ドンドン! ドンドンドン!
部屋のドアを激しく叩く音がする。
今まさに熱々の串焼きを頬張ろうとしていたわたしは、思いっきり顔をしかめてドアの方を見た。
ここはガン無視を決め込みたいところだが、居留守を使った挙句、状況が悪化するのもごめん被りたい。うーん。
串焼きとドアと、しばし視線を行ったり来たりさせたわたしは、ため息を一つつくと、椅子から立ち上がってドアの鍵を外した。
◇◆◇◆◇
人攫いの馬車を奪って走らせること二時間。
空に星が瞬き始めた頃、ようやくこの街――アガリスに着いた。
幅の広い川に沿って屋台の飲食店が数多く立ち並び、更にはカジノや大規模な歓楽街もあって、結構賑やかな街のようだ。
奪った馬車を歓楽街の裏通りに乗り捨てたわたしたちは、そこで別れた。
アデーレたち三人は、保安官事務所に被害届を出した上で、家に連絡して迎えを寄越してもらうのだそうだ。
わたしはというと、迎えを必要としない旅人の身分なので、屋台で晩御飯を買うとそのまま適当に宿屋を見つけてチェックインした。
そうして備え付けのお風呂を沸かしつつ食事にしようとしたところで、乱暴なノックの訪問を受けたのだ。
「どちら様?」
扉を開けると、廊下には二十代半ばの素朴系イケメンが立っていた。
白のシャツに茶色のズボン。濃茶のブーツとベスト、コートを着て、胸には流星マークのバッヂを付けている。保安官だ。
扉を開けたのが想像以上の超絶美少女だったからか、保安官が驚きの表情のまま固まっている。
仕方なく、もう一度問いかける。
「何か御用ですか?」
わたしの二度目の問いかけに我に返った保安官は、周りを気にしつつコートのポケットから手帳を取り出した。
「僕はアーサー=オルブライト。見ての通りこの街の保安官だ。一番の下っ端だがね。君はエリンさん……で合っているか?」
「えぇ。エリン=イーシュファルトよ。それがどうかした?」
アーサーが手帳を見ながらうなずく。
「アデーレさん、ブリギッテさん、コルネリアさんという三人の女性を知っているね?」
「えぇ。この街に来るまでにご一緒したわ。かどわかしにあった人たちでしょ? 着いたその足で保安官事務所に向かったはずだけど、彼女たちがどうかした?」
わたしの問いに、アーサーが顔をしかめる。
その表情。思いっきり嫌な予感がする。
「彼女たちは今、保安官事務所の留置所の中だ。いいか? 君だけでも今すぐ逃げるんだ。この時間ならまだ駅馬車がある。夜闇に紛れながら停車場まで行ったら、すぐそれに乗って街を出ろ。そしてこの街で起こった一切合切を忘れるんだ。さぁ行きなさい!」
どうやら幾つか想定していた中の、一番最悪な事態が起こったようだ。
この下っ端保安官にはまだ正義感が残っていたようだが、いったん事務所に戻ってしまえば上に逆らうことは難しいだろう。
そしてそれは、おそらくこの街の支配構造とも直結している。
トラブルを避けるには従うが吉。……ともいかないか。
「だいたいの事情は飲み込めたわ。でも彼女たちが囚われているとなると、素直に言うことを聞くわけにもいかないわね。奪還しに行かなくっちゃ」
「君は何を言ってるんだ!? 事態がまだ飲み込めていないのか? 今すぐ逃げないと君まで……」
「おいアーサー、何をやっている!! 女はいたのか?」
廊下の端の方から聞こえた野太い声に、アーサーはビクっと身体を震わせた。
手の甲にまでモサモサ毛が生えたスキンヘッドの巨漢が扉に手をかけ、部屋を覗き込んだ。
わたしと目が合い、ニンマリ笑う。
「何だ、いるんじゃねぇか。おっほほ、情報通り、すこぶるつきの別嬪さんだな。こりゃ高く売れるぜ。……お嬢ちゃん、俺たちと一緒に来てくれるかい?」
「ブルーノさん……」
アーサーがそっと目を背ける。
救われないのは、この巨漢が胸にしっかり流星マークのバッヂ――保安官の印を付けているってことだ。
念のため聞いてみる。
「嫌だって言ったら?」
「俺は女子供が泣くのが好きじゃねぇんだ。なるべくなら痛い目には合わせたくねぇ。分かってくれるな? お嬢ちゃん」
ブルーノがスキンヘッドに無骨な表情でニッタリと笑う。うん、絶対ウソだ。
わたしは伸びてきたブルーノの右手をヒョイっと捻じった。
一瞬でブルーノを床に捻じ伏せ、背中を踏みつける。
「あ痛ててててててててててて!! 何だ!? 何が起こったんだ!!」
「……うるさい」
右手を上に引っ張りながら、床にうつ伏せに倒れているブルーノの顎を軽く蹴ると、ブルーノはあっという間に白目を剝いてカクンと首を落とした。
脳震盪を起こしたのだ。
アーサーが慌てて、倒れているブルーノの白目顔を覗き込む。
「ブルーノさんは事務所イチの剛腕なんだぞ? 君みたいなひ弱そうな女の子では絶対に勝てるような相手じゃないんだ。なのに……。君はいったい何者なんだ!?」
「ただの美少女よ。……ちょっと待って、またお客さんが来たみたいよ?」
階下からかすかに聞こえる怒鳴り声に良くない気配を感じとったわたしは、廊下に出ると素早く懐からピンク色の短杖を取り出し、顔の前で立てた。
