***

「じゃあさ、今度は僕と踊ろうよ!」

 ミンスに腕を引かれ、アンリはダンスエリアへ移動する。そして丁度演奏の始まった曲は他に比べたらテンポが速く明るい曲だ。スローテンポの曲が多い中でこういう曲は珍しく、練習でアンリが一番苦戦した楽曲でもある。

 ミンスのダンスを見るのは初めてだが音楽に乗り、誰よりも楽しそうに踊る。そんなミンスを見ていると、混乱し様々な感情で荒れていた心も徐々に落ち着きを取り戻し、冷静になってきた。

「ミンスくん、上手だね」
「えへへ、他の曲は苦手なんだけど、この曲だけは得意なんだ~」
「そうなの?私なんて練習の時この曲が一番難しかったのに、ミンスくんはすごいね」

 アンリが褒めるとミンスは浮かべていた笑みをより一層深くする。アンリとミンスは一曲踊り終えるまで、互いに笑顔が消えることはなかった。

 そしてミンスとのダンスを終え再びフレッド達の元へ戻る。

「今度は僕、ザックに踊って欲しいな」
「別に私は…」
「アンリちゃんが舞踏会に参加する事って滅多に無いし、二人が一緒に踊ってるところを目に焼き付けておきたいの。ね、お願い」

 初めは渋っていたザックもミンスのキラキラとした瞳に見つめられると弱いようで観念し了承する。そしてアンリは休憩する暇もなくザックに連れられダンスエリアに移動すると、手を取り踊り出す。

 ザックのダンスはミンスに比べれば控えめだが、メリハリがある。そして渋っていた理由が分からないほど上手だ。普段ザックは何よりも本を読む時間を好み、こうして体を動かしているイメージはなかった。だからこそ、そんなザックの特別な一面を見ているようだ。

「ザックくんも踊れるんだね」
「私をなんだと思っているんだ?これでもレジス家の子息として幼い頃から叩き込まれている」
「ザックくんって頭脳派のイメージって言うか、あまり体を動かしているイメージって無かったんだもん」
「まぁ確かにそうだな。おまけにミンスと一緒に居ると私は余計に落ち着いて見えるからな」
 
 アンリとザックは互いにクスリと微笑み合う。やはり、友人となって一年以上が経ってもまだまだ知らない事があるらしい。
 そしてザックとのダンスは音楽の終わりと共に終えた。

 ザックと共に壁際でアンリとザックのダンスを眺めていた三人の元へ向かう。三人が立っている位置はダンスエリアから一定の距離を取っており、人気が少ない。そのため無理やり近づいてくるご令嬢がいなくても、ダンスを踊っていたり、軽食を取ったり、談笑しているご令嬢から遠目にも注目を集めている。
 
 確かに彼らはそれぞれ性格や雰囲気、系統は違うが、クイニーは高身長で顔だけを見れば男前だし、ミンスは愛嬌が良く可愛らしい見た目の好青年、フレッドは誰よりも落ち着いていて端整な顔立ちだ。そして今アンリの隣を歩くザックはフレッドとはまた違った落ち着いた雰囲気を纏ったインテリだ。おそらく彼らはそれぞれ別の部類に存在するイケメンなのだろう。
 アンリはそんな彼らと共に過ごしダンスを踊るだけでなく、そのうちの一人には想いを寄せられていたなんて…。確かにアンリを恨む人が出てきても、何も言い返せない。

 無意識のうちにコロコロと表情を変えるアンリを不信に思ったザックはアンリの顔を覗き込む。

「どうかしたのか?」
「ううん、なんでもないよ」

 フレッドやクイニー、ミンスの元に辿り着くと、いち早く声を掛けてくるのは瞳をより一層輝かせたミンスだ。

「えへへ、久しぶりにザックの踊ってるところ見られた!」
「ミンスが強引に踊らせたんだろう?」
「だって僕、ザックのダンスを見るのが好きなんだもん。シュシュッとしててカッコいいし」
「はいはい、分かったから落ち着け」

 幼い頃から幼馴染で誰より長い時間を共にしているという二人の微笑ましい光景を眺めながら改めてミンスはザックを慕っているんだろうなと思う。それと同時に、表情は変えずとも、口角を上げるザックも弟気質のミンスが可愛くて仕方ないのだろう。

 ひとまずこれでクイニー、ミンス、ザックとそれぞれ一回ずつ踊る事が出来た。後はフレッドと踊る事が出来ればアンリの今日の目標は達成だ。
 三人と踊っているとき、誰よりも熱心にアンリのダンスを見てくれていたフレッドに近寄る。

