それでも、この世界で、光を

夜の詰所は、冷たい空気に包まれて静まり返っていた。
風が窓の外をかすめ、木々を揺らしては遠くへ去っていく。

イファはカイと共に当直室にいた。

詰所に灯るのは、天井の控えめなランプひとつ。
オイルの小さな炎がゆらりと揺れる。

机の上に並ぶのは、たくさんの手帳や古びた書類。
そして、使い込まれた黒革の手帳。

カイがイファに頼んでおいたものだった。


「イファ、協力に感謝する」

「いえ。少しでも、情報が集まればいいんですが……」

「あぁ、この記録の中に、今の“答え”に繋がる何かがあるかもしれんな」

イファは少し埃っぽくなっている手帳を慎重に開けた。
そこに刻まれた筆跡は、間違いなく、イファの父、レオのものだった。

イファはゆっくりとページを捲る。
そのページの隅に、父の特徴的な真っ直ぐな文字が並んでいた。


《ルクシミウム 第01実証試験──現地:ノアレ地区南部》

《収束失敗。閃光により実験区画が全壊。全方位観測不能区域発生》

── 事故当日の記録。

《爆発実験は想定以上だったんだ。何もかもが。》

《閃光は想像を絶するものだった。あれは、爆発ではない。大きな光が全てを飲み込んで消していった──建物も、木々も、残されたノアレの人々も。》


イファの喉が、きゅっと詰まる。
カイは黙って、隣でその文字をじっと見つめていた。

さらにページを捲ると、今度は父の苦悩が綴られていた。


《本来、あの実験はノアレの先に広がる砂漠での限定範囲のみだったはずだ。》

《あの光は希望とは呼べない。あの光は、全てを、飲み込んでしまった。町ごと消えてしまった。音すら飲み込んだんだ。》

《人の命が、数字では語れないことくらい──誰よりも知っているつもりだった。だが、この兵器は──命を"数"ですら残さない。》


イファの肩がわずかに震えた。幼い頃、父に言われた言葉が頭に蘇る。


──『人の命は数じゃないんだ、イファ』

──『誰もが大切な人を想って今日を必死に生きている』


いつも優しく語ってくれた父の声が、今になって胸を刺してくる。
ページの隅に滲むインク。
父の怒りと悲痛が溢れていた。

《サンティス博士──お前は天才と呼ばれたが、何を生み出している。人を豊かにするのが科学ではないのか。国防の名で命を奪う気か。》

《ルクシミウムは人が触れていいものじゃない。その光がもたらしたのは、破壊だ》

イファは言葉を失い、固く手を握りしめた。
だが、カイは静かに続きを促す。

「まだ続きがあるな」

今度は、軍内部の機密資料が封筒の中から現れた。

転属命令。上層部からの通知だった。


──《特命:北方前線 特別監視任務》
──《要機密取扱。極秘指定》


カイが小さく目を細めた。

「……北方前線か……このノースフィアのことだな。特命とあるが、これは、左遷だ。事実上の隔離、か」

イファは震える声で呟く。

「……父さんは……ずっと、軍の方針に疑問を抱いていた……。軍からしたら、邪魔だったんだ……外されたんですね、口封じのために」

「……おそらくな」

カイは苦く答えた。

「お前の父親……レオ・エルネス少佐は、軍のルクシミウム実験に関わっていた。そして、最後まで自分の信念に従って戦っていたんだな」

イファの心臓は痛いほど波打った。

「父さんも、母さんも……そしてリアも……。みんな、苦しめられている……ルクシミウムに……」


ふと、イファの目に、汚れた手書きのメモが止まった。
まるで父が最後に遺したような、短い走り書きだった。


《"あの子"が、生きているのなら──》

《この光に、希望はまだ残されているのかもしれない。》



「あの子──?」

イファは声を漏らした。カイの表情が一瞬、鋭くなる。

「……"あの子"って……リアのことかもしれない」

イファは顔を上げた。
動悸が止まらないまま、その目はまっすぐカイを見ていた。

「父さんは──リアを……知っていた?」

「もしかすると……事故現場で、リアの存在を──」

誰も知らなかった“始まり”の断片が、僅かに繋がり始めていた。
イファは歯を食いしばって、ゆっくりと呼吸を落とす。


「……全部が三年前から始まっていた……? そして父さんのことも、リアのことも、ノアレのことも……全てがつながっている……?」


カイは、そんなイファの肩に静かに手を置いた。

「いや、イファ。まだ答えじゃない。焦るな」


イファは小さく頷いた。
けれど胸の内側では、怒りとも不安ともつかない思いが静かに燃え始めていた。