7月第2週目の月曜日、テレビで梅雨明けが発表された。
あのキス以降、神木さんとの進展はない。昼ご飯を一緒に食べるだけで通学は別々だし、学校の外で会う事はなかった。

「なんか・・・手詰まり感」
初恋の相手として、神木さんは難易度が高すぎる。
誰かに相談してみようか。でも、こんなプライベートな話ができるほどの友達はいない。ネットで?・・・いや、何をどう訊けばいいかわからない。

「どうしたもんか・・・」
僕は答えの出ない問いに悩みつつ、いつものバス停から乗車した。
(ラッキー、一番後ろ空いてる)
僕は端の席に座った。ここなら終点で降りるまで誰にも邪魔される事なく寝ていられる。
と思ったのに、もう隣座られたよ、まあいいけど。僕は早々に目を閉じた。

次の日、一番後ろは空いてなかったけど、二人掛けの席に座れた。でもすぐ隣に座られた。もうちょっと一人でいさせてほしいところだげど、こればかりはしょうがない。

次の日は、珍しくかなり空いていた。
また一番後ろの端に座って、今日は今後の神木さん対策を考えるか。
すると、すぐ隣に30代くらいの男性が座った。
ちょっと、こんだけ席空いてるんだから、わざわざここに座らないでほしいな。僕はチラッと睨んだが、男性は全く気に留めない様子で携帯画面を見ている。

(もー)
僕はイラッとしながら、わざと男性から離れるように窓際に寄った。すると、なんと男性もこっち側に詰めてきた。
(えっ・・・)

僕はその時、この男性が昨日も一昨日も隣に座った人だとわかった。はっきり顔を見たわけじゃないけど、なんとなく感じる雰囲気とか、微かな臭いとか・・・絶対同じ人だ。

僕は急いで停車ボタンを押して、次のバス停――つまり学校前で降りた。代わりに大勢の生徒が乗り込んで、バスは走り去った。
なに、どういう状況?頭が混乱してる。
誰だ、もしかして知ってる人?だったら声かけてくるはずだ。じゃあなんで・・・
「おー、佐々倉」
通りかかった神木さんが自転車を停めた。
「今日はここから乗るのか?」
「あ・・・はい」
「そか、気を付けて。じゃな、また明日」
「はい、また明日」

神木さんの声を聞いて、少し落ち着いた。
そうだ、しばらくここから乗る事にしよう。あと、少し時間ずらせばいいか。
あっさり解決策を見出だし、意気揚々と次のバスで帰った。神木さんの事も、こんな風に簡単に思いつけばいいのに。

次の日、いつもの時間から3本遅い便に、学校前のバス停から乗った。
他の生徒もいるし、大丈夫・・・恐る恐る乗り込み、目立たないように周囲を見渡す。
よし、乗ってない!なんだよもう、人騒がせな男だ。きっと家に帰りたくなくて、暇つぶしでもしてたんだろう。

次の日の金曜日。
ほとんどの人は休み前で嬉しいかもしれないけど、僕にとっては憂鬱な日だ。その後2日間神木さんに会えない。
いやそれどころか、夏休みに入ったら1ヶ月以上会えない!せっかく築いたランチの絆も、白紙に戻るかもしれない!

心の中でのたうちながらバスに乗ると、運良く一人掛けの席に座れた。
何か早急に対策を打たなければ。今度、夏休み中に会えないか誘ってみようかな。
1度だけ映画に誘ったことがあるけど、先約があった。でも、もしかしたら単に断る口実だったのかもしれない、そう思うと2回目誘うのが怖かった。もしまた断られたらどうしよう。

悩みながら天井を仰ぐと、隣に立つ人が視界に入り・・・携帯越しに僕を見下ろす例の男と、目が合った。
全身に鳥肌が立ったのがわかった。肋骨の中が全部心臓かと思えるくらいバクバクしている。身体が硬直して、停車ボタンに手を伸ばす事ができない。
でもそれは既に押されていて、間もなくバスは停まった。僕は無我夢中で男の脇をすり抜け、もつれる足でバスを降りた。
あの男は降りてこず、バスは走り去った。

ベンチに座り込んだ自分の身体が震えている。はっきりと、恐怖を感じていた。
どうしよう、どうすればいい?ストーカー?だったら警察に言えばいいのか?でも実害はない。学校を知られてるから、また待ち伏せされるかも。もしかしたら家も知られてるんだろうか。親に話すべき?でも、こんな話信じてもらえるだろうか。

「神木さん・・・」
僕は携帯を出した。声だけでも聞きたかった。でも神木さんに話したら余計な心配をかける・・・それは避けたい。

次のバスが来た。もうあの男はいないはずだけど、僕は乗ることができなかった。



今日は委員会があって遅くなった。学期末の活動報告で、体育委員なんかになってしまった俺も、参加しなければならなかった。
日が長いとチャリ通学でも快適だ。6時過ぎても余裕で明るいし、昼間より多少暑さもマシだ。バス通学みたいに、ラッシュに悩まされる事もない。

あれ、バス停に座ってるの、うちの学生じゃ・・・なんでこの時間ここに座ってるんだ。
「え、佐々倉?」
ベンチの人影がゆっくりこっちを向いた。逆光で顔がよく見えないが、シルエットからして佐々倉に間違いない。
「どうした、こんなとこ・・・で」
「・・・なんでもないです」
「なんでもなかったら、そんな顔しないだろ」
俺が言うなり、佐々倉の目から涙が零れた。10代後半の男がこんな風に泣くなんて、余程の事だろう。
「うちここから10分くらいだけど、歩けるか?」
片手で背中を支えながら、俺は佐々倉を自宅へ連れ帰った。

佐々倉はなかなか口を開かなかった。
家に着く頃には泣き止んでいたが、俺の部屋で何があったのか訊いても、目を伏せたままだった。
「あのな佐々倉、話したくないなら無理にとは言わないけど、話してくれなかったら俺はずっと気になって、夜眠れなくなる。
お前は俺を寝不足にしたいか?」
佐々倉はふるふると首を振った。
「どうせ俺に迷惑かけたくないとか思ってるんだろうけど、無駄な抵抗やめとけって。いいから話してみ」
いたたまれずに、佐々倉の頭を撫でてみた。佐々倉はまた涙目になりながら、ポツポツと話し始めた。

「ストーカー?」
「わかりません・・・でも、今日は確実に僕を見てました」
「いつから?」
「わかりません。気付いたのが今週です」
「・・・わかった。
佐々倉、来週からうちに来い」
「え?」
「そいつに佐々倉の家が知られてるかわかんないけど、お前が一人になるタイミングが危ない。
もうすぐ夏休みだし、少なくともそれまでうちから通えばいい」
「そんな・・・ご迷惑ですよ」
「大丈夫。
それで、佐々倉の家の人には事情を話そう。
言いたくないかもしれないけど、何も言わないほうが心配させる。
そしたら、いざという時大人の力を借りられるし」

佐々倉は迷っているようだった。
「とりあえず、今日はうちの親に、佐々倉ん家まで車で送ってもらおう。
日曜日俺が迎えに行く、それまで考えといて」