「フレッド、一緒に踊ろ」
「僕?僕はいいよ」
「今日こそは一緒に踊ろうって言ったでしょう?」

 周囲を気にしてフレッドは遠慮しようとする。が、いつの間にかザックとのじゃれ合いを終えていたミンスがフレッドの背中を押す。

「フレッドくん!行っておいでよ」

 ミンスは誰よりも早くフレッドの事を気に入り、受け入れてくれただけの事あって、時々こんな風にフレッドが自分の気持ちを我慢しようとしたり、遠慮しようとするとフレッドの味方となって背中を押してくれるのだ。
 おかげでフレッドは迷いながらも遠慮がちに頷いてくれる。

「じゃあアンリ、行こっか」
「うん!」

 アンリとフレッドがダンスエリアに移るとタイミング良く音楽が変わり、アンリがクイニーと共にファーストダンスで踊った曲の演奏が始まる。なによりこの曲はフレッドに一番始めに教えて貰った、アンリにとっては思い出深い曲だ。

 アンリとフレッドは練習の時の様に自然と互いの手を取り合い踊り出す。フレッドとは何度も踊ってきたからこそ、タイミングを合わせようと考えなくても自然と踊り出すことが出来る。

 相手をリードしながらも力強く踊るクイニー、誰よりも楽しそうに踊るミンス、一つ一つの動作にメリハリをつけて踊るザック。そんな彼らと違い、フレッドは一つ一つの動きを丁寧に流れるように踊るのだ。
 もちろんクイニーやミンス、ザックと踊っている時も楽しい時間だったが、フレッドと踊っている時間は楽しさはもちろんあるがそれ以上に気持ちが落ち着くのだ。

「アンリ?どうしたの?」
「フレッドと踊っていると落ち着くなって思って」
「踊っているのに落ち着くの?」
「一番一緒に踊ってきたから慣れてるって言うのもあるんだけど、それ以上にフレッドのダンスは優しくて落ち着くの」
「確か前にも言ってくれたよね、僕のダンスは優しいって」

 なぜそう思うのかと聞かれれば説明するのは難しい。だが、流れるように踊るフレッドは独りよがりなダンスは絶対にしない。一緒に踊るアンリが少しでも踊りやすいように、手の位置や足の動き、アンリの癖や苦手を把握してくれているフレッドは常に考えてくれている。だからこそフレッドと踊っていると安心して身を任せられるし、そんな優しく流れるように踊る事の出来るフレッドがアンリの憧れでもある。

「でもどうしてそんなに僕と踊りたかったの?踊ろうと思えば屋敷でいつでも踊れるのに」
「だってフレッドの踊りはとても素敵なのに、誰にも知られていないなんて寂しいでしょう?」

 今日どうしてもフレッドと踊りたかったのは、純粋に思い出を作りたかったという気持ちも大きいが、これだけの才能を持っているフレッドのダンスをたくさんの人に見て貰いたかったのだ。

「僕はアンリが知ってくれているだけで十分だよ」
 
 自分の事を過小評価するフレッドは自らがすごい事をしているという自覚は全くないようで、そう答える。だがどちらにせよ、こうして踊ってくれた。それだけで十分だ。

「私の我儘に付き合って、一緒に踊ってくれてありがとう」

 アンリが真っ直ぐに瞳を見つめてお礼を告げれば、フレッドは観念したように首を振る。

「…実は遠慮していただけで僕もアンリと踊りたかったんだ。今までアンリがどれだけ頑張ってきたのか、その姿を一番近くで見てきたのは僕だから。本番の今日も一番近く、出来る事なら一緒に踊りたいと思ってた。だから誘ってくれてありがとう」

 礼を告げるとフレッドは年相応の満面の笑みを浮かべる。そう言えば今日ここに来てからフレッドはずっと大人びた表情を浮かべていた。周囲には悟られないようにしながらも、伯爵として参加する初めての舞踏会にずっと緊張していたのかもしれない。

「でも踊りたいと思っててくれたのに、さっき私の誘い断ったよね」
「だって僕はアンリ達より年下だし、図々しいかなって」
「もぉ、年齢なんて関係ないよ。それに今のフレッドは爵位も継いだ。もうフレッドが遠慮しないといけない理由なんて無いよ」
「うん、そうだね。ありがとう、アンリ」

 フレッドは再び笑みを浮かべると、フレッドとのダンスの時間も終了を迎えた。
 フレッドと並び、クイニー達の元へ戻るとアンリやフレッドが口を開く前に三人はフレッドに対し言葉を掛けていく。

「フレッドくんってダンス、すっごい上手なんだね!前にアンリちゃんのダンスを教えてたって聞いたけど、こんなにも素敵なダンスをするフレッドくんに教わったからアンリちゃんのダンスもとっても素敵なんだね!」
「バノフィーくんが踊っているのは初めて見たが、二人とも息が合っていて素敵だった」
「使用人として働いていたくせに、案外うまいのな」

 怒濤の褒め言葉に驚きと照れを隠しきれないフレッドは頬をピンク色に染めながら「ありがとうございます」と答えていく。