でも、和也もなんでまた俺なんかが良いんだか。
 よりどりみどりのくせに――っと思わず、そんなことが頭をよぎる。

 「せ、先輩……」
 和也が取り巻きを振り切って、自分の下駄箱がある校舎から息を切らすようにして走って来た。
 いや、そんな。走らなくても。抱えてる鞄からチョコレートが零れ落ちそうになってるし。
 「いいのかよ。みんな、待ってるだろ」
 さっきまで和也のいたところに視線を送ると、恨めしそうにこちらを見ている男女がざわめいている。
 あああ、俺、反感買ってる。ぜったい、なんだあいつ、私たちの和也なのに、とか思ってるよ。
 「いいんです。俺が先輩といたいんで」
 「……っ」
 真剣な黒い瞳に喉が詰まる。
 「そう言って、来ました」
 「え?」
 「みんなにそう言ってきたんで大丈夫です」
 はあ?大丈夫じゃないだろ。
 あいつらの視線が痛いよ。どうするんだよ。
 まあ、俺はこいつらより二学年も上だから、直接文句を言ったりはしてこないだろうけど……たぶん。

 「行きましょう。先輩」
 ふわっと、和也が俺の腰に手をやるようにして歩き出した。背後で悲鳴が上がる。
 おおい。何やってんだよ。火に油注いでどうするよ――と思いながらも、気持ちがふっと軽くなった。
 和也に視線を合わせると、和也の頬にぱっと赤みが走る。次の瞬間には嬉しそうに目を細めた。
 その反応にどうしていいか分からなくなる。
 俺はまあ、応援団長ってこともあり、ポーカーフェースを心がけている。
 何事にも動じない俺。クールな俺。男らしい俺。
 そんな俺が動揺してどうするよ。
 「先輩、あいつらのこと見ないでくださいね」
 「なに?どういう意味だよ?」
 「だって、今の先輩、すごく可愛くて綺麗だから」
 「なっ――」
 思わず絶句する。
 可愛くって、綺麗って。なんだそれ。
 「先輩。駄目ですよ。俺以外をそんな目で見ないでください」
 なに言ってんだ。なに恥ずかしげもなく甘いこと言ってんだ。
 ここ学校だし。それも登校したての朝だし。
 それでも、自分の顔が熱くなるのが分かる。
 どうしてくれんだよ。俺、応援団長だし。男の中の男なんだからな。
 肩を抱きながら俺の顔を覗き込むようにする和也から、ぎくしゃくと視線をはずす。

 そうこうするうちに、俺のクラスの下駄箱に辿り着いた。
 バサバサバサバサ――。
 自分の下駄箱を開けると、和也ほどではないが何個かのチョコレートが滑り落ちてきた。
 「あ……」
 思わず、声が漏れる。
 いや、まあ、しようがないよな、こう言っちゃなんだけど、俺も人気がないわけでもない。嬉しいっちゃあ、嬉しい……けど。
 ちらっと和也を見ると、床に散らばったチョコレートの包みを凝視して、小刻みに肩を震わせていた。
 次の瞬間にはすっとしゃがみ込む。背中を丸めて、無言でチョコレートを拾いだした。
 じわじわと背中から冷気が湯気を上げているみたいだ。
 ーーこわ。
 全てのチョコレートを腕に抱えて、和也がゆっくりと背中を伸ばす。
 「……和也」
 「先輩、これ、俺が預かっておきます」
 「は?え?」
 「いいですね」
 「え?いや、でも。せっかく」
 「せっかく?」
 「あ、いや、くれた人に悪いだろ」
 「大丈夫です。俺がしっかりといただきますので」
 いや、違うだろ。お前が食べてどうするよ。
 「お、俺がもらうよ」
 「だって」
 「だって、じゃないだろ」
 「だって、先輩、こんな貰って。嫌です、俺」
 「おまえね」
 「先輩」
 大きな図体で泣きそうになりながらそんなことを言っている。
 だいだい、俺より倍以上のチョコが下駄箱に入っていたお前がそれを言うか?
 「ほら、冷静に考えてみろ。俺へ渡したはずのチョコを別の奴が持ってたら気分悪いだろ」
 「う……」
 かたくなにチョコを離そうとしない和也。
 俺はため息をついて、和也の肘の辺りを掴んだ。
 「大丈夫だから。俺の彼氏は和也だろ」
 和也が顎を引いて、声を出さずにうなずく。
 「今日はたしか、部活禁止の日だよな。学校行事かなんかで。帰りさ、ほら、いつものところで待ってるから」
 またまた、大きな犬みたいに、うんっという感じで頷いた。
 ――可愛いなこいつ。
 思わずそう思ってしまう。
 「ほら、早く戻らないと。授業に遅れるぞ」
 俺は手を伸ばして和也から俺宛のチョコレートを受け取った。
 「先輩。あとで」
 「ああ」
 俺がそう言うと、和也が俺の背に腕を回してぐっと俺を引き寄せた。
 え?
 一瞬、周囲が静まりかえった。次の瞬間、いたる所から「キャー」とか「わあー」とかいう叫び声が聞こえてきた。
 そうだよ。ここは学校の下駄箱の前だよ。
 「ま、待て待て待て」
 俺は慌てて和也を引きはがした。
 「待て。犬でもできるぞ。まて」
 「す、すみません。先輩。つい……不安で……」
 「つい、じゃない」
 「はい」
 「ほら、行け。もう行け」
 俺が追い払うように手を振ると、和也はやっと自分の校舎に足を向けた。

 さあ、どうするよ。この空気。その場にいたほとんどの生徒が遠巻きにして俺を観察してる。
 ひそひそと囁き合っては小さく笑っているのが分かった。
 完全に面白がられている。

 それにしても、和也、あいつ――。
 和也の下駄箱からあふれ出た色とりどりのチョコを思い出す。
 チョコもらいすぎだろ。
 授業中に思い出しては、落ち着かない胸のざわめきを持て余していた。