「ご……はぁ?」
は? 石化? 五百年?
何を言っているのかさっぱり分からない。
「わたしが石になっていた? 誰が? 何のために? どうやって!!」
「おぉおぉ、欲しがるねぇ。えー、君の従兄妹のレオンハルト=フォンシュタインが、エリンへの復讐のために、蒼天のグリモワールの儀式用写本を使って」
「……復讐? なんで? なんでわたしがレオンに復讐されなきゃいけないの? わたし何かした?」
アルが冷めた目で続ける。
「この国のシステムはホント残酷だね。イーシュファルトの名は王、及びその家族しか使うことが許されない。たとえ王族であっても、王位継承から外れた途端に臣下である証の『フォンシュタイン』姓を名乗らされる。常に自信たっぷりの彼にとって、屈辱以外の何物でもなかったろうね。そりゃ歪むってもんさ」
「いやいや、レオンが王位継承から脱落したのは彼自身の資質の問題よ? それでわたしを恨むって筋違いでしょ?」
「理屈じゃないんだよ、エリン。そんなことは分かっているだろうに」
そりゃ分かるけど、だからってわたしを石化までさせる? いくらなんでもやりすぎじゃない? どんだけわたしが憎いのよ。
「ね、アル。儀式用写本って例の瑠璃色のやつ?」
「そそ。あの日、エリンは午睡してただろ? その間に登城したんだよ。彼、何年領地に引きこもっていたっけ? ……ま、いいや。とりあえず、真っ直ぐ聖堂に向かったレオンハルトは封印解除の魔法を使って儀式用写本を奪うと、その場で国全体に石化の魔法をかけたんだ」
「……国……全体? 国全体ですって!?」
アルの言葉に思わず目を見開く。
「うん、国全体だね。思い切ったね、彼」
アルがうんうんと、素直にうなずく。
いや、うなずかないでよ!
「そう。犠牲者はエリンだけじゃない。城下町を含む、この浮遊大陸にいる国民全員だ。一応地上にいる人たちは生きているけど、ついでに記憶改竄されたし五百年も経っちゃったしで、今や自分がイーシュファルトの民だということさえ知らないだろうね」
アルが玉座に座ったまま肩をすくめる。
国を丸ごと石化? 言ってる意味が分からない! そんな大規模魔法、人間のできる範囲を超えている!
ショックのせいか、急激なめまいがわたしを襲う。
ガクガクする足に必死に力をこめて踏みとどまったわたしは、事件の起きる前のことを思い出していた。
――さっき、アルはなんて言った? わたしが……寝ていたって言った?
「わたし……寝ていたんだっけ?」
強烈な違和感を覚えた。
世界が五百年ずれていようと、わたしにとっては昨日の出来事だ。
昨日は……そうだ、わたしの十六回目の誕生日だった。国の皆が盛大に祝ってくれて、午前中、城下町を馬車に乗ってパレードをした。
そして……それからどうしただろう。
記憶を探る。
確か昼食会の後、なぜだか猛烈に眠気が襲ってきて、夜のパーティーまで少し休ませてもらうことにしたんだった。
でも、レオンハルトがくるまさにそのタイミングで寝ていたって、タイミングがあまりに良すぎない?
