これは運命の日のできごと。
始まりの物語――。
「ん……んん……。ふわぁ……。ん!」
ゴォオン!
「がっはぁぁぁぁぁ!! いっつぁぁぁぁぁあああああ!!」
いやもう、目から火花がてんこ盛りで散ったわよ。
真っ暗闇の中、わたしは盛大に打ちつけた額を両手で抱えて悶絶した。
ただ眠りから覚めて起き上がっただけだったのに、いつのまにか顔の前に硬い何かがあったのだ。
お陰で思いっきり額をぶつけてしまった。
「乙女の柔肌にたんこぶがぁぁぁぁ! くぉぉぉぉぉぉお!! 何なのよ! 何がどうなってるのよ!」
癇癪を起こしたわたしは、横になったまま手足をバタバタさせた。
ところが――。
ガン! ゴン!
「え!?」
かぶっていた最高級羽根布団を殴って蹴っ飛ばしたはずが、手や足が何か硬いモノに当たる。
おそるおそる手を伸ばして探ってみる。
「なにこの感触。ずいぶんと滑らかで……石? かしら。何で石?」
まるで狭い箱の中にでも閉じ込められているかのようだ。
狭すぎて寝返りも打てない。
試しに目の前にある石の塊を押してみるが、びくともしない。
感覚からすると、おそらくトン単位の重量がある。
……わたし普通に自室のベッドで寝たわよね?
センシングしてみると、わたしの推察通り周囲は石の板に覆われており、内部は人ひとりが横たわれる程度のスペースしかないことが分かった。
驚くべきことに、空気穴さえ存在していない。
ここで一晩過ごしていたとしたら、わたしは間違いなく窒息死しているはず。
でもこうして生きているし。
「明かりを点けたいけどこう狭くっちゃ魔法も使えない。といってこのままだと窒息死も時間の問題だし。ふーむ。何はともあれ脱出が先か。よーし……」
仰向けのまま両手のひらを目の前の壁にそっと当てたわたしは、呼吸を整えつつ意識を手のひらに集中した。
アルに散々叩き込まれた、魔法に頼らない身体強化法だ。
すうぅぅぅぅぅ、はあぁぁぁぁぁ……。
「はぁっ!!」
ドッカァァァァァァァアアアアアアン!!
ガランガラン、ガラァァァァン!
わたしの上に置かれていたトン越えの石の板は、その重量にも関わらずあっけなく宙に舞って近くに落ちた。
思った以上に派手な音が出て、つい笑ってしまう。
「うわははは……は……は。……誰かいますかぁ……」
返事は帰ってこない。気配も感じない。
反響からすると、どうやらわたしは思った以上に開けた場所にいるらしい。
だが、壁が取り払われたにも関わらず、辺りは暗いままだ。
ジンジンする額を左手でさすりながら上半身を起こしたわたしは、右手の人差し指でササっと宙に魔法陣を描いた。
この程度の簡単な魔法であれば、杖なしでもいける。
「ルクス(光よ)!」
途端に手元が明るくなる。
わたしは、ふよふよと浮かぶ光を指で操作し、上空に移動させた。
周囲が照らされ、自分のいる場所が明らかになる。
ついでに、自分の入っていたモノも分かる。
「ここ、王家の墓所じゃない。……わたしってば、石棺に入れられていたんだわ。でも何で?」
わたしは真っ白なネグリジェ姿のまま棺から出ると、周囲を見回した。
そこは、イーシュファルト王宮の地下深くにある王家専用の墓所だった。
浮遊大陸の岩盤をくり貫いて作られた広大な空間に、代々の王族の棺がズラっと並んでいる。
天井はむき出しの岩盤のはずだが、遥か上すぎて確認もできない。
わたしも式典で何度か入ったことはあるが、あまり一人でいたい場所ではない。
逆に、こんな場所が好きな人がいるなら教えてほしいくらいだわ。
薄気味悪さを感じながらも階段を延々と上がり、地上につながる出入り口の鉄扉を開けたわたしは、一気に光の中に出た。
この感じからすると、まだ午前中早い時間のようだ。
だが、そこに広がる景色を見たわたしは、思わず言葉を失った。
つい昨日まで、墓所の入り口は花々が咲き乱れる庭園だった。
腕のいい庭師さんが毎日丹念にお世話していただけあって、そりゃもう見事なものだった。
だが、今のここは……。
石畳の隙間からは雑草が伸びに伸び、花壇の中に綺麗に植えられていた花々はその名残すらなく雑草に負け、生け垣も見る影もなく形が崩れていた。
あれだけ見事だった庭園が、完全に廃墟と化している。
