町の外れにある家を出て、ゆるやかな坂道をくだっていくと、町の中心へと続く石畳の通りに出た。

パンの焼ける匂い。
子供たちの笑い声。
色とりどりの布が風にはためく。

ノースフィアの町は、リアにとって、全てが新鮮で眩しかった。


「おーい、イファ!」

「また昨日、うちの子が迷惑かけたんだって?ごめんなさいねぇ」

「あの荷物、うちの倉庫まで運んでくれたって聞いたわ。さすがねぇ!」

通りを歩くだけで、何人もの人が声をかけてくる。
イファは照れくさそうに笑いながら、それでも一人ひとりにちゃんと返事をする。
リアは隣で、その様子をじっと見ていた。

「……たくさんの人があなたに声をかけてくる……」

「俺たち警備隊の仕事は、町の人たちと関わることが多いからな」

イファはぼりぼりと頭をかきながら続ける。

「それに、親父は昔、軍にいてさ。ちょっとだったけど、この町の駐屯軍にも……。まぁ……困ってる人がいたら手伝う、それが人として当然のことなんだって幼い時から親父に言われてきたんだ」



やがて、見張り塔のある小さな詰所にたどりつく。
イファはリアを連れて中に入った。

「カイさん、おはようございます」

「おー、イファ。今日も早いな……おっと、その子は?」

やわらかく笑いながら、カイが顔を向けると、リアは咄嗟に視線を揺らし、イファの背にわずかに身を重ねた。
まるで、見知らぬ世界からそっと隠れるように。

イファは、その様子に気づくと、やわらかく言葉を継いだ。

「リアっていいます。昨日、森で倒れているのを見つけて……しばらくうちで、母さんの手伝いをしてもらうことになりました。あんまり、記憶がないみたいで…」

カイの表情が少しだけ曇ったが、すぐに口元をほころばせてリアに向き直った。

「そうか。よろしくな、リアちゃん。俺はカイ・ロウェル。ここで警備隊長をやってる。困ったことがあったら、なんでも言ってくれ」

リアは一瞬だけ言葉に迷いながら、小さくうなずいた。

「……はい。ありがとうございます。」

カイはにっと笑って、イファの肩を軽く叩いた。

「まぁ、お前がついてるなら心配いらんな!」

「はい!しっかり守ります!」

「今朝のお前の担当は……市場の巡回だったな」

「はい、リアが市場に行くので、巡回ついでに連れて行ってもいいですか?」

「もちろんだ、市場の通りはもう人が増えてきてるからな。リアちゃん、最初は人の多さに驚くかもしれないが……きっと、いいところだって思えるよ。イファ、気をつけて行ってこい」

リアは小さく息をのんで、肩をすぼめるように立ち止まっていたが、イファがにこやかに歩き出すと、ゆっくりとその背を追った。