***
フレッドと一緒の登下校は本当にあっという間だ。
屋敷の敷地内にはお父様やお母様の使っている馬車が既に停まっていて、どうやら今日は珍しく早い時間に帰って来ているようだ。
フレッドに続いてアンリも手を引かれ馬車を降りると、どこか機嫌の良さそうなルイに呼ばれる。
「アンリ様、フレッド様、今日はルエがお菓子を焼いていましたよ」
「そうなの?」
「実はお二人を迎えに行く前にこっそりと厨房を覗いたら唸りながらお菓子作りをしていたんです。良かったら一緒に行きませんか?」
ルエが唸りながらお菓子を作っていたと言うのは引っ掛かるが、そんな誘いを断る理由も特にない。アンリとフレッドがともに頷くと、ルイは鼻歌を歌いながら馬車に繋がれていた馬を厩舎へ連れて行く。
ルイを先頭に厨房に入ったアンリやフレッドに、シーズやルエは作業していた手を止めたが、シーズはこの場をルエに任せると再び作業に戻る。
「えっと…、皆さんお揃いで、どうしました?」
「ルイさんにルエさんがお菓子を焼いていたから一緒に厨房に行かないかと誘われたんです」
「えっ…」
フレッドの説明にルエは前髪にギリギリ隠れずに済んでいる目を見開くと、顔を逸らしているルイを睨む。
「なんで勝手に言っちゃうの?」
「だっていつもお菓子を焼いても分けてくれないじゃん。でもアンリ様とフレッド様が一緒なら、分けて貰えるかなって」
ルエは肩を落とすとアンリ達には聞こえない程の声で「いや、でも…」と独り言を喋る。突如ルイがやって来た事に対して文句を言っているのではなく、もしかしたら今日は都合が悪かったのかもしれない。
「都合が悪いなら、私達戻ろうか?」
「いえ、その…、お菓子は焼いていたんですけど、まだ試作中のモノで。お二人には完成したら出そうと思っていたので、兄に予定を狂わされて混乱してしまっただけで…」
「そうだったんだ。試作中って、どんなモノを作っていたの?」
「えっと、試作段階のモノで良ければ食べてみますか?」
「いいの?」
「はい、今から用意するので、お二人は食堂の方で待っていてくれますか?」
「あれ、ルイは?」
「ルイには少し、話があるので」
「えー、嫌だよ」
「嫌じゃない。ルイに拒否権は無いよ」
紅茶もルエが淹れると言ってくれたため、フレッドと共に厨房から食堂に移り、並んで腰掛ける。
しばらくすると扉を閉めているにも関わらず、ルエがルイを叱っている声が微かに漏れ出す。静かに怒りを表す事があっても大きな声で怒るルエは珍しい。アンリとフレッドは目を見合わせると微笑む。
なんだかんだ言いながら、お互いに思ったことを言い合えるルエとルイは本当に良い兄弟だ。
「お待たせしました」
厨房から現れた二人は面白いほどに正反対の表情を浮かべる。ルエは怒りを吐き出しスッキリとしたのか爽やかな表情、ルイは犬が悪い事をして飼い主に叱られた時に見せるようなショボンとした表情。
ルイはティーポットから紅茶を淹れると、それぞれの席の前に置き、アンリ達と向き合う席に静かに座る。ルエはワゴンからスイーツの乗るお皿を取り出し、銀色に輝くデザートフォークやデザートナイフと共に並べていく。
皿の上にはまるで宝石のようにキラキラと輝く小さなタルトが二つ、並ぶ。一つは艶々にナパージュが施されたブルーベリー、もう一つには粉砂糖の掛けられたイチゴ。
「え、可愛い!」
「大きな型で焼き上げるタルトと違って、この小さいサイズのモノはタルトレットと言うんです。他にも季節のフルーツやチーズクリーム、キャラメリゼしたナッツを乗せたり、タルトと違って好き嫌いを気にせずにそれぞれが好きなモノを食べられるのが良い所です」
「もしかしてルエが考えたの?」
「先日料理関係の本を読んでいる時にレシピを見つけたんです。ただ、実際に作ったのは初めてなので、味の保証は出来ませんけど…」
「もう見た目から美味しいのが伝わってくるよ。いただきます」
