ストーカー騒動が一件落着して、俺は心底ほっとした。
正直、本当に危ない人が相手だったら、佐々倉をちゃんと守れるのか不安だった。
俺は別に力が強いわけでもないし、いざという時にどうするか、具体的に策があるわけでもなかった。
ただ、佐々倉を一人にするわけにはいかないというその思いだけで、一緒に登下校していたにすぎない。

佐々倉ももっと喜ぶかと思ったのに、その面持ちは神妙だ。帰宅途中も家に着いてからも、夕飯後俺の部屋に戻ってからも、ほとんどしゃべらず静かだ。
今回の騒動が自分の勘違いだった事が気まずいのか、もしくは傘の事で俺に嘘をついたのを気にしてるのか、あるいはその両方か・・・いずれにしろ俺にはどうでもいい、佐々倉が無事なのだから。

「どうした佐々倉、寂しくて自分家に帰りたくないとか?」
ベッドに腰掛けていた佐々倉は一瞬俺を見たが、すぐに俯いた。
どうもおかしい。気まずいとかそういう感じではなく、何か意を決したような、思いつめた顔だ。

「僕、反省しました」
佐々倉は目を伏せたまま、口を開いた。
「知らない相手につきまとわれるのって、あんな思いなんですね。
神木さんも、我慢してたんですよね」
「え?」
「今まですみませんでした、今後はご迷惑かけません。
2学期からは、自由に過ごしてくださいね」
「ちょっと待て」
佐々倉は俺と目を合わせようとしない。
「迷惑とか自由とか、何の話?」
「ですから・・・もう、神木さんにつきまとうのはやめます」
「何言ってんだよ、お前はストーカーじゃないだろ。
俺は別に、お前を怖いと思ったことなんてないし・・・や、俺の誕生日知ってた時はちょっと怖かったけど、でもそれとは全然違う」
「僕は神木さんに沢山助けてもらいましたけど、神木さんが僕といるメリットはないですし」
「メリットってなんだよ」
俺は佐々倉の肩を掴んだ。
「今回たまたま勘違いだったけど、お前がバス停で泣いてた時、俺は・・・めちゃくちゃ腹が立った。
佐々倉を泣かせた奴を絶対許さないと思った」

佐々倉はやっとこっちを見た。
「そんな事・・・思ってたなんて、思いませんでした」
「前にお前が言ってたけど、俺はまあ、困ってる人にはできるだけ親切にしようとしてきた。
けど佐々倉に対しては、その・・・親切とか関係なく・・・」
くそ、まとまってないな。
「お前が困ってても困ってなくても、俺が側にいて、お前を守りたいって・・・」
・・・そうか、俺いつの間にか、そんな風に思うようになってたのか。

「神木さん・・・」
「それに、お前俺の事善人呼ばわりするけど、そもそもお前がいいヤツだから知り合えたわけだし。
俺のほうが先に佐々倉に助けてもらった」
言いながら、俺は佐々倉に抱き寄せられていた。
「いいんですか、そんなこと言って。
僕、調子に乗りますよ」
「え・・・」
俺は佐々倉に抱きしめられたまま体を倒され、ベッドに仰向けになった。



ベッドに横たえた神木さんの上に、僕は跨がる。
守りたいって言ってくれた相手に対して、これからしようとしてることは合ってるのか?でも、もう・・・
「あの、佐々倉?・・・」
「神木さん・・・
嫌だったら、言ってください」
「や、だから」
僕は神木さんの言葉を口で封じた。こうしている間は何も言えない。その間に、嫌って言えないくらい神木さんを麻痺させる。
正直キスの仕方なんてわからない。でも、神木さんを大事にしたいって思ってたら、野外学習の時もなんとかなった。

固まっていた神木さんの身体から少しずつ力が抜けてきたところで、僕は唇を離した。
「お前、わざとだな?」
「うん、ごめんなさい。
・・・嫌でしたか?」
「そんなことは、ない、けど」
「じゃあ続けますね」
「え、ちょっ・・・」
僕は今度は、神木さんの首筋に唇を押し当てた。
冷房が効いてるのに、神木さんの細く長い首がうっすら汗ばみ、うなじから漂う匂いが僕の鼻腔をくすぐる。他人の匂いを官能的に感じるのは初めてだ。
神木さんの首元を軽く吸いながら、僕は彼の上体に自分の手を這わせた。両胸の突起した部分を探り、服の上からそっと指の腹で擦る。
神木さんの喉から漏れ出た、吐息ともつかない声が僕の理性を飛ばしそうになって、僕は思わず身体を離した。
「なんで何も言わないんですか」
「まだ、大丈夫だったから・・・」
危なすぎるなこの人。嫌って言うような事してる段階になって、ほんとにやめられると思ってんのかな。

「神木さん、確認ですけど。
僕は今、どのあたりですか」
「どのあたりって?」
「『友達から』の、どの辺にいるんですか」
「あ」
神木さんは眉根を寄せて考え込む。
「・・・・・・え、そんな考えます?」
「いやだって・・・」
「往生際悪いですね。
側にいたい相手がいる、
その人を守りたいと思う、
その人になら何をされてもいい、
どういう感情だと思います?」
「最後何か変なの入った」
「僕の事好きってことでいいんですよね」
「う・・・」
「僕と、付き合ってくれますね?」
「・・・しょうがないな」
僕は改めて、神木さんを抱きしめた。
「よかった。うれしいです。」
「・・・うん」
「明日からもここにいようかな」
「それはダメだ」
「えー」
「明日は家に帰って、佐々倉のお母さんを安心させてやれ。
ずっと心配してくれてたんだからな」
「そうですね」
「うちには・・・いつでも来ればいいし」
「てか神木さん、今度はうちに泊まりに来ませんか?
僕の母、神木さんの事気に入ってると思います」
「どうかな」
「わかります、親子ですから。
彼氏として紹介します」
「それはやめといたほうがいいんじゃないか?」

いつかほんとに、そんな日が来ればいいと思う。
ついさっきまでの絶望的な気分が嘘のようだ。小学生の時でも、夏休みをこんなに楽しみに迎えた事はなかった。
2人でしたい事がいっぱいある。でも、ただ一緒にいるだけでいいとも思える。そんな日が続けばいい。
とりあえず僕らは、まだ始まったばかり。