***
のんびりとお喋りをしながら食事を楽しんだ後は本館で展示を眺めたり、特設ステージを見たりと充実した時間を過ごした。
そしていよいよ待ちに待った舞台の集合時間が近づいたため、一度みんなと別れ、アンリは一人で大講堂へ向かっていた。
大講堂の入り口から入ると、普段は使うことのない関係者専用の扉を押す。
扉の先は薄暗い廊下で、そんな廊下を進んだ先には三つの部屋がある。一つは楽屋、その隣の二つの部屋は男女それぞれの更衣室だ。
アンリが更衣室に入ると、メイド役や平民役の女学生は衣装に着替え、配役についていない音響、照明担当以外の学生は転換で大道具を運ぶため、動きやすい服装に着替えている。
アンリも更衣室に置きっぱなしにしていたピンク色のドレスに着替える。普段、舞踏会なんかでドレスを着る時は基本的にメイドに手伝って貰わなければ着替えられない。だが衣装のドレスは一人でも着られるように工夫して作られているため、着替えも楽だ。
周りの女学生は時間にも余裕があるため友人同士で喋りながらゆっくり着替えているが、アンリにはこの演劇の授業を共に取る女学生の中に友人はいない。ささっと着替えを済ませると制服をロッカーに入れて更衣室を出る。
楽屋には既に着替えを済ませたキューバやカリマーが居た。
楽屋は集会室と同じくらいの広さの部屋で、壁際にはメイクやヘアセットを出来る様に化粧台が並ぶ。部屋の中央には椅子やテーブルが並び、既に着替えを終えた学生や裏方で働く学生はいつものように数人ずつで集まって談笑していて、これから本番が待っているという緊張感は特に感じない。
「アンリちゃん、いよいよ本番だね。今日は誰か、知り合いは見に来るの?」
「はい、クラブのみんなと両親が来てくれます」
「クラブのみんなって、前にソアラ伯爵家の舞踏会の時にアンリちゃんと一緒に居た人達?本当に仲が良いんだね」
「はい!大切な友達です」
「そっか、なんか羨ましいね」
アンリとキューバが話していると楽屋に入ってきた先生がキューバを呼ぶ。その声にキューバは早足で先生のもとへ向かうと、キューバと先生は楽屋を出ていく。
そして残されたアンリはそれまで黙って座っていたカリマーと目が合う。
「アンリさん、フルールのことありがとうございます」
突如感謝を告げられるが、なぜ感謝されているのか分からない。アンリはフルールに特別な事はしていないはずだ。
首を傾げるアンリにカリマーは遠慮がちに微笑む。
「フルールはアンリさんに対してはあんな感じですが、普段は目立つタイプでも無ければ仲の良い友人も少ないですし、本人も言っていた通り、女学生からはあまり良いイメージを持たれていないんです。本人はそれでも僕が居れば良いと言ってくれていましたが、アンリさんと一緒に居る時のフルールは本当に楽しそうで幸せそうです。ですからフルールと仲良くしてくれて、ありがとうございます」
「フルール先輩は優しいですし、それに私も女の子の友達って今まで出来なくて…。だからフルール先輩とお友達になれてとっても嬉しいです」
「そうだったんですか。ではこれからもぜひ、フルールと仲良くしてあげて下さい」
「先輩は本当にフルール先輩のことが大切なんですね」
「ずっと側で見ていましたから。フルールが笑っていると僕まで嬉しいんです」
カリマーは目尻を緩めると優しく微笑む。
カリマーは舞台に立つ時や生徒会長として人前に立つとき、カリマー自身が別の自分を演じていると言っていたようにそれぞれ違った表情を見せる。だがおそらく今見せているのが、本来のカリマーの姿なのだろう。
これまでも時々、カリマーの素顔を目にする機会があったが、フルールが関わった時のカリマーはどんな時よりも優しく温かい表情を見せる。
「…アンリさん、顔がニヤけていますよ」
カリマーに指摘されて無意識なうちにニヤついていた事に気がつく。だが人の恋バナを聞いていて真顔で居られる訳がない。アンリにとってカリマーとフルールはすっかり推しカップルだ。
恥ずかしさを覚えたカリマーは誤魔化すように咳払いをすると話を変える。
「そんな事より、アンリさんは初舞台だというのに緊張しないんですね」
