「おや……レティシア。帰ったのかい?」

 そして、二階の自室へと向かうため階段を上がりかけた時に名前を呼ばれたので、息をついて私は振り返った。

 食堂へ行かない選択肢はあるけれど、こうして見つかってしまっては、無視をするわけにもいかない。

「デボラ叔母様。ただいま戻りました」

 そこには私の叔父の妻、デボラ・オブライエン。黒髪黒目で赤いドレスを纏い、妖艶な空気を放つ女性。

 ……本来なら、この邸に立ち入ることもなかったであろう人。
 
「レティシア。そろそろ私を、お母様と呼んでくれないかね。貴女がドナルドと結婚してくれたら、それが一番良いんだけどね」

 ねっとりとした猫撫で声を聞いてから、不快な気持ちで自然と眉が寄ってしまった。

 現在オブライエン侯爵の代理人であるジョス叔父様は、私生児で腹違いとは言え、元侯爵の亡くなったお父様の弟ではある。

 けれど、こちらのデボラ叔母様に関しては、叔父様の妻というだけで、私と全く血の繋がりはない。

 ジョス叔父様と結婚して傍流貴族位を得た平民出身だから、礼儀作法など言葉遣いがなっていないことは仕方ない。