5月の学校行事に、1・2年合同の野外学習がある。異学年交流を目的とし、約300名の大所帯で自然の家に1泊する。
初日の、山班と川班に分かれて野外活動がメインなのだが、登山の山班より、クライミングとラフティングの川班が圧倒的に人気で、抽選に外れた者が山班に流れるのが恒例だ。
俺も去年川班を希望し、結局登山した口だ。だがやってみると登山も楽しく、ただ無心になれたり、身体的に辛くなった時の精神状態を客観的に観察したり、あるいは単純に自然を楽しんだりと、有意義な時間を過ごせた。それで今年は初めから山班を希望した。
「え、神木さん山ですか」
佐々倉は驚く。
昼飯を一緒に食べるようになった。初めの2、3日は人目が気になったが、飯を食べるくらい誰とでもするし、大したことではないと思い直した。というか自分に言い聞かせた。
「山・・・んー、山かぁ」
「嫌なら川にすればいいだろ」
「いえ、神木さんと参加する最初で最後の野外学習なんで、一緒にします」
「こういのは人に合わせても楽しくないぞ」
「合わせてないです、自分の意思で、神木さんと一緒がいいです」
「・・・あっそ」
かくて当日。9時に入所式を行うと、山班は一足早く、少しでも涼しいうちに出発する。学年主任の教員から、再度スケジュールと注意事項の確認があった。
「えー、片道大体2時間くらいの行程で、途中1回休憩しま。山頂で弁当を食べて、同じ道を下山します。
携帯は、この辺と山頂は大丈夫だけど、道中は繋がらないからな。
無線機15台借りてます。各クラスの担任と、2年生の黄色い腕章着けてる人が持ってるので、体調不良とか、何かあったら近くの人に知らせてください。
途中トイレないからな、行きたい人は今のうちに行っとくように」
数名がわらわらとトイレに向かい、10分後登山口を出発した。
登山といっても1000m級の山で、学校のジャージにスニーカーという軽装備、荷物も水筒や弁当など、遠足に毛が生えた程度のものだ。
それでも、最初はワイワイ話しながら登っているのがだんだん口数が減り、歩みも遅くなっていく。
俺の横を歩く佐々倉は、今までになく楽しげに見える。なんと、この2日間ほとんどの行動を共にする、同じグループになっていた。
各学年4名ずつの計8名、もちろん寝る部屋も一緒だ。こいつ裏工作でもしたんだろうか。
「山は嫌じゃなかったのか?」
「別に嫌じゃないですよ。
神木さんとこんなに長く一緒にいるの、初めてですね」
「ずっと一緒だと思うなよ。
もしお前が疲れても、俺は自分のペースで行くからな」
「大丈夫です」
佐々倉はほんとに元気で、話題は豊富で話し上手だった。第一印象は無愛想にも見えたが、実は表情豊かな事に気付いた。笑うと左の八重歯が見えた。
佐々倉のおかげかどうかはわからないが、1時間過ぎるのがあっというまだった。5分程休憩し、再び山頂を目指して歩き始めた。
休憩後は若干道が険しくなり、道幅も狭くなる。並んで歩く事はできず、一列になって進む。
突き出た岩肌に沿って曲がり角のようになっている所で、俺の前を歩く佐々倉が何かを拾った。
「これ、誰か、落としたんですかね」
薄いピンクのハンドタオルだった。
「そうかもな、持っていこう」
「あと、どんくらいですか」
「そろそろ、先頭は頂上に着く頃じゃないか?」
「意外と、楽勝すね」
「息上がってんじゃん」
「息なんか、上がるに、決まってるでしょ」
「ハハ、素直でよろしい」
そんな話をしてから10分ほど歩き、漸く山頂の開けたスペースに到着した。
先に着いた者は各々、足を投げ出して座ったり写真を取ったりしており、俺達の後からも続々と登ってくる。
風が心地よく、この達成感もまた登山の醍醐味と言える。佐々倉も汗だくながら、キラキラした目で山頂からの眺めを堪能していた。
「よーし、人数数えるから、一旦クラス毎に並んでー!」
学年主任の呼び掛けで、生徒たちはぞろぞろと移動した。
「じゃあ神木さん、弁当の時また来ますね」
佐々倉はそう言って離れていった。
その先で数名の女子生徒と教員が何やら話しており、教員は学年主任の所へ向かった。自分のクラスの人数を確認した他の教員も集まり、しばらく話し込んでいる。
「それじゃあ1時間昼休憩にしまーす。
皆悪いけど、移動せずにその場で食べてー」
若干ざわついたが、疲れている事もあってか、皆おとなしくその場で弁当を広げ始めた。
俺はチラッと佐々倉のいる方を見た。その辺りだけ、やはりなんだか雰囲気が違う。
すると携帯にメッセージが届いた。佐々倉からだ。
『うちのクラスの女子が1人いなくて、さっきのハンドタオルの持ち主みたいです』
「えっ」
佐々倉もこっちを見ていた。
学年主任は電話で誰かと話し、他の教員たちは周辺を捜索しはじめた。俺は立ち上がり、ハンドタオルを持っている佐々倉の担任の方へ向かった。