「ね、アル。なぜわたしは寝ていたの?」
「ボクが魔法をかけたから」
「意外とあっさり白状したわね」
「別に隠すようなことじゃないもの」
アルが両手を開いて肩をすくめてみせる。
アルのそのわざとらしい仕草に若干イラっときたが、怒りを抑え、会話を続ける。
「なぜわたしをそのタイミングで寝かせたのよ。起きていたらレオンハルトの暴挙を止められたのに」
「無理だよ。儀式用写本の力は当社比八割くらいには絶大だ。今のエリンでは瞬殺だね。でもそれだと困るんだ。なにせキミは王位継承権者だからね。とっとと寝かせて石棺に閉じ込めたお陰でレオンハルトはキミを見つけることができなかった。んー、大正解」
「ちょっと待って。父さまと母さまは生きているの?」
「テオドール王とイルゼ妃? そんなもの真っ先に殺されたよ。だからボクは、エリンを殺されないよう知恵を絞ったんだ」
「なんてことを……」
だが、悲しみに暮れている場合ではない。
わたしは王族として、国民のために働く義務がある。
この事態をなんとかしなくっちゃ。
「……それで?」
「それでって……それだけさ? 写本とはいえ、悪魔の書の力の一端だからね。皆、成す術もなく石になっちゃったよ」
「それをなんで止めなかったって言ってんのよ! だってアルはこの国の守護者なんでしょ? 国のピンチなのに何で動かなかったの!!」
わたしの怒りと対照的に、アルが平然とわたしを見つめる。
「エリン、エリン。確かにボクはこの国の守護者だ。だから、例えば他民族によってこの国が蹂躙されるようなことがあれば、ボクはそれを排除するべく動く。でも今回の件はいわば内乱――内輪揉めのようなものだ。国土が侵されたわけじゃない」
「国民が根こそぎ石になっているのよ!? それでも関係ないって言うの!?」
「国民が生きているか死んでいるかは関係ない。国土がこうして健在で、ボクの前にはちゃんと王位継承権者がいる。さっきまで寝てたけどね」
「あんた……」
わたしはその場で呆然と立ち尽くした。
昔から、アルとの会話で若干の違和感を感じることはあった。
人間が蟻の気持ちを理解できないように、彼ら悪魔には人間の気持ちが理解できない。会話ができるから意思疎通ができているように見えているだけだ。
魂の次元がここまで異なると、完全な相互理解など無理なのだろう。
「なんで怒っているのかさっぱり分からないんだけど、キミにはむしろ感謝してほしいんだけどな」
「わたしが何を感謝するっていうのよ」
「国を丸ごと石化させたレオンが最初に何をやったか分かるかい? エリンの捜索さ。レオンはどうしてもエリンの石像をぶっ壊したかったんだろうね。躍起になっていたけど、結局見つけることができずあきらめて出て行ったんだ。ね? 良かったろ?」
これでわたしが石棺に閉じ込められていた理由が分かった。
確かに、わたしが墓所にいるだなんて想像もつかなかったでしょうし、仮にそこに辿り着いたとしても、あの膨大な数の棺の中からわたしを見つけるのは容易じゃない。
なにせ墓所には国の開闢以来の全ての王侯貴族が眠っているのだから。
平で置かれているものはまだいい。
場合によっては縦に重ねられている棺もあるときた。
それら積み重ねられた石棺を床に並べて、更にトンもある蓋を一個一個開ける手間がどれほどのものか。
いくら魔法を使うにせよ、相当な年月が必要となるだろう。
考えただけで心が折れるってものよね。
玉座に座るアルは、相変わらずニコニコしている。こんな状況だっていうのに。
でもそっか。やっぱりここに来る途中見た石像は城の兵士やメイドたちなんだ。
石化さえ解ければ何とかなりそうじゃない?
「ね、アル。石化した人たちを治してくれない? 人数が多すぎて、わたしの魔法じゃ全然追っつかなさそうなんだもん」
「その件だけどエリン、王の間に来るまでに石化した人たちを見かけたかい?」
「見たわ。兵士さんやメイドさんたちが大勢石になってた。アルなら治せるでしょ?」
「まぁ治せないわけじゃないけど。庭は見たかい?」
「庭? いきなり何よ。庭園に石像と化した人はいなかったわよ」
「……本当に? 不自然に置かれた石はなかったかい?」
思い当って絶句した。
あちこちに不規則に置かれた人間大の石。まさか、邪魔だと思ったあれが人の成れの果てだってこと!?
心臓がバクバク高鳴る。
「……摩耗したってこと?」
「ザッツライト。あれから五百年も経っているからね。後で城下町とか見に行ってみればいいよ。凶行が起こったのは真昼間だったから、そのとき外にいた人は雨風による摩耗がひどくて復活はまずできないと思った方がいい。と言って室内にいたから何とかなるってもんでもない。なにせ家なんてことごとく廃屋になっちゃってるもんで、雨風浴びまくりさ。あぁ、悪いけど、宮殿内の犠牲者で復活不可能になった人は全て片付けさせてもらったよ」
アルは悪魔だけあってその言葉は正確だ。ごまかしはしない。
「ね、アル。国中の人に石化解除の魔法をかけたとして……どれだけの人が復活できると思う?」
「百人もいないんじゃないかな」
「十万人もいた人たちが……百人?」
あまりのことに目の前が真っ暗になったわたしは、その場であえなく意識を失ったのであった。
は? 石化? 五百年?