フォークでブルーベリーを押さえ、デザートナイフを入れる。力を入れるとサクサクとしたタルト生地が綺麗に切れる。それを口に運ぶと酸味もありながら甘みの強い爽やかなブルーベリーとタルトの甘さや食感、全てが計算され尽くしていてルエのこだわりを感じる。
「ルエは天才だよ!すっごく美味しい」
「本当ですか?」
「うん!フレッドはどう?」
「アンリの言ったとおり見た目はもちろん、ブルーベリーの爽やかさがタルト生地に合っていてとても美味しい」
「ルエも食べてみなよ」
アンリやフレッドが頬を緩めながら食べるとルエは安心したように一息吐く。そして同じようにブルーベリーのタルトレットを一口食べると満足したように頷く。
「…確かにいけるかも」
「ルエさんの作って下さるモノはどれも美味しいですね」
「フレッドさん…、ありがとうございます」
和やかな空間に一人、ルイはまだフォークを持たずに、チラチラとルエの表情を伺っている。ルエに叱られたのが、余程効いたのだろうか。
「ルイも食べたら?とっても美味しいよ」
「えっと…」
アンリが促すとルイはジッとルエの顔を見つめる。そして横目にルイの顔を見たルエは大きく息を吐き出すと観念したように肩を落とす。
「食べたら良いよ。今回は試作品も成功していたから許す」
「ほんと?やった!」
ルエが許すと、あんなにも落ち込んでいたのが嘘のようにルイはいつものお喋りなルイに戻る。そこからは基本的にルイがメインで話す事となり、しばらくするとルエは溜息を落とし項垂れる。
「はぁ、こんなに騒がしくなるなら、もう少し反省させておけば良かった…」
元気が良くて気さくで太陽のようなルイの性格は素直に素敵だと思う。だがそんなルイと正反対の性格のルエからしてみれば、ルイのような陽気な性格の人間とずっと一緒に居る事は疲れるのだろう。満面の笑みを浮かべるルイと、肩を落とすルエ、そんな二人にアンリは苦笑いを浮かべるしか出来ない。
紅茶をお供にタルトレットを楽しんだ後、ルエは夕食を作る時間になり疲れ切った表情で厨房に戻っていき、ルイは満足そうな表情でどこかへ出掛けていった。そんな二人を見送ったアンリとフレッドは二階へ上がり、共にアンリの部屋へ入る。
「こんなにルエさんやルイさんと仲良くなれると思ってなかった」
「そう?でもルエやルイとお話するのも楽しいよね」
「うん、楽しい。でもルエさんがこんなにも僕達の前で心を開いてくれるようになったのは、アンリのおかげだね」
「私?」
「シーズさんからルエさんは人間不信の節があるって聞かされていたんだけど、それも影響してか僕達と話す事ってほとんど無かったし、感情を露わにする事も無かったんじゃないかな」
アンリがこの世界に来た日、フレッドからルエは人見知りがあると聞かされていた。そしてそんなルエに親近感を抱いたアンリは厨房に通うようになり、ルエと話すようになった。
初めはアンリが話し掛けても頷いたり、か細い声で返事をするくらいで、目線が合うことは無かった。だが徐々に慣れてくれたのか、信頼を寄せてくれたのか、目を見て会話してくれるようになり、徐々に笑顔を見せてくれるようになったのだ。
そんな日々は今ではすっかり打ち解け仲良くなったルエとの懐かしく、大切な思い出だ。
「アンリのおかげでルエさんだけじゃなくて、屋敷で働く人達も周囲の人達も少しずつ変わってる」
「そうなのかな。私は私の思うままに過ごしているだけなんだけど…」
「そんなアンリだから、周りも惹かれていくんじゃないかな」
アンリが周りの人を変えていると言われても自覚が無ければ、イマイチ分からない。ただアンリに対し良くしてくれている人を大切にしたいという一心で彼らと向き合っているだけで、何か特別な事をしているわけじゃない。
フレッドの言葉の意味が分からずに首を傾げるアンリにフレッドは微笑む。
「アンリはアンリのまま、そのまま居てね」
