明日から中間テストというのに、机の上に広げた問題集は1ページも進んでない。
勉強するのを諦めて、ベッドの上に寝転んだ。成績落ちたら、もっと蓮に呆れられるんだろうけど。
蓮が急に優しくなった理由がわかった日から、一緒にいても置いてけぼりにされたようで、胸がきゅっとして苦しい。
優しくされれば、されるほど、泣きたい気持ちになる。奥歯を食いしばって、頑張って口角をあげようになった。
そんな状況で、テスト勉強に集中できるはずもない。
「あー、もう寝よ。寝よ。 テストまえは、充分な睡眠が大切だよな」
自分に言いきかせるように、声を出して起き上がった。
壁にかかったコルクボードに貼られた写真が、目に飛び込んでくる。
入学式や修学旅行 、教室で友達と撮った写真。その中には、もちろん蓮と一緒に写っているのもある。
水泳教室の合格バッチを自慢げに掲げる小1の俺と、その横でうれしそうに笑う蓮の写真。
この頃は蓮が、俺のあとを追っていた気がする。水泳教室の送迎バスを待つあいだに遊ぶのが楽しくって、水を怖がる蓮が辞めないように、必死に応援してたっけ。
結局は、俺を追い越して選手コースに進級した蓮と、一緒に通えなくなったけど。
どうしたら、あの時のように蓮は、俺のあとを追ってくれる?ううん、追って欲しいんじゃない。横に並んでいたい。それだけだ。
合格バッチじゃないけど、ミスターコンで優勝したら、少しは見直してくれるのかな。
優勝できる確率なんて1パーセントもないことぐらい、わかってる。でも、それに望みをかける他に方法がないわけで。
俺は決心した。ミスターコンに出て、優勝するって。
+++
「今日でテストは終わりだが、君達は受験生だ。気を抜かず勉強するように。以上、学活終了」
担任の先生が教室を出てて行ったのと入れ代わりに、1ミリも不機嫌さを隠さない蓮が飛び込んできた。
あまりの剣呑とした雰囲気に気圧されて、蓮推しの女子達も話かけられないようだ。
「ちょっと遥斗、これどういうこと」
文化祭のパンフレットを開き、ミスターコンの出場者紹介のページを目の前につきだしてきた。
「どういうことって、ミスターコンに出ることしたんだよ」
「見ればわかる。 どうして教えてくんなかったんだよ」
だって、言ったら心配して止められそうだし。優勝して蓮に見直して欲しいから。
黙っていると蓮の怒りがヒートアップしていく。
「私服審査と特技審査もあるんだよ。 遥斗はウニクロのパーカしか持ってないじゃん。 特技は? 特技はどうすんの?」
俺を問い詰める蓮の後ろに、一軍の陽キャ男子たちがやってきた。去年の準ミスターが、蓮の肩を親しげに叩く。
「佐久間、安心しろ。 私服は俺達が、完璧にコーディするから。青野は地味で身長も普通だけど、意外と足ながいしスタイルいいから、いいセンいくって」
実は虎太郎に「蓮に見直されたいからコンテストに出て優勝したい」って相談したら、クラスのみんなが応援を申し出てくれたのだ。みんな、すごい優しくって涙が出そうになった。
「そうそう。 特技披露も作戦考えたから。 青野くん 、特技ないから歌うたってもらうことにしたの。ウチラの声援で、歌声が聞こえないくらい、会場を盛りあげるから安心して」
蓮推しの女子グループも寄ってきて、とびっきりの笑顔で説明する。
冷静さをとり戻してきたのか、蓮が口元をきゅっとあげて、にこやかな表情をつくる。でも瞳は全然、笑ってない。むしろ悲しそうに見える。
「そう、なら良かった。 俺が心配しなくても大丈夫だね」
蓮の黒く澄んだ瞳は、飼い主に捨てられた犬のような目をしてる。なんで、そんな目で俺を見るんだよ。
置いてけぼりにされて、寂しいのは俺のほうなのに。
「教室に戻るよ。 今日から放課後、クラスで学祭の準備あるから先に帰って」
そう言って教室を出ていく、蓮の背中を見送った。
俺は本当にあの背中に追いついて、横に並ぶことができるかな。不安で胸が締め付けられる。
+++
