その後、イファは一階へ戻ると、小さくため息をついた。
棚の引き出しを開け、奥から古びた木箱を取り出す。
父、レオが残した資料をしまっている箱だ。
箱を開けると、一枚の写真が出てきた。
そしてその下には、手帳や封筒、古びた書類の束が収められていた。
イファは一枚一枚、慎重に手に取っていく。
古びた紙の匂いと、父の面影が重なっていった。
父が残してくれた、大切な記録。
「……イファ?」
突然、マリナの穏やかな声が降りかかった。
「あ、母さん……ごめん、起こしちゃった?」
「ううん。ちょっと目が冴えちゃってね」
マリナは微笑みながら、そっと椅子に腰を下ろした。
「……何か、探し物?」
イファは一瞬、言葉に詰まったが、そっと小さく頷いた。
「…うん、ちょっと、警備隊の仕事で、調べなきゃいけないことがあって」
その言葉を聞いて、マリナの顔に、微かな寂しさが滲む。
「──レオのこと?」
イファの手が一瞬止まる。
紙を握る指先に力が入った。
「……うん。勝手にごめん。実は、母さんにも、聞きたいことがあって……」
「えぇ、あのままではいけないと思っていたわ。いつか、ちゃんと向き合わないといけない時が来るって」
「母さん……」
「あなたはレオによく似てる。正義感が強いところも、真実を真っ直ぐに受け止めようとするところも」
イファは、木箱にあった写真を見つめる。
両親と自分が写った家族写真。
父、レオの強く優しい笑顔。
「母さんにとったら、あまり思い出したくないことかもしれないから……話せる範囲でいいんだ。ルクシミウムのこと……。父さんのことや母さんが見て経験したこと、ちゃんと聞きたくて……今度、ゆっくり話してほしいんだ」
マリナは、優しく微笑んだ。
「えぇ。……もう、三年も経ったのね……」
彼女は遠くを見つめるように、。
「レオは……ルクシミウムの研究に関して、軍の方針にずっと疑問を持っていたわ。とても苦しんでいた。でも、それでも最後まで希望を捨てなかった」
寂しそうに、そして愛おしそうに、ふふっと微笑む。
「本当はね……今でもたまに思うのよ。あの人が急に帰ってきそうな気がするの。玄関を開けて、“ただいま”って」
イファは黙って母の言葉を聞いていた。
「もちろん、そんなはずないってわかっているの。でも……人って、そう簡単には整理がつかないのね。レオのことも、離れなければいけなかったアルメリアのことも……」
マリナの声は穏やかだったが、微かに揺れていた。
「……母さん」
イファはそっと母の隣に腰を下ろす。
「あらあら……ごめんなさいね。心配しないで」
「……無理は、しないでね」
「ありがとう。イファは本当に優しい子に育ったわね。大丈夫。あなたのためになるのなら、なんだって喜んでするわ」
マリナがイファの手をそっと包み込んだ。
「あなたは、前に進んでいいの。きっとあの人も……レオもそう望んでる。あなたの人生をあなたらしく生きて」
イファは唇をきゅっと結び、深くうなずいた。
静かな夜の中、雨の名残がまだ窓辺に残っていた。
