――そう、だから、びっくりしたんだよ。
 あれは去年のゴールデンウイークが明けて数日たったころ。応援団の練習が終わった俺に、和也が声をかけてきたんだ。


 「あの、俺、バスケ部なんですけど。今度、大会があって、先輩の応援団で応援してもらえないでしょうか」
 背筋を伸ばして、緊張した声でそう言ってきた。
 「バスケ部?」
 「はい」
 高校三年に上がった俺は、春から応援団の団長をしていた。
 「応援?」
 「はい、今度の日曜日、市立体育館で試合があるんです」
 「ああ、うん」
 「お願いします」
 そう言われて、悪い気はしなかった。
 実はこれまでも、バスケ部の試合の時は、毎回、応援団が出向いて応援していた。
 でも、俺が三年の春に団長を引き継いでからは初めてになる。あんな奴に本当に団長が務まるのかって、噂されていることは嫌でも耳に入ってきていた。
 だから、バスケ部の応援を頼まれるってのは、団長として自分が認められたようで気分があがった。
 「えっと、バスケ部の……名前は?」
 「あ、磯崎和也です。一年です」
 「え?一年?」
 俺は思わず、長身の彼を見上げた。とても一年とは思えないほど、彼の立ち居振る舞いはしっかりとしていた。

 そんな申し出を受けて、バスケ部の試合の応援を引き受けた。


 それから、応援の打ち合わせのために、和也に会う機会が増えていった。
 何をそんなに話すことがあるんだって思ったが、和也がちょくちょく連絡をしてきて、必然的に一緒に帰ることも多くなる。

 夕暮れ時、二人で駅までの道を歩きながら、和也が恐る恐るという感じで口を開いた。
 「実は、俺、先輩のこと、先輩が高校一年の頃から知っているんです」
 「え?なんで?」
 俺は瞬きをして、俺より少し背の高い和也を見上げた。
 「俺も、中学からバスケやってたんで」
 「ああ」
 そうか。バスケ。和也も中学からバスケ部だったのか。
 俺が高校一年といえば、和也は中学二年だな。

 その頃、俺はバスケ部に所属していた。
 中学からやっていたバスケを、そのまま疑いもせず高校でも続けていた。

 「俺、中学二年の時、高校のバスケの試合を見に行って。その時の先輩が印象に残っていて」
 「え?なんで?……俺、まだ高一だったから、試合には出てなかっただろ」
 「はい、でも、その、チームメイトにドリンク渡したりタオル渡したりする先輩がすごく綺麗だったんで。えっと、その、動きが美しいっていうのかな、あ、もちろん顔もですけど」
 「美しいって」
 なんだそれ。思わず苦笑いをしてしまった。
 「だって、本当に目が綺麗で。あ、その。すみません」
 「いいよ」
 まあ、言われなれている。
 そのせいか、俺が応援団団長っていうと驚かれたり、心配されたり、色々と揶揄されてることもある。
 和也が俺の反応をちょっと心配げに伺いながら、話を続ける。
 「でも、その後、どの試合に行っても先輩がいなくて」
 「ああ……」
 「しばらく経って、応援団で応援をしている先輩を見かけたんです」
 「ああ、うん。そっか」
 なんでバスケ辞めたんだって、思ってるよな。
 あ、いや。もうバスケ部の先輩から俺のことは聞いているか。
 俺だって、辞めたくなかったし。できるなら続けたかったよ。
 お前みたいにさ、身長とか体格とか恵まれてなかったけど、バスケ、好きだったから。


 高校一年の秋、俺は信号無視の車に衝突され、右足を複雑骨折するという災難に見舞われた。
 手術とリハビリの結果、歩いたり走ったりするぶんには特に問題はないところまで回復したのだが、少なからず神経の損傷もあったため、激しい運動は当分避けるように言われてしまった。

