梅雨に入った。
チャリ通学にとっては悩ましい季節だ。少々の雨ならレインコートで凌ぐが、あまり大降りだと諦めざるを得ない。

「今日は大丈夫そうだな」
俺はいつもどおり、念の為の折り畳み傘も持ってチャリに跨がった。
が、帰る頃になると雨足が強くなっていた。
「微妙・・・」
チャリを置いていくということは、即ち明日の朝使えない。明日の予報は曇りなのにチャリがないのは、なんか損な気分だ。

しょうもない葛藤をしながら靴箱に向かうと、佐々倉の後ろ姿が見えた。
「佐々倉、もしかして傘持ってないのか?」
「いや・・・小降りになるのを待ってるだけです」
「傘がないからだろ?」
「う・・・まあ」
「じゃあ俺の貸してやるよ」
「神木さんはどうするんですか?」
「俺はチャリがあるから」
「この雨で自転車は危ないですよ」
「大丈夫だろ」
「だめです。僕に傘を貸したせいで神木さんが怪我なんかしたら、僕は自分を呪います」
「大袈裟だな」
「あっじゃあ、僕がいつも乗るバス停まで一緒に行きましょうよ。
で、雨が止んでたら学校前で降りればいいし、降ってたら諦めてそのままバスで帰りましょう」
「ん~・・・じゃあそうするか」

傘を広げて、俺たちは雨の中を歩きだした。鞄が濡れないように前に抱えて隣を歩く佐々倉の肩が、傘からはみ出ている。
「やっぱり、折り畳みに二人は狭いですね」
「お前が遠慮するからだろ」
「えー、僕のせいですか?」
俺は佐々倉に気付かれない程度に、佐々倉の側に傘を傾けた。
ちょっと前まで、一緒に昼飯を食べるのも人目を気にしていたほどだが、だんだん慣れてきてしまったようだ。

そうやってしばらく歩くうちに、雨が小降りになってきた。
「おっ、これくらいならチャリで帰れるぞ。俺学校に戻るわ」
「あ、じゃあこれ」
「俺はレインコートあるから、傘はお前が持ってってくれ」
「・・・じゃあ、お言葉に甘えて」
佐々倉はちょっと躊躇いながらも、うれしそうに頭を下げた。



相合傘緊張したー!あぁでも、また神木さんの親切を受けてしまった。
僕は複雑な気持ちでバス停に辿り着き、折り畳み傘を閉じた。ネームにローマ字で『KAMIKI』と書かれている。

バス停の近くに大きな木があるのだが、幼稚園年長くらいの男の子が樹上を見上げ、傘を持った手を懸命に伸ばしている。見てみると、子猫が下りられずに縮こまっていた。
「ねえ、それだと怖がっちゃうから、ちょっと待って」
男の子には到底届かないが、僕なら少し足場があれば手が届く高さだ。
僕は子猫から見えないよう背中側に回り、根元がむき出しになった所に足をかけた。体育で使ったタオルをそっと被せて、下から掬うように持ち上げる。
子猫は、僕が地面に足を着けるまでおとなしくしていたが、タオルをめくった途端身をよじって、雨の中を走っていった。

「あ、行っちゃった!」
「あーよかった、ありがとうおにーちゃん」
「キミん家のネコじゃないの?」
「ううん、ゆうくんのじゃないよ。
でもとってもさびしそうにないてたから、はやくパパとママのところにかえりたいんだろうなっておもったんだ」
「そうなんだ」
めっちゃいい子だ。
「この近くに住んでるの?」
「んーとね、まえすんでたけど、いまはパパだけ。
ゆうくんはママといっしょにすんでて、きょうはパパのところにきたの」
「そっか」
事情はわからないけど、お父さんとは離れて暮らしてるのか。
まだこんなにちっちゃいのに、普段寂しい思いしてるんだろうな。それであんなに一生懸命、子猫を助けようとしてたのかもな。

「じゃあね、おにーちゃん」
ゆうくんとやらは傘を開いた。が、青い縁のビニール傘には穴が空き、骨が一本折れてしまっていた。
それでも行こうとしたゆうくんを僕は引き止めた。
「それじゃ濡れちゃうから、この傘使って」
「いいの?」
「うん・・・大事にしてね」
「ありがとうおにーちゃん」
ゆうくんは僕に向かって手を振った。丁度バスが来て、僕は手を振り返して乗り込んだ。

神木さんの傘を勝手に人にあげてしまった。
正直なところ、せっかく神木さんが僕に貸してくれた――さっき一緒に入った傘を、渡したくなかった。.
でも、あの場にいたのが神木さんなら、きっと同じ事をしたはずだ。

次の昼休み、僕は神木さんに謝った。
「神木さん、昨日借りた傘なんですけど・・・壊れちゃいました」
「えっ」
「すみません、弁償します」
「それはいいけど、何かあったのか?
何かにぶつかったとか?」
「いやちょっと、ネコを助けて・・・」
「濡れなかったか、風邪ひいてないか?」
「はい、大丈夫です」
「そっか、ならよかった」

傘より人の心配・・・どんだけいい人だ。しかも、嘘なだけに胸が痛い。
別にほんとの事言っても、神木さんは怒ったりしないだろうけど・・・もう今さらだし、まあいっか。