トゥーランプというカードがある。
さまざまなゲームに使われる五十二枚のカードで、十三枚ずつ、四つの特徴的なマークによって分けられる。
カードには、それぞれ一から十三までの数字が入っているが、一から十のカードには、単純に数字とマークが描かれるのみだが、十一、十二、十三の三枚だけは特別らしく、それぞれ王子、女王、王の図柄が入っている。
そして今、わたしと白猫アル、幼女クィン、太っちょ富豪ドミトリ=ドーファンとが真剣な表情でテーブルの上に伏せられた五十二枚のカードを睨みつけていた。
といって、悪魔の見えない普通の人のドミトリには、わたしと二人きりで部屋にいるかのように見えているんだろうけれど。
カードはしっかりシャッフルした上でテーブルに伏せ、乱雑に広げたから、その隠された中身は見た目では全く分からない。
そう。ここはドミトリの屋敷だ。
騒動が終わった後、わたしは急遽ドミトリの屋敷をまた訪ね、無理を言って新品のトゥーランプのカードを用意してもらったのだ。
神秘的な実験をしたいと言ったら喜んで用意してくれた。
わたしはドミトリに気づかれぬよう、隣に立つクィンに向かって軽くうなずくと、合図を受けた幼女クィンはわたしの左肩をポンポンっと叩いた。
大きい身体をしているときは圧迫感満々だったクィンは、見た目、五歳程度の幼女へと変化しており、実に可愛らしい。着ている服は、相変わらず黒いローブだが。
「んじゃ、今回もまた女王を当てるね。これとこれとこれとこれ」
わたしはテーブルに散らばったカードの中から四枚、適当に指差した。本当に適当だ。
手品をしているつもりもないから、そこに意図はまるでない。
ドミトリは黙って、わたしに差されたカードを引っくり返した。
四枚とも女王。五十二枚のカードから正確に女王四枚を抜き出したのだ。
ドミトリが目をむきながら、ふぅっと深いため息をつく。
わたしも胸をホっと撫でおろした。
「凄いな、エリンさん。これで十回連続で女王を探り当てたぞ。急ぎ取り寄せたカードは残念ながらこれで全部だ。封を開けてしまったからこれ以上の実験は無理だが、確認はもう充分だろう? で? これはなんなんです? 透視能力の実験ですか?」
「ううん。わたしのやりたかったのは運を招けるかの実験よ。具体的に言うと、完全にランダムに指差したはずのカードが目当てのカードになっているかを確認したかったの」
ソファに腰かけたドミトリが首をひねる。
「う、ううん? ちょっと待って、良く分からない。……つまりなにかい? エリンさんが女王のカードの場所を当てたんじゃなくって、エリンさんが適当に指差すであろうところに女王のカードが前もって来ていたってことかい? そんな馬鹿な」
「それが運を呼んだってことよ。これでカードを使った賭けごとをやればいかさまなしで百発百中になるわ」
「そりゃ理屈はそうだけど……」
ドミトリが門まで送ってくれる。
ドミトリは太ってはいるが、なかなかに頭がいいし、女性の扱いは上手いし、資産も半端なくある。
いまだ独身というが、あの特殊な性癖――赤ちゃんプレイさえなければ、お相手は引く手あまただろう。
そして、そのたぐいまれな頭脳によってわたしの正体を探り当てた稀有な人材でもある。
「もうここでの仕事は終わったんでしょう? エリン姫」
「……なぜわたしが仕事を終えたと?」
ミーティアの背に乗ったわたしは、振り返ってドミトリを見た。
三十代にしてははち切れそうなお腹をしたドミトリは、お高そうなスーツをビシっと着こなしつつも、意外と子供っぽい表情でウィンクをした。
「おとぎ話ってのはそういうものだからですよ」
「ふむ。そういうものなのかもね。とりあえずこの街に対する脅威は去ったわ。細かな混乱はあったかもしれないけれど、街全体に影響を及ぼすほどのものじゃないわ。あとは好きにやってちょうだい」
「仰せのままに、エリン姫」
ドーファン家を辞したわたしは、ミーティアに乗ったまま坂を下った。
やがて街の中心街に出る。
「それはそれとしてエリンさ、これからどうするんだ? コイツのことも連れていくのか?」
ミーティアの背の辺りでふんぞり返っていた白猫アルが右手の親指で頭上を差す。
アルの更に上――ミーティアのまさに頭の上に、可愛い三毛猫が足を投げ出して座っている。
そう。ミーティアの頭上でくつろぐ二足歩行の三毛猫。これこそがクィンだった。
アルと同じように変身したのだ。
三毛猫が振り返る。
「え? あたし? いやぁねぇ。ついていくわけないじゃん。あたしは悪魔よ? 王さまと違ってお姫さまと契約をしているわけでもないしさ。好きにいくわさ」
「別にいいのよ? 一緒に来ても」
わたしは三毛猫クィンを見た。
クィンが笑う。
そうしてみると、元の巨体のときを想像できないくらい、可愛くなっている。
「お姫さま。あたしのこの変化が良いことなのか悪いことなのか分からないけれど、こうなった以上は、あたしはこうなったなりに生きるわ。自分で幸不幸を判断してね。そうだ。最後にお礼を一つ……。じゃあね!」
三毛猫クィンは、ミーティアの頭をポンポンと優しくたたくと、ヒョイっとミーティアから飛び降りた。
そのまま雑踏の中に消えていく。
クィンは元々センサーに引っかかりにくい性質を持っているから探すのも難しいし、探したところでついてくることはないだろう。
「ま、しょうがないわね。わたしたちはわたしたちで先に進みましょ」
アルと肩をすくめあったそのとき、ミーティアが急に立ち止まった。
思わず鳥上でつんのめる。
「ちょ、ミーティア、どうしたの? 何かあった?」
クェっ!