フレッドと一緒の登下校は本当にあっという間だ。
屋敷の敷地内にはお父様やお母様の使っている馬車が既に停まっていて、どうやら今日は珍しく早い時間に帰って来ているようだ。
フレッドに続いてアンリも手を引かれ馬車を降りると、どこか機嫌の良さそうなルイに呼ばれる。
「アンリ様、フレッド様、今日はルエがお菓子を焼いていましたよ」
「そうなの?」
「実はお二人を迎えに行く前にこっそりと厨房を覗いたら唸りながらお菓子作りをしていたんです。良かったら一緒に行きませんか?」
ルエが唸りながらお菓子を作っていたと言うのは引っ掛かるが、そんな誘いを断る理由も特にない。アンリとフレッドがともに頷くと、ルイは鼻歌を歌いながら馬車に繋がれていた馬を厩舎へ連れて行く。
ルイを先頭に厨房に入ったアンリやフレッドに、シーズやルエは作業していた手を止めたが、シーズはこの場をルエに任せると再び作業に戻る。
「えっと…、皆さんお揃いで、どうしました?」
「ルイさんにルエさんがお菓子を焼いていたから一緒に厨房に行かないかと誘われたんです」
「えっ…」
フレッドの説明にルエは前髪にギリギリ隠れずに済んでいる目を見開くと、顔を逸らしているルイを睨む。
「なんで勝手に言っちゃうの?」
「だっていつもお菓子を焼いても分けてくれないじゃん。でもアンリ様とフレッド様が一緒なら、分けて貰えるかなって」
ルエは肩を落とすとアンリ達には聞こえない程の声で「いや、でも…」と独り言を喋る。突如ルイがやって来た事に対して文句を言っているのではなく、もしかしたら今日は都合が悪かったのかもしれない。
「都合が悪いなら、私達戻ろうか?」
「いえ、その…、お菓子は焼いていたんですけど、まだ試作中のモノで。お二人には完成したら出そうと思っていたので、兄に予定を狂わされて混乱してしまっただけで…」
「そうだったんだ。試作中って、どんなモノを作っていたの?」
「えっと、試作段階のモノで良ければ食べてみますか?」
「いいの?」
「はい、今から用意するので、お二人は食堂の方で待っていてくれますか?」
「あれ、ルイは?」
「ルイには少し、話があるので」
「えー、嫌だよ」
「嫌じゃない。ルイに拒否権は無いよ」
紅茶もルエが淹れると言ってくれたため、フレッドと共に厨房から食堂に移り、並んで腰掛ける。
しばらくすると扉を閉めているにも関わらず、ルエがルイを叱っている声が微かに漏れ出す。静かに怒りを表す事があっても大きな声で怒るルエは珍しい。アンリとフレッドは目を見合わせると微笑む。
なんだかんだ言いながら、お互いに思ったことを言い合えるルエとルイは本当に良い兄弟だ。
「お待たせしました」
厨房から現れた二人は面白いほどに正反対の表情を浮かべる。ルエは怒りを吐き出しスッキリとしたのか爽やかな表情、ルイは犬が悪い事をして飼い主に叱られた時に見せるようなショボンとした表情。
ルイはティーポットから紅茶を淹れると、それぞれの席の前に置き、アンリ達と向き合う席に静かに座る。ルエはワゴンからスイーツの乗るお皿を取り出し、銀色に輝くデザートフォークやデザートナイフと共に並べていく。
皿の上にはまるで宝石のようにキラキラと輝く小さなタルトが二つ、並ぶ。一つは艶々にナパージュが施されたブルーベリー、もう一つには粉砂糖の掛けられたイチゴ。
「え、可愛い!」
「大きな型で焼き上げるタルトと違って、この小さいサイズのモノはタルトレットと言うんです。他にも季節のフルーツやチーズクリーム、キャラメリゼしたナッツを乗せたり、タルトと違って好き嫌いを気にせずにそれぞれが好きなモノを食べられるのが良い所です」
「もしかしてルエが考えたの?」
「先日料理関係の本を読んでいる時にレシピを見つけたんです。ただ、実際に作ったのは初めてなので、味の保証は出来ませんけど…」
「もう見た目から美味しいのが伝わってくるよ。いただきます」
