昼間のいろいろも忘れてしまいそうになるほど、夕飯の準備は慌ただしかった。
定番のカレーではあるものの、うちのグループで普段料理をする者はおらず、神木さんもまるで役に立たなかった。
水が多かったのかシャバシャバで味が薄くて、家でなら一口でスプーンを置くような出来だったが、空腹とその場の雰囲気効果で、鍋はちゃんと空になった。
片付けが終わると、お決まりのキャンプファイアが始まった。さっきまで、料理や洗い物などの慣れない作業をたらたらやっていた男子どもは、ここへきてテンションが復活した。
けどふと横を見ると、神木さんの目が半分寝ている。
「神木さん、大丈夫ですか」
「ん~、腹いっぱいになったら急に眠気が・・・」
「疲れたんですよ、ずっと動いてたから」
「キャンプファイアが眩しい・・・」
神木さんは目を細めて自分の膝に顎を乗せ――そのまま動かなくなった。
「神木さん?おーい」
一応呼びかけたけど、もう戻ってこないだろう。
丁度近くを担任が通りかかった。
「先生、神木先輩が限界ぽいので、部屋連れてっていいですか」
◇
白石さんを発見して山頂に戻った時、佐々倉はすぐこっちに気付いて、泣きそうな顔で俺を見ていた。
俺は、落ちたのが佐々倉じゃなくてよかったと思ってしまった。
「神木さん・・・神木さん、起きて」
遠くで声が聞こえる。重い目をなんとか開けたけど、頭はぼーっとしている。
「ん・・・ここどこ?」
「僕らの部屋です。
神木さん火の前で寝ちゃったから・・・
先生には許可取ってます」
俺は二段ベッドの下の方に寝かされ、その縁に佐々倉が座っていた。
「そっか、悪かったな。
まだレクリエーション中だろ、もう戻っていいよ」
「いえ、ここにいます」
「俺このまま寝ると思うし」
「寝る前に、お願いがあります」
「なんだよ」
「神木さんはいい人すぎます。
あんまり無茶しないでください」
「俺は自分にできることしかしてないよ」
「もっと自分を大切にしてください」
「んー」
「それともう一つ」
「なに」
「キスしていいですか」
「なんだそれ」
「さっき寝てる間にしようかと思ったけど・・・神木さんが覚えてなかったら意味がないので」
実はもう寝かけていて、佐々倉が何を言ってるか、あまりわからなかった。
佐々倉は二段ベッドのカーテンを閉め、腕を立てて俺の上に跨がる格好になった。天井が低いので既に顔が近い。
「嫌だったら、言ってください」
初めは遠慮がちに、一瞬触れただけだった。何度か重ねられて、そのうち離れなくなった。
てかこれ、口塞がれてたらなんも言えないだろ。でも、何故か嫌じゃない。相手は佐々倉なのに。
キスってこんなに気持ちいいのか・・・。佐々倉の想いが流れ込んでくるような、優しいキスだった。
◇
二日目の行程はくじ引きで決められる。キャンプファイアの時にグループの代表がくじを引き、アスレチック、カヌー、クラフト体験の三手に分かれる。
うちのグループはクラフト体験だと、朝食の時に知らされた。よかった、クラフト体験なら、神木さんが危ない目に遇うこともないだろう。
研修室で、柄の部分が木製のスプーンかフォークを作る事になった。
「神木さん、どっちにします?」
「んー、フォークかな。
でもこういうとこで作るのって、結局使わなくね?」
「そうですか?
じゃあ張合いを持たせるために、どっちが上手くできるか勝負しましょうよ」
「え、想定外」
柄の木材は五種類あって、長さや木目がまちまちの中から好きに選べた。神木さんが選ぶ様子を観察しながら、僕も自分の木材を決めた。
11時の退所式を終え、生徒達はバスに乗り込んだ。僕は神木さんの隣に陣取る。
「はい、結果発表ー」
「楽しそうだな」
「じゃあ先に神木さんから」
「いいだろう、自信作だ」
神木さんの手には、歪な形の、何かのまじないに使いそうな代物が乗っていた。
「予想以上に個性的ですね」
「誰も真似できまい」
「できないというか、しないというか」
「人のこと言えるのか?」
僕は自分が作ったフォークを取り出した。
「マジか!」
「僕手先器用なんで」
「なんだよー、初めから俺を陥れる気だったんだな」
「陥れるって」
「罰としてこれは没収する」
「あ」
神木さんは僕のフォークを取り上げた。
「よかったです、僕元々、神木さんのと交換してもらうつもりだったんで」
「え、そうなの?」
「はい。だから、これ下さい」
僕は神木さんのフォークを手に取った。
「・・・持つと余計に使いづらさがわかりますね」
「うるさいな、文句言うなら返せよ」
「いやです」
僕はそのフォークを使ってないタオルにくるんで、大事にバッグにしまった。
「ところで神木さん、ゆうべのお願い、覚えてますか?」
「えっ」
神木さんの目が泳いだ。
「お、お願いっていうか、あれは強制だっただろ」
「強制?」
「寝込みを襲われたというか・・・」
「ああ・・・だから、そうならないように起こしたじゃないですか。
でも僕が言ってるのはそっちじゃなくて、もう一つのほうです」
「もう一つ・・・あーはいはい、もちろんそうだよな!」
「ちゃんとお願い聞いてくださいね、ほんと心配なんで」
神木さんの耳が赤い。ゆうべの事で先にキスを思い出すなんて、かわいすぎるなこの人。