文化祭まで数日と迫った放課後の教室は、むせるような熱気にあふれていた。クラスのチョコバナナ屋の準備並行して、ミスターコン優勝大作成も進行してる。
「こうした方が、イケメン風に見えない?」
教室の片隅で、オシャレ男子が俺の髪をセットする。普段つけないワックスの柑橘系の香りが、鼻腔をくすぐって落ち着かない気分になる。
「ねぇ、トイレで鏡を見てきてもいい?」
許可を得て廊下に出ると、教室から離れた階段を降りていく蓮の姿が見えた。
そんな偶然がうれしくって、蓮のあとを追いかける。
ミスターコンに出るってことを伝えた日から、蓮とまともに話せてない。無茶な挑戦に呆れたのか、優しくされるどころか、突き放されてる。
「文化祭の準備があるから、しばらく一緒に帰れない」なんていう、俺の心を一瞬にして氷点下につき落とすラインが送られてきたし。
二階の踊り場で立ち止まる蓮に声を掛けようとしたら、横に黒髪のかわいい女子がいることに気付いた。
見ちゃいけないところを、見てしまった気がして階段にしゃがんで身を潜める。
鈍い俺だってわかる。その女子の視線が、恋するそれだってこと。蓮が告白されるのは、珍しいことじゃない。むしろ日常茶飯事だ。
あんなモテるのに、今まで蓮に彼女がいたことがないから、当たり前なことを忘れていた。いくら幼なじみで横に並んでいられたとしても、彼女のほうが蓮に近い存在なんだってことに。
心臓に冷水をかけられたように、身体が冷えていく。
気付れないように、そっと教室に戻ると「顔色がスゲぇ悪いぞ」って心配したクラスメート達に、家に帰された。
家に帰って、制服のままベッドに倒れ込む。
蓮と一緒にいた女の子に対して、羨ましくって、イライラとする。この気持ちの正体はなに?もしかして、嫉妬?
セットしてもらった髪の毛をガシガシと掻きむしる。
蓮に彼女ができたとしても、それは当然なこと。なんで、彼女に嫉妬しなきゃいけないんだよ。俺と蓮は幼なじみで、男同士だし、嫉妬なんておかしいだろう。
自分が自分でわからなくて、途方にくれる。
蓮のふっくらとした唇。喉元の男らしいウェーブ。思い出すだけで、胸がドキドキして、鼓動が早くなる。多分、蓮とならキスだってできる気がする。
「もしかして、これは恋?」
真実に気づいて、急に暴れだした心臓を服の上から押さえつけた。ミスターコン優勝したって、解決できないじゃん。
どーすんだよ、俺。
++
「今年度のミスターA高は⋯⋯」
ドラムロールの音が体育館に鳴り響く。
自分でも驚くぐらい冷静に壇上から、体育館の入口にもたれる蓮の姿を視界にとらえていた。
「3年1組 青野 遥斗くんです。トロフィーをどうぞ」
体育館に歓声が響く。それと同時に、くるりと後ろを向いて出ていく蓮の後ろ姿。
蓮に認められたくて、こんな頑張ったのに。どうして最後まで、見てもくれないんだよ。
トロフィーを受けとると、我慢できずに壇上から飛び降りた。喜ぶクラスメートが集まってきて、揉みくちゃにされながらも、そのまま蓮を追って体育館を飛び出した。
「蓮、ちょっと待ってよ」
中庭でようやく蓮の後ろ姿に追いついた。驚いたように目を見開いて振り向く蓮に、もらったばかりのトロフィーをつきつける。
「ねぇ、ミスターコンで優勝したよ。 クラスの皆のお陰だけど、俺も頑張ったんだよ。 なのに、なんで最後まで見ててくれないの?」
諦めたような色を瞳に浮かべて、なぜか蓮が寂しそうな顔をする。
「⋯⋯だって遥斗は、もう俺がいなくても平気だろ?」
「平気なわけないよ。 俺は蓮と並んでいたいから、認められたくってコンテスト頑張ったんだよ。 それなのに、蓮がいなくても平気って、勝手に決めないでよ」
視界が涙で歪む。
もう、幼なじみとしてさえも、蓮のそばにいられないんだ。胸が軋むように痛い。
勝手に目からこぼれる涙を手のひらで拭きながら、蓮の前から逃げだした。
+++
家に帰る気にもなれず公園のベンチに座っていた。スイミングスクールのバスを待ちながら、小学生のときに蓮と遊んでた場所だ。
