小道を抜けたそのとき──



たくさんの小さな花々が、湖のほとり一面に咲いていた。




ピンクに白、黄色に薄紫。
小さく、そして強く、命を咲かせている。
水面には陽の光がきらめき、魚たちが音もなく泳いでいた。


「……きれい」



リアの口から、自然とこぼれた言葉。
ため息混じりに出たその言葉は、微かに聞き取れるほど小さなものだった。

ゆっくりと歩きながら、彼女は花の香りに顔を近づけ、そよぐ風に長い髪を揺らす。

初めて出会う、世界の美しさが、リアの中にじんわりと広がってゆく。


「……こんな場所があるなんて……知らなかった……」

「知ってもらえてよかった」とイファは笑う。

「今日は怖くないって言ったろ?」

その笑顔に心が解かれていく感覚を覚える。





二人は木陰に腰を下ろし、湖を静かに見つめた。
リアは、少し迷ったあと、静かに声を落とした。

「イファ。」

「ん?」

リアはほんの少しだけ、視線をそらしながら言った。

「……どうして、あなたは、私に“ありがとう”って言ってくれるの?」

イファは、ちょっと驚いたように何度か瞬きをして、木に背をもたせた。

「……う〜ん……」

少し照れたように頭の後ろに手を重ねる。

「なんでって……リアが、いろんなことをしてくれるからだよ。朝にコーヒーを淹れてくれたり、母さんを助けてくれたり、さ。……それが、当たり前のことじゃないって、ちゃんと、わかってるから」

「でも……私は、うまくできないことも多くて……失敗したりも、します。」

「そりゃ人間、みんな失敗するよ。でもな……」

イファはリアの目をまっすぐに見て、続けた。

「やろうとしてくれることが、うれしいんだよ」

「……うれしい?」

「そう。嬉しいとき、人って“ありがとう”って言うもんだろ?」

リアは唇を噛み、少し考える。

「……そう、なんですね。」

そして、小さな声でぽつりと続けた。



「……それなら、わたしも。
……今日、ここへ連れてきてくれて、ありがとうございます。」



イファはニカっと笑って言った。

「どういたしまして!!」