◯霧賀山の麓
二つの山が寄り添うように聳え立つ様子。同じ大きさではなく、片方がもう一方より少し大きい。大きい方が霧賀山の「男山」、少し小さい方が「女山」。
桃寧モノ『男山と女山が寄り添うように聳え立つ霧賀山』

日本神話の男神と女神を絵で示す。
桃寧モノ『そこには霧賀男大神と霧賀女大神という神様がおわします』

男神と女神が仲睦まじく寄り添い合っている様子と、稲穂や作物がよく実っている様子を示して、神の力が土地に良い影響を与えていることを示唆する。
桃寧モノ『霧賀男大神と霧賀女大神は夫婦神。お互いを唯一の妹背として仲睦まじく私たちを見守ってくださっているのです』

桃寧が霧賀山に手を合わせている。着物は質素で着古されてボロボロ。丈も合っていない。頭にはほっかむり。髪の毛が一切見えないように隠している。背負子を背負っている。

スーツの男たちが、村人たち(質素な着物)に何かを尋ねている絵を示す。手には根付け(木彫りの桃モチーフがついている)を持っている。
男の一人が霧賀山を見上げる。式神の形代を飛ばしている男もいる。
そんなことはつゆ知らず、桃寧は山で楽しげに薬草を摘んでいる。

桃寧モノ『いつもは霧賀山の山中で静かに暮らしている私ですが』
桃寧が村の外れで人がいないか警戒する様子。老婆に誘われ、老婆の家に入る。

桃寧モノ『たまに薬草や細工物を買ってもらうためにふもとの村へと降りてきます』
桃寧が板間で薬草や細工物を並べている様子。

老婆「桃寧ちゃんの薬草にはいつも助かっとるよ」
桃寧「まあ……それは嬉しゅうございます」
桃寧の笑顔。控えめな印象。

桃モノ『お婆さんはお渡しした薬草を行商さんに売り、代わりに私は塩やお米をいただいている……といった次第です』

老婆「この根付けなんかは評判が良くってね。桃寧ちゃんも自分で売ってみるといいんじゃないかね」
桃の花の形に彫られた根付けを絵で示す。

桃寧「そんな、私は……」※少し困ったように

老婆「……あんた、この村でもワシとしか顔を合わせてないじゃろに」※心配そうに
桃寧「はい……」

老婆「若い娘さんがほっかむりでずっと頭を隠して、ワシの他に知り合いも作らんと……。しかもお山で一人暮らしなんてなぁ」

桃モノ『こうして心配させてしまうのも仕方のないことかもしれません。天涯孤独の身の上で、知り合いもこのお婆さんだけ。でも私は特に不満を感じたことはありません。自然に囲まれた平穏な暮らしを、私は気に入っているのです』

お礼を言って老婆の家を辞そうとする桃寧。
桃モノ『しかし……』

スーツの男達が玄関前で待ち構えていた。

男達「この根付けを作ったのは貴女ですね?」
桃寧「ひゃ……?は、はははは、はい……」 ※顔面蒼白、混乱して

男達「我々にご同行願えますか」
桃モノ『平穏というのは、突如として破られるものでございます』

⚪︎応接間
豪華な室内で困惑顔で固まっている桃寧。ふかふかの絨毯、金細工が施されたソファ、マホガニー材の猫脚ローテーブル、繊細な模様が描かれた舶来物のティーセット、ケーキなどでもてなされている。窓は締め切られている。

桃寧(牢屋に入れられるかと思いきや、こんなにもご丁寧なおもてなしを受けるとは……!悪事を働いた覚えはありませんが、こんな待遇を受ける謂れもないので恐ろしゅうございます……)

使用人「旦那様はまもなくいらっしゃいますので……」
桃寧「はひぃっ!」 ※びっくり&怯えて

桃寧(無理です!知らない人と話そうとすると変な声が出てしまいます……!今までまともに人と関わっておりませんでしたので……。そんな私に一体、なんの用なのでしょう……)

使用人が優しく微笑んでくれるので、おずおずと口を開く桃寧。
桃寧「あのぅ……、私は何故ここに……?お婆さんに卸した薬草か細工物に何かよくないものでもございましたでしょうか……?」

使用人「とんでもございません!私は根付けを拝見しましたが、見るものを癒す素敵な細工だと思いました」
桃寧(わ……自分が作ったものをこうして直接褒められるのは、なんだかくすぐったい気持ちになるものですね……)

使用人「それに術者にとっては良い目印であったと──」
桃寧(術者……?目印……?)