公園の入口を頼りなく照らす街灯の光の脇から、ぬっと黒い影が現れた。
「遥斗、なんで暗くなるのに公園でふらふらしてんだよ」
顔が見えなくても、その声とスラリとしたシルエットで蓮だとわかる。
「なんで、ここに蓮がいるの?どうしたの?」
「どうしたって⋯⋯。学校で泣きながら俺の前から逃げ出したから、心配するだろう。電話にもでないから家に行ったら帰ってきてないし、虎太郎に聞いたら打ち上げにも来てないって言うし」
ポケットからスマホを取り出すと、蓮からのメッセージと着信履歴が待ち受け画面を埋めていた。
「心配してくれたの? だって『俺がいなくても平気だろう』って言うから、俺が頼りなさ過ぎて、一緒にいるのが嫌になったんじゃないの?」
「ちげーよ」
蓮が形のいい唇をとがらせて、不貞腐れたような顔する。
「俺に頼らなくてもミスターコンで優勝できるし、遥斗は人から好かれるから、俺なんか必要ないのかなって思ったから⋯」
「そんなこと、あるわけないよ。 蓮の態度が急に優しくなったから、距離を置かれようとしてるって不安だったんだよ。 それで、蓮にいいトコ見せたくてミスターコンで頑張ったんだからね」
「なんで、そう思うんだよ」
蓮が心底、呆れたような声を出す。
「遥斗、水泳教室のこと覚えてる?
俺、水が怖くて1年ぐらい水に顔がつけられなかっただろ?みんなバカにして遊んでくれないし、選手クラスに行ったら今度は『上手い奴はいいよな』って遊んでくれなくなった。
だから、嫌われないように、仲間外れにされないようにって常に気を使ってた。
でも遥斗だけは、どんな時も、遊んでくれたし応援してくれた。遥斗の前では、ありのままでいいんだって思ってた。だけど、それじゃダメだって気付いたんだ」
「⋯⋯どう言こと?」
蓮の真っ直ぐな視線が、俺の顔を捉ええる。その視線の熱さに心臓が射抜かれて、鼓動が早くなる。
「ミスターコンに推薦されるし、このままだと遥斗のカッコ良さに気付いた人に、かっ攫われちゃうから。 取られないように、優しくしようって思ったんだけど」
「俺、カッコ良くないし、心配しなくて平気だよ。 それに蓮に優しくされて、突き放されたみたいで寂しかったんだぞ。 また蓮のそばで一緒にいたいから」
俺の頬にそっと片手を置くと、蓮がしゃがんで目を合わせる。身体中の沸騰した血液が、顔に集まってくるのを感じる。
「いい?遥斗、わかってる?
遥斗の寂しいとか、一緒にいたいって、幼なじみとしてだろう? 俺の取られたくないって言うは、幼なじみとしてじゃないよ。 恋愛感情的な意味でなんだけど。 俺とキスできんの?」
「うん、俺も多分、恋愛的な意味で蓮が好きなんだと思う。彼女いたことがないから、わからないけど。キスは⋯⋯。ごめん、今は無理かも」
蓮の透き通った瞳に、さみしそうな影が差し込んだように見えた。慌てて俺の頬に触れている蓮の手を両手で掴んで、俺の胸の上に押し当てた。
「蓮と一緒にいるだけで、こんな心臓がバクバクしてるから。 今、キスしたら心臓が爆発しそうって意味だから」
「本当だ。 今、キスしたら遥斗、爆死しそうだな。 死なれたら嫌だから今は我慢するよ」
蓮がふはっと、嬉しそうに笑う。その吐き出した息が耳元にかかって、どうしようもなく心臓の脈打つ速度が上がっていく。
+++
「遥斗、受験生なのに、こんな問題解けなくてどうすんの?」
放課後の図書館。机を挟んで正面に座る恋人が、きれいな眉間にシワを寄せて睨んでくる。
ミスターコンの優勝のおかげかは微妙だけど、蓮と俺は、幼なじみから恋人同士になった。
蓮の俺に対する態度はオレ様に戻ったけど、時々、すっごく甘くなる。いわゆるツンデレ彼氏だ。
「なにニヤついてるの?早く勉強終わらせろよ」
机の下で、蓮が軽くスネをけってくる。焦って問題集に視線を移すと、耳元でボソッと呟いてくる。
「デートの時間なくなるから」