「緊張は、特にしていないですね」
「まぁそうですよね、ニヤつくだけの余裕もあるようですし。それにいくら初舞台と言っても、貴族であるが故に普段から人前に立つ場面も多いでしょうし、慣れているのかもしれませんね」
「そう言う先輩も緊張とかしてないですよね」
「さすがにこれだけ舞台に立っていれば慣れますよ」
「先輩が初めて舞台に立ったのはいつだったんですか?」
「確か二年生の二度目の舞台だったでしょうか。と言っても女学生に比べて男子学生はあの頃から少数でしたから配役に選ばれたんだと思います」
アンリ達は一年生の頃から観覧の授業で何度も舞台を見てきたが、まだカリマーと知り合う前の事だ。そのため思い出そうとしても、カリマーがどんな役を演じていたのか、思い出せない。
「私、先輩が舞台に立っていると分かった上で、舞台を見てみたかったです」
「そんな事を言わずとも、アンリさんは僕と共演するんですから」
「あ、確かにそうですね」
アンリとカリマーが本番前の緊張を感じさせないまま会話していると、次第に学生達が集まる。キューバや先生も楽屋に戻ってくると散らばっていた学生達が一カ所に集まる。
「ここ数ヶ月、貴方達は今日のために練習を積んできました。それぞれの役割は違っても、お互いの頑張りは貴方達が誰よりも知っているはずです。ですから一人一人がこの舞台を作り上げる上で替えの効かない人間だと胸を張りなさい。そして役者陣は今回舞台に立てない人の分も全力で、そして楽しむこと。いいですね?」
「「はい!」」
先生が激励すると、ついさっきまで笑い合っていた学生達も一気に気合いが入ったのか表情を変えると持ち場へ足早に移動していく。アンリも彼らの後に続いて楽屋を出ようと足を動かすと先生に引き留められる。
「オーリンさん、これまで貴方は私の想像以上の頑張りを見せて下さいました。ですから今日も、私の想像以上の舞台を見せて下さいね」
「はい」
「何より貴方は貴方らしく演技してきなさい」
「ありがとうございます、先生」
「さぁ行ってきなさい」
のんびりとお喋りをしながら食事を楽しんだ後は本館で展示を眺めたり、特設ステージを見たりと充実した時間を過ごした。
そしていよいよ待ちに待った舞台の集合時間が近づいたため、一度みんなと別れ、アンリは一人で大講堂へ向かっていた。
大講堂の入り口から入ると、普段は使うことのない関係者専用の扉を押す。
扉の先は薄暗い廊下で、そんな廊下を進んだ先には三つの部屋がある。一つは楽屋、その隣の二つの部屋は男女それぞれの更衣室だ。
アンリが更衣室に入ると、メイド役や平民役の女学生は衣装に着替え、配役についていない音響、照明担当以外の学生は転換で大道具を運ぶため、動きやすい服装に着替えている。
アンリも更衣室に置きっぱなしにしていたピンク色のドレスに着替える。普段、舞踏会なんかでドレスを着る時は基本的にメイドに手伝って貰わなければ着替えられない。だが衣装のドレスは一人でも着られるように工夫して作られているため、着替えも楽だ。
周りの女学生は時間にも余裕があるため友人同士で喋りながらゆっくり着替えているが、アンリにはこの演劇の授業を共に取る女学生の中に友人はいない。ささっと着替えを済ませると制服をロッカーに入れて更衣室を出る。
楽屋には既に着替えを済ませたキューバやカリマーが居た。
楽屋は集会室と同じくらいの広さの部屋で、壁際にはメイクやヘアセットを出来る様に化粧台が並ぶ。部屋の中央には椅子やテーブルが並び、既に着替えを終えた学生や裏方で働く学生はいつものように数人ずつで集まって談笑していて、これから本番が待っているという緊張感は特に感じない。
「アンリちゃん、いよいよ本番だね。今日は誰か、知り合いは見に来るの?」
「はい、クラブのみんなと両親が来てくれます」
「クラブのみんなって、前にソアラ伯爵家の舞踏会の時にアンリちゃんと一緒に居た人達?本当に仲が良いんだね」
「はい!大切な友達です」
「そっか、なんか羨ましいね」
アンリとキューバが話していると楽屋に入ってきた先生がキューバを呼ぶ。その声にキューバは早足で先生のもとへ向かうと、キューバと先生は楽屋を出ていく。