しかも、誰がどこから運んできたものか、人間大の大きな岩があちこちに転がされている。
庭園のアクセントとして置かれるなら分かる。だが煉瓦の小道に、道を塞ぐように置かれているとなると看過できない。
「……何これ。何が起こっているの?」
どう考えても尋常じゃない事態が起こっている。
わたしはザワザワする心を必死に抑えつつ、早足で王宮に向かった。
ネグリジェに裸足と、結構はしたない格好ではあるが、そんなことを気にしていられるような状況ではない。
ところがだ。
歩いても歩いても誰にも出くわさない。
各所にあれだけいた衛兵たちやメイドたちの誰にも行き会わない。
代わりに等身大の人間の石像が、法則性もなく城内の各所に置いてある。
「音……だわ。何だろう……」
嫌な予感を感じつつ先を急いだわたしは、いつの間にやら聞こえてくる竪琴の音に立ち止まった。
お世辞にも上手とは言えないが、とりあえず機械音ではない。
誰かがリアルタイムで弾いている。
よし、とりあえずそこを目指してみよう。
広大な庭を歩き切って宮殿に入ったわたしは、音を頼りに注意深く進んだ末に辿り着いた王の間で、意外な人物と出会った。
「あんた……」
係船柱に片足を乗せパイプを加える船員を思い浮かべて欲しい。
あんな感じで玉座に片足をかけ、かっこつけて竪琴を弾いていたのは、銀髪のイケメンだった――。
◇◆◇◆◇
「やぁ。おはよう、エリン」
挨拶はしたものの口だけで、イケメンは竪琴を弾くことに夢中でこちらを見向きもしない。
どうやら演奏というより、練習中だったようだ。
思うように指が動いてくれないのか、教本とにらめっこしつつ手元を見て確認している。
「ここから小指を……こっち? いやいや、無理だろう。攣るってば。はっはっは」
肩甲骨まで届いた銀色の長い髪。通った鼻筋。長いまつ毛。そして禍々しく金色に光る目。
身長は百八十センチほど。細マッチョ体型で、全体的にスラっとしている。
モデルと言われても信じるだろう、度外れたイケメンだ。
真っ白なトーガを着て、背中に天使を思わせるような白く大きな羽根を生やしている。
実に神々しい。
ただ、その見た目に反し、音は半端なく酷かった。
「ヘッタクソねぇ」
「開口一番それかい! ひどいな。まぁエリンらしいっちゃエリンらしいけど」
イケメンは演奏をやめると、まるで自分の椅子かのように平然と玉座に座った。
こちらに笑顔を向けたが、ざーんねん。頭の軽いお姉ちゃんならキャーキャー言うかもしれないけれど、超絶美少女たるわたしには、誘惑など効かない。
「んで? アル、何がどうなっているの?」
「あれ? この姿を見せるのは初めてだったと思うんだけど、よく分かったね」
「わたしは魂の色や形で相手を見ている。だから見た目なんかに騙されない。あんたが教えてくれたことよ」
「まぁそうだけどさ。つまらないなぁ。次にエリンに会ったとき、どうすれば驚かせることができるか結構頭をひねったんけどな」
「そういうのいらないから。で? 何が起きているの?」
竪琴の練習に飽きたのか、銀髪イケメン姿のアル――悪魔王ヴァル=アールは、持っていた竪琴をポイっと無造作に放った。
どういう理屈か、竪琴がフっと宙に消える。
多分どこかにしまったのだろうが、悪魔のやることなのでわたしにもよく分からない。
「んーー、そうだな、エリン。ここは一つ、『今はいつ?』って聞いてくれないかな? 質問の順番はその方がいいと思うよ」
アルがおどけて言う。
アルは無駄なことはしない。人間のように嘘もつかない。そういう生き物だから。だから、わざわざそういう持って回ったことを言うってことは、それなりの理由があるってことだ。ならばそれに従うべき。
わたしは努めて冷静に聞いた。
「……今は、いつ?」
「王歴? 界歴?」
「王歴!」
「怒るなよ。ちょっとした冗談じゃないか。えーっと、今日は一七〇五年四月二十日だね」
「……は?」
「キミが石になったのは一二〇二年のことだから、ざっと五百年間、キミは石になっていたって計算になる。五百年後の世界へようこそ、エリン」
そう言って、アルはにっこり笑った。
始まりの物語――。
「ん……んん……。ふわぁ……。ん!」
ゴォオン!