俺達は、まだキスをしていない。だけど、もうすぐキスする予感がする。
勉強するのを諦めて、ベッドの上に寝転んだ。成績落ちたら、もっと蓮に呆れられるんだろうけど。
蓮が急に優しくなった理由がわかった日から、一緒にいても置いてけぼりにされたようで、胸がきゅっとして苦しい。
優しくされれば、されるほど、泣きたい気持ちになる。奥歯を食いしばって、頑張って口角をあげようになった。
そんな状況で、テスト勉強に集中できるはずもない。
「あー、もう寝よ。寝よ。 テストまえは、充分な睡眠が大切だよな」
自分に言いきかせるように、声を出して起き上がった。
壁にかかったコルクボードに貼られた写真が、目に飛び込んでくる。
入学式や修学旅行 、教室で友達と撮った写真。その中には、もちろん蓮と一緒に写っているのもある。
水泳教室の合格バッチを自慢げに掲げる小1の俺と、その横でうれしそうに笑う蓮の写真。
この頃は蓮が、俺のあとを追っていた気がする。水泳教室の送迎バスを待つあいだに遊ぶのが楽しくって、水を怖がる蓮が辞めないように、必死に応援してたっけ。
結局は、俺を追い越して選手コースに進級した蓮と、一緒に通えなくなったけど。
どうしたら、あの時のように蓮は、俺のあとを追ってくれる?ううん、追って欲しいんじゃない。横に並んでいたい。それだけだ。
合格バッチじゃないけど、ミスターコンで優勝したら、少しは見直してくれるのかな。
優勝できる確率なんて1パーセントもないことぐらい、わかってる。でも、それに望みをかける他に方法がないわけで。
俺は決心した。ミスターコンに出て、優勝するって。
+++
「今日でテストは終わりだが、君達は受験生だ。気を抜かず勉強するように。以上、学活終了」
担任の先生が教室を出てて行ったのと入れ代わりに、1ミリも不機嫌さを隠さない蓮が飛び込んできた。
あまりの剣呑とした雰囲気に気圧されて、蓮推しの女子達も話かけられないようだ。
「ちょっと遥斗、これどういうこと」
文化祭のパンフレットを開き、ミスターコンの出場者紹介のページを目の前につきだしてきた。
「どういうことって、ミスターコンに出ることしたんだよ」
「見ればわかる。 どうして教えてくんなかったんだよ」
だって、言ったら心配して止められそうだし。優勝して蓮に見直して欲しいから。
黙っていると蓮の怒りがヒートアップしていく。
「私服審査と特技審査もあるんだよ。 遥斗はウニクロのパーカしか持ってないじゃん。 特技は? 特技はどうすんの?」
俺を問い詰める蓮の後ろに、一軍の陽キャ男子たちがやってきた。去年の準ミスターが、蓮の肩を親しげに叩く。
「佐久間、安心しろ。 私服は俺達が、完璧にコーディするから。青野は地味で身長も普通だけど、意外と足ながいしスタイルいいから、いいセンいくって」
実は虎太郎に「蓮に見直されたいからコンテストに出て優勝したい」って相談したら、クラスのみんなが応援を申し出てくれたのだ。みんな、すごい優しくって涙が出そうになった。
「そうそう。 特技披露も作戦考えたから。 青野くん 、特技ないから歌うたってもらうことにしたの。ウチラの声援で、歌声が聞こえないくらい、会場を盛りあげるから安心して」
蓮推しの女子グループも寄ってきて、とびっきりの笑顔で説明する。
冷静さをとり戻してきたのか、蓮が口元をきゅっとあげて、にこやかな表情をつくる。でも瞳は全然、笑ってない。むしろ悲しそうに見える。
「そう、なら良かった。 俺が心配しなくても大丈夫だね」
蓮の黒く澄んだ瞳は、飼い主に捨てられた犬のような目をしてる。なんで、そんな目で俺を見るんだよ。
置いてけぼりにされて、寂しいのは俺のほうなのに。
「教室に戻るよ。 今日から放課後、クラスで学祭の準備あるから先に帰って」
そう言って教室を出ていく、蓮の背中を見送った。
俺は本当にあの背中に追いついて、横に並ぶことができるかな。不安で胸が締め付けられる。
+++