でも、『強制』か・・・まだ先は長そうだ。
定番のカレーではあるものの、うちのグループで普段料理をする者はおらず、神木さんもまるで役に立たなかった。
水が多かったのかシャバシャバで味が薄くて、家でなら一口でスプーンを置くような出来だったが、空腹とその場の雰囲気効果で、鍋はちゃんと空になった。
片付けが終わると、お決まりのキャンプファイアが始まった。さっきまで、料理や洗い物などの慣れない作業をたらたらやっていた男子どもは、ここへきてテンションが復活した。
けどふと横を見ると、神木さんの目が半分寝ている。
「神木さん、大丈夫ですか」
「ん~、腹いっぱいになったら急に眠気が・・・」
「疲れたんですよ、ずっと動いてたから」
「キャンプファイアが眩しい・・・」
神木さんは目を細めて自分の膝に顎を乗せ――そのまま動かなくなった。
「神木さん?おーい」
一応呼びかけたけど、もう戻ってこないだろう。
丁度近くを担任が通りかかった。
「先生、神木先輩が限界ぽいので、部屋連れてっていいですか」
◇
白石さんを発見して山頂に戻った時、佐々倉はすぐこっちに気付いて、泣きそうな顔で俺を見ていた。
俺は、落ちたのが佐々倉じゃなくてよかったと思ってしまった。
「神木さん・・・神木さん、起きて」
遠くで声が聞こえる。重い目をなんとか開けたけど、頭はぼーっとしている。
「ん・・・ここどこ?」
「僕らの部屋です。
神木さん火の前で寝ちゃったから・・・
先生には許可取ってます」
俺は二段ベッドの下の方に寝かされ、その縁に佐々倉が座っていた。
「そっか、悪かったな。
まだレクリエーション中だろ、もう戻っていいよ」
「いえ、ここにいます」
「俺このまま寝ると思うし」
「寝る前に、お願いがあります」
「なんだよ」
「神木さんはいい人すぎます。
あんまり無茶しないでください」
「俺は自分にできることしかしてないよ」
「もっと自分を大切にしてください」
「んー」
「それともう一つ」
「なに」
「キスしていいですか」
「なんだそれ」
「さっき寝てる間にしようかと思ったけど・・・神木さんが覚えてなかったら意味がないので」
実はもう寝かけていて、佐々倉が何を言ってるか、あまりわからなかった。
佐々倉は二段ベッドのカーテンを閉め、腕を立てて俺の上に跨がる格好になった。天井が低いので既に顔が近い。
「嫌だったら、言ってください」
初めは遠慮がちに、一瞬触れただけだった。何度か重ねられて、そのうち離れなくなった。
てかこれ、口塞がれてたらなんも言えないだろ。でも、何故か嫌じゃない。相手は佐々倉なのに。
キスってこんなに気持ちいいのか・・・。佐々倉の想いが流れ込んでくるような、優しいキスだった。
◇
二日目の行程はくじ引きで決められる。キャンプファイアの時にグループの代表がくじを引き、アスレチック、カヌー、クラフト体験の三手に分かれる。
うちのグループはクラフト体験だと、朝食の時に知らされた。よかった、クラフト体験なら、神木さんが危ない目に遇うこともないだろう。
研修室で、柄の部分が木製のスプーンかフォークを作る事になった。
「神木さん、どっちにします?」
「んー、フォークかな。
でもこういうとこで作るのって、結局使わなくね?」
「そうですか?
じゃあ張合いを持たせるために、どっちが上手くできるか勝負しましょうよ」
「え、想定外」
柄の木材は五種類あって、長さや木目がまちまちの中から好きに選べた。神木さんが選ぶ様子を観察しながら、僕も自分の木材を決めた。
11時の退所式を終え、生徒達はバスに乗り込んだ。僕は神木さんの隣に陣取る。
「はい、結果発表ー」
「楽しそうだな」
「じゃあ先に神木さんから」
「いいだろう、自信作だ」
神木さんの手には、歪な形の、何かのまじないに使いそうな代物が乗っていた。
「予想以上に個性的ですね」
「誰も真似できまい」
「できないというか、しないというか」
「人のこと言えるのか?」
僕は自分が作ったフォークを取り出した。
「マジか!」
「僕手先器用なんで」
「なんだよー、初めから俺を陥れる気だったんだな」
「陥れるって」
「罰としてこれは没収する」
「あ」
神木さんは僕のフォークを取り上げた。
「よかったです、僕元々、神木さんのと交換してもらうつもりだったんで」
「え、そうなの?」
「はい。だから、これ下さい」
僕は神木さんのフォークを手に取った。
「・・・持つと余計に使いづらさがわかりますね」
「うるさいな、文句言うなら返せよ」
「いやです」
僕はそのフォークを使ってないタオルにくるんで、大事にバッグにしまった。
「ところで神木さん、ゆうべのお願い、覚えてますか?」
「えっ」
神木さんの目が泳いだ。
「お、お願いっていうか、あれは強制だっただろ」
「強制?」
「寝込みを襲われたというか・・・」
「ああ・・・だから、そうならないように起こしたじゃないですか。
でも僕が言ってるのはそっちじゃなくて、もう一つのほうです」
「もう一つ・・・あーはいはい、もちろんそうだよな!」
「ちゃんとお願い聞いてくださいね、ほんと心配なんで」
神木さんの耳が赤い。ゆうべの事で先にキスを思い出すなんて、かわいすぎるなこの人。
でも、『強制』か・・・まだ先は長そうだ。
