***
それぞれと一回ずつ踊ったアンリ達はテラスに移動し、料理やスイーツを食べながら、ひとときも離れることなく過ごした。時々、誰かが令嬢にダンスを誘われることがあっても、彼らは何かと理由をつけて他の令嬢と踊ることは一度も無かった。そして舞踏会が始まる前、アンリに声を掛けてきたキューバと再び顔を合わせることも無いまま舞踏会は終わりを迎えた。
馬車に乗りフレッドと向かい合って座っていると、さっきまでの喧騒が幻のように二人の規則的な呼吸音だけが響く。
「楽しかったね」
「うん、そうだね。それに今回は何事もなく済んで本当に良かった」
その一言にすっかり忘れかけていたクイニーからの告白を思い出す。
忘れてくれと言われたし、アンリとフレッドが馬車に乗り込むのを見送るときも、クイニーはいつもと変わらない対応だった。だからといって本当にこのまま何の返事もせずに過ごして良いのだろうか。
楽しかったと言ったにも関わらず途端に黙り込み、アンリは表情を硬くする。そんな異変に気がついたフレッドは一際優しい声を出す。
「アンリ、どうかした?」
「え?」
「眉間に皺ができてる」
「あはは…、私ってポーカーフェイスの練習した方が良いよね。すぐに顔に出ちゃう」
「ううん、むしろ顔に出て分かりやすい方がありがたいよ。それに僕も実は一つだけ、引っかかっていることがあるんだ」
「引っかかってること?なに?」
「最初にソアラさんとファーストダンスを踊っていたでしょう?でも途中からアンリの様子がおかしくなった。周りの人は気づいていない様だったけど、僕はアンリのダンスを毎日見てきたから分かる。あの時、ソアラさんに何か言われたの?」
フレッドはアンリとクイニーのファーストダンスを思い返すように視線を上げる。だがまさか、ファーストダンスの時のちょっとした異変まで気づかれているとは思わなかった。
それに詳しく言わなくても、そこまで気づいてしまう勘の鋭いフレッドにクイニーのことを相談したくなってしまう。
本来、こういうことを勝手にペラペラと人に話すべきではないということはアンリでも分かっている。だが恋愛とは無縁で生きてきたアンリには知識不足で、これ以上一人で思考を働かせても結論を出すことは不可能だ。だからこそ、フレッドにだけは相談させて欲しい。
「実は踊ってる最中、クイニーから好きだって言われたの」
「…!…それで?どうしたの?」
「それが、クイニーが忘れてくれって言うの」
「ソアラさんは自分の気持ちを優先して、みんなで過ごす大切な空間を壊したくないのかな?」
「うん、そうみたい。でも本当にこのまま何も無かったかのように過ごして良いのかなとも思うし、だからって恋愛経験もない私にはどうするべきなのか分からなくて…」
「うーん、僕も特に恋愛経験があるわけじゃないからなぁ」
「ごめんね、いきなりこんな相談されても困るよね」
フレッドは視線を彷徨わせ頭を悩ませた後、「これは僕の考えだけど…」と前置きをした上で話し始める。
「ソアラさんが忘れてくれって言ったのなら、変に気を遣わずに今まで通り接すれば良いんじゃないかな。ソアラさんはアンリに自分の気持ちを知っていて欲しいと思ったから告白したんだろうけど、その告白と同時にアンリやミンスさん、レジスさんとこの一年で作り上げた関係、居心地の良い関係を壊すのが嫌だった。だからこそ、告白をしておきながら、アンリに忘れてって言ったんだと思うんだ。だからアンリが変に気を遣ったり、よそよそしく接すれば彼の気遣いの意味も無くなっちゃうんじゃないかな」
「そっか、そうだよね」
確かにフレッドの言う通りかもしれない。クイニーは自分の気持ちをアンリに伝えながらも、みんなで過ごす時間が自分にとっても大切だと言っていたし、普段アンリ達と過ごすクイニーを見ていれば五人で共に過ごす時間に居心地の良さを感じているのも分かる。
本当に何も答えないままで良いのかなんてアンリには分からないし、正解も分からない。いや、恋愛にはきっと正解が無いのだろう。
なによりクイニーが「忘れてくれ」と言った決意や意志も尊重するべきだと思う。
それにクイニーのことだ。不満を感じれば直接アンリに言ってくるだろう。
一人で頭を悩ませていたことをフレッドに相談し、ひとまず解決したことで気持ちが軽くなったのか、一気に気が抜ける。それと同時に激しい睡魔に襲われる。慣れないロングドレスで踊った反動。もしくは舞踏会という未だに慣れることのないキラキラした空間に無意識のうちに気を張っていたのだろうか。
「眠たくなっちゃった?」
「うん、なんか急に眠気が…」
「アンリも気を張っていたんだろうし、その反動かな。屋敷に到着するまで時間も掛かるし、少し眠ったら?」
「うん…、そうしようかな」
眠って良いとフレッドに言われると、押さえようとしていた眠気に全身が包まれる。そんな眠気に身を任せ、目をつぶれば余計なことを考える前に、一瞬のうちに夢の世界に旅立ってしまう。
アンリが眠りについてしばらく経った後、アンリの向かい側に座るフレッドは窓の外に見えるぼんやりとした風景を横目に奥歯を噛みしめ俯く。そしてそんなフレッドの浮かない表情に、すっかり夢の世界に旅立っていたアンリが気づくことはなかった。