何を言っているのかさっぱり分からない。
「わたしが石になっていた? 誰が? 何のために? どうやって!!」
「おぉおぉ、欲しがるねぇ。えー、君の従兄妹のレオンハルト=フォンシュタインが、エリンへの復讐のために、蒼天のグリモワールの儀式用写本を使って」
「……復讐? なんで? なんでわたしがレオンに復讐されなきゃいけないの? わたし何かした?」
アルが冷めた目で続ける。
「この国のシステムはホント残酷だね。イーシュファルトの名は王、及びその家族しか使うことが許されない。たとえ王族であっても、王位継承から外れた途端に臣下である証の『フォンシュタイン』姓を名乗らされる。常に自信たっぷりの彼にとって、屈辱以外の何物でもなかったろうね。そりゃ歪むってもんさ」
「いやいや、レオンが王位継承から脱落したのは彼自身の資質の問題よ? それでわたしを恨むって筋違いでしょ?」
「理屈じゃないんだよ、エリン。そんなことは分かっているだろうに」
そりゃ分かるけど、だからってわたしを石化までさせる? いくらなんでもやりすぎじゃない? どんだけわたしが憎いのよ。
「ね、アル。儀式用写本って例の瑠璃色のやつ?」
「そそ。あの日、エリンは午睡してただろ? その間に登城したんだよ。彼、何年領地に引きこもっていたっけ? ……ま、いいや。とりあえず、真っ直ぐ聖堂に向かったレオンハルトは封印解除の魔法を使って儀式用写本を奪うと、その場で国全体に石化の魔法をかけたんだ」
「……国……全体? 国全体ですって!?」
アルの言葉に思わず目を見開く。
「うん、国全体だね。思い切ったね、彼」
アルがうんうんと、素直にうなずく。
いや、うなずかないでよ!
「そう。犠牲者はエリンだけじゃない。城下町を含む、この浮遊大陸にいる国民全員だ。一応地上にいる人たちは生きているけど、ついでに記憶改竄されたし五百年も経っちゃったしで、今や自分がイーシュファルトの民だということさえ知らないだろうね」
アルが玉座に座ったまま肩をすくめる。
国を丸ごと石化? 言ってる意味が分からない! そんな大規模魔法、人間のできる範囲を超えている!
ショックのせいか、急激なめまいがわたしを襲う。
ガクガクする足に必死に力をこめて踏みとどまったわたしは、事件の起きる前のことを思い出していた。
――さっき、アルはなんて言った? わたしが……寝ていたって言った?
「わたし……寝ていたんだっけ?」
強烈な違和感を覚えた。
世界が五百年ずれていようと、わたしにとっては昨日の出来事だ。
昨日は……そうだ、わたしの十六回目の誕生日だった。国の皆が盛大に祝ってくれて、午前中、城下町を馬車に乗ってパレードをした。
そして……それからどうしただろう。
記憶を探る。
確か昼食会の後、なぜだか猛烈に眠気が襲ってきて、夜のパーティーまで少し休ませてもらうことにしたんだった。
でも、レオンハルトがくるまさにそのタイミングで寝ていたって、タイミングがあまりに良すぎない?