文化祭まで数日と迫った放課後の教室は、むせるような熱気にあふれていた。クラスのチョコバナナ屋の準備並行して、ミスターコン優勝大作成も進行してる。
「こうした方が、イケメン風に見えない?」
教室の片隅で、オシャレ男子が俺の髪をセットする。普段つけないワックスの柑橘系の香りが、鼻腔をくすぐって落ち着かない気分になる。
「ねぇ、トイレで鏡を見てきてもいい?」
許可を得て廊下に出ると、教室から離れた階段を降りていく蓮の姿が見えた。
そんな偶然がうれしくって、蓮のあとを追いかける。
ミスターコンに出るってことを伝えた日から、蓮とまともに話せてない。無茶な挑戦に呆れたのか、優しくされるどころか、突き放されてる。
「文化祭の準備があるから、しばらく一緒に帰れない」なんていう、俺の心を一瞬にして氷点下につき落とすラインが送られてきたし。
二階の踊り場で立ち止まる蓮に声を掛けようとしたら、横に黒髪のかわいい女子がいることに気付いた。
見ちゃいけないところを、見てしまった気がして階段にしゃがんで身を潜める。
鈍い俺だってわかる。その女子の視線が、恋するそれだってこと。蓮が告白されるのは、珍しいことじゃない。むしろ日常茶飯事だ。
あんなモテるのに、今まで蓮に彼女がいたことがないから、当たり前なことを忘れていた。いくら幼なじみで横に並んでいられたとしても、彼女のほうが蓮に近い存在なんだってことに。
心臓に冷水をかけられたように、身体が冷えていく。
気付れないように、そっと教室に戻ると「顔色がスゲぇ悪いぞ」って心配したクラスメート達に、家に帰された。
家に帰って、制服のままベッドに倒れ込む。
蓮と一緒にいた女の子に対して、羨ましくって、イライラとする。この気持ちの正体はなに?もしかして、嫉妬?
セットしてもらった髪の毛をガシガシと掻きむしる。
蓮に彼女ができたとしても、それは当然なこと。なんで、彼女に嫉妬しなきゃいけないんだよ。俺と蓮は幼なじみで、男同士だし、嫉妬なんておかしいだろう。
自分が自分でわからなくて、途方にくれる。
蓮のふっくらとした唇。喉元の男らしいウェーブ。思い出すだけで、胸がドキドキして、鼓動が早くなる。多分、蓮とならキスだってできる気がする。
「もしかして、これは恋?」
真実に気づいて、急に暴れだした心臓を服の上から押さえつけた。ミスターコン優勝したって、解決できないじゃん。
どーすんだよ、俺。
++
「今年度のミスターA高は⋯⋯」
ドラムロールの音が体育館に鳴り響く。
自分でも驚くぐらい冷静に壇上から、体育館の入口にもたれる蓮の姿を視界にとらえていた。
「3年1組 青野 遥斗くんです。トロフィーをどうぞ」
体育館に歓声が響く。それと同時に、くるりと後ろを向いて出ていく蓮の後ろ姿。
蓮に認められたくて、こんな頑張ったのに。どうして最後まで、見てもくれないんだよ。
トロフィーを受けとると、我慢できずに壇上から飛び降りた。喜ぶクラスメートが集まってきて、揉みくちゃにされながらも、そのまま蓮を追って体育館を飛び出した。
「蓮、ちょっと待ってよ」
中庭でようやく蓮の後ろ姿に追いついた。驚いたように目を見開いて振り向く蓮に、もらったばかりのトロフィーをつきつける。
「ねぇ、ミスターコンで優勝したよ。 クラスの皆のお陰だけど、俺も頑張ったんだよ。 なのに、なんで最後まで見ててくれないの?」
諦めたような色を瞳に浮かべて、なぜか蓮が寂しそうな顔をする。
「⋯⋯だって遥斗は、もう俺がいなくても平気だろ?」
「平気なわけないよ。 俺は蓮と並んでいたいから、認められたくってコンテスト頑張ったんだよ。 それなのに、蓮がいなくても平気って、勝手に決めないでよ」
視界が涙で歪む。
もう、幼なじみとしてさえも、蓮のそばにいられないんだ。胸が軋むように痛い。
勝手に目からこぼれる涙を手のひらで拭きながら、蓮の前から逃げだした。
+++
家に帰る気にもなれず公園のベンチに座っていた。スイミングスクールのバスを待ちながら、小学生のときに蓮と遊んでた場所だ。