「がっはぁぁぁぁぁ!! いっつぁぁぁぁぁあああああ!!」
いやもう、目から火花がてんこ盛りで散ったわよ。
真っ暗闇の中、わたしは盛大に打ちつけた額を両手で抱えて悶絶した。
ただ眠りから覚めて起き上がっただけだったのに、いつのまにか顔の前に硬い何かがあったのだ。
お陰で思いっきり額をぶつけてしまった。
「乙女の柔肌にたんこぶがぁぁぁぁ! くぉぉぉぉぉぉお!! 何なのよ! 何がどうなってるのよ!」
癇癪を起こしたわたしは、横になったまま手足をバタバタさせた。
ところが――。
ガン! ゴン!
「え!?」
かぶっていた最高級羽根布団を殴って蹴っ飛ばしたはずが、手や足が何か硬いモノに当たる。
おそるおそる手を伸ばして探ってみる。
「なにこの感触。ずいぶんと滑らかで……石? かしら。何で石?」
まるで狭い箱の中にでも閉じ込められているかのようだ。
狭すぎて寝返りも打てない。
試しに目の前にある石の塊を押してみるが、びくともしない。
感覚からすると、おそらくトン単位の重量がある。
……わたし普通に自室のベッドで寝たわよね?
センシングしてみると、わたしの推察通り周囲は石の板に覆われており、内部は人ひとりが横たわれる程度のスペースしかないことが分かった。
驚くべきことに、空気穴さえ存在していない。
ここで一晩過ごしていたとしたら、わたしは間違いなく窒息死しているはず。
でもこうして生きているし。
「明かりを点けたいけどこう狭くっちゃ魔法も使えない。といってこのままだと窒息死も時間の問題だし。ふーむ。何はともあれ脱出が先か。よーし……」
仰向けのまま両手のひらを目の前の壁にそっと当てたわたしは、呼吸を整えつつ意識を手のひらに集中した。
アルに散々叩き込まれた、魔法に頼らない身体強化法だ。
すうぅぅぅぅぅ、はあぁぁぁぁぁ……。
「はぁっ!!」
ドッカァァァァァァァアアアアアアン!!
ガランガラン、ガラァァァァン!
わたしの上に置かれていたトン越えの石の板は、その重量にも関わらずあっけなく宙に舞って近くに落ちた。
思った以上に派手な音が出て、つい笑ってしまう。
「うわははは……は……は。……誰かいますかぁ……」
返事は帰ってこない。気配も感じない。
反響からすると、どうやらわたしは思った以上に開けた場所にいるらしい。
だが、壁が取り払われたにも関わらず、辺りは暗いままだ。
ジンジンする額を左手でさすりながら上半身を起こしたわたしは、右手の人差し指でササっと宙に魔法陣を描いた。
この程度の簡単な魔法であれば、杖なしでもいける。
「ルクス(光よ)!」
途端に手元が明るくなる。
わたしは、ふよふよと浮かぶ光を指で操作し、上空に移動させた。
周囲が照らされ、自分のいる場所が明らかになる。
ついでに、自分の入っていたモノも分かる。
「ここ、王家の墓所じゃない。……わたしってば、石棺に入れられていたんだわ。でも何で?」
わたしは真っ白なネグリジェ姿のまま棺から出ると、周囲を見回した。
そこは、イーシュファルト王宮の地下深くにある王家専用の墓所だった。
浮遊大陸の岩盤をくり貫いて作られた広大な空間に、代々の王族の棺がズラっと並んでいる。
天井はむき出しの岩盤のはずだが、遥か上すぎて確認もできない。
わたしも式典で何度か入ったことはあるが、あまり一人でいたい場所ではない。
逆に、こんな場所が好きな人がいるなら教えてほしいくらいだわ。
薄気味悪さを感じながらも階段を延々と上がり、地上につながる出入り口の鉄扉を開けたわたしは、一気に光の中に出た。
この感じからすると、まだ午前中早い時間のようだ。
だが、そこに広がる景色を見たわたしは、思わず言葉を失った。
つい昨日まで、墓所の入り口は花々が咲き乱れる庭園だった。
腕のいい庭師さんが毎日丹念にお世話していただけあって、そりゃもう見事なものだった。
だが、今のここは……。
石畳の隙間からは雑草が伸びに伸び、花壇の中に綺麗に植えられていた花々はその名残すらなく雑草に負け、生け垣も見る影もなく形が崩れていた。
あれだけ見事だった庭園が、完全に廃墟と化している。