「ね、アル。なぜわたしは寝ていたの?」
「ボクが魔法をかけたから」
「意外とあっさり白状したわね」
「別に隠すようなことじゃないもの」
アルが両手を開いて肩をすくめてみせる。
アルのそのわざとらしい仕草に若干イラっときたが、怒りを抑え、会話を続ける。
「なぜわたしをそのタイミングで寝かせたのよ。起きていたらレオンハルトの暴挙を止められたのに」
「無理だよ。儀式用写本の力は当社比八割くらいには絶大だ。今のエリンでは瞬殺だね。でもそれだと困るんだ。なにせキミは王位継承権者だからね。とっとと寝かせて石棺に閉じ込めたお陰でレオンハルトはキミを見つけることができなかった。んー、大正解」
「ちょっと待って。父さまと母さまは生きているの?」
「テオドール王とイルゼ妃? そんなもの真っ先に殺されたよ。だからボクは、エリンを殺されないよう知恵を絞ったんだ」
「なんてことを……」
だが、悲しみに暮れている場合ではない。
わたしは王族として、国民のために働く義務がある。
この事態をなんとかしなくっちゃ。
「……それで?」
「それでって……それだけさ? 写本とはいえ、悪魔の書の力の一端だからね。皆、成す術もなく石になっちゃったよ」
「それをなんで止めなかったって言ってんのよ! だってアルはこの国の守護者なんでしょ? 国のピンチなのに何で動かなかったの!!」
わたしの怒りと対照的に、アルが平然とわたしを見つめる。
「エリン、エリン。確かにボクはこの国の守護者だ。だから、例えば他民族によってこの国が蹂躙されるようなことがあれば、ボクはそれを排除するべく動く。でも今回の件はいわば内乱――内輪揉めのようなものだ。国土が侵されたわけじゃない」
「国民が根こそぎ石になっているのよ!? それでも関係ないって言うの!?」
「国民が生きているか死んでいるかは関係ない。国土がこうして健在で、ボクの前にはちゃんと王位継承権者がいる。さっきまで寝てたけどね」
「あんた……」
わたしはその場で呆然と立ち尽くした。
昔から、アルとの会話で若干の違和感を感じることはあった。
人間が蟻の気持ちを理解できないように、彼ら悪魔には人間の気持ちが理解できない。会話ができるから意思疎通ができているように見えているだけだ。
魂の次元がここまで異なると、完全な相互理解など無理なのだろう。
「なんで怒っているのかさっぱり分からないんだけど、キミにはむしろ感謝してほしいんだけどな」
「わたしが何を感謝するっていうのよ」
「国を丸ごと石化させたレオンが最初に何をやったか分かるかい? エリンの捜索さ。レオンはどうしてもエリンの石像をぶっ壊したかったんだろうね。躍起になっていたけど、結局見つけることができずあきらめて出て行ったんだ。ね? 良かったろ?」
これでわたしが石棺に閉じ込められていた理由が分かった。
確かに、わたしが墓所にいるだなんて想像もつかなかったでしょうし、仮にそこに辿り着いたとしても、あの膨大な数の棺の中からわたしを見つけるのは容易じゃない。
なにせ墓所には国の開闢以来の全ての王侯貴族が眠っているのだから。
平で置かれているものはまだいい。
場合によっては縦に重ねられている棺もあるときた。
それら積み重ねられた石棺を床に並べて、更にトンもある蓋を一個一個開ける手間がどれほどのものか。
いくら魔法を使うにせよ、相当な年月が必要となるだろう。
考えただけで心が折れるってものよね。
玉座に座るアルは、相変わらずニコニコしている。こんな状況だっていうのに。
でもそっか。やっぱりここに来る途中見た石像は城の兵士やメイドたちなんだ。
石化さえ解ければ何とかなりそうじゃない?
「ね、アル。石化した人たちを治してくれない? 人数が多すぎて、わたしの魔法じゃ全然追っつかなさそうなんだもん」
「その件だけどエリン、王の間に来るまでに石化した人たちを見かけたかい?」
「見たわ。兵士さんやメイドさんたちが大勢石になってた。アルなら治せるでしょ?」
「まぁ治せないわけじゃないけど。庭は見たかい?」
「庭? いきなり何よ。庭園に石像と化した人はいなかったわよ」
「……本当に? 不自然に置かれた石はなかったかい?」
思い当って絶句した。
あちこちに不規則に置かれた人間大の石。まさか、邪魔だと思ったあれが人の成れの果てだってこと!?
心臓がバクバク高鳴る。
「……摩耗したってこと?」
「ザッツライト。あれから五百年も経っているからね。後で城下町とか見に行ってみればいいよ。凶行が起こったのは真昼間だったから、そのとき外にいた人は雨風による摩耗がひどくて復活はまずできないと思った方がいい。と言って室内にいたから何とかなるってもんでもない。なにせ家なんてことごとく廃屋になっちゃってるもんで、雨風浴びまくりさ。あぁ、悪いけど、宮殿内の犠牲者で復活不可能になった人は全て片付けさせてもらったよ」
アルは悪魔だけあってその言葉は正確だ。ごまかしはしない。
「ね、アル。国中の人に石化解除の魔法をかけたとして……どれだけの人が復活できると思う?」
「百人もいないんじゃないかな」
「十万人もいた人たちが……百人?」
あまりのことに目の前が真っ暗になったわたしは、その場であえなく意識を失ったのであった。