フォークでブルーベリーを押さえ、デザートナイフを入れる。力を入れるとサクサクとしたタルト生地が綺麗に切れる。それを口に運ぶと酸味もありながら甘みの強い爽やかなブルーベリーとタルトの甘さや食感、全てが計算され尽くしていてルエのこだわりを感じる。
「ルエは天才だよ!すっごく美味しい」
「本当ですか?」
「うん!フレッドはどう?」
「アンリの言ったとおり見た目はもちろん、ブルーベリーの爽やかさがタルト生地に合っていてとても美味しい」
「ルエも食べてみなよ」
アンリやフレッドが頬を緩めながら食べるとルエは安心したように一息吐く。そして同じようにブルーベリーのタルトレットを一口食べると満足したように頷く。
「…確かにいけるかも」
「ルエさんの作って下さるモノはどれも美味しいですね」
「フレッドさん…、ありがとうございます」
和やかな空間に一人、ルイはまだフォークを持たずに、チラチラとルエの表情を伺っている。ルエに叱られたのが、余程効いたのだろうか。
「ルイも食べたら?とっても美味しいよ」
「えっと…」
アンリが促すとルイはジッとルエの顔を見つめる。そして横目にルイの顔を見たルエは大きく息を吐き出すと観念したように肩を落とす。
「食べたら良いよ。今回は試作品も成功していたから許す」
「ほんと?やった!」
ルエが許すと、あんなにも落ち込んでいたのが嘘のようにルイはいつものお喋りなルイに戻る。そこからは基本的にルイがメインで話す事となり、しばらくするとルエは溜息を落とし項垂れる。
「はぁ、こんなに騒がしくなるなら、もう少し反省させておけば良かった…」
元気が良くて気さくで太陽のようなルイの性格は素直に素敵だと思う。だがそんなルイと正反対の性格のルエからしてみれば、ルイのような陽気な性格の人間とずっと一緒に居る事は疲れるのだろう。満面の笑みを浮かべるルイと、肩を落とすルエ、そんな二人にアンリは苦笑いを浮かべるしか出来ない。
紅茶をお供にタルトレットを楽しんだ後、ルエは夕食を作る時間になり疲れ切った表情で厨房に戻っていき、ルイは満足そうな表情でどこかへ出掛けていった。そんな二人を見送ったアンリとフレッドは二階へ上がり、共にアンリの部屋へ入る。
「こんなにルエさんやルイさんと仲良くなれると思ってなかった」
「そう?でもルエやルイとお話するのも楽しいよね」
「うん、楽しい。でもルエさんがこんなにも僕達の前で心を開いてくれるようになったのは、アンリのおかげだね」
「私?」
「シーズさんからルエさんは人間不信の節があるって聞かされていたんだけど、それも影響してか僕達と話す事ってほとんど無かったし、感情を露わにする事も無かったんじゃないかな」
アンリがこの世界に来た日、フレッドからルエは人見知りがあると聞かされていた。そしてそんなルエに親近感を抱いたアンリは厨房に通うようになり、ルエと話すようになった。
初めはアンリが話し掛けても頷いたり、か細い声で返事をするくらいで、目線が合うことは無かった。だが徐々に慣れてくれたのか、信頼を寄せてくれたのか、目を見て会話してくれるようになり、徐々に笑顔を見せてくれるようになったのだ。
そんな日々は今ではすっかり打ち解け仲良くなったルエとの懐かしく、大切な思い出だ。
「アンリのおかげでルエさんだけじゃなくて、屋敷で働く人達も周囲の人達も少しずつ変わってる」
「そうなのかな。私は私の思うままに過ごしているだけなんだけど…」
「そんなアンリだから、周りも惹かれていくんじゃないかな」
アンリが周りの人を変えていると言われても自覚が無ければ、イマイチ分からない。ただアンリに対し良くしてくれている人を大切にしたいという一心で彼らと向き合っているだけで、何か特別な事をしているわけじゃない。
フレッドの言葉の意味が分からずに首を傾げるアンリにフレッドは微笑む。
「アンリはアンリのまま、そのまま居てね」