部屋のドアを激しく叩く音がする。
今まさに熱々の串焼きを頬張ろうとしていたわたしは、思いっきり顔をしかめてドアの方を見た。
ここはガン無視を決め込みたいところだが、居留守を使った挙句、状況が悪化するのもごめん被りたい。うーん。
串焼きとドアと、しばし視線を行ったり来たりさせたわたしは、ため息を一つつくと、椅子から立ち上がってドアの鍵を外した。
◇◆◇◆◇
人攫いの馬車を奪って走らせること二時間。
空に星が瞬き始めた頃、ようやくこの街――アガリスに着いた。
幅の広い川に沿って屋台の飲食店が数多く立ち並び、更にはカジノや大規模な歓楽街もあって、結構賑やかな街のようだ。
奪った馬車を歓楽街の裏通りに乗り捨てたわたしたちは、そこで別れた。
アデーレたち三人は、保安官事務所に被害届を出した上で、家に連絡して迎えを寄越してもらうのだそうだ。
わたしはというと、迎えを必要としない旅人の身分なので、屋台で晩御飯を買うとそのまま適当に宿屋を見つけてチェックインした。
そうして備え付けのお風呂を沸かしつつ食事にしようとしたところで、乱暴なノックの訪問を受けたのだ。
「どちら様?」
扉を開けると、廊下には二十代半ばの素朴系イケメンが立っていた。
白のシャツに茶色のズボン。濃茶のブーツとベスト、コートを着て、胸には流星マークのバッヂを付けている。保安官だ。
扉を開けたのが想像以上の超絶美少女だったからか、保安官が驚きの表情のまま固まっている。
仕方なく、もう一度問いかける。
「何か御用ですか?」
わたしの二度目の問いかけに我に返った保安官は、周りを気にしつつコートのポケットから手帳を取り出した。
「僕はアーサー=オルブライト。見ての通りこの街の保安官だ。一番の下っ端だがね。君はエリンさん……で合っているか?」
「えぇ。エリン=イーシュファルトよ。それがどうかした?」
アーサーが手帳を見ながらうなずく。
「アデーレさん、ブリギッテさん、コルネリアさんという三人の女性を知っているね?」
「えぇ。この街に来るまでにご一緒したわ。かどわかしにあった人たちでしょ? 着いたその足で保安官事務所に向かったはずだけど、彼女たちがどうかした?」
わたしの問いに、アーサーが顔をしかめる。
その表情。思いっきり嫌な予感がする。
「彼女たちは今、保安官事務所の留置所の中だ。いいか? 君だけでも今すぐ逃げるんだ。この時間ならまだ駅馬車がある。夜闇に紛れながら停車場まで行ったら、すぐそれに乗って街を出ろ。そしてこの街で起こった一切合切を忘れるんだ。さぁ行きなさい!」
どうやら幾つか想定していた中の、一番最悪な事態が起こったようだ。
この下っ端保安官にはまだ正義感が残っていたようだが、いったん事務所に戻ってしまえば上に逆らうことは難しいだろう。
そしてそれは、おそらくこの街の支配構造とも直結している。
トラブルを避けるには従うが吉。……ともいかないか。
「だいたいの事情は飲み込めたわ。でも彼女たちが囚われているとなると、素直に言うことを聞くわけにもいかないわね。奪還しに行かなくっちゃ」
「君は何を言ってるんだ!? 事態がまだ飲み込めていないのか? 今すぐ逃げないと君まで……」
「おいアーサー、何をやっている!! 女はいたのか?」
廊下の端の方から聞こえた野太い声に、アーサーはビクっと身体を震わせた。
手の甲にまでモサモサ毛が生えたスキンヘッドの巨漢が扉に手をかけ、部屋を覗き込んだ。
わたしと目が合い、ニンマリ笑う。
「何だ、いるんじゃねぇか。おっほほ、情報通り、すこぶるつきの別嬪さんだな。こりゃ高く売れるぜ。……お嬢ちゃん、俺たちと一緒に来てくれるかい?」
「ブルーノさん……」
アーサーがそっと目を背ける。
救われないのは、この巨漢が胸にしっかり流星マークのバッヂ――保安官の印を付けているってことだ。
念のため聞いてみる。
「嫌だって言ったら?」
「俺は女子供が泣くのが好きじゃねぇんだ。なるべくなら痛い目には合わせたくねぇ。分かってくれるな? お嬢ちゃん」
ブルーノがスキンヘッドに無骨な表情でニッタリと笑う。うん、絶対ウソだ。
わたしは伸びてきたブルーノの右手をヒョイっと捻じった。
一瞬でブルーノを床に捻じ伏せ、背中を踏みつける。
「あ痛ててててててててててて!! 何だ!? 何が起こったんだ!!」
「……うるさい」
右手を上に引っ張りながら、床にうつ伏せに倒れているブルーノの顎を軽く蹴ると、ブルーノはあっという間に白目を剝いてカクンと首を落とした。
脳震盪を起こしたのだ。
アーサーが慌てて、倒れているブルーノの白目顔を覗き込む。
「ブルーノさんは事務所イチの剛腕なんだぞ? 君みたいなひ弱そうな女の子では絶対に勝てるような相手じゃないんだ。なのに……。君はいったい何者なんだ!?」
「ただの美少女よ。……ちょっと待って、またお客さんが来たみたいよ?」
階下からかすかに聞こえる怒鳴り声に良くない気配を感じとったわたしは、廊下に出ると素早く懐からピンク色の短杖を取り出し、顔の前で立てた。

