朝の光が、そっと背伸びをする。
瑠璃色の瞳に世界がうつる。

町はいつも通りの朝を迎える。


今日も、イファは早くに仕事へ出かけ、家の中にはリアとマリナの二人だけ。

穏やかで、静かな時間が流れていた。

台所では、朝食で使ったお皿たちが泡に包まれている。
マリナの手元を見ながら、リアも一緒に洗っていた。
洗い物の音が家の中で心地よく響いていた。

食卓の上、小さな小瓶に差された白い花は昨日と変わらず、強く咲いていた。


「リアは、お花は好き?」

マリナが優しく問いかけた。
リアは、手を止め、飾られている花をじっと見つめた。少しの間をおいて、静かに口を開く。

「……わかりません。でも、綺麗だと思います。」

ふふっと笑うマリナの横で、リアは続ける。

「イファが、おつかいを頑張ったから、と言って、私にくれました。喜ぶと思うから、とも……。でも、私はたぶん、うまく、喜べませんでした。」

その言葉は淡々としていたけれど、どこか自分を責めるような響きがあった。
マリナは、ひとつ呼吸を置いて、穏やかに話し始める。

「人はね、誰かに"嬉しいな"とか、"喜んでほしいな"って思って、何かをすることがあるわ。でも……誰かに何かをしてあげた時にね、お返しをしてほしいわけではないのよ」

リアは静かに、マリナの言葉を聞いていた。

「イファはね、頑張っているあなたの姿を見て、お花をあげたいと思ったの。ただ、それだけ。あなたに何かをしてほしかったわけでも、あなたがどうしても何かをしなければいけないわけでもないわ」

マリナは布巾で手を拭きながら、続けた。

「リアが、うまく喜べなかったっていうのは、きっとイファに申し訳ないって思ってるからね。でもね、それでいいのよ」

「……期待されていたことを、うまく、できなくてもいいのでしょうか?」

「もちろんよ」

マリナは、ふふっと、少女のようにいたずらっぽく笑って言った。

「でも、もし少しでも、"嬉しい"とか、"綺麗"って思ったのなら……その気持ちを、リアの言葉で、イファに伝えてあげて。言葉にしないと、人には伝わらないから……。ね?」

マリナは、リアがわかるように、ゆっくり、丁寧に伝えた。
そんな優しい言葉に、リアはじっと耳を傾けていた。

「イファは……きっと、リアの気持ちを聞けたら、すごく喜ぶと思うわ」

その言葉に、リアはゆっくりと頷いた。

「……はい……。」

マリナはにっこりと微笑み、「さて、じゃあ次はお洗濯ね。手伝ってくれる?」とリアに声をかける。リアは洗濯物が入ったカゴを取りに行った。