ミーティアは地面に落ちていた泥だらけの何かをくわえると、顔をわたしに向け、ひと声啼いた。
落ちていた何かをわたしに渡したいのだ。
両手のひらでお椀を作ったところに、ミーティアが拾った汚い何かを落とす。
アルと二人して手の中のものをまじまじと見つめる。
アルが呆然と口を開いた。
「おいエリン、これって……」
「そうねアル、これって……」
それは、この街に来てすぐわたしが落としたお財布代わりの皮袋だった。
手が汚れるのも気にせず慌てて紐を解くと、中身は落としたときそのままのうえ、ちゃんと銀行のカードも入っていた。
誰にも拾われることなく、わたしの元に無事戻ってきたのだ。
「クィンが幸運の力を使って、お財布を取り戻してくれたのね。これで今夜は野宿せずに済んだわ。やるわね。……さ、先に進みましょ」
クェっ!!
ミーティアの腹を足で軽く叩いて発進の合図をしたわたしは、巨漢の悪魔の姿を思い起こしながら、青空に向かってニッコリと微笑んだのであった。
さまざまなゲームに使われる五十二枚のカードで、十三枚ずつ、四つの特徴的なマークによって分けられる。
カードには、それぞれ一から十三までの数字が入っているが、一から十のカードには、単純に数字とマークが描かれるのみだが、十一、十二、十三の三枚だけは特別らしく、それぞれ王子、女王、王の図柄が入っている。
そして今、わたしと白猫アル、幼女クィン、太っちょ富豪ドミトリ=ドーファンとが真剣な表情でテーブルの上に伏せられた五十二枚のカードを睨みつけていた。
といって、悪魔の見えない普通の人のドミトリには、わたしと二人きりで部屋にいるかのように見えているんだろうけれど。
カードはしっかりシャッフルした上でテーブルに伏せ、乱雑に広げたから、その隠された中身は見た目では全く分からない。
そう。ここはドミトリの屋敷だ。
騒動が終わった後、わたしは急遽ドミトリの屋敷をまた訪ね、無理を言って新品のトゥーランプのカードを用意してもらったのだ。
神秘的な実験をしたいと言ったら喜んで用意してくれた。
わたしはドミトリに気づかれぬよう、隣に立つクィンに向かって軽くうなずくと、合図を受けた幼女クィンはわたしの左肩をポンポンっと叩いた。
大きい身体をしているときは圧迫感満々だったクィンは、見た目、五歳程度の幼女へと変化しており、実に可愛らしい。着ている服は、相変わらず黒いローブだが。
「んじゃ、今回もまた女王を当てるね。これとこれとこれとこれ」
わたしはテーブルに散らばったカードの中から四枚、適当に指差した。本当に適当だ。
手品をしているつもりもないから、そこに意図はまるでない。
ドミトリは黙って、わたしに差されたカードを引っくり返した。
四枚とも女王。五十二枚のカードから正確に女王四枚を抜き出したのだ。
ドミトリが目をむきながら、ふぅっと深いため息をつく。
わたしも胸をホっと撫でおろした。
「凄いな、エリンさん。これで十回連続で女王を探り当てたぞ。急ぎ取り寄せたカードは残念ながらこれで全部だ。封を開けてしまったからこれ以上の実験は無理だが、確認はもう充分だろう? で? これはなんなんです? 透視能力の実験ですか?」
「ううん。わたしのやりたかったのは運を招けるかの実験よ。具体的に言うと、完全にランダムに指差したはずのカードが目当てのカードになっているかを確認したかったの」
ソファに腰かけたドミトリが首をひねる。
「う、ううん? ちょっと待って、良く分からない。……つまりなにかい? エリンさんが女王のカードの場所を当てたんじゃなくって、エリンさんが適当に指差すであろうところに女王のカードが前もって来ていたってことかい? そんな馬鹿な」
「それが運を呼んだってことよ。これでカードを使った賭けごとをやればいかさまなしで百発百中になるわ」
