「じゃあ、行ってきます」

いつも通り、紺色の制服を身に纏ったイファがドアノブに手をかけると、「あ、そうだ!」と言って振り返った。

「昨日、エディン家からたくさんの本が図書館に寄贈されたんだよ。その搬入を手伝ったんだけど、かなり古い貴重な本もたくさんあるみたいでさ。今日は天気もいいし、散歩がてら、行ってみたらどう?」

マリナは、ぱんっと手を叩き、ふわりとリアに笑いかけた。

「あら、それはいいわね。本はね、わたしたちにたくさんのことを教えてくれるわ。わからないことを調べることだって、遠い異国の文化や歴史に触れることだってね」




陽が頭のてっぺんを少し過ぎた頃、リアは町の中心へと続く石畳の道を歩いていた。
雲ひとつない青空は遠く、時折吹く風はやさしく街の屋根をなでる。

やがて町の中心にある大きな円形の建物にたどり着く。

扉をくぐると、吹き抜けの天井からは淡い光が降り注ぎ、静謐な空気と本のインクの香りが出迎えた。

静かで、どこか神聖な雰囲気。
棚にはずらりと本が並ぶ。

リアは、何を手にとっていいのかわからず、そっと本棚の間を歩いた。

すると、“雨のあとには、ありがとうが咲く”と書かれた本が目に入った。
雨に濡れた傘をさす女性と、虹が描かれた綺麗な表紙の本だった。


──ありがとう…


最近、イファやマリナからよく言われるこの言葉。
それにどう返したらいいのか、リアにはまだわからなかった。

言われるたび、胸がきゅっとする。
なにか大切なものを渡された気がして。


──本はね、わたしたちにたくさんのことを教えてくれるわ。わからないことを調べることだって、遠い異国の文化や歴史に触れることだってね──

マリナの声を思い出しながら、リアは書架を歩く。

「……言葉辞典、かな……」

ふと一冊の本を手に取ったとき、

「それ、語源の本よ。意味を調べるなら、こっちの方がいいわ」と、背後から落ち着いた声がした。