「失礼」とドアが開く。
使用人が頭を下げる。
「はひっ」と立ち上がる桃寧。
暁良が現れる。三つ揃えのスーツ姿。懐中時計の鎖などを描き込んで上流階級であることを印象付けたい。輝くばかりの金髪は西欧風に整えられている。若々しいのに風格も感じさせる姿。

息を呑む桃寧。

桃寧モノ『朝日のような金色の髪に整った顔立ち……きっと霧賀男大神もこんなお姿に違いないわ』
暁良の髪や顔にフォーカスした絵を示す。

桃寧モノ『それに見たことのない装い……。きっと「旦那様」は華族の方なのね』
暁良のスーツや持ち物にフォーカスした絵を示す。

桃寧モノ『なんといっても、この圧倒的な存在感』
暁良の圧倒的なオーラに気圧される桃寧。
桃寧モノ『厳かな──まるで霧賀山を詣でているかのような──』

桃寧の様子に気付いた暁良は少し腰をかがめて微笑みかける。

暁良「初めまして。今日はご足労いただき、ありがとうございます」
桃寧「は、はい……。お、お初にお目にかかります……。」※小声で答え思わず目を逸らす。
少し残念そうに苦笑する暁良。

暁良「僕は雅旺院 暁良といいます。貴女のお名前を伺っても?」
桃寧「……もっ、桃寧と申します」

暁良「桃寧さん。良いお名前だ。……もしよければ、頭の手拭いを取ってはいただけませんか」
桃寧「なっ、ななっ、なりません。亡くなった母の申し付けでございます。髪は誰にも見せてはならぬと」 
手拭いは外さない、とばかりに頭を手で覆う桃寧。

暁良「そうなのですね。……実は桃寧さんとは同じ身の上なのではないかと思ってこちらにお招きしました」
桃寧「お、同じ、でございますか?」

暁良「僕の髪、普通とは違う色をしているでしょう?」※金髪であることを示しながら

桃寧(──山の麓に住んでいた人々は、誰も彼もが黒髪だった。こんな風変わりな美しい髪といったら、この方の他には──)
長い白髪の女性の後ろ姿の絵を示す(小さく)

暁良「貴女も僕と同じではないかと思って。違いましたか?」

ぐっと警戒する桃寧。
桃寧「しりっ、しりっ、知りません……!」

暁良「貴女の髪がどうであっても、貴女の不都合になることは致しません」※笑顔を崩さない
桃寧「……ほ、本当ですか?髪をお見せしたら、ぶぶ、無事に返してくださいますか?」※不安そうに

にっこりと微笑む暁良。
おずおずと桃寧はほっかむりを外す。
真っ白な髪がさらりと流れ落ちる。黒く大きな瞳と艶やかな白髪はボロボロな装いとアンバランスある。桃寧の姿を見て暁良は息を呑む。

桃寧「生まれついての白髪でございます。こ、これでよろしゅうございますか?お気がすみましたら、わた、私は帰らせて──」

暁良が桃寧の右手を握り締め、跪く。異性に触れられて凍りつく桃寧。
暁良は焦がれるような瞳で桃寧を見つめる。
暁良「ようやく見つけた……!」

暁良の母親が過去に「いつか……貴方だけを愛してくれる花嫁が現れますよ」と語ったことを絵で示す。この時点でそう語った女性が暁良の母親であることは開示しない。母親のこの台詞を原因、暁良の表情を結果として、暁良が切望するような顔で桃寧に語りかけていることを示す。

暁良「貴女こそが我が花嫁、我が運命……!」
桃寧「はな、はっ、はなよめ?!そっ、それは、どういう……」

暁良「……もしかしてとは思ったけど、ご存知ありませんか?」※意外そうな顔
桃寧「ななな何をです……?!」

暁良が混乱する桃寧をソファに座らせて、自分もその対面に座る。

暁良「霧賀山の夫婦神と夫婦の巫覡の伝説です」
桃寧モノ『巫覡──神に仕え、ときに神の憑座ともなる務めを負う者……』
男女ペアの巫覡のイメージを示す。男の覡は神剣を掲げ、女の巫は神楽用の鈴を持って男に寄り添っている。

