「……リアも、もっと町の人や暮らしに慣れていけたらいいな」

イファは少し照れたように、それでもまっすぐに言った。

「誰かの荷物を運んだり、道案内したり、子どもをあやしたりするのも、ぜんぶ俺の役目なんだ。それが俺たち、警備隊の仕事。だから、リアが困っていたら、俺が助ける」


リアは黙ったまま、淡々とイファの言葉を聞いていた。
市場までの道すがら、イファは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「おれ、十五歳の時にこの町に越してきたんだ。もう三年も経つんだな……」

「ノースフィアは、小さいけどいい町だよ。戦争もないし、みんな穏やかで。田舎でさ、決して裕福ってわけじゃないけど、食べ物も水もちゃんとある」


リアは、ただ、まっすぐに目の前の町を見ていた。

「でもな……世界は、全然ちがう」

リアがちらりと横目で彼を見る。

「俺たちが住むアーゼル共和国の隣国、ヴァストラ帝国。聞いたことあるか?」

「…いいえ…。」

「…そうか」


イファは少し口をつぐみ、それから、ぽつりぽつりと語り始めた。

「昔、その二つの国が戦争を始めた。科学技術が進歩しているアーゼル共和国と、巨大な軍事力を持つヴァストラ帝国のぶつかり合い。どっちも譲らず、いくつもの町が焼かれた。何百万って人が、死んだんだ」

「今は戦争ってほどじゃない。でも、裏では技術を盗んで、兵器を作って……。町によっては、飢えや病気に苦しんでるひとたちもいる…ノースフィアは平和だけど、外の世界は、いつ崩れてもおかしくない」

リアはそれを聞いても、ほんの少し俯いて目を伏せたまま、言葉が通り過ぎていくのをただ静かに待っているようだった。


「……話しすぎたかな、ごめん」


イファが気まずそうに目をそらし、二人の間を風の音だけが駆け抜けていく。


すると、「……あれが、市場?」と、リアが指差して聞いた。
そこには、カラフルなテントが並ぶ賑やかな通りが広がっていた。

果物の甘い香りが鼻をくすぐる。
呼び込みの声が飛び交い、色とりどりの花が並ぶ。

混ざり合った色と音。


この世界の鮮やかさに、圧倒されるように、リアはそっと足を止めた。