そして残されたアンリはそれまで黙って座っていたカリマーと目が合う。
「アンリさん、フルールのことありがとうございます」
突如感謝を告げられるが、なぜ感謝されているのか分からない。アンリはフルールに特別な事はしていないはずだ。
首を傾げるアンリにカリマーは遠慮がちに微笑む。
「フルールはアンリさんに対してはあんな感じですが、普段は目立つタイプでも無ければ仲の良い友人も少ないですし、本人も言っていた通り、女学生からはあまり良いイメージを持たれていないんです。本人はそれでも僕が居れば良いと言ってくれていましたが、アンリさんと一緒に居る時のフルールは本当に楽しそうで幸せそうです。ですからフルールと仲良くしてくれて、ありがとうございます」
「フルール先輩は優しいですし、それに私も女の子の友達って今まで出来なくて…。だからフルール先輩とお友達になれてとっても嬉しいです」
「そうだったんですか。ではこれからもぜひ、フルールと仲良くしてあげて下さい」
「先輩は本当にフルール先輩のことが大切なんですね」
「ずっと側で見ていましたから。フルールが笑っていると僕まで嬉しいんです」
カリマーは目尻を緩めると優しく微笑む。
カリマーは舞台に立つ時や生徒会長として人前に立つとき、カリマー自身が別の自分を演じていると言っていたようにそれぞれ違った表情を見せる。だがおそらく今見せているのが、本来のカリマーの姿なのだろう。
これまでも時々、カリマーの素顔を目にする機会があったが、フルールが関わった時のカリマーはどんな時よりも優しく温かい表情を見せる。
「…アンリさん、顔がニヤけていますよ」
カリマーに指摘されて無意識なうちにニヤついていた事に気がつく。だが人の恋バナを聞いていて真顔で居られる訳がない。アンリにとってカリマーとフルールはすっかり推しカップルだ。
恥ずかしさを覚えたカリマーは誤魔化すように咳払いをすると話を変える。
「そんな事より、アンリさんは初舞台だというのに緊張しないんですね」
「緊張は、特にしていないですね」
「まぁそうですよね、ニヤつくだけの余裕もあるようですし。それにいくら初舞台と言っても、貴族であるが故に普段から人前に立つ場面も多いでしょうし、慣れているのかもしれませんね」
「そう言う先輩も緊張とかしてないですよね」
「さすがにこれだけ舞台に立っていれば慣れますよ」
「先輩が初めて舞台に立ったのはいつだったんですか?」
「確か二年生の二度目の舞台だったでしょうか。と言っても女学生に比べて男子学生はあの頃から少数でしたから配役に選ばれたんだと思います」
アンリ達は一年生の頃から観覧の授業で何度も舞台を見てきたが、まだカリマーと知り合う前の事だ。そのため思い出そうとしても、カリマーがどんな役を演じていたのか、思い出せない。
「私、先輩が舞台に立っていると分かった上で、舞台を見てみたかったです」
「そんな事を言わずとも、アンリさんは僕と共演するんですから」
「あ、確かにそうですね」
アンリとカリマーが本番前の緊張を感じさせないまま会話していると、次第に学生達が集まる。キューバや先生も楽屋に戻ってくると散らばっていた学生達が一カ所に集まる。
「ここ数ヶ月、貴方達は今日のために練習を積んできました。それぞれの役割は違っても、お互いの頑張りは貴方達が誰よりも知っているはずです。ですから一人一人がこの舞台を作り上げる上で替えの効かない人間だと胸を張りなさい。そして役者陣は今回舞台に立てない人の分も全力で、そして楽しむこと。いいですね?」
「「はい!」」
先生が激励すると、ついさっきまで笑い合っていた学生達も一気に気合いが入ったのか表情を変えると持ち場へ足早に移動していく。アンリも彼らの後に続いて楽屋を出ようと足を動かすと先生に引き留められる。
「オーリンさん、これまで貴方は私の想像以上の頑張りを見せて下さいました。ですから今日も、私の想像以上の舞台を見せて下さいね」
「はい」
「何より貴方は貴方らしく演技してきなさい」
「ありがとうございます、先生」
「さぁ行ってきなさい」