公園の入口を頼りなく照らす街灯の光の脇から、ぬっと黒い影が現れた。
「遥斗、なんで暗くなるのに公園でふらふらしてんだよ」
顔が見えなくても、その声とスラリとしたシルエットで蓮だとわかる。
「なんで、ここに蓮がいるの?どうしたの?」
「どうしたって⋯⋯。学校で泣きながら俺の前から逃げ出したから、心配するだろう。電話にもでないから家に行ったら帰ってきてないし、虎太郎に聞いたら打ち上げにも来てないって言うし」
ポケットからスマホを取り出すと、蓮からのメッセージと着信履歴が待ち受け画面を埋めていた。
「心配してくれたの? だって『俺がいなくても平気だろう』って言うから、俺が頼りなさ過ぎて、一緒にいるのが嫌になったんじゃないの?」
「ちげーよ」
蓮が形のいい唇をとがらせて、不貞腐れたような顔する。
「俺に頼らなくてもミスターコンで優勝できるし、遥斗は人から好かれるから、俺なんか必要ないのかなって思ったから⋯」
「そんなこと、あるわけないよ。 蓮の態度が急に優しくなったから、距離を置かれようとしてるって不安だったんだよ。 それで、蓮にいいトコ見せたくてミスターコンで頑張ったんだからね」
「なんで、そう思うんだよ」
蓮が心底、呆れたような声を出す。
「遥斗、水泳教室のこと覚えてる?
俺、水が怖くて1年ぐらい水に顔がつけられなかっただろ?みんなバカにして遊んでくれないし、選手クラスに行ったら今度は『上手い奴はいいよな』って遊んでくれなくなった。
だから、嫌われないように、仲間外れにされないようにって常に気を使ってた。
でも遥斗だけは、どんな時も、遊んでくれたし応援してくれた。遥斗の前では、ありのままでいいんだって思ってた。だけど、それじゃダメだって気付いたんだ」
「⋯⋯どう言こと?」
蓮の真っ直ぐな視線が、俺の顔を捉ええる。その視線の熱さに心臓が射抜かれて、鼓動が早くなる。
「ミスターコンに推薦されるし、このままだと遥斗のカッコ良さに気付いた人に、かっ攫われちゃうから。 取られないように、優しくしようって思ったんだけど」
「俺、カッコ良くないし、心配しなくて平気だよ。 それに蓮に優しくされて、突き放されたみたいで寂しかったんだぞ。 また蓮のそばで一緒にいたいから」
俺の頬にそっと片手を置くと、蓮がしゃがんで目を合わせる。身体中の沸騰した血液が、顔に集まってくるのを感じる。
「いい?遥斗、わかってる?
遥斗の寂しいとか、一緒にいたいって、幼なじみとしてだろう? 俺の取られたくないって言うは、幼なじみとしてじゃないよ。 恋愛感情的な意味でなんだけど。 俺とキスできんの?」
「うん、俺も多分、恋愛的な意味で蓮が好きなんだと思う。彼女いたことがないから、わからないけど。キスは⋯⋯。ごめん、今は無理かも」
蓮の透き通った瞳に、さみしそうな影が差し込んだように見えた。慌てて俺の頬に触れている蓮の手を両手で掴んで、俺の胸の上に押し当てた。
「蓮と一緒にいるだけで、こんな心臓がバクバクしてるから。 今、キスしたら心臓が爆発しそうって意味だから」
「本当だ。 今、キスしたら遥斗、爆死しそうだな。 死なれたら嫌だから今は我慢するよ」
蓮がふはっと、嬉しそうに笑う。その吐き出した息が耳元にかかって、どうしようもなく心臓の脈打つ速度が上がっていく。
+++
「遥斗、受験生なのに、こんな問題解けなくてどうすんの?」
放課後の図書館。机を挟んで正面に座る恋人が、きれいな眉間にシワを寄せて睨んでくる。
ミスターコンの優勝のおかげかは微妙だけど、蓮と俺は、幼なじみから恋人同士になった。
蓮の俺に対する態度はオレ様に戻ったけど、時々、すっごく甘くなる。いわゆるツンデレ彼氏だ。
「なにニヤついてるの?早く勉強終わらせろよ」
机の下で、蓮が軽くスネをけってくる。焦って問題集に視線を移すと、耳元でボソッと呟いてくる。
「デートの時間なくなるから」
俺達は、まだキスをしていない。だけど、もうすぐキスする予感がする。
