「うわっ」
 思わず声を上げたのは俺だった。
 勢いよくバサバサと足元に落ちてきた色とりどりの箱や袋。
 俺の隣では、右手で下駄箱の蓋を持ち上げたままの和也がこころもち驚いたように床に散らばった箱たちに視線を向けていた。
 ああ、もう。和也の奴、動きが止まっている。
 「和也、何してんだよ」
 俺は声をかけながら、ぼうっと立ちすくんでいる長身の和也の肩を叩いた。
 「あ、うん」
 そんな緩い返事をしている和也を尻目に、俺はその箱たちを拾い出した。

 綺麗な包装紙でラッピングされた箱や大きなリボンを付けた巾着のような袋。
 なにって、そう。チョコレートだよ。
 なんたって、今日はバレンタインデーだから。
 いったい何個あるんだよ。10個以上はあるな。
 ……ったく、いい加減にしろよな。
 そんな色とりどりの箱や袋を胸に抱えながら、それこそ胸の辺りが気持ち悪くなってきた。
 なんかよく分からないけど、焼けつくような何かが胃の辺りから競り上がってくる。
 「祐希先輩、先輩」
 そう言いながら、和也が慌てたようにプレゼントを拾う俺の隣に座り込んだ。
 「先輩、拾わないでいいです。自分で拾います」
 「いいよ、もう。なんかこれ入れる袋でもないか」
 「あ、このかばんに放り込んでください」
 和也が手持ちの通学かばんにぎゅうぎゅうと箱たちを押し込んだ。
 「おい、潰れちゃうだろ」
 「あ、すいません」
 「いや、俺に謝られても」
 「あ、う、そうですよね」
 「せっかく、もらったチョコだろ。大事にしろよ」
 そういう声がちょっと荒くなった。思わず少し視線を逸らす。
 「……先輩」
 和也が俺の顔を覗き込んでくる。
 「なんだよ」
 「今日って、バレンタインデーなんですね」
 「そうだな」
 そう言い捨てて立ち上がる俺の横顔を、しゃがんだまま見上げる和也。
 その何か言いたげな瞳が少し細められた。
 和也の大きなしっかりとした瞳。すっと通った鼻筋。高身長でがっしりとしていながらすっとしたスタイル。
 まあ、モテて当然だよな。
 あたりまえのことを無理やり納得させるように、軽く頭を振った。
 パンパンになった鞄を抱えながら、和也がゆっくりと立ち上がる。
 軽く眉間に皺を寄せるようにして、困ったように俺の顔をじっと見ている。
 いいよ。もう、言い訳しなくても。
 たぶん、俺にこのチョコレートの山を見られて、どうしていいか分からなくなってるんだよな。
 うん。
 「……あの、俺」
 「いいよ」
 「でも、先輩」
 「お前がモテるのは分かってるし」
 「いや、その」
 「いいよ。このチョコくれた子たちだって、お前のこと好きなんだからさ」
 その俺の物言いに、和也が驚いたようにビクッと肩を震わせて、こころもち目を見開いて俺を見た。
 「……先輩はくれないんですか?」
 「え?」
 意表を突かれた。
 そうくるか。
 「いや。待てよ。バレンタインチョコって女が男にあげるもんだろ?」
 「え、でも」
 「でもじゃねえ」
 ごまかすようにそう言って、俺はいったんその校舎を出ると、自分のクラスの下駄箱のある校舎に向かって歩き出した。

 「和也っち、おはよう」
 まるで俺が離れるのを待っていたかのように、どこからか元気のいい女生徒の声が掛かる。
 ピクっとこめかみが引きつった――和也っちってなんだよ。
 「あ、ああ。おはよう」
 「今日の算数のテスト、範囲どこだっけ?」
 「えっと、二次関数のところ」
 振り返ると、和也があっという間に、数人に囲まれていた。
 「今日、担任休みなんだって」
 「あ、そうなんだ」
 「なんかさ、昨日のインスタ、変じゃなかった?」
 「いや、見てないんだ」
 「今日の部活ってさ……」
 「ちょっと待って、今、ちょっと」
 行く手を阻むかのように次々と人が集まって来る。
 和也はというと、俺を追いながら必死に返事をしている。
 まあ、人気者だ。俺といる時は、なんか、ぼうっとしていることが多いけど。
 しっかりしていて、ノリもいいらしい。さらに、成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗。
 それこそ、非の打ち所がない。

 長身の和也は周りを囲む生徒たちから頭一つ抜けていて、困ったように眉間に皺をよせている。
 そんな顔さえも様になっていた。
 はあっと、自分のひたいに左手を持って行きながら、我ながら達観したようなため息が出た。