翌朝、ノースフィアの町はゆっくりと目を覚ました。

軋む床板。
湯気のたつ鍋の音。
庭の小さな花を揺らす風。

静かに、穏やかに、たしかに生きている町の音。


イファは紺色の制服のボタンを留めて、朝の支度を進めた。
深緑の瞳は誇らしげに輝き、正義と責任感に満ちた顔だった。

玄関で靴を履いて、いつものようにマリナに声をかける。

「行ってくる」

「ええ、気をつけてね。帰りは夕方かしら?」

「うん。今日は、市場の巡回のあと、頼まれていたカリナさんの畑の柵の修理。あ、あと、役場に書類出すやつも」

マリナの声に応えるイファの背に、リアの視線が静かに向けられる。

彼女は、部屋の隅で黙って立っていた。

彼女を置いて、時だけが、先へ進んでいく。
その場に置き去りにされたように、立ち尽くしていた。

それに気づいたマリナが、やさしく言った。

「リア、ちょうどいいわ。おつかいを頼まれてくれるかしら?」

リアは、ゆっくりと頷いた。

「市場でね、ハーブを買ってきてほしいの。イファ、途中まで案内してもらえる?」

イファは自慢気に笑うと、リアはそんな姿を見つめ「……よろしく、お願いします。」と、ためらうようにそっと声をこぼした。