しかも、誰がどこから運んできたものか、人間大の大きな岩があちこちに転がされている。
庭園のアクセントとして置かれるなら分かる。だが煉瓦の小道に、道を塞ぐように置かれているとなると看過できない。
「……何これ。何が起こっているの?」
どう考えても尋常じゃない事態が起こっている。
わたしはザワザワする心を必死に抑えつつ、早足で王宮に向かった。
ネグリジェに裸足と、結構はしたない格好ではあるが、そんなことを気にしていられるような状況ではない。
ところがだ。
歩いても歩いても誰にも出くわさない。
各所にあれだけいた衛兵たちやメイドたちの誰にも行き会わない。
代わりに等身大の人間の石像が、法則性もなく城内の各所に置いてある。
「音……だわ。何だろう……」
嫌な予感を感じつつ先を急いだわたしは、いつの間にやら聞こえてくる竪琴の音に立ち止まった。
お世辞にも上手とは言えないが、とりあえず機械音ではない。
誰かがリアルタイムで弾いている。
よし、とりあえずそこを目指してみよう。
広大な庭を歩き切って宮殿に入ったわたしは、音を頼りに注意深く進んだ末に辿り着いた王の間で、意外な人物と出会った。
「あんた……」
係船柱に片足を乗せパイプを加える船員を思い浮かべて欲しい。
あんな感じで玉座に片足をかけ、かっこつけて竪琴を弾いていたのは、銀髪のイケメンだった――。
◇◆◇◆◇
「やぁ。おはよう、エリン」
挨拶はしたものの口だけで、イケメンは竪琴を弾くことに夢中でこちらを見向きもしない。
どうやら演奏というより、練習中だったようだ。
思うように指が動いてくれないのか、教本とにらめっこしつつ手元を見て確認している。
「ここから小指を……こっち? いやいや、無理だろう。攣るってば。はっはっは」
肩甲骨まで届いた銀色の長い髪。通った鼻筋。長いまつ毛。そして禍々しく金色に光る目。
身長は百八十センチほど。細マッチョ体型で、全体的にスラっとしている。
モデルと言われても信じるだろう、度外れたイケメンだ。
真っ白なトーガを着て、背中に天使を思わせるような白く大きな羽根を生やしている。
実に神々しい。
ただ、その見た目に反し、音は半端なく酷かった。
「ヘッタクソねぇ」
「開口一番それかい! ひどいな。まぁエリンらしいっちゃエリンらしいけど」
イケメンは演奏をやめると、まるで自分の椅子かのように平然と玉座に座った。
こちらに笑顔を向けたが、ざーんねん。頭の軽いお姉ちゃんならキャーキャー言うかもしれないけれど、超絶美少女たるわたしには、誘惑など効かない。
「んで? アル、何がどうなっているの?」
「あれ? この姿を見せるのは初めてだったと思うんだけど、よく分かったね」
「わたしは魂の色や形で相手を見ている。だから見た目なんかに騙されない。あんたが教えてくれたことよ」
「まぁそうだけどさ。つまらないなぁ。次にエリンに会ったとき、どうすれば驚かせることができるか結構頭をひねったんけどな」
「そういうのいらないから。で? 何が起きているの?」
竪琴の練習に飽きたのか、銀髪イケメン姿のアル――悪魔王ヴァル=アールは、持っていた竪琴をポイっと無造作に放った。
どういう理屈か、竪琴がフっと宙に消える。
多分どこかにしまったのだろうが、悪魔のやることなのでわたしにもよく分からない。
「んーー、そうだな、エリン。ここは一つ、『今はいつ?』って聞いてくれないかな? 質問の順番はその方がいいと思うよ」
アルがおどけて言う。
アルは無駄なことはしない。人間のように嘘もつかない。そういう生き物だから。だから、わざわざそういう持って回ったことを言うってことは、それなりの理由があるってことだ。ならばそれに従うべき。
わたしは努めて冷静に聞いた。
「……今は、いつ?」
「王歴? 界歴?」
「王歴!」
「怒るなよ。ちょっとした冗談じゃないか。えーっと、今日は一七〇五年四月二十日だね」
「……は?」
「キミが石になったのは一二〇二年のことだから、ざっと五百年間、キミは石になっていたって計算になる。五百年後の世界へようこそ、エリン」
そう言って、アルはにっこり笑った。