 まあ、入院していたのは二週間と少し。普通に歩けるようになるまで三か月くらいはかかってしまった。本当はバスケを続けたかったけど、どのみちバスケ部への復帰は無理だったんだよな。
 とある漫画に憧れて始めたバスケだけど。なんといっても、俺自身、バスケが大好きだった。
 だから、辛い朝練、午後練、チームメイトとのゴタゴタなんかも含めて、懸命にやってきたんだ。

 未練たらしく見に行ったバスケ部の試合。隠れるようにして座った席から、隊をなす応援団の一行が見えた。
 裾の長い学ランを着て、白い鉢巻をまいた団長が、足を肩幅より少し広めに開いて後ろ手に腕を組んで立っている。
 その団長を先頭に、団員が同じ姿勢で隊列を組んでいた。

 休憩時間になり、じっと静止していた団員が動き出す。
 応援団の声が会場に響きわたった。
 張りのある言葉と力強い動き。

 言葉と拳が弾丸のように、まっすぐ選手に伝わるようだった。
 その応援に後押しされ、バスケの試合は逆転勝利。
 ――かっこいいな。
 素直にそう思った。

 そうだよ。自分ができないのなら、応援すればいいんだ。
 俺も、一緒に、戦えるかもしれない。
 実際に試合に出なくても、少しでも勝利に貢献できるんじゃないか。
 ――ただの、自己満足だとは思う。
 でも、そこに、大げさに言えば、何か生きる希望ってのを見出したんだ。


 「せんぱい?」
 黙ってしまった俺を覗き込むようにして、和也が心配そうな声を出す。
 「なんでもない」
 俺は、俯いて首を振った。
 ぐっと、歯を食いしばったような顔をして、和也が俺をじっと見る。
 「俺、先輩を見つけた時、すごく嬉しくて」
 「……」
 「そこで、先輩の強靭で美しく気品がある応援を見たんです」
 「おおげさな」
 「大げさじゃないですよ。おれ、すごく感動して」
 「……」
 「先輩の応援に後押しされて選手が実力を出せてた。応援の言葉と動きが選手に乗り移っているような感じで。それで、試合、勝てたんだと思いました」
 まずい、涙が出そうだ。
 そんな、応援できてたかな。できてたら、嬉しい。
 自然と足が動かなくなって、その場で立ち止まってしまった。
 「せ、せんぱい」
 和也がそっと俺の肘を掴む。
 「先輩、ちょっとあの。そこの公園、寄っていきませんか」
 公園?そう言えば、近くの高台に、広い敷地の公園があった。
 あまり行ったことないけど。
 ぼうっとしている俺は、そのまま和也に引っ張られるようにして一歩二歩と歩き出す。

 公園のベンチに座って、高台からの景色に目を向けると、連なった家並みが影絵のごとく刻々と黄昏に染まって行く。
 となりに座った和也が、握った拳を自身の両膝に押し付けるようにして力を入れている。
 ぐっと、決心したかのように低めの声で話し出した。
 「先輩。俺、あの時から、いや、たぶん、最初に先輩を見た時から」
 そこで、言葉が途切れた。
 「先輩、先輩のことが好きです。ずっと好きでした」
 はい?
 「俺と付き合ってくれませんか」
 はい?
 俺は、目を見開いて和也を見た。
 さっきから同じ姿勢で体に力を入れたままの和也がぐいっと首を回して俺の方を見る。
 「――っつ」
 息を飲んでしまった。
 綺麗で力強い瞳が不安に揺れている。少し震えている整った唇。
 イケメンはずるいなと思う。
 「せん、ぱい」
 和也の声がかすれている。
 何か、言わなくちゃ。でも、なんて――。
 「先輩、好きなんです」
 ストレートすぎるだろ。
 「先輩、先輩はどうですか?おれ、俺じゃあ、駄目ですか?」
 わああああ。どうしよう。
 頭がグルグルして何も考えられない。これがパニックっていうのか。
 「――わ、わからない」
 思わず、とっさにそんな言葉が出てしまった。
 和也が何回か瞬きをした。

 その日から、怒涛のアプローチを受けることになる。
 そして一か月後、俺は根負けして、和也の必死で真剣な瞳に頷いてしまうんだ。