それぞれと一回ずつ踊ったアンリ達はテラスに移動し、料理やスイーツを食べながら、ひとときも離れることなく過ごした。時々、誰かが令嬢にダンスを誘われることがあっても、彼らは何かと理由をつけて他の令嬢と踊ることは一度も無かった。そして舞踏会が始まる前、アンリに声を掛けてきたキューバと再び顔を合わせることも無いまま舞踏会は終わりを迎えた。
馬車に乗りフレッドと向かい合って座っていると、さっきまでの喧騒が幻のように二人の規則的な呼吸音だけが響く。
「楽しかったね」
「うん、そうだね。それに今回は何事もなく済んで本当に良かった」
その一言にすっかり忘れかけていたクイニーからの告白を思い出す。
忘れてくれと言われたし、アンリとフレッドが馬車に乗り込むのを見送るときも、クイニーはいつもと変わらない対応だった。だからといって本当にこのまま何の返事もせずに過ごして良いのだろうか。
楽しかったと言ったにも関わらず途端に黙り込み、アンリは表情を硬くする。そんな異変に気がついたフレッドは一際優しい声を出す。
「アンリ、どうかした?」
「え?」
「眉間に皺ができてる」
「あはは…、私ってポーカーフェイスの練習した方が良いよね。すぐに顔に出ちゃう」
「ううん、むしろ顔に出て分かりやすい方がありがたいよ。それに僕も実は一つだけ、引っかかっていることがあるんだ」
「引っかかってること?なに?」
「最初にソアラさんとファーストダンスを踊っていたでしょう?でも途中からアンリの様子がおかしくなった。周りの人は気づいていない様だったけど、僕はアンリのダンスを毎日見てきたから分かる。あの時、ソアラさんに何か言われたの?」
フレッドはアンリとクイニーのファーストダンスを思い返すように視線を上げる。だがまさか、ファーストダンスの時のちょっとした異変まで気づかれているとは思わなかった。
それに詳しく言わなくても、そこまで気づいてしまう勘の鋭いフレッドにクイニーのことを相談したくなってしまう。
本来、こういうことを勝手にペラペラと人に話すべきではないということはアンリでも分かっている。だが恋愛とは無縁で生きてきたアンリには知識不足で、これ以上一人で思考を働かせても結論を出すことは不可能だ。だからこそ、フレッドにだけは相談させて欲しい。
「実は踊ってる最中、クイニーから好きだって言われたの」
「…!…それで?どうしたの?」
「それが、クイニーが忘れてくれって言うの」
「ソアラさんは自分の気持ちを優先して、みんなで過ごす大切な空間を壊したくないのかな?」
「うん、そうみたい。でも本当にこのまま何も無かったかのように過ごして良いのかなとも思うし、だからって恋愛経験もない私にはどうするべきなのか分からなくて…」
「うーん、僕も特に恋愛経験があるわけじゃないからなぁ」
「ごめんね、いきなりこんな相談されても困るよね」
フレッドは視線を彷徨わせ頭を悩ませた後、「これは僕の考えだけど…」と前置きをした上で話し始める。
「ソアラさんが忘れてくれって言ったのなら、変に気を遣わずに今まで通り接すれば良いんじゃないかな。ソアラさんはアンリに自分の気持ちを知っていて欲しいと思ったから告白したんだろうけど、その告白と同時にアンリやミンスさん、レジスさんとこの一年で作り上げた関係、居心地の良い関係を壊すのが嫌だった。だからこそ、告白をしておきながら、アンリに忘れてって言ったんだと思うんだ。だからアンリが変に気を遣ったり、よそよそしく接すれば彼の気遣いの意味も無くなっちゃうんじゃないかな」
「そっか、そうだよね」
確かにフレッドの言う通りかもしれない。クイニーは自分の気持ちをアンリに伝えながらも、みんなで過ごす時間が自分にとっても大切だと言っていたし、普段アンリ達と過ごすクイニーを見ていれば五人で共に過ごす時間に居心地の良さを感じているのも分かる。
本当に何も答えないままで良いのかなんてアンリには分からないし、正解も分からない。いや、恋愛にはきっと正解が無いのだろう。
なによりクイニーが「忘れてくれ」と言った決意や意志も尊重するべきだと思う。
それにクイニーのことだ。不満を感じれば直接アンリに言ってくるだろう。
一人で頭を悩ませていたことをフレッドに相談し、ひとまず解決したことで気持ちが軽くなったのか、一気に気が抜ける。それと同時に激しい睡魔に襲われる。慣れないロングドレスで踊った反動。もしくは舞踏会という未だに慣れることのないキラキラした空間に無意識のうちに気を張っていたのだろうか。
「眠たくなっちゃった?」
「うん、なんか急に眠気が…」
「アンリも気を張っていたんだろうし、その反動かな。屋敷に到着するまで時間も掛かるし、少し眠ったら?」
「うん…、そうしようかな」
眠って良いとフレッドに言われると、押さえようとしていた眠気に全身が包まれる。そんな眠気に身を任せ、目をつぶれば余計なことを考える前に、一瞬のうちに夢の世界に旅立ってしまう。
アンリが眠りについてしばらく経った後、アンリの向かい側に座るフレッドは窓の外に見えるぼんやりとした風景を横目に奥歯を噛みしめ俯く。そしてそんなフレッドの浮かない表情に、すっかり夢の世界に旅立っていたアンリが気づくことはなかった。