◇
行方不明になった白石さんは、小柄な人だった。僕は話した事ないけど、控えめながら明るくて人当たりのいい印象だ。
メッセージを送った後、神木さんがすぐこっちに歩いてきて、うちの担任に話しかけた。
「あの、これが落ちていた場所で、何かあったんじゃないでしょうか」
「そうかもね・・・場所わかる?」
「特徴的な所だったので、覚えてます」
担任と神木さんが学年主任の所へ行って話し、他の教員達も集められた。そして、担任を含めた三人の教員と神木さんが、登山道へ向かっていった。
慌てて駆け寄った僕に気付いて、神木さんが言う。
「お前は残って弁当食べとけよ」
「心配で食べてられませんよ」
「ちゃんと見つけてくるから、少しでも休んどけって」
僕が心配なのはあなたなんですけどね。
「先生達もいるから大丈夫だ」
そうして神木さん達は下りていった。
それからの時間はやたらと長く感じた。皆が弁当を食べ終わった頃、学年主任から現状の説明があり、全員そのまま待機となった。
神木さん達が下りていってから30分ほど経ち、学年主任の無線から何やら聞こえた。
「・・・そうですか、了解です。
えー、行方不明者の無事が確認されました!」
生徒達から歓声があがった。僕もホッとし、クラスの女子には泣いてる子もいた。
それから程なくして、神木さんと教員一人が戻ってきた。
白石さんは担任達と一緒に、自然の家から迎えに来る車に乗れる地点に向かって、先に下山したそうだ。
やはりあのハンドタオルの所で滑落し、3m程下でうずくまっているのを、神木さんが下を覗き込んで発見した。骨折はしてなかったものの歩けず、教員が背負っていったという。
神木さん達が戻ってきてから再度人数確認が行われ、下山が始まった。
僕はすぐに神木さんの元へ行った。
「神木さん、大丈夫ですか?」
「おう、俺はなんともない」
「よかった・・・」
安心のため息と同時に、腹の虫が鳴った。
「佐々倉、まさか飯食ってないの?」
「神木さんだって食べてないじゃないですか」
「俺はちゃんと糖分補給したぞ」
神木さんはそう言って、ポケットからキャラメルを出した。
「お前も早く食べろ」
「・・・ありがとうございます。
・・・すいません」
「何が?」
「僕、何も役に立てなくて」
「何言ってんだ、佐々倉がタオル拾ってくれたから早く発見できたんだろ。
お前のおかげだよ」
優しい目で笑う神木さんに抱きつきたいのを、僕は全力で我慢した。
初日の、山班と川班に分かれて野外活動がメインなのだが、登山の山班より、クライミングとラフティングの川班が圧倒的に人気で、抽選に外れた者が山班に流れるのが恒例だ。
俺も去年川班を希望し、結局登山した口だ。だがやってみると登山も楽しく、ただ無心になれたり、身体的に辛くなった時の精神状態を客観的に観察したり、あるいは単純に自然を楽しんだりと、有意義な時間を過ごせた。それで今年は初めから山班を希望した。
「え、神木さん山ですか」
佐々倉は驚く。
昼飯を一緒に食べるようになった。初めの2、3日は人目が気になったが、飯を食べるくらい誰とでもするし、大したことではないと思い直した。というか自分に言い聞かせた。
「山・・・んー、山かぁ」
「嫌なら川にすればいいだろ」
「いえ、神木さんと参加する最初で最後の野外学習なんで、一緒にします」
「こういのは人に合わせても楽しくないぞ」
「合わせてないです、自分の意思で、神木さんと一緒がいいです」
「・・・あっそ」
かくて当日。9時に入所式を行うと、山班は一足早く、少しでも涼しいうちに出発する。学年主任の教員から、再度スケジュールと注意事項の確認があった。
「えー、片道大体2時間くらいの行程で、途中1回休憩しま。山頂で弁当を食べて、同じ道を下山します。
携帯は、この辺と山頂は大丈夫だけど、道中は繋がらないからな。
無線機15台借りてます。各クラスの担任と、2年生の黄色い腕章着けてる人が持ってるので、体調不良とか、何かあったら近くの人に知らせてください。
途中トイレないからな、行きたい人は今のうちに行っとくように」
数名がわらわらとトイレに向かい、10分後登山口を出発した。
登山といっても1000m級の山で、学校のジャージにスニーカーという軽装備、荷物も水筒や弁当など、遠足に毛が生えた程度のものだ。
それでも、最初はワイワイ話しながら登っているのがだんだん口数が減り、歩みも遅くなっていく。
俺の横を歩く佐々倉は、今までになく楽しげに見える。なんと、この2日間ほとんどの行動を共にする、同じグループになっていた。
各学年4名ずつの計8名、もちろん寝る部屋も一緒だ。こいつ裏工作でもしたんだろうか。
「山は嫌じゃなかったのか?」
「別に嫌じゃないですよ。
神木さんとこんなに長く一緒にいるの、初めてですね」