「そりゃ理屈はそうだけど……」
ドミトリが門まで送ってくれる。
ドミトリは太ってはいるが、なかなかに頭がいいし、女性の扱いは上手いし、資産も半端なくある。
いまだ独身というが、あの特殊な性癖――赤ちゃんプレイさえなければ、お相手は引く手あまただろう。
そして、そのたぐいまれな頭脳によってわたしの正体を探り当てた稀有な人材でもある。
「もうここでの仕事は終わったんでしょう? エリン姫」
「……なぜわたしが仕事を終えたと?」
ミーティアの背に乗ったわたしは、振り返ってドミトリを見た。
三十代にしてははち切れそうなお腹をしたドミトリは、お高そうなスーツをビシっと着こなしつつも、意外と子供っぽい表情でウィンクをした。
「おとぎ話ってのはそういうものだからですよ」
「ふむ。そういうものなのかもね。とりあえずこの街に対する脅威は去ったわ。細かな混乱はあったかもしれないけれど、街全体に影響を及ぼすほどのものじゃないわ。あとは好きにやってちょうだい」
「仰せのままに、エリン姫」
ドーファン家を辞したわたしは、ミーティアに乗ったまま坂を下った。
やがて街の中心街に出る。
「それはそれとしてエリンさ、これからどうするんだ? コイツのことも連れていくのか?」
ミーティアの背の辺りでふんぞり返っていた白猫アルが右手の親指で頭上を差す。
アルの更に上――ミーティアのまさに頭の上に、可愛い三毛猫が足を投げ出して座っている。
そう。ミーティアの頭上でくつろぐ二足歩行の三毛猫。これこそがクィンだった。
アルと同じように変身したのだ。
三毛猫が振り返る。
「え? あたし? いやぁねぇ。ついていくわけないじゃん。あたしは悪魔よ? 王さまと違ってお姫さまと契約をしているわけでもないしさ。好きにいくわさ」
「別にいいのよ? 一緒に来ても」
わたしは三毛猫クィンを見た。
クィンが笑う。
そうしてみると、元の巨体のときを想像できないくらい、可愛くなっている。
「お姫さま。あたしのこの変化が良いことなのか悪いことなのか分からないけれど、こうなった以上は、あたしはこうなったなりに生きるわ。自分で幸不幸を判断してね。そうだ。最後にお礼を一つ……。じゃあね!」
三毛猫クィンは、ミーティアの頭をポンポンと優しくたたくと、ヒョイっとミーティアから飛び降りた。
そのまま雑踏の中に消えていく。
クィンは元々センサーに引っかかりにくい性質を持っているから探すのも難しいし、探したところでついてくることはないだろう。
「ま、しょうがないわね。わたしたちはわたしたちで先に進みましょ」
アルと肩をすくめあったそのとき、ミーティアが急に立ち止まった。
思わず鳥上でつんのめる。
「ちょ、ミーティア、どうしたの? 何かあった?」
クェっ!
ミーティアは地面に落ちていた泥だらけの何かをくわえると、顔をわたしに向け、ひと声啼いた。
落ちていた何かをわたしに渡したいのだ。
両手のひらでお椀を作ったところに、ミーティアが拾った汚い何かを落とす。
アルと二人して手の中のものをまじまじと見つめる。
アルが呆然と口を開いた。
「おいエリン、これって……」
「そうねアル、これって……」
それは、この街に来てすぐわたしが落としたお財布代わりの皮袋だった。
手が汚れるのも気にせず慌てて紐を解くと、中身は落としたときそのままのうえ、ちゃんと銀行のカードも入っていた。
誰にも拾われることなく、わたしの元に無事戻ってきたのだ。
「クィンが幸運の力を使って、お財布を取り戻してくれたのね。これで今夜は野宿せずに済んだわ。やるわね。……さ、先に進みましょ」
クェっ!!
ミーティアの腹を足で軽く叩いて発進の合図をしたわたしは、巨漢の悪魔の姿を思い起こしながら、青空に向かってニッコリと微笑んだのであった。