暁良「この霧賀領には一時代に一組の男女の巫覡が生まれます。男は男神を、女は女神を神おろしできる巫覡となる」
絵で男神が霧賀山男大神、女神が霧賀山女大神であることを示す。
桃寧「……」
桃寧モノ『初めて……知りました……』

桃寧「いえ、あの……、そのお話が……私とどのような関係があるのでしょう……」
暁良「大神から与えられた標……でしょうか。二人の巫覡は決まって霧賀山に降りる霧のような──白髪で生まれてくるのです」
白髪の赤ちゃんの頭を、神様が手で触れている絵。その手には霧がかっていている。

桃寧モノ『生まれついての白髪──まさか私が、霧賀女大神の巫女だと──?』
衝撃を受ける桃寧。

暁良「僕も生まれつき白髪でした。力に覚醒してからは霧賀男大神の影響を受けて金髪になりましたが」
桃寧「なる……ほど……?」

桃寧(つまり一組の男女の巫覡って……この方と私……?)
暁良をじっと見つめる桃寧。

暁良「……ここからが重要です。霧賀山の男神と女神は夫婦神。巫覡として生まれた男女も結ばれる運命だといいます」
桃寧「えっ……どういう……こと……でしょう……」

暁良「僕は貴女を妻として迎えたい……ということです」 ※笑顔で
硬直してしまう桃寧。

暁良「僕は君に一生を捧げると誓います。結婚してください」
桃寧モノ『結婚──』

暁良「僕の愛を、運命を、受け入れてほしい」
桃寧モノ『運命──』

桃寧の母親の絵を示す。髪色はこの時点ではぼやけていてわからない。
桃寧モノ『お母様──』

桃寧が勢いよくソファから立ち上がる。
桃寧「け、結婚はっ、辞退させていただきます……!!」※体に力を込めて勇気を出して。ぎゅっと目を瞑り、怯えていることを示す。

断られていなかった暁良。驚愕の表情を浮かべるが、すぐに平静を取り繕うとする。
暁良「な、そ、それは……、コホン。理由を伺っても?」

桃寧「わた、私は家に帰ります」
暁良「ご家族と離れたくないということだろうか。それなら──」※必死に
桃寧「いいえ、父はもとよりおりませんし、母も亡くなっております。天涯孤独の身でございます」

暁良「もしや一人で生活を?それは大変なのでは……」※一転、不安そうに
桃寧「き、気楽なものでございます」

暁良「そんなはずは……」
桃寧「そ、そもそも……『運命』だなんて私には受け入れがたく……」
暁良「……!」※運命を否定され、目を見開く

咳払いをして、気を取り直す暁良。
暁良「雅旺院一族には一世代に一人、数ある分家のどこかに覡が生まれ、やがては本家を継ぎ──白髪の巫女を娶ってきました。……そしてこの霧賀領を支えてきた」

口元だけ微笑んでいるが、目は真剣な暁良。じっと見つめられて身じろぎする桃寧。

暁良「それを否定するなど……霧賀山の神威を否定することとなりますが……?」
桃寧「失礼……いたしました……」
ちょっと俯く桃寧。しかし譲れないものがある様子。

桃寧「しかし私は……運命なんて得体の知れぬものを信じるなど……」
暁良「…………ほう」
暁良がスッと冷ややかな表情になる。
桃寧は息を呑むが、暁良はまたパッと笑顔を作る。

暁良「得体が知れないというのなら、分かるまで味わっていただこうかな」
桃寧「へ……?そ、それは……どういう……」

暁良「桃寧さんにはこちらで暮らしていただくよ。貴女が運命を思い知るまで、僕は愛を囁き続けるから」

桃寧モノ『大好きなお母様』

桃寧「こっ、ここ、ここに無理やり留め置くと……?!」
暁良「安心してください。この離れは好きに使ってもらって構わないし、欲しいものはいくらでも用意しますから」
桃寧「そ、それでは……まるで監禁では……ありませんか……」
暁良「あっはは、愛の運命の前に人権など、無意味ですよ」※楽しそうに笑う
桃寧(な、なんと恐ろしい……!)※ドン引きして

桃寧モノ『桃寧は運命に抗うことにいたしました。しかし──』

桃寧「そっ、そのような狼藉……」
暁良「……安心して。僕は貴女を大切にします」
暁良が殊更美しく微笑む。危うさに富んだ笑み。

暁良「桃寧さんには早く、僕の愛を受け入れてくれると嬉しいのだけどね」

桃寧モノ『その道は険しく厳しいようです』