「ずっと一緒だと思うなよ。
もしお前が疲れても、俺は自分のペースで行くからな」
「大丈夫です」
佐々倉はほんとに元気で、話題は豊富で話し上手だった。第一印象は無愛想にも見えたが、実は表情豊かな事に気付いた。笑うと左の八重歯が見えた。
佐々倉のおかげかどうかはわからないが、1時間過ぎるのがあっというまだった。5分程休憩し、再び山頂を目指して歩き始めた。
休憩後は若干道が険しくなり、道幅も狭くなる。並んで歩く事はできず、一列になって進む。
突き出た岩肌に沿って曲がり角のようになっている所で、俺の前を歩く佐々倉が何かを拾った。
「これ、誰か、落としたんですかね」
薄いピンクのハンドタオルだった。
「そうかもな、持っていこう」
「あと、どんくらいですか」
「そろそろ、先頭は頂上に着く頃じゃないか?」
「意外と、楽勝すね」
「息上がってんじゃん」
「息なんか、上がるに、決まってるでしょ」
「ハハ、素直でよろしい」
そんな話をしてから10分ほど歩き、漸く山頂の開けたスペースに到着した。
先に着いた者は各々、足を投げ出して座ったり写真を取ったりしており、俺達の後からも続々と登ってくる。
風が心地よく、この達成感もまた登山の醍醐味と言える。佐々倉も汗だくながら、キラキラした目で山頂からの眺めを堪能していた。
「よーし、人数数えるから、一旦クラス毎に並んでー!」
学年主任の呼び掛けで、生徒たちはぞろぞろと移動した。
「じゃあ神木さん、弁当の時また来ますね」
佐々倉はそう言って離れていった。
その先で数名の女子生徒と教員が何やら話しており、教員は学年主任の所へ向かった。自分のクラスの人数を確認した他の教員も集まり、しばらく話し込んでいる。
「それじゃあ1時間昼休憩にしまーす。
皆悪いけど、移動せずにその場で食べてー」
若干ざわついたが、疲れている事もあってか、皆おとなしくその場で弁当を広げ始めた。
俺はチラッと佐々倉のいる方を見た。その辺りだけ、やはりなんだか雰囲気が違う。
すると携帯にメッセージが届いた。佐々倉からだ。
『うちのクラスの女子が1人いなくて、さっきのハンドタオルの持ち主みたいです』
「えっ」
佐々倉もこっちを見ていた。
学年主任は電話で誰かと話し、他の教員たちは周辺を捜索しはじめた。俺は立ち上がり、ハンドタオルを持っている佐々倉の担任の方へ向かった。
◇
行方不明になった白石さんは、小柄な人だった。僕は話した事ないけど、控えめながら明るくて人当たりのいい印象だ。
メッセージを送った後、神木さんがすぐこっちに歩いてきて、うちの担任に話しかけた。
「あの、これが落ちていた場所で、何かあったんじゃないでしょうか」
「そうかもね・・・場所わかる?」
「特徴的な所だったので、覚えてます」
担任と神木さんが学年主任の所へ行って話し、他の教員達も集められた。そして、担任を含めた三人の教員と神木さんが、登山道へ向かっていった。
慌てて駆け寄った僕に気付いて、神木さんが言う。
「お前は残って弁当食べとけよ」
「心配で食べてられませんよ」
「ちゃんと見つけてくるから、少しでも休んどけって」
僕が心配なのはあなたなんですけどね。
「先生達もいるから大丈夫だ」
そうして神木さん達は下りていった。
それからの時間はやたらと長く感じた。皆が弁当を食べ終わった頃、学年主任から現状の説明があり、全員そのまま待機となった。
神木さん達が下りていってから30分ほど経ち、学年主任の無線から何やら聞こえた。
「・・・そうですか、了解です。
えー、行方不明者の無事が確認されました!」
生徒達から歓声があがった。僕もホッとし、クラスの女子には泣いてる子もいた。
それから程なくして、神木さんと教員一人が戻ってきた。
白石さんは担任達と一緒に、自然の家から迎えに来る車に乗れる地点に向かって、先に下山したそうだ。
やはりあのハンドタオルの所で滑落し、3m程下でうずくまっているのを、神木さんが下を覗き込んで発見した。骨折はしてなかったものの歩けず、教員が背負っていったという。
神木さん達が戻ってきてから再度人数確認が行われ、下山が始まった。
僕はすぐに神木さんの元へ行った。
「神木さん、大丈夫ですか?」
「おう、俺はなんともない」
「よかった・・・」
安心のため息と同時に、腹の虫が鳴った。
「佐々倉、まさか飯食ってないの?」
「神木さんだって食べてないじゃないですか」
「俺はちゃんと糖分補給したぞ」
神木さんはそう言って、ポケットからキャラメルを出した。
「お前も早く食べろ」
「・・・ありがとうございます。
・・・すいません」
「何が?」
「僕、何も役に立てなくて」
「何言ってんだ、佐々倉がタオル拾ってくれたから早く発見できたんだろ。
お前のおかげだよ」
優しい目で笑う神木さんに抱きつきたいのを、僕は全力で我慢した。
