桃寧「おまえ、お腹がすいていただけなの……?」
桃寧「お空へお行き、なんの不安もない場所よ」
桃寧がスッと手を空に翳すと、雲の割れ目から光がさす。
その方向へと元・犬神は登っていく。
空を覆っていた雲はやがて消え去り、太陽が桃寧の姿を照らす。
暁良「桃寧、さん……」
膝をついたまま、名前を呼ぶ暁良。
静かに歩み寄り、暁良を抱きしめる桃寧。
桃寧「……貴方だけが重荷を背負うのはやめてください。私にも、貴方を支えさせてください」
暁良「……」※目を見開く
桃寧「私は支えられるだけなんて、嫌なのです。支え合う夫婦では、いけませんか……?」
暁良「……す、素敵だと、思います。良い夫婦の形だと、思います」
暁良「しかし……霧賀領を背負う雅旺院は……重い。それでも──」
桃寧「うふふ。暁良様は心配性です。私……そんなに弱くは……」
かくんと脱力する桃寧。
暁良「桃寧さん!」
桃寧「ああ、やっと暁良様に……お話できました……。なんて良い日……」
気を失った桃寧。
はぐれていた暁良の部下たちがようやく暁良の元に集ったことを絵で示す。
◯孝久の家の茶室。
蘭子がお茶を立てている。
茶碗を受け取った孝久の頬に、突如切り傷が走る。
鮮血が背後の障子に飛ぶ。
孝久は動じた様子もない。
蘭子「まあ、お父様ったら。呪い返しを受けるような真似でもなさったの……?」
孝久は蘭子から差し出された手拭いで頬を拭う。
孝久「犬神が返り討ちにされたようだな。いや……これは……浄化されたか……?」
蘭子「犬神を浄化……?」
孝久「奥方が力の目覚めたとみて間違いないか」
蘭子「まあ……!それではおいそれと当主様に戯れつけなくなりますわね」
孝久「フン。それならそれで良い。しかし……便利な狗を失った。アレを退けるなど誰ぞのお節介でもあったかな」
蘭子「うふふ、私には難しいことなどわかりませんわ」
孝久の視線を笑顔でいなす蘭子。
孝久「……まったく、誰に似たのやら」
蘭子「尊敬するお父様に決まっております」
◯離れの寝室
眠っている桃寧。
桃寧モノ『あの恐ろしかった穢れ地は、私が力を解放したことですっかり浄められたようです』
穢れ地が美しくなった様子を絵で示す。草が茂り始め、人々が笑顔で行き来している。
桃寧モノ『しかし、溜めていた力を一気に解放した反動か──私はその後7日ほど寝込みました』
八千代が寝込む桃寧の世話をする絵。
桃寧モノ『そして私がやっと目覚めたときには大変なことになっていたのです』
目を覚まして暁良に抱きしめられる桃寧。
八千代にたしなめられる暁良の絵。
現状を聞いてびっくりしている桃寧の絵を、モノローグの背景で示す。
